旅立ち
のろのろ進みます。
姉の話によると、フィアレーデンに住む祖父は、「白蓮人形館」という店を長年営んでいたらしい。
しかし、老齢のこともあって、もう一人で店を管理することが難しくなっており、孫である俺か姉のどちらかに店を継いでほしい、という内容の手紙が届いたのだという。
「はぁ?」
あまりにも突然の話に、俺の頭はまったく反応できなかった。だいたいじいちゃんって…。
「じぃちゃんならとっくに死んでるじゃないか。」
そう。俺の知っているじぃちゃんは俺が7歳のときに亡くなったはずだ。
埋葬だってちゃんとした。
だいたい俺の家族は父さんと姉以外はもういないはず…。
「いいえ…。ライルは母さんのことを覚えてる?」
「…いや。ぼんやりとしか記憶にない。」
そうだ。母さんは俺が物心つくまえに流行り病で死んだ。
姉ちゃんは違うようだが、俺はほとんど母さんのことを覚えていない。
っなるほど…そういうことか!
「そのじぃちゃんって…。」
「そうよ。母さんのお父さん。」
やっぱり!!
「なんでいまさら…。母さんの葬式にも来なかったんだろ?」
あの時のことは今でも覚えてる。父さんが出した手紙は葬式の日になっても返って来なくて、埋葬が終わってしばらくして返ってきた手紙には仕事が忙しかったという宗の内容が素っ気なく書かれていただけだったらしい。
普段温厚で明るい父さんが怒り狂って暴れたのはあの時だけだ。
「ええ。だから父さんはとっても反対してるわ。
あんなやつを助ける必要ないって言ってた。」
「じゃあなんで行かなきゃなんないんだよ!」
胸に苦いものが込み上げる。
自分の娘の葬式にもでないようなやつの言うこと聞くなんておかしいだろ!
「おだまり。」
にこり。
っ!
背筋に冷たいものが伝い、俺の頬が緊張で引き攣った。分かりました。大人しく聞きますハイ。
「ライルは覚えてないかもしれないけど……母さんとおじいちゃんは決して仲が悪いわけじゃなかった。いいえ…むしろおじいちゃんのことを母さんは誇らし気に話してたわ。」
「っでも…っ!」
「分かってる。母さんが亡くなったとき、おじいちゃんが弔いに来なかったのは事実よ。」
そうだよ。しかも、じぃちゃんは仕事のせいで母さんの弔いに来なかったんだろ?
それなのに俺がその仕事を継いだりしたら…
「っ父さんの気持ちはどうなるんだよっ!!」
「母さんのためよ!」
「なっ!どういうことだよ…。」
「ライルは、自分のせいで誰かが喧嘩してたら嬉しい?」
「そんなわけねぇだろっ!」
「母さんだって同じよ!!」
っ!!!
「自分の大切な人達が、自分がきっかけで喧嘩するなんて…私なら絶対に嫌。きっと、母さんだって同じ気持ちのはず…。」
………。
「お願いよライル!どうして母さんの葬式におじいちゃんが来なかったのか…。本当のことを確かめないと!このままじゃ私達も父さんも、何かをずっと誤解したままになるかもしれない…。」
……くそっ。
「…わかったよ。だけど、父さんにはなんて言うんだ?」
たとえ母さんのためであっても、父さんを傷付けるのは嫌だ。
「大丈夫。これを見て?」
そういうと、胸のポケットから小さな紙を取り出した。
なんだ?
「これはね、フィアレーデンで針子を募集してた仕立て屋の広告よ。やっぱりお人形と洋服は切って切り離せないものだし、おじいちゃんの店はよく知ってるらしいの。」
…ほぅ。
「ライルは手先器用な方だし、小さい頃は刺繍とか好きだったでしょ?」
まさか……。
「ここに働きに行きたいって言えばいいわ。向こうにはもうだいたい事情を話してあるから、あなたへの手紙も返送してくれるらしいし。」
ってことは……。
「はぁっ!?俺が針子!?」
「やぁね。形だけよ。実際になるわけじゃないわ。」
それでも、父さんにそういうってことは、近所にもそういうふうに伝わるわけで…。
「嫌だ!!絶対嫌だぁ!!!」
「ライル…。」
たとえ姉ちゃんの言葉でも絶対に認められない!
断固拒否する!
「おだまり。」
~~~っ!!
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そうして納得出来ない気持ちを抱えたまま、俺は王都を出発することになったのだった。
いつか絶対グレてやる。