閑話(眠り姫)
ティリエル視点(ライルと出会うちょっと前)
生まれたのはいつだっただろう。
深い深い森の奥…。
そのとき周囲にいた誰よりも多くの祝福を受けて私は生まれた。
しかし私が生まれたとき、私の周りは悪意でいっぱいだった。
誰よりも強い力を持つからこそ、私には人の心の…自分では気付かない裏の裏まで見ることができた。
私達を見た人は、必ず胸に欲望を抱く。
生まれてすぐのときは、それが何を意味するのかわからなかった。
そして…それは起きたのだ…。ともに歩んでいたはずの人は私達を得る権利を奪い合い…私達を得た人間は私達の力を無理矢理使わせるようになった…。
欲望の箍を外した人間は、自らの欲望を満たすために森を焼き、河を汚し、仲間を家畜のように扱い始めたのだ…。
怖くて怖くて…私はひたすら隠れ続けた。
私の半身に出会うまで…怖いものに捕まってはいけない…。
怖いものはきっと、私を壊してしまうから…。
…私達は眠った…。
音を立てず、動かず、森と深く深く同化するように…。
やがて怖いものは私を忘れ…私は私のもとに集まってきた仲間とともにまどろみに落ちた…。
長い長いときの中を私達は生きる。
小さな友達が、やがて大きな森になっても…私達は生きるのだ。
たった一人の相手に出会うまで。
そうして数百年の時を眠るうちに、私達の一部はいつしかある家系に匿われるようになった。大好きな森と同じ色の瞳を持ち、美しい心をもった者達。
彼等の優しさは私達の心を潤し、私達の心は彼等とともにあるうちに徐々に癒されていった。
だが、私の心にあいた穴は、今もまだ埋まることはない。
他のもの達の言葉(意思)も私には届かない。
私と彼等とでは…持つ力の量が全くちがうのだから…。
私の心は再び沈んでいく…。
会いたい…。
この孤独から救ってほしい。
どうか、私を抱きしめて…。
私を愛してほしい…。
ずっとずっと待ってるから…。
いつしかときは移ろい…、私達の側にいてくれる家系の人間はだんだんと減っていった…。
私達は遠い昔のお伽話になり、人々の記憶から薄れてゆく…。人から逃げるために隠れた私達は……、隠れたせいで永遠に近いときを訪れぬ出会いのために待ち続ける。
動くことを忘れ、笑うことを忘れ、そうして私は人形と呼ばれるようになった。
皮肉なことに、そのとき私はそれで良いと思った。
人形のように意識を持たず眠り続ければ、孤独に苦しむこともない…。
長い長いときの中…私の心は壊れかけていた。
そうして全てを諦めようとしたとき…私は彼に出会った。
新緑の髪、翡翠の瞳…。
遠い記憶の中で見た、美しい故郷の景色と同じ…。
彼からは優しい風の感触がする…。
扉の向こうに居てもわかった。彼が私のパートナー…。
凍りついた心は急速に溶けだし、すぐに私の胸を熱く焦がすほどになった。
残念なことに彼の気配はすぐに遠退いてしまったけれど……大丈夫。
彼はまたここに来てくれる。
半身同士は惹かれあうものなのだから。
私は呼び続ける。
愛しい人の名前を。
…ライル。
やっと見つけた私の半身…。
早く見つけて…。
側に居させて…。
どうか…どうか彼に拒まれませんように…。
彼が私を愛してくれますように…。
私は願う。
彼とともにある自分を。
私の名前を呼んで…。
誰も呼んだことのない…本当の私の名前を…。
待ち続けた彼が来るまで…あと少し。




