3 初めての
最近、京がおかしい。
この前、私は急に京から初めて暴力を振るわれた。
私が本当の理由を隠していたのも原因なのだが、怒り方は異常だった。
私を見つめていた瞳はとてつもなく憎悪に溢れていて怒りに震えていた。
けれど、京だから。
私が今まで信じ続けて、愛し続けてきた京だから許せた。
それにあの後、京は何度も私にごめんと言った。
きっと京は知ってる。あの時の京は何かが違ったと。
しかし、あの後も何度か続いた。
私が男子と何か絡むと、京は後で私を呼び出した。
そして暴力を振るうようになった。
それも、進級してクラスが別々になるとさらに激しくなっていった。
私も我慢が少し増えた。
高校2年生になったばかりある日、朝のHRで担任から突然報告があった。
「今日は新しくこのクラスに編入生がいます」
クラスは一気に騒がしくなる。
私にとって、一人増えようがどうでもいい。
少し騒がしい人達に向けて溜息をついてみる。
寒くなってきたせいか、吐いた息がかすかに白くなった。
「えーっと、榛葉優人です」
女子が歓声をあげ、盛り上がる。
男子も男子で騒いでいるようだ。
陽気な声。こういうタイプは苦手だろう。
「…はぁ」
「あれっ?何で溜息なんかついてるの?」
「…え、あなた誰?」
いつの間にか隣に知らない人がいて少し驚いた。
かなり容姿は良い方だと思う。
一瞬、モデルか何かと思ってしまった。
「え。さっき言ったばかりじゃん。榛葉優人。覚えてね」
「あぁ」
私が適当に返事すると、榛葉優人は女子とひそひそ話し始めた。
その内容が丸聞こえなのが少し気に障る。
(あの子とは話さない方がいいよ。ちょっと浮いてるのよ)
(てか、ちょっとどころじゃないよね。何かツンとしてて氷みたいな?)
(正しい事ばっかり言って、調子のんなよって感じ)
(そうそう。何かムカつくのよね~あんな性格なのに男子からモテるってのも)
(男って外見しか見てないのよ。だから、あんまり関わらないほうが良いって)
…。
何か下心丸見えな会話に口を出したくなるけれど、グッと我慢をする。
けれど、そんな我慢は榛葉優人の一言に必要が無くなった。
「それって、君たちが勝手に決め付けてるだけじゃない?」
「…え?」
--え?
私は頷かれるのだと思っていたのに、彼は覆す。
「ムカつくなら、言えばいいじゃん。ってか正しい事を受け入れたくないだけじゃね?」
彼は淡々と喋る。
周りは段々と冷ややかになっていった。
冷めていくのにも関わらず彼は平然としている。
--何故?
このままじゃ、この人が嫌われる。
自分が嫌われるかもしれないというのは分かっているはずだ。
私は思わず席を立った。
「そういう風に偽善者ぶられるの、ムカつくのよね」
そう言い残して教室の扉へ向かう。
後ろからは、女子たちの榛葉優人を庇う声が聞こえてきた。
これでいいのだ。
私のせいで、嫌われるとか後々ややこしいことになるじゃない。
「何なの、あの人」
「あの人って俺のこと?」
「…っきゃ」
いきなり後ろから声が聞こえて思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
気配が全然感じれず、目を瞬かせて彼を見る。
「何で、ついてきてるのよ」
「心配でさ」
「偽善者ぶられるのムカつくって言わなかったっけ?」
「ははっ、俺を庇ってくれたんだろ?」
私の考えを何で分かるんだろう。
超能力者?エスパーなの?
彼は私の前に出て、私の髪を撫でる。
「いやっ」
「ちょっとちょっと、そんな警戒しないでくれよ」
「いきなり触るなんて、非常識にも程があるわ!!!!」
「まぁまぁ…ほら」
彼は、私が怒ったのにも関わらず私の頭に手を乗せた。
「…」
私は何も言わず、俯いた。
こんな人と会ったのは初めてだ。
それに触られたのも京以外初めて。
「あ、怒らない」
彼はくすくすと目を細くして笑う。
その顔は何故か私を安心させた。
「呆れてるのよ」
「そーかそーか!呆れられたか~」
とことん変な人。
私に関わると、誰もが離れていく。
それなのにこの人は、私に対して何も思わないのだろうか?
結構酷い事を言ってしまったはずだ。
すると、榛葉優人の後ろから見慣れた姿が見える。
「あ…京」
「京?」
優人も後ろを振り返る。
「何してるの?」
京は、今にも怒り出しそうな声で言う。
「あ、えっと…」
私は何とも言えず、口ごもっていると優人は京に一歩近付いた。
「彼氏さん?」
「そうですけど」
あ、京。警戒してる。
いつもの目とは違い、鋭くなっている。
「ごめんね。俺編入生でさ~榛葉優人っていいます。よろしく!」
「牧瀬京です。よろしく」
「牧瀬って、あの牧瀬グループの?すごいねぇ」
「榛葉も、ここの理事長の息子って感じかな」
「アッタリ~」
2人とも褒めあってるのに、目が笑ってない。
「で、その理事長の息子さんが、愛花に何の用?」
「ん~、いや。俺がちょっと興味あって、話しかけただけ」
え。
私が、口を出してしまったから、今この状況だったはずだ。
このままじゃ、京は榛葉優人に手を出すんじゃ…?
「違う!」
私は、私も初めて出すような大きな声を出した。
2人とも、目を見開いて私のほうを見る。
「ご、ごめん…その…そう!先生から榛葉くんを学校案内するように頼まれたの!もう~榛葉くんったら、変な事言わないでくれるかしら?」
「あ~…そういうことか。俺も案内するよ」
京の表情は少し和らいだ。
バクバクと緊張している心臓を押さえつけて、私は微笑む。
「いや、いいわ。もうちょっとでテストがあるし、京は勉強しといた方が良いんじゃない?それに、後で会えるし…ね?」
「はは、そうだな!」
今日は私の家で勉強会をしようという話になっていた。
京は一気に明るい顔になり、私に手を振ってこの場を去っていく。
「おいおい…なんで嘘なんか」
榛葉優人は、罰が悪いような顔をして悩むように頭を掻く。
「ごめんなさい。あの…この事については口を出さないでほしいわ」
「まぁ、仲良くなったしるしに許してやろうかな。あ、それと俺のことは優人って呼べ」
「は!?」
いきなり、しかも命令形で言われて、私もあっけない声が出る。
「俺も愛花って呼ぶ」
「え、嫌よ」
私はハッキリ言って、そっぽ向く。
あ、嫌われたかしら。
でも京以外に呼び捨てなんて初めてだから。
「じゃあ、愛花たんって呼ぶから」
「えぇ!?」
「それが嫌なら、優人って呼んでみて」
「ゆ、ゆ…うと…」
「えらいでちゅね~」
彼は馬鹿にしたように私の頭をクシャクシャとする。
バッと手を振り払って、にらみつける。
「それ以上触ると、許さないわよ」
「お~怒ってる愛花も可愛いよ」
「なっ…」
私があまりに呆然としていると、優人は無表情になる。
いつも笑っているような人だろうから、きっと珍しいだろう。
「愛花って何か珍しいな」
「え?」
「こんな学校に、お前みたいなやつがいるとは思わなかった」
「どういう意味?」
「俺の意思で来た訳じゃないから、きっとつまらない奴しかいないんだろうなって思ってた。お坊ちゃま学校だし」
ちょっと引っかかるところがありながらも、きっといろいろ理由があるのだろう。
それには、まだ触れてはいけない気がする。
「なんだか、失礼なのか褒めてるのか分からないわね…。」
「褒めてるんだよ。愛花は、俺を真正面から庇ってくれた。お前は性格も悪くないしすごく良い奴だ。お前だけの考えを持ってるってのも、すげぇと思うよ」
「…」
褒められるのはあんまり慣れていない。
いつもこの性格を、冷たいやらひどいやら言われ続けてきた。
けれど、優人は私の性格を良いと言ってくれる。
初めてあった人なのに。
「あなたみたいなへんな人、初めてだわ」
「最高の褒め言葉だな」
「ふふ…本当に面白いわ」
「お前もな」
2人で笑いあった。
この人は、偏見も差別もない。
真っ直ぐに人を見ている。
少し羨ましかった。