2 狂いだす歯車
今日の朝は、少しいつもと違った。
私が家から出ると、京が暗い面持ちで出迎えた。
「どうしたの?」
そう問い掛けても、彼は瞬きもせず私を見つめるだけだ。
いや、これは見つめるというより睨むかもしれない。
少し怖かった。
これはまるで、前に私が外を眺めていただけで何を見てるのか問い詰められたときのようだ。
「ねぇ、愛花」
彼は重そうに口を開いていつもより低い声で言う。
何故かそれがとても怖い。
気まずい雰囲気の中、私は答える。
「なに?」
「昨日の放課後、何してた?」
「昨日の放課後?この前言ったじゃない。その日は用事があるから先に帰ってって」
「そういうことじゃない。何をしてたかって聞いてるんだ」
「…。」
昨日は、ある男子から呼ばれていた。
まぁ、浮気とかじゃなくて、手紙に”明日の放課後に体育館裏で待っています”なんて
ベタなことが書いていて、無視するのも可哀想な気がして、断りにいっただけだ。
でも、京は怒るかもしれないと思って、黙っていた。
しかし何故、京はこれを知っているのか?
「黙っているってことはやましい事でもあるんだね」
「何でそんな事聞くのよ」
「昨日、ある子からメールが来たんだ。君が放課後男子生徒と一緒にいるってね」
彼は私の手首を強く掴み、歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!!何か勘違いしているわ。話を聞いて!!」
彼はズカズカと公園のほうに歩き出す。
「え?学校は?遅れちゃうわよ」
「いいよ。今日は」
「よくないわ!!ちょっと!手を離してよ!痛いわ!!」
公園に着くと、彼は木影の方へ乱暴に私を押した。
「痛っ!!…」
私はひざから地面につく。
今までの京ならあり得ない行動だ。
私のひざからは血が滲み出す。
「何するのよ…」
さすがに私も怒りが上る。
「僕は愛花を愛しているよ?」
彼は腰を低くして、私の目線に合わせる。
何故だか、京が今放つ”愛している”は酷く哀しい。
「昨日は誰といたの?」
「知らない」
「知らないわけないじゃないか。浮気ってやつだろ?」
「は!?浮気!?」
とんでもない言葉が出てきて、思わずまぬけな声が出る。
「そうじゃないの?」
「違うに決まってるじゃない!!!私はただ告白されたのを断っただけよ」
「告白?」
「浮気みたいな器用な事私ができるわけないことぐらい、あなたは分かってるでしょう?幼いころからずっと一緒にいたんだもの」
私の手首を掴む手の力は弱くなった。
「…そうだね」
京はいきなりしおらしくなった。
「ちょっと、京の大きな勘違いのせいで怪我しちゃったじゃない。いつからそんな横暴になったの?」
「ごめん」
彼は優しく私のひざの傷を手当する。
もうその顔はいつも通りの京だった。
「いいわ。今日は1日サボりましょう。どうせ今日は移動教室だから気付かれないわ。」
「本当にごめん」
「いいって言ってるでしょ」
「…あぁ」
京は自分の手を見つめていた。
-どうして僕は。
-昨日の友達のメールから僕の頭はおかしかった。
-何故か黒い想像しかできなかった。
彼女が、他の男と仲良くしている。
2人は笑いあって、触れ合って。
僕はそんな彼女を影で乱暴に地面に押し付けて、強引に唇を奪って犯して、全てを壊した。
最近、よく見る僕の夢。
それは全て彼女を傷つけるものだった。
そんな事したくないのに体が止まらない。
夢だったはずが、現実となってしまう気がする。
さっきも…まるで自分が自分じゃないような気分だった。
「愛花っ…」
僕は彼女を激しく抱き寄せた。
「ど、どうしたの?本当に今日はおかしいわ。」
彼女はさっきのことが何もなかったかのように話す。
僕は君を傷つけただろう?
何で責めないんだ。
何で君はそんなに優しいんだ。
そう、最初から愛花は他の人とは違った。
自分の利益しか考えない奴らが集まる学校で、僕は君といるときだけ生きている気がした。
いつも僕の周りに集まるのは、僕のお父さん目当ての子息ばかり。
けれど幼いころ、君と出会って僕の世界は輝きだした。
-----榛葉学園初等部3年の頃。
僕の周りにはいつも人がたくさんいた。
「ねぇねぇ、牧瀬くんのお父さん昨日テレビに出てたわね!」
ある女の子が僕に言った。
「あぁ!うん!」
僕は自慢げに答える。
「本当にすごいわぁ。今度、牧瀬グループのパーティ呼んでね」
「え?」
いきなりそんな事を言われて呆然としていると、女の子は続ける。
「お母さんからこの前言われて…って、あ!言っちゃいけないんだったぁ」
別に腹が立つわけでもない。
ただ無感情だった。
すると、長い髪の少女が僕の前に来て、その女の子を強く押した。
「ちょっと!あなた失礼じゃない?まるで京とそういう事目当てで友達やってるみたいじゃない!」
幼馴染の愛花だった。
愛花は真剣な表情で強く言い放つ。
しかもめったに人と関わらない愛花が自分から言ったのだ。
「痛!!さいってい!!調子のらないでよ!うわあああぁあん」
女の子は泣きながら教室の外へ出て行く。
愛花も泣きそうだけれど、踏ん張っていた。
僕は愛花の手を握って、ありがとうと呟いた。
周りにいた人もいぶかしげに僕らを見て、離れていった。
「京は…京は…他にもたくさん良いところあるもん。それなのに…」
「いいんだよ。しょうがないんだよ。」
「私は絶対京の味方だよ」
「うん。僕も愛花の味方」
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「京?そろそろ離してくれないと苦しいかも」
「もう少しだけ」
「…うん」
彼女は僕の胸にスポリと頭を埋めて、呟く。
-あぁ愛しい。
「愛花…僕は壊したくないよ」
「何を?」
「自分を」
彼女は僕のほうを見て、笑う。
「大丈夫よ。壊れたとしても、京は京だわ」
ほら。彼女は簡単に僕の考えを覆してしまう。
こういうところが離せないんだ。
「大好きだよ」
「知ってるわよ」
愛花愛花愛花愛花愛花愛花愛花愛花。
言葉じゃ表せないほど、僕の心は君で埋め尽くされているよ。
もういっそ君の全てを奪ってしまいたいぐらいだ。
いや、もう君を壊してしまいたいと思うぐらいに。