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Kapitel.4

 僕は、あの幽霊がいかに冷酷無惨で自分勝手な奴だったかをたった一日で知ることになった。一年近くも一緒に過ごして心も開きかけてきた僕にとって、それは酷い仕打ちだ。

 始まりは、一本の電話からだった。



 昨日の金曜日は遅くまで仕事をしていて、帰ってきたのは日付の変わった一時頃。寝たのは二時過ぎだった。結果的に僕は、翌日の土曜日の昼間に電話の着信音で眼が覚めたのである。

 ・・・・・・おかしい。

 僕は眠る頭を動かしながら思った。

 望美の声がしない。というか、最近は感じるようになった気配さえない。

 電話が鳴っていれば、あれは僕の耳元で必要以上に大声を出すというのに。

 首を傾げながら電話を出ると、相手は鈴木だった。

「おー、どした?」

『岩淵か!?おい、大変だ!今すぐ俺ん家来れるか!?』

 鈴木は、僕が電話に出るや大声で叫んだ。おかげで一瞬で眼が覚めた。

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

『話は後だ!大変なことが起こってるんだよ!良いからさっさと来い!』

 鈴木の声には、焦りが混じっているように思えた。

 かつて鈴木がこんなに僕を急かしたことがあっただろうか?僕は鈴木に気圧されて、大至急で出かける支度をして家を飛び出した。



 鈴木の家まで走れば十分前後で着く。僕は全速力で走った。

 息を切らせる僕を見ても鈴木は気にしないとでもいうように、僕を強引に部屋へ連れ込んだ。

「どうしたって言うんだよ。何があったのさ」

 動揺する僕をソファに座らせると、鈴木は僕の質問には答えず周囲を見渡して言った。「あの幽霊はいるか?」

「え。いや、ここにはいないと思うけど」

 僕の答えに安心したような顔をする鈴木。

「・・・・・・何があった?」

 僕は恐る恐る訊く。すると鈴木は空に向かって呼びかけた。

「おい、大丈夫か」

「―うん・・・・・・」

 一瞬で全身が動かなくなった気分になった。息苦しくなって、頭は混乱する。眼を見開いて、僕は硬直した。

 他の誰でもない。

「由佳・・・・・・?」僕は呟いた。

 忘れるはずがない。この声を。僕が忘れるわけが・・・・・・。

「敢太」彼女の、声だ。絶対に。

 僕は頭を振った。何が起きている。どういうことだ。

「彼女も・・・・・・幽霊になってたらしい」

 鈴木が遠慮がちに言う。

「でも、あれからもう一年くらい経ってるのに・・・・・・」

 今更なんだ?どうして今更・・・・・・。

「一年くらいの時間が必要だったの」由佳がはっきりと言う。

「どういうことだ?」

 鈴木が尋ねる。鈴木も聞いていないらしい。

「田柄望美」

 鈴木の質問を無視して由佳が言った。僕はどきっとする。

「ねぇ敢太。覚えてないの?この名前を」

「え?」

 由佳の言葉に、僕は暫く考えて叫んだ。

「知ってるのか」

 鈴木が驚いたように僕を見る。

「大学の後輩だ!なにかと僕に付きまとってきて。僕が由佳と付き合っていると知ったとたんに嫌がらせを始めたあの・・・・・・」

 まくし立てて、僕は口を噤んだ。

 あの幽霊が、あの田柄だと言うのか?

 僕に一目惚れをしたとかで、必要以上に僕に近寄ってきた田柄。何度も断ったのに懲りずに告白してきた田柄。無視しても嬉しそうに僕についてきた田柄・・・・・・。

「私が死んだとき・・・・・・。あの子は喜んだでしょうね。邪魔だった私がいなくなった今、誰も自分を邪魔するものなんてない。私が死んだことでショックを受けている敢太に近づいて、敢太が心を許すまで側にいれば良い。実際、あの子の思い通りだった」由佳は静かに言う。「私が幽霊として存在したときには既に、あの子は敢太の周りに結界を張ってたわ」

「結界?」

「そう。だから、私は敢太や鈴木さんとこうやって話すことができなかったの。結界を壊すほどの力を、私は持っていないから」

「じゃあどうして今は・・・・・・」

「結界を張るということは、力を使うということ。長時間張り続けるのは無理があるのよ。丁度今日、結界を張るのに限界がきて、今は結界が張られてないの。今あの子はメンテナンスにでも行ってるんじゃないかな」

 由佳は、ふうと息を吐いてから声のトーンを下げた。

「・・・・・・結界が張られててもね、中の様子はわかるのよ」

「え」

「敢太、あの子の思い通りになってたね」

「・・・・・・」

「私のことよりも、あの子のことを想うようになっていた」

 由佳の冷たい視線を感じる。僕は泣いてしまいたかった。

「ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・」

 なんて言ったら良いかわからなくなってきた。僕は愚かだ。あんな奴に簡単に操られて、手の中で転がされていたんだ。

 あの幽霊と初めて会ったときだって、あれは楽しそうだった。恐怖なんて一切なく、きっと僕の弱さを知っていたんだろう。僕が心を許してしまうということも、あれにとっては必然だったのだ。

「今でも、あの子のことが好き?」

 姿が見えてたら、きっと首を傾げながら上目遣いに僕を見上げていたに違いない。そんな可愛らしいような不安そうな声を、由佳は発した。

 僕は即首を横に振る。

「それはない!絶対にない!やっぱり由佳が一番だよ。由佳が・・・・・・」

 不意に、由佳の姿を思い浮かべてしまった。今すぐ抱きしめたい。この腕で、彼女の全てを抱いてやりたい。

 でも、それはもうできないのだ。こんなに近くに由佳を感じるのに、それを実感することができないのだ。

 僕は嗚咽を殺して涙を零して。

 由佳への愛情が溢れて止まらない。どうして由佳は死ななくてはならなかったんだ。

「敢太・・・・・・」

 鈴木がそっと背中をさすってくれる。由佳が悲しそうに言った。

「何よ、この空気。最悪ね」

 唐突に声が聞こえてきた。これはこれで忘れないであろう。あの田柄の声だった。





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