Kapitel.3
「で、なんで家までついてくるんだよ」
「心配じゃねぇか。お前、絶対何か抱えてるだろう。そしてそれを誰かにぶちまけたくてしょうがない。違うか?」
違うか、と問われたら、僕は即答しよう。違わない、と。
確かに、誰かにぶちまけてやりたい。
僕は、鈴木を家に招き入れた。
「幽霊の存在。鈴木なら信じるか?」
「・・・・・・まぁ、岩渕がいると言うなら」
鈴木は、唐突に言った僕の言葉に驚きを示さなかった。予想していたのだろう。
「僕は・・・・・・、いると思う。というか、断言できる」
「会ったのか?」
鈴木の質問に、僕は首を振った。「会ってはない。声を聞いただけ」
「・・・・・・彼女の、声じゃなくて?」
「違ったよ。知らない人」
「んじゃあ察するに、あの小学校の騒動もその幽霊の仕業だと?」
僕は頷いた。
「へぇ・・・・・・。その幽霊、今どこにいるんだ?」
「さぁ・・・・・・。人間には見えないんだよ。声しか聞こえないってわけ」
「じゃあここにいるかもしれないってか?」
鈴木が部屋を見渡す。そして小さく呟いた。「汚ねぇ部屋」
「うるさい。まあ、いるだろうよ。あの日からずっといるし。おーい、いるんだろ」
僕が空に向かって呼びかけると、暫くしてあの声が聞こえてきた。
「ええ。いますよ」
このときは流石の鈴木も驚いたようで、きょろきょろと満遍なく部屋を見回す。それでも、幽霊の姿を捉えることなんてできるはずもなく。
「まさか、他人に私の存在を言うとは思いませんでした」
「一人で抱えられるもんじゃない」
「そうですかね」幽霊は笑う。
僕は鈴木に、幽霊との馴れ初めを話した。鈴木は感心したように僕を見る。
「まさか一生の中で、幽霊に会えるなんて思ってもなかったよ」
「あら、幽霊はそこらへんに沢山いますよ。ただ、みんな人間には姿が見えないから、声だけ聞かれて怖がられるのを避けてるんです。本当は仲良くしたいのに」
仲良くって、人間と幽霊がどうやって仲良くなるんだ。というか、仲良くなって何をすると言うんだ。
僕は心の中で呟く。
「じゃあ俺の周りにもいるわけ?」
「いるかもしれないですね。見てないのでわかりませんけど」
そういえば、幽霊にとって視覚情報はどこから入ってくるんだろう?視覚情報だけじゃない。人間の五感と呼ばれるものは、幽霊にはどうやって・・・・・・。
「仲良くしたいなら、話しかければ良いじゃないか」
首を傾げる僕を無視して、鈴木は普通に幽霊と会話している。
「無理ですよ。人間って、自分の理解できないことは拒否してしまうもんでしょう。なかったことにしてしまう人だって多いわ。突然声が聞こえたら、誰だって気味悪がりますよ」
気のせいか、幽霊の言葉には棘がある。そういう経験があるのかもしれない。
「ですから、できるだけ私のことは言わないで下さい」
鈴木は圧されたように頷いた。
あれから一年くらいが経ってしまった。すっかり幽霊との生活に慣れてしまったのには、彼女になんて弁解すれば良いのかもわからない。
「そういえば、彼女が幽霊となって現れるということはないのか」
ふと思って、僕は望美に尋ねてみた。すると、望美はあっさりと答えた。
「可能性はあるでしょうね。私だってこうして存在しているのですから」
「幽霊にはどうやったらなれるんだ?」
「さぁ?本当は、自殺した私が幽霊なんかになってこの世に存在してしまうのはどうなのかと思いますけどね」
事故で亡くなられた方が幽霊になるべきなのに、と望美は静かに言う。自分が幽霊として存在していることを、どこか怒っているような口調だった。
「でも、私、幽霊となってこうしていられて、嬉しいです」
「え?」
「敢太さんと一緒に暮らすようになって、私幸せですよ」
僕は微笑んでいた。
認めたくなったけれど、僕の中には、彼女よりも望美の存在が大きくなっている。少し悔しいけれど、事実だと思うしかなかった。
「・・・・・・目の前にいないものを愛するって難しいな」
つい呟いてしまった。すると、望美は笑った。「そんなもんですよ」
「・・・・・・そうか」
鈴木は重々しく口を開いた。
彼女よりも望美の存在が大きくなっていることを打ち明けたのだ。
「一年近く経ったもんな」
「彼女が嫌いになったわけじゃない。だけど・・・・・・」
僕は俯く。だけど、僕は・・・・・・。
「仕方ないんじゃないか。いつまでも故人を想い続けるっていうのも難しいもんな」
「良いのかな・・・・・・」
「あの子だったら多分、いつまでも私なんて想ってないでさっさと別の恋を探しなさい、くらい言いそうだけど」
確かにそうだ。彼女なら言いそう。
僕は単純だったのかもしれない。いや、単純だったのだ。そうじゃなかったら、僕は幽霊なんかと親しくなるはずがない。
僕は幽霊を侮っていたんだろう。自覚はなくても、心のどこかで。
知る由もなかった。幽霊の目的を。奴が、何を企んでいたのかを。
そして、僕が彼女をどれだけ傷つけたのかも。