表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

Kapitel.1

 彼女の葬儀が終わって、僕は近くの公園に立ち寄った。ベンチに座り、必死に頭の中を整理しようとする。

 どうして彼女が死ななくてはいけなかった?どうして僕は彼女を守れなかった?

 信じられるわけがない。人間はこんなに簡単に死んでしまうものなのか?

 もうこれからは、僕のそばにいてくれる人はいない。僕に付き合ってくれる人もいない。僕を愛してくれる人もいない。そんなの、信じたくない。

 何が起こっているのかわからなかった。頭が酷く混乱している。けれど、夢ではないことだけは心のどこかで理解していた。

 そんな時だった。唐突に声が聞こえてきたのだ。

「大丈夫ですか?」綺麗な女性の声だった。

 僕は顔を上げずに呟くように言う。

「大丈夫ならこんな所で頭を抱えていません」

「そうですよね・・・・・・」

 それから女性は何も言わなかった。立ち去ったのかと思い、僕は少しほっとした。一人になりたいのだ、誰も邪魔しないで欲しい。

 しかし、その女性は立ち去っていなかった。

「私でよければ、話を聞きましょうか」

「・・・・・・どうしてですか」

「どうしてって・・・・・・」女性は困ったように言う。「あなたの顔に、誰かに話をしたいと書いてあります」

 この科白に疑問を持たなかった時点で、僕の精神状態は宜しくなかったと言える。

 僕は本当に誰かに話したかったのだと思う。自分で整理できないことがわかっていたのだ。

「・・・・・・彼女が火事で死んだのです」

 僕は整理しながら話していく。女性は静かに僕の話を聞いてくれていた。

「元気だったのに。信じられません。どうして彼女が、由佳ゆかが死ななくてはいけない。由佳がいなくなったら・・・・・・、僕はどうすれば良いんだ」

 話しているうちに、涙が溢れてきた。僕は唇を噛みしめる。

「・・・・・・死ぬ気ですか」

 黙った僕に、彼女が訊く。

「・・・・・・わかりますか」僕は溜息を吐いた。「そうしたいんです。死んでも由佳のそばにいたい。けれど・・・・・・、自殺なんてしたら、由佳は絶対に許さない。私はまだ生きたかったのに、生きているあなたは自ら命を絶つなんて、絶対に許さないからって・・・・・・。由佳がならそう言います」

 気の強い人なんですよ、と僕は付け加える。すると、女性は力強く言った。

「それは私も同感です。生きてる人は、生きる喜びがわかってないのですよ」

「でも、生きてたって楽しいことなどないですよ」

「それも同感です。生きるほどつらいことはありません」

 女性の言葉に矛盾があることには気がついたが、僕は対して気にしなかった。どうでも良かったのだ。

「僕はこれからどうれば良いのかがわからない。由佳がいなくなった今、僕が生きる意味はなくなったのです」

「そんなことはありません。由佳さんは望んでいるのでしょう、あなたが生きることを。それがあなたの生きる意味です」

 そうかもしれない。僕は彼女の為に生きてきた。彼女がそう望むのなら、僕は生きるべきなのだろう。

「でも・・・・・・、生きてたって何もない。面白いことも何も・・・・・・」

「あなたが面白いと感じようとしないからですよ。この世は面白いことで溢れています。死んだら嫌でも実感しますよ」

 彼女は苦笑したような声で言う。

「なら死なせてくれよ」

「誤解していますか?私はあなたの自殺を止めているわけではありません。自殺したい気持ちは誰よりもよくわかりますから。でも」彼女は一瞬言葉を切った。「リストカットはやめた方が良いですよ」

「・・・・・・そうか」

「今は飛び降りにや首吊りにすれば良かったと後悔してます。リスカなんてするんじゃなかった」

 ・・・・・・もしかして、

「あなたは、自殺経験者ですか」

 僕の質問に、女性は恥じるわけでも躊躇うわけでもなく頷いた。

「はい」

「リスカを?」

「ええ。経験者として、これはお勧めしません」

「そうですか・・・・・・」

「飛び降りますか?」

「・・・・・・いや、自殺はしません。由佳が怒りますから」

 僕は肩を竦める。けれど、前を向くには時間がかかりそうだ。

 そう言うと、女性は笑うように言った。

「それで良いんじゃないですか。死んだ人間にとって、生きている人間が泣いているのを見るのは悲しいですが、それなりに嬉しいんです。だって、自分がいなくなって悲しんでくれる人がいるって幸せでしょう」

「そうですか」

「私はそうでしたけど、由佳さんはどうでしょう?もしかしたら怒るかもしれませんよ」

 女性は笑いながら言う。きっと冗談だったのかもしれないけれど、流石に僕でも気がついた。私はそうでした、って?

 僕はそっと顔を上げる。冷たい風が僕の頬を叩いた気がした。

 どういうことだ。公園には誰もいなかった。



 帰ったのか。僕は一瞬そう思ったが、そんなわけがない。何故なら、足音が全くしなかったからだ。

 待てよ待てよ。そもそも、足音なんて一切聞いてないぞ。女性が近づいてくる音さえしなかったんじゃないか?

 僕はなんとなく、血の気が引いていったような気がした。

 確かにそうだ。気が動転していたけれど、これは確かだ。足音なんて、一切聞いてない。

 僕が頭を抱えたのを笑うように、彼女の声が聞こえてきた。

「私なら後ろにいますよ」

 僕ははっとする。そうか、後ろか。

 僕は動揺を恥じるように苦笑しながら言った。「僕、結構堪えてるんですね」そして後ろを向く。

 固まった。文字通り、僕は固まった。顔に笑顔を張り付けたまま。

 どういうことだろう?僕は冷静を維持しようと、笑顔を張り付けたまま自問自答する。これは、どういうことだ?

 後ろに女性の姿なんてない。というか、実際気配など全くしていないのだ。後ろにはただ、木々が並んでいるだけだ。

 僕は勢い良く立って、周囲を見渡した。

 誰もいない。声もしない。冷たい風が全身を包んでいるだけだ。夜の公園は寂しいと改めて実感するように、僕は暫く公園内を見渡していた。

 女性が去ったとは考えにくい。僕は恐る恐る口を開いた。

「あの・・・・・・、どこにいるんですか」

 案の定、女性は去ってはいなかった。「ここにいますよ」

 こういう時-非現実的なことが目の前で起きたとき、人間はどのような対処をすれば良いんだろう?

 無視するべきか?精神科にでも行くべきか?僕は幻聴まで聞こえる程気が動転しているのか?

 彼女の声だったら良かったのに。なんて僕は少し思った。

 気を取り直して、僕は大きく息を吐いて訊いた。

「・・・・・・透明人間ですか」

 僕は半ば真剣に言ったつもりなのだが、女性は笑い飛ばした。

「まさか。まぁ、近いものかもしれませんけどね。どちらかと言うと幽霊に近いですけど」

 ゆうれい?あの、死者の魂がどうのこうのって言う、あれか?

 僕は首を振った。

 そんなわけがない。幽霊なんているはずがない。いや、幽霊はいても良い。だが、幽霊と会話をしているというのは認めたくない。

「驚かれました?」

 女性は無邪気に言う。驚くなんてもんじゃない。幽霊を前にして、幽霊と会話をして、驚くぐらいで済むわけがないだろう。もしも驚きもしないというなら、それは幽霊を信じていないのだ。実際に幽霊に会って話してみろ。腰が抜けるかもしれないぞ。

「・・・・・・本気で言ってます?」

 僕はどの方向を向いて良いかわからず、空を見ながら訊いた。

 よく聞くと、彼女の声はどこからともなく、響くように聞こえてくる。

「本気ですよ。というか、揺るぎようもない事実ですから」

「夢じゃないですか?」

「それはあなたの判断に任せます。あなたがこれを夢だと思うのならそれで良いです」

 正直、はっきりと現実だと言ってほしかった。今の僕に自己判断力が欠けているというのは、わかるんじゃないのか。

「・・・・・・君は、自殺したのに生き返ったと言うのか?」

「そんなところです。正確に言えば、魂だけこの世を漂うことになってしまったわけですが」

「・・・・・・意味がわからない」

 僕は再びベンチに腰を掛け、頭を抱えた。

 何もかも放り投げなくなってきた。彼女を失い、幽霊と出会うなんて。僕が何をした?神様とやらに何か反感を買うようなことをしたのか?

「できる限りでしたら説明しますよ」

 女性は遠慮がちに言う。少なからず、僕のことを心配してくれているらしい。

 聞きたいことは沢山ある。けれど、まず聞きたいのは、

「君の声は、誰にでも聞こえるんですか」

「ええ」

「いつだったかに、僕の家の近くの小学校で、授業中に正体不明の叫び声を聞いたという騒ぎがありましたが」

「あぁ、それ私です」

 女性はあっけらかんと言う。あの騒ぎで小学生が泣き出したというが、悪気はあるのだろうか?

「今までに誰かに話しかけた経験は?」

「ありますよ。けれど、みんな幻聴かと首を捻るくらいで、私に気がつかないんです」

 そりゃあそうだ。幻聴くらい、よくある話だろう。それを幽霊がいると考える奴なんてそうはいないはずだ。

「じゃあ、僕に話しかけたのは・・・・・・」

「あなたがあまりに可哀想に思えたんで、つい」女性はえへっと笑う。

「・・・・・・そうですか。では、僕はこれで」

 僕はどこにいるかもわからない相手に、お辞儀をして、回れ右をして帰ろうとした。

 とにかくここから離れるべきだ。というか、女性とは関わらないべきだ。

 そんな僕の気持ちを察してるのかなんなのか、女性は無邪気に言った。

「私もついていって良いですか?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ