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短編

糊+夢+乾パン

作者: awasiki

「世界はのりで張ったみたいに、くっついてる様でスグに剥がれちゃうんだよ」

君の口癖はずっとそうだった。

といっても、君と一緒にいた時間なんてほんの一月くらいだったけど。

たった一月で君は僕にかけがえのない何かを与え、君の言葉はずっと僕の中に残ってる。




僕のいるクラスに君が転校して来た時は確か6月の終わりだった。

もう梅雨も明け着々と日差しがその勢力を強めている頃に、君は長袖長ズボンだった事に僕はひどく驚いたものだ。

自己紹介もつつがなく終わる訳がなく、クラス中の友達は君のあの台詞に度肝を抜かれた。

「世界はのりで張ったみたいに、くっついている様でスグに剥がれちゃうんだよ。

だから、今すぐにでも世界が壊れるのに備えなきゃ」

真剣な眼差しでそう言う君はクラス全員から白い目で見られる事も気にしないで、僕の隣の席に座った。

君は君の名を告げ、僕も僕の名を告げた。

君は手を伸ばしへと僕へ差し出した。僕はそれを握手だと受け取り手を握ったが、あれは本当に悔やましい事だ。

本当にすまないと思う。あの頃はまだ君をあまり知らなかったんだ。


翌日から、というよりもその日から、君はとても有名になった。それも良い意味ではなく悪い意味で。

当たり前だ。転校初日そうそうにあんな事を言ってしまうなんて、僕でも引いた位だ。

とにかく、転校翌日から君の周りに人間はいなくなった。

だからだろう。君は唯一話しかける事に成功した僕へと話しかけ始めた。

最初は僕も無視していた。転校初日の言葉で僕も引いていたんだ。

しかし君が繰り返し繰り返し話しかける度に、クラスの友達が君と僕に興味を持ち始めた。

僕は友達に言われ、君と付き合い始めた。簡単に言えば、僕は君の毒見役に抜擢された。

それが君と僕が付き合い始めた契機なのだが、君はそんな事を知らずに純朴に僕を友達と思い始めた。

ある日は公園で遊び、ある日は学校で話し、

しかし君は必ずいつもの言葉で締めくくるのだった。

「世界はのりで貼ったみたいに、くっついている様でスグに剥がれちゃうんだよ」


僕の頭の中の君の記憶の中で最も記憶に残るものと言ったら、7月の初めにあったあの防空壕の出来事だろう。

僕の通う小学校の裏には古臭い防空壕がある。と君はどこかで聞いたらしく、君は迷彩色の長袖長ズボンで僕を誘った。

当然、防空壕の事は知っていたし、そこが大した事のない場所でもある事も僕はすでに知っていた。

でも僕は君の純粋な目を見て、防空壕へと行く事を決めたのだった。

学校の裏の雑木林の中。昼間でも暗い林の中を5分も歩けばその防空壕へと辿り着いた。

半世紀は昔の遺産だがまだ防空壕が持つ秘密な雰囲気は健在で、君はものの数分で防空壕を秘密基地へ認めた。

僕と君は防空壕の中に座り込み、ずっとずっと喋りあった。

それは昨日見たテレビの事だったり、担任の先生が口煩い事への愚痴だったり、とにかくひたすらに下らない事を喋りあった。

時間もとっぷりと過ぎ、ようやく暑さも和らいだ頃。そろそろ家へと帰ろうかという時間に君はいつものあの言葉を言った。

「世界はのりで貼ったみたいに、くっついている様でスグに剥がれちゃうんだよ

だから、この防空壕は大切なものなんだよ。世界が壊れるのにちゃんと備えなきゃ」

そう言って君はポケットから乾パンを取り出した。

君はそれを半分に割って口の中に放りこみ、もう半分を僕へと投げて寄こした。

「この乾パンって好きなんだよ」

君は美味しそうに乾パンを食べているのを見て僕も乾パンを齧ったが、少し苦い乾パンを美味しいとは思わなかった。

「じゃあ、帰ろうか」

そう言って君は立ち上がったが、すぐにバランスを崩して倒れこんだ。

君は何事もなかった様に立ち上がり防空壕から出ていき、僕は少し経ってから防空壕から出ていった。

僕が防空壕から出ていくのに少し時間が経ったのにはちゃんと理由があった。

僕は見てしまったからだった。

君の足に幾つもの青痣があるのを。


翌日、新聞で君が虐待の末に殺された事を知った。


「世界はのりで貼ったみたいに、くっついている様でスグに剥がれちゃうんだよ」

それは君の夢だった。

君は世界が壊れて君を救ってくれる事をずっと夢見ていた。

「世界はのりで貼ったみたいに、くっついている様でスグに剥がれちゃうんだよ」

君ものりで貼ったみたいに、くっついている様でスグに剥がれちゃう事に気づいてあげれば良かった。

転校初日、君の手が求めていたのは握手ではなく救いだった事を僕はこの時初めて知った。




「おとうさ~ん。これ何~?」

あれから20年余り。僕は一児の父になった。

最愛の息子は何かを手に走ってやってきた。息子の手に握られているものは乾パンの缶だった。

「それはね、乾パンっていって世界が壊れた時に食べるものなんだよ」

「へ~。食べた~い」

息子の要望に応え、僕は乾パンのプルタブを開けた。缶の中にはぎっしりと乾パンが入っている。

乾パンを見る度に君の事を思い出す。世界が壊れた時に乾パンを食べるというのも君の受け売りだ。

僕は乾パンを一つ取ってその半分を息子へ渡し、その半分を齧った。

「うえ~。苦くてマズい~」

息子は舌を出して乾パンにブーイングを送っていたが、僕はこの乾パンを美味しいと感じる様になっていた。

この素朴で、少し苦い味が君の事を思い出させるからだろう。

たった一月で君は僕にかけがえのない何かを与えた。

それがなんなのかは今でも判らない。君を救えなかった事への罪なのかもしれない。あんなになっても僕を信じ続けた君の強さなのかもしれない。

この正体不明な感情を、僕は乾パンと一緒に咀嚼して腹の中におさめた。

ある時頼まれた三題話の短編小説

一番自分らしくないけど一番自分みたいな気がします

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