自サバ系女騎士候補生って、なんか勘違いしてません?
「自サバ女と言うのだそうよ」
シャロンにそう教えてくれたのは王太子妃殿下だった。この妃殿下は中々に市井の俗な噂に詳しい。市井の噂を知ることは為政者の妻として大切なことだろうが、これは何か関係するのだろうか。そうシャロンは思い首を傾げる。
「地鯖……何処かの港の特産品ですか?」
真面目にそう尋ねるシャロンに王太子妃殿下や同僚が笑う。なんだか唐突にゴマ鯖が食べたくなってしまったわ、領地からマジックボックス(時間停止機能付き)で送ってもらおうかしら、地元で獲れる鯖──なんてことをシャロンは思う。
「違いますわ。自称サバサバしている女です」
同僚の伯爵令嬢が苦笑しながら教えてくれる。
「騎士学校や下級騎士の女性に多いそうよ。自分は物事をはっきり言ってサバサバしているから、陰口大好きなじめじめした陰湿な女とは話が合わない、男のほうが話が合うし気楽に付き合えると言うのですって。そのくせ、胸元を強調した服を好んで、男性とベタベタと触れ合うらしいの」
王太子妃殿下は何処からそんな情報を仕入れたのだろう。しかし、それはサバサバしているというのだろうか。
「それは別の意味で陰湿ですね」
シャロンは呆れを隠さずに言う。そんな女騎士が増えては堪ったものではない。
「取り敢えず、父に騎士学校の風紀が乱れているようだと報告はしておきます」
シャロンは王太子妃殿下にそう告げる。それに王太子妃殿下も鷹揚に頷く。シャロンの父は王立騎士団の総団長だ。王国のいくつかの騎士団を統括する立場にあるのだ。
王太子妃殿下から『自サバ女』のことを聞いてから数日後、「ああ、これがそうなのか」とシャロンは目の前の少女を見て思った。
今日は婚約者であるカールとの月に一度のお茶会だった。それぞれの家で行うのはカールが面倒臭がり、王都の貴族向けのカフェで1杯のお茶を飲むだけのデートともいえない時間だった。
「父が偶には顔を出すように申しておりましたわ」
「あー、面倒臭ぇなぁ。シャロンから適当に誤魔化しとけよ」
カールの言葉に内心で呆れた溜息をつく。シャロンはキンバリー侯爵家の嫡女で、カールはブリュー伯爵家の三男であり、カールは婿入りする立場だ。ブリュー伯爵が父の配下の1騎士団の団長を務める縁で結ばれた婚約だが、何故かカールは望まれて自分が婿入りすると思っている。実際にはブリュー伯爵から頼み込まれ、家を継ぐのはシャロンだから邪魔にならないし実家が配下なのは何かと都合がいいかもしれないからと消極的選択の末に結ばれた婚約なのだが。
「そうは言いますが」
「あれー、カールじゃん!」
シャロンがカールに言い聞かせようとしたとき、無遠慮な女の声が割り込んだ。年のころは同じくらい。明るい栗色の髪は肩にかかる程度のボブカット、栗色の瞳をしたこれといって特徴のない、美しくも醜くもない平凡な顔立ちの女性だ。
「なんだ、ジェマか。どうしたんだ?」
伯爵令息らしくない態度でカールは女性に応じている。少女──ジェマは騎士学校の制服を着ているから、恐らく同級生か何かだろう。しかし、その制服も着崩しているというか、なんとも騎士らしくない乱れた着用の仕方だった。恐らくわざと1サイズ小さなものを着ている。胸元ははちきれんばかりでボタンを谷間が見えるギリギリで留め、襟元は大きく緩めている。全体的にぴちぴちに窮屈そうな着こなしだった。
ジェマはシャロンを無視したまま、カールの肩を抱くように腕を回し、胸をカールの腕に押し付けるようにして、許可も得ずにカールの隣に座った。
(なんて礼儀知らずでマナーのなってない方なのかしら。平民の騎士候補生? それにしても余りにも酷い)
表情には出さぬものの、シャロンは目の前の少女に不快感を覚えた。そして、その不快感はこれから加速する一方だった。
「あ、シャロン、こいつは騎士学校の同級生で、ジェマ・バニスター男爵令嬢だ。ジェマ、こいつが俺の婚約者のシャロン」
「はじめまして、バニスター男爵令嬢。わたくしはキンバリー侯爵家嫡女シャロンと申します。カール殿の婚約者ですわ」
紹介された以上名乗らないわけにはいかない。シャロンは社交の際の淑女の仮面を貼り付けて挨拶をした。
「あー、堅苦しい挨拶はいいよ。面倒じゃん。女って面倒だよねぇ。礼儀とか作法とかマナーとかさ。あたしはサバサバしてっから、そういうのイヤなんだよねぇ」
サバサバしているのではなく単にマナーが出来ないだけでは? 思わずそうツッコミそうになったが、ぐっと堪えた。王太子妃殿下から伺った『自サバ女』はこちらは真っ当な貴族らしい注意をしても『陰湿な女ってヤダねー』などと逆にこちらを悪者扱いするらしい。
「あたし、男みたいだからさぁ、カールとか男とつるんでるほうが楽なんだよ。女って気取ってさ、淑女の微笑みとかってーの? 何考えてるか判んないんだよねぇ。婚約者ちゃんもそんな感じだよねー」
「貴女、とても無礼ですわね。無礼とサバサバしているのは違いましてよ」
男爵の次女風情が侯爵家の嫡女に取る態度ではない。これでは騎士にはなれないだろう。自分なら決してこれを採用はしない。
「は? あんた、何言ってんのよ」
「そうだぞ、言いすぎだ、シャロン! ジェマは女のイヤなところがなくて男同士みたいに気楽に付き合えるいいヤツだぞ」
ジェマを庇うカールにも呆れる。つい今までジェマの豊かな胸部脂肪を腕に押し付けられて鼻の下を伸ばして脂下がっていた癖に。
「カール殿、性格が如何に男性に近かったとしても、肉体は女性です。であれば、未婚の貴族の男女として適切な距離と触れ合いをなさいませ」
呆れた溜息を隠しもせずにシャロンは告げる。カールのこれまでの言動は到底次期キンバリー侯爵家当主の夫に相応しいものではなかった。おまけに騎士団総団長の娘の婿になるには実力も不足しているし、努力も怠っている。騎士学校の成績も下から数えたほうが早いくらいだ。キンバリー家ではこの婚約の見直しをしており、今期の騎士学校の成績次第では『成績及び素行不良で婿入りに足る能力なし』として婚約を白紙撤回するつもりだ。その旨、既にカールの父のブリュー伯爵には通達している。
「だからぁ、あたしは女だけど、男みたいなもんなの! あーヤダヤダ。嫉妬して難癖付けてきてさぁ。これだから女は嫌いなんだよ。ま、あたしも嫌われてるけどね」
ジェマはそう言ってカールにしな垂れかかりながら、シャロンを睨む。その姿はどう見ても女だ。こういう勘違いした女が女性騎士になるなど、有り得ない。
「バニスター男爵令嬢、貴女は騎士になりたいのですよね?」
「当たり前だろ。男爵家の次女なんて嫁入り先もないし、自分で身を立てるっきゃないっしょ。それにあたしの性格的に騎士のほうが合ってるしねぇ」
ニヤニヤと笑いながらジェマは言う。それにシャロンは隠すことなく溜息を漏らした。
「何処の騎士団を目指しておられるの? 父君と同じ王都警備騎士団第三部隊かしら?」
ジェマの父は王都の貧民街地区を担当する第三部隊の隊長だ。特に功績があったわけではなく年功序列によって隊長になっている。父が総団長であることもあり、シャロンは王都と王宮の4騎士団全ての団長と隊長を把握していた。
「なんで父さんのこと知ってんだよ。あ、あたしのこと調べたの? 婚約者の愛人とでも思った? 受けるんだけど」
シャロンを馬鹿にするようにジェマは嗤い、カールもそれに追従する。
「まぁ、俺も訓練で忙しくて、ジェマと一緒にいることも多いからなぁ。シャロンが嫉妬しても仕方ねぇか。でも、調べるか態々」
カールは以前からシャロンが自分に惚れていると勘違いして思い込んでいる。シャロンにとっては業腹極まりないのだが、今期での婚約白紙撤回はほぼ確定しているのでなんとかやり過ごしているところだ。
「この程度調べたりいたしません。我が父は王国の全ての騎士団を束ねる総団長。ゆえにわたくしも王国の騎士団の各団長や隊長は把握しておりますの。当然バニスター男爵の所属と役職くらいは調べるまでもなく知っておりましてよ。騎士を目指す娘さんがいるとは存じませんでしたけれど」
取り敢えず、事実を告げる。態々こんな自サバ女と勘助(勘違い甚だしい男という意味だと王太子妃殿下に教えてもらった)を調べたなどと思われたくないシャロンである。
「それでバニスター男爵令嬢はどの騎士団を目指しておられるの?」
「やだなぁ、そんな堅苦しい呼び方しないで、ジェマって呼んでいいよ。あたしもシャロンって呼ぶからさ」
「お断りいたします。わたくしのことはキンバリー侯爵令嬢とお呼びください」
相変わらず状況を理解できず馴れ馴れしいジェマに呆れる。再度希望部署を尋ねれば、ジェマは『イキシア騎士団』だと答えた。イキシア騎士団は王国の騎士団で唯一花の名を冠した騎士団だ。第1部隊は王妃陛下の護衛、第2部隊は王太子妃殿下の護衛、第3部隊は王太后陛下の護衛、第4・5部隊は二人の王女殿下の護衛を務めている。女性騎士にとっては憧れの騎士団だった。そこにジェマも入りたいのだという。
「無理ですわね」
だが、ジェマの希望をシャロンは一刀両断した。
「はぁ? 何で、あんたがそんなこと決めるのさ。カール何とか言ってやりなよ。あんたの婚約者生意気だよ」
ジェマは憤慨してカールに応援を要請する。カールも自分に従わない生意気な婚約者を懲らしめてやろうと鼻息を荒くした。
「そうだぞ、可愛げがない女だな。そんなんじゃ、俺もお前を捨てることになるぞ。大体なんでお前がイキシア騎士団の入団可否を決めるんだよ。そんな権利ないだろ。ああ、親爺さんにおねだりすんのか? カールと親しい女騎士が気に入らないから落としてくれって」
シャロンを馬鹿にするようにカールは言う。己の現状も婚約者の仕事も何も知らない愚かさを露呈していることに気付かずに。
「ございますのよ。わたくし、イキシア騎士団第2部隊隊長を拝命しておりますもの」
そう、シャロンの職場は王太子妃宮だ。王太子妃の護衛がシャロンの仕事だった。だが、それをカールもジェマも信じなかった。
「そんなはずないだろ。お前、俺と同じ18歳じゃないか。まだ騎士学校だろ。……あれ、騎士学校でお前見ないな」
「ついていけなくて辞めたんじゃない? こんな細っこい体で剣は振れないでしょ」
ガハハアハハと下品に二人は笑う。シャロンが溜息をついた瞬間、カールの喉笛に短剣の切っ先が突きつけられていた。
「……え」
「はぁっ?」
シャロンが短剣を取り出すところも、振るうところも見えなかった。気付かなかった。けれど今、確かにカールの喉笛に短剣が突きつけられている。
「いい加減、貴方方の下品な言動にはうんざりですわ。騎士学校でわたくしを見ない? 当然でしょう。わたくしをはじめ優秀な騎士は騎士学校には通わず、15歳になったら直ぐに騎士団の入団試験を受験しますもの。騎士学校に通うのは貴族であれば15歳で受験できない未熟者とそれまで学ぶ機会のなかった者だけです。カール殿は前者、バニスター嬢は後者ということでしょう」
すっと剣を引き、シャロンは言う。言葉遣いも表情も紛れもなく淑女のものだ。しかし、全身から漂う雰囲気は歴戦の兵の風格があった。まだ正式に騎士になってからは3年とはいえ、10歳になるころには従騎士として職務についていたのだ。本格的に学び始めて3年、しかも真面目に訓練していない彼らとシャロンでは格が違いすぎた。
そして、自らの婚約者の仕事も立場も全く知らないカールにも心底呆れた。
「バニスター嬢、貴女、騎士学校の『貴族教養』の成績がE-、つまり最低ランクですわよね。イキシア騎士団の合格基準はA++ですの。それだけで不合格ですわ」
騎士学校の『貴族教養』の講義は基本的な貴族法、貴族の礼儀作法、慣習、常識を学ぶ学科だ。これを修めていないと、王立騎士団4騎士団のうち、近衛とイキシア、王宮の3騎士団には入団できない。唯一の例外が王都の治安維持を行う王都警備騎士団である。なお、正確には騎士団といってはいるが上層部に騎士が数名いるだけで他は皆兵士だ。
「なんで、騎士にそんなもんが必要なんだよ! 強けりゃいいじゃないか」
己が目指す騎士団の部隊長に対して、ジェマは食って掛かる。ここで媚を売らないあたりある意味主義主張は一貫しているのかもしれない。
「いいわけございませんの。イキシア騎士団では『貴族教養』の他にも『ダンス』『話術』が最低でもA評定、短剣・暗器・体術のどれか2つ以上がA+である必要があるのです。貴女の成績は……ああ、来ましたわね」
シャロンが入口に目をやると、そこには同僚が──正確には部下が入ってきたところだった。彼女は長い金髪を一つに括り、イキシア騎士団の平服(とはいっても充分に装飾された優美な白い騎士服)を纏っている。誰が見てもイキシア騎士団の女騎士だった。
「隊長、お持ちしました」
「有難う、ステファニー嬢。貴女も隣にお掛けなさい」
「では、遠慮なく」
ステファニーと呼ばれた女騎士はシャロンに書類を差し出す。そして、上司の隣に座った。対面のカールとジェマは丸っきり無視だ。
実はジェマが現れて間もなく、シャロンは通信魔道具でカールとジェマの考課表を持ってくるように指示していたのだ。何か言いがかりをつけられそうな予感がしたからだ。上手くいけば今日婚約破棄なりなんなり出来るかもしれないという思惑もあった。尤もこの書類の出番は今ではない。
「バニスター嬢、何故、イキシア騎士団が──女性だけで構成される騎士団が必要なのかお解りかしら?」
「は……? そんなもん、男どもの目の保養じゃないの?」
ある意味想定内の返答にシャロンは扇を開き溜息をつく。隣のステファニーは蟀谷に青筋が立っている。部隊内で一番気が短いのが彼女なのだ。ジェマの返答はイキシア騎士団員全員の誇りを傷つけるものだった。
「そんな理由ではありません。わたくしたちの護衛対象は王族の女性です。護衛が男性では足りないところがあるのです。男性騎士では入れない場所もあります。男性騎士では気付けない或いは理解できない女性特有の不調もあります。だから、確実にお守りするために同性である女性騎士が必要なのです」
そう、女性騎士は決して王宮に花を添えるためにいるのではない。女性王族の安全を確保するために、死角を無くすために存在するのだ。
「わたくしたちは常に騎士服でいるわけではありません。時と場合によってはドレスを着て護衛することもございます。ですから、ドレスでも問題なくお守りできるように普段から鍛えますのよ。わたくしたちイキシア騎士団はドレスでも騎士服と同様に戦えますの」
「寧ろ暗器の隠し場所が多いドレスのほうが楽な時もありますね」
シャロンの言葉にステファニーが付け加える。確かに暗器の隠し場所は多くなるが、やはり現在の主流のパニエやクリノリンでスカートを膨らませるドレスはその分動きにくい。
「社交の場にお供するのですから、当然礼儀作法も必要。そもそも王族の護衛にしろ貴族の護衛にしろ、礼儀作法がなっていない者は選ばれません。そして、女性王族や貴族女性の護衛をする以上、同性を嫌いまた同性から嫌われる者は役に立ちませんもの。護衛に選ばれることはございません。つまり、イキシア騎士団には貴女のような方は不要ですのよ」
シャロンは真っ直ぐにジェマを見つめて告げる。イキシア騎士団第二部隊長として、また一人の女騎士として。こんな何も解っていない者に騎士になってほしくない。
「イキシア騎士団が駄目でも王宮騎士団も、王都警備騎士団も、近衛騎士団だってあるもん!」
顔を真っ赤にし、これまでよりも幼い口調でジェマは吠える。
「貴女、その程度の作法で近衛騎士団に入れると? そもそも、近衛騎士団は男性騎士のみですよ。近衛騎士団の女性護衛部門がイキシア騎士団として独立したのですから。騎士団の歴史の授業で学ぶはずですが」
喉を潤すために紅茶に口を付けたシャロンに変わり、ステファニーが呆れたように告げる。イキシア騎士団は元は近衛騎士団の一部門だった。女性騎士が増えたことで独立することになったのだ。
「女性の騎士というのは、男性の騎士とは別の働きが期待されているのですよ、バニスター嬢。男性には出来ないことを女性騎士が担う、女性騎士には出来ないことを男性騎士が担う。役割分担です。まずはそれをご理解なさいませ」
例えば、男性が苦手な女性もいる。或いは女性が苦手な男性もいる。特に犯罪に巻き込まれた女性は男性を怖がる傾向にある。それが性犯罪であればより顕著だ。女性騎士が少なかった時代は教会の修道女に助力を頼んでいた。今は女性騎士が対応することで、事情聴取も事件後のケアも昔よりもスムーズに進むようになった。女性騎士には単なる騎士としての役目以上に、そういった『女性ならでは』の働きも期待されているのだ。──『自サバ女』のように女性に嫌われる女には到底務まらない。
「女性騎士に男性騎士と同じ働きを求めるのは無意味です。女性は基本的に体格に劣り、膂力に劣ります。力では男性騎士には敵いません。けれど、女性の利点を生かして力よりも敏捷さ、真っ向から打ち合うのではなく受け流す剣捌き、そういったものを身に付けて対等以上に戦うことも出来ます。バニスター嬢、本気で騎士を目指すのであれば、男になろうとはせず、女ゆえの強みを活かしなさいませ」
シャロンは騎士の先達としてそう助言する。尤も、シャロンもステファニーもジェマが本気で騎士を目指しているとは思っていない。ずっとカールに胸を押し付け、媚を売るような視線を向けている。シャロンにマウントを取りたいのか、親密さをアピールしてもいる。とても騎士を目指しているとは思えない。それは鼻の下を伸ばしているカールも同様だ。
「ただ……卒業まであと3か月の時点で、この成績では騎士になるのは無理ですわね」
ステファニーに持ってきてもらった考課表を見、シャロンは言う。殆どの科目がDかE評定だ。カールも余り良い成績とは言えず、Cがいくつかある程度で、殆どはDだった。
「やってみなきゃ判らないじゃない! ホント、嫌味な女ね! だからカールに相手にされないんだ」
未だにジェマはシャロンに対して礼儀も敬意も何もない態度だ。シャロンの立場を判ってもなおこの態度なのはいっそ天晴かもしれない。いや、本当の意味では理解していないのだろう。カールがシャロンを下に見て侮っている。だから、カールと親しい自分もシャロンを見下してもいいと、独自の謎理論でそう思っているのだ。
「貴女のその態度で騎士になれるかどうか、お試しになったらいいわ。それから、カール殿。近いうちに我が家から婚約の白紙についてご連絡差し上げますので。貴方も騎士になりたいのなら、普段の行いから見直されたほうがよろしいですわよ。少なくとも今日の貴方……騎士としてどころか貴族としての品格に欠けておいでだわ。その脂下がったお顔もですけれど、不埒な左手もね」
ずっとカールの左手は隣に座るジェマの足を撫で摩っていた。とても人目のある場所で貴族の令息のとる行動ではない。ジェマのことを男友達のようなものと言いながら、誰よりも女として扱っているカールに最早呆れしかなかった。
「なっ、白紙……!?」
「では、ごきげんよう」
慌てるカールにも不満顔で何かを言おうとするジェマにも目を向けることなく、シャロンはステファニーを伴って、席を立ち店を出たのであった。
それから約1か月後。王立騎士団の入団試験が実施された。そこにカールの姿もジェマの姿もなかった。実は今期の試験から足切りが導入されたのだ。騎士学校の学生は最終評定がオールB以上でなければ入団試験の受験資格が得られないとの決定がなされていた。理由は騎士学校出身者の質の低下だった。
カールは婚約が白紙になったことと合わせて、平民として家を出ることになった。キンバリー家に押しかけてきては追い返されたり、ジェマの許へ行ってはこれまた追い返されたりした彼は、最終的には領地で守備隊の一兵士となったらしい。
一方のジェマは父親の伝手でなんとか王都守備隊(王都警備騎士団とは別の組織)へ入隊をしたらしい。当然騎士ではなく一般兵士として。そこでも『あたしってサバサバしてるから、女に嫌われて~』『あたしって男みたいなもんだから~』と男性兵士に擦り寄った結果、『隊公認の都合のいい女(婉曲表現)』として扱われるようになったらしい。入隊から1年もせず、父の判らぬ子を身籠り、田舎の修道院へ送られていったそうだ。
シャロンは相変わらず王太子妃殿下の護衛騎士として王宮で働いている。同僚たちと切磋琢磨し、充実した日々だ。王太子妃の紹介で王太子付きの近衛騎士と結婚した。
あれからも偶に『自サバ女』は出るらしい。しかし、あの日あのカフェでシャロンが言った女性騎士の務め、そのための学びについて、いつの間にか騎士学校で広がっていたらしく、女性騎士候補生たちが自力で論破し、排除或いは改心させているそうだ。あの日、カフェにはジェマ以外の女性騎士候補生たちも数名いたらしく、貴族学校で『イキシア騎士団第2部隊長のお言葉』として広がり、語り継がれているらしい。
「まぁ、自サバ女が減るのであればいいのでは? わたくしや騎士団に迷惑が掛からないのであれば、あれも一種の試金石になりましょうし」
夫となった近衛騎士と食卓にて領地の特産のゴマ鯖に舌鼓を打ちながらシャロンは呟くのだった。




