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図書館の男

完全にClaudeが書いた小説で絶対つまらないでしょうけど、宜しくお願いします


 速水誠が死んだのは、四月の雨の夜だった。

 横断歩道を渡ろうとしたところを、赤信号を無視したトラックに撥ねられた。痛みを感じる間もなかった。気がついたときには、白い光の中に立っていた。

 足の下に地面があるのかどうかもわからない。ただ、ぼんやりとした明るさの中に、誠は存在していた。

 「速水誠」

 声がした。人の声ではなかった。音というより、頭の中に直接意味が流れ込んでくるような感覚だった。

 「はい」と誠は答えた。反射的に、ごく自然に。生活保護の窓口で名前を呼ばれたときと同じ調子で。

 「お前は死んだ」

 「そうみたいですね」

 誠は妙に落ち着いていた。四十年間、大して面白くもない人生を送ってきた。死んで狼狽えるほどの未練が、自分の中にあるとは思えなかった。

 光の中から、形のようなものが現れた。人のようでもあり、そうでないようでもある。強いて言えば、老人に見えた。白髪で、穏やかな目をしていた。だが、その目の奥に何か巨大なものが潜んでいることを、誠は皮膚で感じた。

 「神様、ですか」

 「そう呼んでもらって構わない」

 「なるほど」

 誠はとくに驚かなかった。もう驚く気力もなかったのかもしれない。

 神は言った。「お前に提案がある」

 提案の内容はこうだった。

 この世界とは別の世界がある。人が生きており、文明があり、歴史がある。しかしまだ人の手が及んでいない土地も広大に残っている。そこでもう一度、生きてみないか。

 「転生、みたいなことですか」

 「少し違う。お前はお前のまま、そのままそこへ行く。記憶も人格も変わらない。ただし、その世界での戸籍も過去もない。ゼロから始めることになる」

 誠は少し考えた。

 元の世界に戻りたいかと聞かれれば、正直なところよくわからなかった。月に七万円足らずの保護費で、古い木造アパートの四畳半に暮らしていた。友人はいない。家族とも長いこと疎遠だった。毎日、図書館に行って本を読んだ。それが唯一の楽しみだった。

 「行きます」と誠は言った。

 「そうか」と神は言った。「何か望みはあるか。できる範囲で聞こう」

 誠はまた考えた。今度は少し長く。

 異世界で何が必要か。金か。言葉か。知識か。剣の腕か。誠には何もない。勉強をもっとしておけばよかったと、ずっと思いながら生きてきた。高校を出て、いくつかの仕事を転々として、三十代の半ばには完全に社会の外に弾き出されていた。もっと若いころに、本を読んでいれば。もっと学んでいれば。何かが違っていたかもしれない——そう考えながら、毎日図書館の椅子に座っていた。

 「老いない身体が欲しいです」と誠は言った。「それと、本がたくさん収められた図書館を」

 神は黙って誠を見た。

 「本、ですか」

 「はい。できれば、日本語の本がいい。小説でも、歴史書でも、科学の本でも。とにかく、いろいろ読みたいんです。死ぬまでに読めなかった本が、まだたくさんある。いや、もう死んでるんですけど」

 誠は少し苦笑した。神も、少しだけ笑ったように見えた。

 「わかった。ただし言っておくが、お前の行く世界の言語は日本語ではない」

 「それは、向こうで覚えます」

 「老いない身体を持つということは、周囲の人間がいずれ死んでいくのを見続けることになる。それでもいいか」

 誠はしばらく考えてから、「それはそのとき考えます」と答えた。

 神はうなずいた。「では行くがいい」

 気がついたら、森の中にいた。

 夜明けの光が、葉の隙間から差し込んでいた。鳥の声が聞こえた。湿った土の匂いがした。誠は草の上に横たわっており、頭上には高い木々が並んでいた。

 身体を起こして、あたりを見回す。

 少し先に、建物があった。

 石造りの、大きな建物だった。異様なほど森に馴染まない、整然とした構造をしていた。正面には扉があり、扉の上には飾りのような彫刻が施されていた。誠は立ち上がり、近づいた。扉を押すと、重さのある金属の音を立てながら、ゆっくりと開いた。

 中に入ると、本の匂いがした。

 誠は立ちすくんだ。

 天井まで届く棚が、何列も何列も並んでいた。棚には本が隙間なく収まっており、端から端まで目で追えないほどの数があった。奥へ続く通路は薄暗く、どこまで続いているかわからなかった。正面には受付のような台があり、台の上にランプが一つ、静かに灯っていた。

 誠はゆっくりと歩いた。棚に近づき、一冊を引き抜いた。

 夏目漱石の「三四郎」だった。

 誠は笑った。聲を立てて笑ったのは、いつぶりだろうと思った。

 棚の前に立ったまま、ページを開いた。読み始めた。しばらくして、ふと顔を上げた。窓から朝の光が入ってきていた。森の鳥の声が、遠くから聞こえた。

 誠はもう一度、部屋全体を見渡した。

 (こんなものが、俺に必要だったのか)

 そう思った。あるいは、ずっと思っていたことを初めて言葉にした、という感じだった。図書館の椅子に座って一日を終えるとき、いつも感じていた充足と、うっすらとした悲しさ。時間が足りない。人生が足りない。読めないまま終わるものが多すぎる。

 その悩みが、ここでは消えていた。

 時間は、ある。身体は老いない。本は、無限にある——ではないだろうが、少なくとも今の自分には読み切れないほどある。

 誠は受付の台に三四郎を持って行き、椅子を引いて座った。それから読み続けた。

 図書館の周囲は、深い森だった。

 最初の数日、誠は外に出なかった。三四郎を読み終え、次の棚から坂口安吾を引き出し、読んだ。食べ物の心配をしながらも、なぜかひどく空腹にはならなかった。老いない身体という条件に、そういった付帯条件もあるのかもしれないと誠は思った。

 一週間ほど経って、誠は初めて森の中を歩いた。

 木々の間に道らしいものはなかったが、歩きやすい場所を選んで進むと、やがて開けた場所に出た。丘の上だった。眼下に、広い平野が広がっていた。遠くに、煙が上がっているのが見えた。集落があるのだろうと誠は思った。

 誠は丘の上でしばらく立っていた。

 人がいる。この世界には人が生きている。いずれ、会うことになるだろう。言葉が通じないかもしれない。何者かと問われれば、答えようがない。四十年間、社会の中でうまく立ち回れなかった男が、言語も身分も持たずに異世界に放り出されたのだ。

 だが、不思議と怖くはなかった。

 図書館がある、と思った。帰る場所がある、と思った。こんな感覚は初めてだった。あの四畳半のアパートでも感じたことがなかった。自分の場所、という感覚。

 誠は丘を下り、図書館に戻った。今夜は安吾の続きを読もうと思った。外の世界のことは、もう少し後でいい。

 最初に人間を見たのは、それから半月ほど経ったある昼のことだった。

 図書館の外に出て、近くの小川で水を汲んでいると、茂みの向こうから声が聞こえた。誠は立ち上がり、声のした方向を見た。

 茂みをかき分けて現れたのは、若者だった。十五、六歳に見える少年と、それより少し年上の、十八か十九ほどの青年。二人とも、旅をしているらしい装束を着ていた。青年の方が弓を持ち、少年は大きな荷物を背負っていた。

 二人は誠の姿を見て、動きを止めた。

 誠も動きを止めた。

 沈黙が続いた。青年が何か言った。誠には聞き取れなかったが、警戒しているようには見えなかった。むしろ驚いている、という顔だった。こんな森の中に人間がいるとは思っていなかったのだろう。

 「こんにちは」と誠は言った。日本語で。意味はないとわかっていた。ただ、何か言わなければならない気がした。

 青年は眉を上げた。少年が青年の袖を引いて、何か囁いた。

 誠は小川を指さし、次に図書館の方向を指さした。言葉が通じないなら、せめてここに住んでいるということだけ伝えようと思った。

 青年は少し考えてから、自分の胸を指さして、何か言った。名前を名乗ったのだと誠は判断した。

 誠は自分の胸を指さした。「速水誠」

 青年は繰り返そうとした。「……ハヤミ」

 少年がくすっと笑った。誠も、少し笑った。

 青年——ハヤミと呼んでいたのはこちらだが——が何か言い、誠の背後にある図書館を指さした。誠は振り返り、それから青年を見た。入ってみるか、という意味かもしれないと思った。

 誠はうなずいた。

 三人で、図書館の扉をくぐった。

 青年と少年は中を見て、言葉を失った。誠は少し誇らしい気持ちになった。自分が作ったわけでもないのに。棚を指さしながら二人が何か言い合うのを、誠は黙って見ていた。言葉はわからないが、驚きと興味が顔に出ていた。それで十分だった。

 受付の台に三人で座り、誠はランプを灯した。青年が誠の手元にあった「堕落論」を手に取り、ページをめくった。読めないとわかっているのに、丁寧にめくっていた。

 誠はその様子を見ながら、こう思った。

 (言葉を覚えよう)

 今すぐには無理だ。だが、時間はある。無限にある。この世界の言葉を、少しずつ学べばいい。本を読むように、覚えていけばいい。若い頃に勉強しておけばよかったとずっと思ってきたが、ここでは遅すぎるということがない。

 青年が顔を上げて、誠に何か言った。

 誠にはまだわからなかった。それでも、「ありがとう」と言われているような気がした。

 「どういたしまして」と誠は言った。

 二人は夕方になると立ち上がり、旅を続けるようだった。扉のところで青年が振り返り、また何か言った。また来る、という意味かもしれないと誠は思った。

 二人が森に消えていくのを見送ってから、誠は扉を閉めた。ランプの前に座り、堕落論を手に取った。

 静かだった。

 森の夜が来た。誠は読み始めた。虫の声が遠くから届いた。

 速水誠は、四十年かけて辿り着けなかった場所に、死んでからやっと来た気がした。それが滑稽なのか、あるいは正しいことなのか、まだよくわからなかった。ただ、今夜は本を読もうと思った。明日も、明後日も。

 時間は、ある。

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