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ルミナスの氷解

掲載日:2026/05/31

私の勘はなかなかよく当たる。確実に当たる訳では無いのだが、"当たってくれ"などと神頼みをすることは今までに一度たりとも無かった。


もしも私がどうしようもなくなったら、その時に手を差し伸べてくれるのは私がどうにかしてあげた人。お父さんは幼い頃からよく私にそう言ってきた。

「頼むっ!!まじでピンチなんだよ……!」


学校のチャイムが昼休みを知らせた直後、赤いジャケットに身を包んだフェネックのような獣人の座る机の周りを、数人のクラスメイトが取り囲む。その机の上に置かれているペンには"ルミナス"という名が刻まれている……私の名前だ。

「またぁ……?貴方たち、自分でノート取ってなかったの?」

私はため息をついてバッグから紙の束を取り出した。

「私が完璧に要点をまとめたプリントよ。基本科目応用科目全てセットで7ドル。バラ売りは受け付けない」


紙幣をめくりながら帰路につく。横でネズミのような少女が心配そうに私のことを見つめ歩いている。

「ねーぇ……そんなことばっかしてると嫌われちゃうよ……」


「どんだけ私のことを嫌おうと、あいつらは私からプリントを買うしかないのよ。普段からちゃんと授業を受けるっていう発想が出ない限り、学年1位の私のプリントは救いの手でしかないんだからね」

私はニヤニヤと笑みを浮かべながら数えた札束の半分ほどを取ると、隣を歩くネズミの少女の胸に軽く叩きつけた。

「はい。あんたの分」


「なんでこんなあたしに優しくしてくれるの……?うちめちゃくちゃ貧乏だし返せるもの何もないのに……」


「だからだよ。ほら、遊びいこ」

ネズミの少女は複雑そうに束を握りしめた後、私のほうへついてきた。ゲームセンターやレコードショップ、本屋へ訪れて時間を過ごす。


「ヤバッ!週刊クレイジーの今回の特集アツ!見てよこれ!ホーネットとトグルっていう凄い性格悪い2人、今も逃げ続けてるのに取材には応じるんだよ!なのに捕まらないの!私一回は会ってみたくて……!」

興奮した様子で早口になる私をなだめたネズミの少女は、値札と自分の財布を交互に見て言った。

「あ、あたしのお小遣いで買ってあげる……!」


「……良いのに。金はいくらでもクラスの奴から貰えるし」

紙袋に入った雑誌を大事に抱えて言う。


「あたしがあげたかったから……」

ネズミの少女は可愛く笑ってそう言い放つ。自分の口元が少しだけ緩んだような気がした。

日も暮れて、私は自宅へ帰る。自分の部屋に入りパソコンを立ち上げると、自作のネット掲示板をチェックする。そのサイトでは悩みを募集しているようだった。コーヒーを一口啜り画面を見る。そして、比較的新しめの投稿に目が止まった。


蓮之木ハルカ 54歳 

"息子が部屋に引きこもってしまい、出てきてくれなくなってからもう三年も時間が経ちました。息子が外に出たところをしばらく見ていないため心配です。"


「ふむ……」

壁に掛けてあるカレンダーに目を向けると、キーボードを打ち、ハルカという女性にメールを送った。



―翌日

「来てくれてありがたいのですが、ほんとに良いんですか…?まだ学生さんでしょうに……宿題とか……」


「ちょうど長期休みですから。課題も最初の二日間で全て終わらせましたし、全く問題ないですね。お家に向かいながらお話しませんか?」

ハルカさんは何の変哲もない人間の主婦だった。話を聞くと、どうやら夫は二年半ほど前に息子が引きこもったことをきっかけに家を出ていき、今はいないという。道を歩き、辺りを見渡しながら私は

「結構人少ないんですね。田舎なんですか?」と聞いた。


「ええ、人口は割と多い方ではあるのですけど、最近は都会に行く人が多いのか、人が減ってますね……」

寂しそうにハルカさんが答える。それだけこの場所が好きなのだろう。私は特に好きな場所がないから羨ましい。


ハルカさんの家へ着く。スプレーで星のようなグラフィックが落書きされており、彼女の息子が荒れているのだろうということが察せる。玄関へ入らせてもらうと、鼻に微かに入ってくる腐敗したような臭いに吐き気がした……多分私が獣人だからなのだろうが。


「……驚くほど静かですね」

私がそう言うと、ハルカさんはこくりと頷いて

「えぇ…息子が…ユウスケが、『ゲームをするから部屋は防音がいい』と言ったもので、最初はまさかこんなに引きこもってしまうと思っていなかったもので」と言った。


少し間が空き、「そうだ……ご飯でも食べに行きましょうか。ここは居心地が悪いでしょうし、東のほうへちょっと行ったところに良い定食屋があるんです。人は全然来ないですけど、すごく美味しいですよ」とハルカさんは続けて言った。臭いを嫌がる気持ちが顔に出てしまっていただろうか。


「いえ、そんなことは……でも気になりますね。食べに行きたいです。行きましょうか」



少し歩き、店の中へ入る。お昼時なのにもかかわらず、客は私達と老夫婦の二組だけだった。

「ここ、お刺身が美味しいんですよ。ルミナスさんはお刺身、お好きですか?」"大智堂"と書かれた年季の入ったメニュー表を貰うと、ハルカさんは話しかけてきた。

「……まぁ、普通……ですね。私の父は苦手ですが」


「え〜!お刺身苦手なんだ!お父さん何が好きなの?」

急にタメ口になったなこの人……と思いつつ、私は答える。

「ツナとワカメですね」


「可愛いお父さんだね〜!飲み物も頼んでいいよ」

ハルカさんはニコニコとしてソフトドリンクのメニューを私の方に向けてきた。親の話をしたのが原因か、随分私を可愛いがっているようだ。まぁ、息子が引きこもり夫が出ていったなか私のような未成年と会ったら、行き場のなくなっていた母性が私に向くのも納得できる。子供扱いは心外だが、わざわざ口に出す必要はないだろう。

「じゃあ…オレンジジュースで……」


「ふふっ…オッケー。すいません!刺身定食をふたつと…あとオレンジジュースをひとつ!」

……今また可愛いって思われたな。


「刺身定食ふたつオレンジジュースでーす!」

少しして、厨房から"大場キョウタロウ"と書かれた名札を付けている男がおぼんを持って歩いて来た。彼は大学に行きたくて勉強をしてはいたものの、地元が心配で父が開いたこの食堂を継ぐことにしたらしい。本人が亡くなってしまった今、代わりに友人と二人で客を喜ばせることに心血を注ぐと決めたんだとか。その覚悟からか、料理はとてもおいしかった。

「で、ユウスケさんが今もまだニーt…ケホッ」

ご飯を食べつつ話し始めるも失礼なことを言いそうになり、私はお粗末な演技の咳払いで誤魔化す。

「…今も自室で過ごしてるって断言できるのは何故なのか、教えていただけますか?」


「はい…前に気になって、電気代のメーターを見てみた事があったんです。常にちょっとずつ上がり続けていました。息子の部屋でパソコンか何かを付けていなければ上がらないはずなので、息子は確実にいます」

ハルカさんは箸を置いて真剣な眼差しで話した。

「……なるほど。分かりました」


「あの……盗み聞きのようになってしまってすみません、さっき会話のなかでユウスケ……って聞こえたんですけど、もしや蓮之木ユウスケのことですか?」

そう私達に話しかけてきたのは、キョウタロウ。ハルカさんがユウスケの母である事を知ると、彼は微笑んだ。

「おぉ〜!息子さん、僕の数少ない友達なんですよ」


「そうなんですね……息子はどうですか?」


「う〜ん、まぁ、ちょっと変わったやつではありますけど……頭良いし、面白いやつですよ。あはは……」

彼は思い返すようにおぼんを持ったまま腕を組んだ。ハルカさんは少し笑みをこぼして嬉しそうな顔をする。


食事を終え店の外へ出ると、すでに日が落ち始めていた。歩いて家に戻った私はハルカさんに頼んで、私ひとりで息子の部屋の前まで行くことにした。

「確かに、ルミナスちゃんなら話をできるかもしれないわね…そこの廊下をまっすぐいって右側にあるわ」


「ちゃん付けやめてください。行ってきます」

私は廊下を進み、後ろからハルカさんがついてきていないことを確認すると、カバンから針金を取り出して扉の鍵穴に入れた。ピッキングというやつだ。

ガチャ…………ガンッ


ゆっくりと扉を開けた。チェーンのようなものが引っ掛かりほんの少ししか開けられない。間から部屋を覗こうとしたものの、ちょうど広い空間は私が見ている隙間の反対側にあるようで、棚のようなものしか見ることが出来なかった。…そしてなにより。

「うっ…ゲホッゲホッ」

この強烈な臭い。恐らくハルカさんの言っていた"部屋を出ているのを見たことがない"というのは、文字通りの意味なのだろう。トイレも食事も全てこの部屋で自己完結…耐えきれない。扉を閉めようとした。


「うっせぇな…てめぇ!クソが!」

男の怒号が聞こえてくる。私は録音機能を使って話している声を携帯に収め、ハルカさんに聞かせた。

「…えぇ、少し音質が悪いですが、これは間違いなく息子の声です。しばらく聞いていなかった声がまた聞けるなんて」


「えっ音質悪いですかね?割と新しい携帯なんですけど…確かにちょっと悪いかも。…まぁともかく、息子さんは叫ぶ元気があるようです。話が通じるかは分からないですが、言語能力は健在みたいですね」

私は元気づけるつもりでハルカさんにそう言った。しかし、ハルカさんはどこか浮かない顔をしている。

「……顔は、息子の姿は…見られないのね」


少し俯き考えこみ、私は携帯なら行けるかもしれないと思いつき、ハルカさんにその考えを伝えた。盗撮のようであまり気分が乗らなかったが、彼女が快諾してくれたので再び息子の部屋の扉まで向かうと、少し隙間を開けてそこから動画撮影モードにした携帯を差し込んだ。二十秒ほど撮ってから扉を閉め、画面を操作して動画を確認する。


「…ひっ…!?」

私は恐怖を覚えた。明らかにおかしいことが三つ。

まず一つ目は、大量の消臭剤が置いてあったこと。こんなに消臭剤が置いてあるなら、私が今もなお感じているこの鼻を包む酷い臭いの由来はどこなのか。

二つ目は、部屋の中なのにもかかわらず浴槽が置いてあったこと。バスルームが付いている訳では無い。ただ浴槽だけがデカデカと部屋の隅に置いてあるのだ。


三つ目は…()()()()()()()



「え…?息子がいなかった…?そんな、どこに…」


「ハルカさん、息子さんがどこへ行ってしまったのか。それも確かに気になりますが、一番の異常がありますよね。私がさっき息子さんの部屋で聞いた声…です。人がいないなら、あれは誰が喋っている声だったのか。」

ハルカさんの顔がだんだんと青ざめていく。


「幽霊的な物…ですかね…?」


「その可能性もありますが、声が息子さんのものなのはおかしい。恐らく息子さんは録音機器のような物に自分の声を吹き込み、自身はどこかへこっそりと出て行ったのでしょう。警察に捜索してもらうのが賢い方法かと。」

私は手を顔に当て考えながら話す。


「でも…書き置きも何もなしに出ていくなんて…」

ハルカさんは首をゆっくり横に振る。

「子供側からすると、書き置きなんていう理性的なことしてる暇なく衝動的に家を出たくなるものです」


「………………」ハルカさんは何も言わなくなった。


「これで解決…ですね?」

何かあったらとりあえず行動してみるのが私のモットーだ。やはりこの事案のように現地へ赴かないと分からないこともある。来てよかったな。

「…お代は前金だけで結構です。では。」


「…ありがとうございました」

ハルカさんは俯いたまま言った。私は頷いて家を出ると、駅のほうへ歩いていった。しかし、その道中である人物にあった。

「う〜ん…なかなか難航してるな…」

数人の警察。警部である私の母もいた。


「奇遇だね、母さん。何してるの?」

私が話しかけると、母は嬉しそうにこちらに駆け寄り軽く私のことを抱きしめた。周りの警察の方々が月明かりに照らされながら微笑ましそうに見つめてくる…少し恥ずかしい。

「あぁ、この辺りで事件があったらしいからそれの調査で来たんだよ。ルミナスこそこんなところで何してるの?友達と旅行でもしてるのかな?」


「ちょっとした気分転換だよ」

私はニコリと微笑む。しかし心の内ではこれまでにないほど緊迫感が渦巻いていた。事件…ハルカさんの息子が消えたことと何か関係があるかもしれない。

「…皆さんもお忙しいのに申し訳ないのですが、母と二人で話してもいいですか?普段中々甘えられないので…」

警察の方々が温かい目で母を見て頷く。歩いて少し離れた途端に母は私のことを見て言った。

「さっきのは嘘だな?ホントはなんで来た?」

母は小さいころからよく私の嘘を見抜く人だった。父は恵まれた身体で運動神経もいいのに、母の勘の鋭さのせいで尻に敷かれている印象だ。私は近くに誰もいないことを確認して言った。


「…私も相談を受けて事件を調べてるの。もしかしたら母さんの追ってる事案と同じ可能性があるわ」

母の顔つきが変わる。先ほどまでの愛おしいものを見るような目ではなくなり、鋭い眼光が垣間見えた。

「守秘義務があるから詳しくは言えない。『大場トモカズ殺人事件』と…何か繋がりがある事件?」

私はキツネにつままれたような気分になった。なにも関係がない…ただ別の事件を捜査していただけか…

首を横に振り"ない"と言うと、母はまた優しい目に戻った。


「…そっか。ルミナスのやってる事件も解決するといいね。でも少しでも危険そうだと思ったらすぐに警察に任せて自分の安全を守ること。分かった?」

コクリと頷く私の頭を母が軽く撫でる。


母と別れてそのまま駅へ歩き出すと、ピロンという着信音が鳴る。私の携帯のようだ。画面を見てみると一通のメールが来ていた。


蓮之木ハルカ 件名なし

"助けてください"


私は駅と逆方向へ駆け出した。田んぼ道を抜け、ちょっとした住宅地に入って…すると"蓮之木"という表札が掛かった家の前にハルカさんが立っていた。

「ハルカさん…何かあったんですか?」

乱れた呼吸を整えながら聞く。

「はい。息子の部屋から物音がしたんです」


家に入らせてもらい静かにしていると、微かに音がする。

「確かに息子さんの部屋からしている音ですね…あの部屋に窓は?」


「あぁ…窓はありますけど…でも布がかけられていて外からは見えないと思いますよ…?」

カバンから懐中電灯を取り出しハルカさんに渡す。

「これ、結構強力な懐中電灯です。息子さんの部屋の扉には隙間があった…そこからこれを照らすのでハルカさんには窓の前に待機してもらって、私が懐中電灯を照らした瞬間を動画で収めてください。いいですか?」

携帯を受け取ったハルカさんは頷いて外へ出ていく。一分ほど経ったころ、私は薄い鏡をドアの隙間から差し込み懐中電灯をその鏡へ向かって照射した。


ドタドタと動き回る音と木が軋むような音が続く。音が止んでからしばらくすると、玄関からハルカさんが戻ってきた。

「どうですか?何が写ってましたか?」

ハルカさんから返された携帯の動画を再生する。そこに写っていたのは、布越しに見える人間の影。慌てふためいているような様子で部屋を動き屈んだかと思うと、影は消えて何事も無かったかのように静かになった。

「ユウスケさんの部屋に入りましょう。鍵は壊しますが……許してくださいよ、ハルカさん」


一目散に息子さんの部屋に向かい、チェーンを千切ろうとした。しかしチェーンはびくともしない…私は、私が獣人にしてはとても非力なのを憎んだ。父ならこんなもの素手で壊せるだろうに。ペンチのようなものがあれば……

「ハルカさん、この家にチェーンを切断出来そうなペンチとかは?」

ゆっくりと首を横に振るハルカさん。ここで足止めか。


「私もあいにく想定外で持ってきてないです。今から買ってくるので待っていただいて…この辺にホームセンターは?」

カバンを漁る。ピッキング用の器具……ナイフ……方位磁針……ナプキン……ビニール袋……、やはりペンチはない。

「ホームセンターは家を出てまっすぐあっちに行った所に」

私は財布を持って教えてもらった方へ歩く。途中でハルカさんと食べた店が見えて来たのだが、何やら人が集まっているようだ。近づいていくと、その人集りは警察であることが分かった。私を見た警察の一人が声をかけてくる。

「あっ、警部の娘さん!どうしたの?」


「どうしたの?はこっちが聞きたいですよ。何があったんですか?こんなに大人数の警察が集まるなんて」

私が問うとその警察は頭をかきながら口をモゴモゴ動かした。警部の娘とはいえ一般人だから当然か。

「教えてあげても良いと思う。」

奥からそう言って出てきたのは、私の母だった。

「ルミナスは口が堅いし年下なのに……いや、年下だからこそかもしれないが、大人より冴えた頭の回転を見せてくる。探偵でもやり始めたら最強になるかもね」

その母の言葉に私は少し胸がドキリとした。というのも……ネットで悩みサイトを開設し半ば探偵のような活動をしているのは、両親にすら秘密にしているのだ。


「ここで起こったのは殺人事件だ。大場トモカズという男がこの店の中で殺されたらしい。中では今、彼の息子である大場キョウタロウに事情聴取をしてる……」

母は店の中を少し振り返ると、声を小さくして続ける。

「……台所には()()()()()があった……しかもトモカズさんの遺体は白骨化してそこの田んぼに埋められていた。」


「なんで殺されたのがここだと分かったの?」

私は話を整理しつつ問う。母は口に手を当て答えた。

「解体場に本人と一致するDNAがびっしりとこびりついていたんだ。解体場の狭い一箇所に頭から足までの全身のDNAが集まっていたし、のこぎりからも血痕のようなものが見つかったから……そういうことだろうな」


「……全部分かった」

と呟く。警察の人達も、母すらも驚愕の表情を浮かべる。

「私が追っているのは三年ほど自室にひきこもっていた"蓮之木ユウスケ"さんという人が部屋から忽然と姿を消した事件です。母親であるハルカさんと話して『家出した』という結論で終わりましたが…ユウスケさんはこの店で殺されたのかもしれません。」


「なっ……!?お前!なんでそんなデタラメを……!」

警察の一人が私を指差し声を張り上げる。

「えぇデタラメです。道案内をしただけですから。信じてその方向へ行くか逆方向へ行くかはお任せします」


「よし、過去三年間のここに来店した客の名簿を調べよう。」

店からそう言って出てきたのは、ベージュのトレンチコートを着ているヒゲの生えた男だった。その男を見るなり母含む警察達が一斉にお辞儀をする。男は私の方へ軽く歩み寄ると、警察手帳を出して話しだした。

「警視長の筒見だ。君の話、即興で考えたにしてはなかなか興味を唆られる……もしそう思った経緯があるなら、私達にも教えて欲しいのだが……構わんかね」


コクリと頷いて、私はハルカさんの家で息子が消えていたこと、物音を聞いたこと、影が見えたことを順序立てて漏れなく話した。筒見はとても静かにメモを取る。

「……というのが私の経験したことです。」


「話を整理するのが上手だな、大まかに理解できた」

私が話し終えた直後、ちょうど母がパソコンを持って筒見さんのところへ来た。名簿を見ると"蓮之木ユウスケ"の名が記録されている……しかし。

「四年前……?」

ユウスケという名前は四年前に記録されている。だがそこからの三年間には一度も書かれていないのだ。


「どうやら振り出しに戻ってしまったようだ……。私もあり得ると思ったのだが、ここ三年間に来ていないのだから仕方あるまいな。君の事件とは無関係みたいだ」

筒見は店の中へ入っていく。私もハルカさんとの用事を思い出し、ホームセンターの方へ走っていった。


「二点で5ドルです。」

私はペンチと小腹が空いた時用の菓子を購入して来た道を戻っていく。ハルカさんの家へ着くと、すぐにペンチを開けユウスケの部屋のチェーンを切断した。

ギィィィィィ……と扉が開く。


嗅いだことのない異臭が漂い吐きそうになっている口と鼻を手で塞ぎながら確認する。少し端のめくれたカーペットに、高そうなパソコン……よく手入れされたベッド。そして部屋の隅にはあまりにも目立つ浴槽がぽつりと置いてある。私がデスクの方へ近づくと

「何してるんだ!ったく……」


私とハルカさんはビクッと身体を震わせた。蓮之木ユウスケの声が鳴り響いたのだ。部屋の中を見回すと、古い型のラジオカセットが棚の上で"ジー……"という微かな稼働音を出しているのに気がついた。どうやらユウスケの声が何種類か録音されているテープを繰り返し再生しているようだ。気味が悪いので再生機の電源を切り、改めてデスクへ向かいパソコンを付ける。


カチッ……カタ……

「これは……一体どうゆうことだ……?」

頭がおかしくなりそうだった。何の変哲もないサイト達がデスクトップに並んでいる。しかし私が分からなかったのはそれらのサイトの"最終ログイン日"だ。直近の日付けは2518年11月10日……


三日前だ。


誰がこのパソコンを操作したのか、それはすぐに分かった。恐らくユウスケの部屋で見えた影だろう。でも何のために?ダークウェブのようなサイトを開いた痕跡は見当たらなかった。それに……この部屋に常に漂っている微かな異臭がどうしても気になってしまうのだ。

「外へ出てきます。具合が悪くなってしまって」

ハルカさんは優しく頷いて認めてくれた。筒見に助けを求めようと店へ向かうと、なにやら中が騒がしい様子だった。周りにいた警察達に通して貰い母に現況を尋ねる。


「あぁ……ルミナスか。実はさっきこの店の真下に空間があると分かってな。調べてみたら南の方へずっと伸びてる謎の通路が見つかったんだ。筒見さんは今その通路に入ってるよ」と腕を組んだまま返す母。


私は顎に軽く手を当て考えると、あるひとつの仮定が降りてきた。確証はないがその説を母に説明する。

「……多分この通路、浴槽だけが置いてある防音付きの部屋に出ると思う。」

そのとき、通路から筒見が出てくる。筒見は

「何故か浴槽が置いてある、防音壁で囲まれた部屋に続いていた」と報告した。母は驚きを隠しきれない顔で私のことを見、筒見も不思議そうな顔で私と母を交互に見た。


「筒見さんが見たのは、私が相談を受けていたハルカさんの息子、ユウスケという人物の部屋でしょう。ここからの話はあくまで私の妄想ということで聞いて欲しいのですが、恐らく彼は()()()()()殺されたんです。その通路を通ってね。そして、誰が殺したのか。それは……」

静かに部屋に佇んでいた彼を指差して告げる。

「大場キョウタロウさん。貴方ですね」


母と筒見はキョウタロウを見るが、彼は至って冷静なまま私のほうをまっすぐ見つめて反論を始めた。

「あはは、探偵ごっこですか?まあ……通路があったのはビックリしましたけど、殺したいなら通路から通って部屋に侵入するなんて……そんなことせずにこの店に来たタイミングで殺せばいいじゃないですか。」


「ええ。確かに。でも最初ユウスケさんの話を聞いた時、貴方は私達に"数少ない友達だ"と言った。ここに来たのは四年前なのに、元気か……どうしているか……そんな質問は一切無かった。最近も会ったんでしょう?」


「……聞くのを忘れただけですよ」

ニコニコとした顔を保ったまま答える。

「部屋に遊びに行ったりしてもおかしくなかった」

間髪入れず私は返す。

「家に入ったことはないです、部屋も知りません。遊びに行きたいとは思っていたんですけどね。」


「じゃあ今からユウスケさんの部屋に行ってキョウタロウさんの指紋を探しましょうか。今の警察の技術なら部屋中調べるのもニ時間もあれば済むはずです」

キョウタロウはゆっくりと私に近づいてくる。顔から笑顔は消えていた……焦っているような表情。

ドッ……


彼は私目掛けて隠し持っていたであろう刃物を振りかざす。母はそれよりも早くキョウタロウの腕を掴み、一瞬で床へ組み伏せた。筒見が手錠を掛けて言う。

「認めたってことでいいな?よし、連行してくれ」


「畜生!離せ!離せええええええええ!」

連行されていくキョウタロウが店の外へ出たのを見届けると、筒見は私に手を差し出してニコリと笑った。

「君……ルミナスだったか。素晴らしい頭脳だ。この事件を解決できたのは君のおかげだ。ありがとう」

私は筒見と握手を交わすと母に頭を撫でられる。子供扱いされてるようで心外だが、悪い気はしない。


「あの……何かあったんですか……!?」

店の外からハルカさんの声がする。私は母と共に彼女に全てを話した。彼女がとても泣いていたことと、母が凄く申し訳なさそうな顔をしていたのを覚えている。彼女は多額のお礼を渡そうとしたが断った。



私は家に帰る父に事件のことを自慢した。父はとても褒めてくれたし、母からは"警察を目指さないか"と誘われたが、身体を動かすのが苦手だからと断った。

筒見の報告によるとあの後部屋に入り調べたところ、私とハルカさんの痕跡以外は全く見つからずに、全て綺麗に指紋が拭き取られていたらしい。しかし浴槽には塩酸などの化学薬品が使われた痕跡、カーペットからは70人越えの血が付着しているのが分かったそうだ。そして大場トモカズを殺害したのもキョウタロウ。どうやら彼は大学へ行きたかったのにも関わらず、店を継げという父のしつこいプレッシャーに耐えきれず、そのまま父を殺してしまったらしい。


私の父は嬉しそうに新聞を持ってくる。なにかと思って見出しをみると、"大場恭太郎、父である大場智和を殺害 他の70人の容疑否認"という文字が。下の文には"部屋を貸して貰っていた"という細かな供述……それと事件を解決した者の名前と写真が載っていた。

筒見颯馬、サディノイラ・ルセリア、そしてその下にはルミナス・ルセリア。私の名前だ。



―1週間後

「……はい。ルセリアです。先週も言いましたけどお礼なら受け取りませんよ。」

私がそう言うと、ハルカさんは少し笑いながら言う。

「あはは……違うわ、ルミナスちゃんの荷物がうちに置きっぱなしだったから、取りに来てほしいと思って。あのときから家は変わってないから。」

自分で事件を解決できた喜びですっかり忘れていた。急いで蓮之木宅へ行くと、玄関前で私のカバンを持ってハルカさんが立ってくれていた。


「すみません……ご迷惑をおかけしてしまって……」

カバンを受け取り軽く頭を下げる。ハルカさんの顔には少し元気が戻ってきているようだ。良かった……。


帰っている途中、私は小綺麗な青年に話しかけられた。

「あの。もしかしてルミナスさんですか?」

私がコクリと頷くと、その人は喫茶店でお茶をしたいと言ってきた。こんな私に珍しくナンパかと警戒したが、次に彼の口から飛び出た言葉に私は呆然とした。

「オレ、蓮之木裕介と申します。」


「……………えっ?」

喫茶店へ入り話を聞く。どうやら彼は正真正銘、ハルカさんの息子であるユウスケのようだ。トイレに行くと言って席を離れる。理解が追いつかない……


「……母には色々と迷惑を掛けてしまうので、家を出ていたんです。でも、今になってやっぱり会っておかなきゃいけないと思って……母は、今どこに?」

ニコッと微笑んだ彼の笑顔に、私は少し胸が疼いた。


「連絡を入れましょう。きっと泣いて喜ぶと思います。」

携帯を取り出しハルカさんに電話をかけようとする私の手をそっと握り、ユウスケは首を横に振った。

「サプライズしてあげたいので。母は今どこです?」


ハルカさんは思い出がある前の家から引っ越す気は無いと言っていたと伝える。ユウスケは少し涙をこぼして微笑む。一応住所を書いた紙も渡し彼を送り出すと、私は家に帰りホッとひと息つく。ジャケットを脱ぎ、カバンからピッキング用の器具、方位磁針、ナプキン、ビニール袋を取り出して片付けると、空になったカバンを壁に掛けてあるフックに掛けた。



その日の夜。私は入浴中……頭のなかを、ある想像が横切った。大場恭太郎が供述していた、"大場智和以外は殺していない"という発言が本当だったとしたら。四年前に大智堂に蓮之木裕介が来ていたのは、作戦会議だったとしたら。サイトにログインしたのが、ハッキングをした恭太郎ではなく、裕介本人だったとしたら。


彼が言っていた"サプライズ"が、嫌な意味だとしたら。



私の勘はなかなかよく当たる。確実に当たる訳では無いのだが、"外れてくれ"などと神頼みをすることは今この時を除いて一度たりとも無かった。

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