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路地裏で揺らぐ--内在性解離作家の10人シェアライフ  作者: 久慈柚奈
第一章

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内在性解離と僕たちの世界

強いトラウマからサバイバーを守るために幾つかの人格が生まれ、それぞれの人格の活動を主人格が記憶していない状態。これはいわゆるDID(解離性同一性障害)と呼ばれる。シビルやビリー・ミリガンシリーズが有名だと思う。創作で言えばジキルとハイドなども。

 一方の「内在性解離」とは、サバイバーの内面に人格が存在するが、互いの記憶の共有がある程度(あるいは完全に)行われていて、けれども人格は一つに統一されていない状態である。

 内在性解離、という言葉は日本の精神科医小栗康平氏が提唱したものであるようだ。アメリカではDIDと内在性解離を区別せず、まとめて「構造的解離」と呼称し、ヴァン・デア・コークやジェニーナ・フィッシャー女史が研究している。


……と、ここまで漢字の多い専門書的な話を書いてきた。

以降はもう少し僕たちの個人的な体験に引き寄せて、改めて書いてみよう。


僕(直也)の体感として、僕は主が2歳の頃から存在している。みんなそれぞれに生まれた時期の自認があり、一定ではない。自分の誕生より以前のことは、「他の人格の担当」として感じられる。


記憶の共有はあるので自分がどこにいて何をし、どんな言動をしたかの記憶はひとつながりに存在しているが、時に「自分がその時、どうして、そんなことをしたのかわからない(動機の不可解さ)」が生まれることがある。これは他の人格が強く表に出ていたから起きる現象だ。


そうは言っても、できるだけ他人に迷惑をかけないように気をつけているつもりだ。

なぜなら解離人格というのはサバイバーを守るために生まれるものであり、サバイバー(主人格)を困らせるためにいるわけではないから。

基本的に一人のふりを心がけているし、自分に身に覚えのないことでも、言動した体感がどこかにあれば責任を引き受ける。身近に信頼できる知人友人がおり、彼ら彼女らから僕の記憶にない言動の報告は受けていない。


「ビリー・ミリガン」シリーズをはじめ、DIDを取り上げたいくつもの作品の中で、人格たちがさまざまな手段を用いて協力し合い、サバイバー(主人格)の数だけ対処法を編み出してうまく暮らしている例を見かける。僕たちがしているのもあれに近いものだ。


つまりは一人の人間として生き続けるために、複数人でひとつの人格を支えて暮らしている。演劇では一人の登場人物に複数人の俳優を立てたりする。あれと似ているかもしれない。



………………と、僕が書くとどうやっても小難しい感じになってしまう。ここからは実際の体験談も交えてみんなのエッセイを読み進めてもらった方が分かりやすいだろう。

文責:直也

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