○まえがき
筆責:直也
気持ちよく晴れた朝だった。書きたいことが湧いてくる。
よし書こう、と机に向かった時、亜麻が声をかけてきた。
「ちょっと。朝ごはんも食べないで作業はじめるの?」
「だって、別に空腹ではないから」
「いや。絶対、空いてる。これから空く。朝ごはん作ってあげるからちょっと待ってて」
亜麻はいつもの手順で手際よくハムチーズトーストを準備してくれ、僕たちはいつも通りYouTubeを観ながらそれを食べる。いざ食べはじめる頃には確かに微かな空腹を覚え始めていた。亜麻の確信は当たっていた。
朝食だのなんだのをやって、僕が再び紙とペンの前に落ち着いたのは起床から2時間も後のこと。2時間を無駄に……いや、必要なことだったか。
僕はようやくペンを執る。
僕たちは一緒に暮らしている。だが僕たちは家族でも恋人でも、ましてや友達でさえない。
言うなれば、同居人。気づけば集まっていたというだけの顔ぶれ。
固有の肉体を持たない僕たちは、「解離人格」とか「パーツ」とか「サブパーソナリティー」などと呼ばれる傾向にある。
上に挙げた朝の一場面で起きているのは、外から見れば、一人の人間が起き抜けに机に向かいかけ、何かを書こうとしてやめて立ち上がり、朝食を作りに行くという行動に過ぎない。僕は周りからそのように見えていることを、理解している。同時に、僕たちはどうやってもひとりではないことも知っている。
「シークレットアイドル ハンナ・モンタナ」がハンナとマイリー二重の人生を生きるように、僕たちは外界に向かって一人のふりをしつつ、10人で役割を分け合う。あるいは10個に分かれてしまった役割を補い合いながら、一人のふりを続ける。
これは僕たちのこれまでの総括であり、今後の展望もひろげてみようとする群像劇である。




