魔法使いの少年が異世界に迷い込む、そんな話5
「ほら渚、片付けも終わったしお風呂にしよう? もうわいてるから先入ってきなよ」
馨は渚を促す。
「服はこれ着て? 多分サイズはあってると思うからさ」
渡されたもこもこのパジャマ。見ただけでも暖かくなりそうだ。
「ありがとう、行ってくるね」
パジャマを受け取った渚はお風呂場に向かった。
「ふぅ……」
渚は一人考え込んでいた。一人になった瞬間不安がこみ上げる。
(これからどうしよう。馨にお世話になるけど迷惑じゃないかな…… そもそも終わりを信じてるけどほんとに帰れるのかな…… 今僕がいた世界はどうなってるんだろう。みんな心配してないかな……)
ぶくぶくと身体が湯船に沈んでいく。
気泡となった泡は渚の魔法によってシャボン玉のように空中を舞う。
「あ……」
はぐれる1つの泡。それは寂しさを感じさせながら静かに床につき弾けた。
「僕みたいだな……」
沈黙が流れる。
どれほど経っただろうか。お風呂場には水の音だけが響いている。
渚はこのまま、水の音に身を任せていたいとさえ思った。
「駄目だ。考え込んでちゃ…… 前向きに考えなくちゃ……」
渚は湯船から出て体を拭き、お風呂場から出た。
お風呂を上がり廊下を歩いていると奥から光が漏れ出していた。
リビングに戻ると馨は何かを書きながら音楽を聴いていた。
こちらに気づく馨
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
「湯加減は大丈夫だった?」
「ちょうどよかったよ」
ゆったりと自分の時間を過ごす馨を見て、渚は心なしか少しほっとした。
(馨がいてくれるもんね……)
「馨は何してるの?」
「あぁ、これね、日記書いてるんだ」
手元を見ると日記帳と青インクの万年筆が置いてあった。
「日記……書くんだね」
興味本位で聞いてみた。
「これね、今日から書き始めたんだ」
その言葉に渚は首を傾げる。
「なんで? って顔してるね」
笑いながら馨は話す。
「今日、記念日でしょ? 僕と渚が出会った記念日。だからね、これからのこと、記録しておこうって思って。渚、いつ帰っちゃうかわからないからさ、少しでも記録に残しておきたくて」
その言葉に渚の心が締め付けられる。
嬉しくてでもどこか悲しくて、キャンドルのような感情が心を埋め尽くす。
「嬉しいこと言ってくれるね。ところで、耳にしてるのは何?」
渚は自分の耳を指差して馨にまた、問いかける。
「あぁ、これ? イヤホンって言うんだよ。ここから音楽が流れるの」
馨は白いイヤホンを外し、つけてみなと言わんばかりに渚の耳元にイヤホンを近づける。
耳につけた瞬間、渚の脳に直接語りかける言葉たち。
「すごい、こんなにも小さいのに音楽が聞こえるなんて」
流れている曲を耳でなぞる。
「いい曲だね」
「でしょ?」
馨は嬉しそうにする。
「なんか、不思議な歌詞だね。歌声に楽器、全てがこの世界を表現してる。情景が目に浮かぶ…… 音楽ってそういうものだけど、感情を言葉だけじゃなくて音で感情とか情景を表現できるのすごいよね」
馨は鳥肌が立った。嬉しくて嬉しくて瞳孔が開くのが感覚でわかる。
「渚………!!」
「うぇ!? ちょっとどうしたのさ馨! 」
渚は突然名前だけを呼ばれびっくりする。
「そんな感覚持ってるなんて僕は嬉しいよ」
「え、そう? 僕の考え伝えただけなんだけどな」
「伝えただけって、それを聞いて嬉しい人もいるんだぞ」
馨は初めて人と出会ったかのような、無邪気で素直に、そんな喜び方をした。
「僕ね、音楽好きなんだ。渚にも沢山聴かせてあげる。色々お話しようよ」
渚は馨からの提案に胸が膨らんだ。また自分の世界が広がった気がしたからだ。
君になりたい
その歌詞が渚と馨の脳内を反復していた。
その後は静かに眠りについた。




