食卓と残る記憶
今回はこれまでと打って変わって日常回です!
最初の敵を定めたアトラスは、屋敷の食堂へと向かった。
その背を、セラフィナが静かに追う。
朝食は、穏やかに始まった。
食卓に並んでいたのは、質素すぎず、かといって過度に豪奢でもない、ごく一般的な朝の献立だった。
それを前にして、セラフィナは戸惑いがちに口を
開く。
「マスター……私も、食べていいの?」
アトラスはわずかに微笑み、肩をすくめる。
「食べてはいけないなど、誰が言った?」
「俺たちは対等だろう。俺が食べて、君が食べられない理由がない」
「それに――」
彼女の顔を一瞥し、わざとらしく言葉を継ぐ。
「そんな、飢えた子犬みたいな顔をした者を放っておくほど、俺は冷酷じゃない」
その言葉に、セラフィナの頬が一気に赤くなる。
元とはいえ、彼女は公爵家の娘として育てられてきた。貴婦人たるもの食事に飢えてるなど思われることは恥ずかしくてたまらない。
アトラスは、楽しそうに続けた。
「さて、飢えた子犬がいるようだから、食事にするとしよう」
「マスター!」
からかわれていると気づき、セラフィナは声を上げる。
アトラスは、その様子を面白がるように笑った。
「あぁ、怖い怖い。ちゃんと食事を与えるから、どうか許してくれたまえ」
怒りたい気持ちはあった。
だが、目の前の食事の誘惑には勝てなかった。
アトラスが先に手を付けたのを見て、セラフィナも箸を取る。
その食べ方を横目に見ながら、アトラスは内心で頷く。
『やはり、元とはいえ公爵家の娘だな。
所作が、きちんとしている』
皿を空にしたセラフィナを見て、アトラスが声をかける。
「足りなかったか?」
「まだ残りがある。おかわりするか?」
セラフィナは、慌てて首を振る。
「ち、違うから!」
アトラスは意地悪く口角を上げる。
「なら、残った料理は無駄になるな」
その言葉に、セラフィナは思わず身を乗り出す。
「む、無駄にするくらいなら……仕方ないので、
私が食べてあげますわ!」
その様子に、アトラスは小さく笑い、彼女の皿に料理をよそいながら言った。
「食べながらでいい。少し話をしよう」
「昨日は夜だったから言わなかったが、俺も貴族だ。領地がある」
「食事が終わったら、案内しようと思う」
「これから暮らす場所だ。慣れてもらわねば困る」
「ついでに、領民にも君を紹介しなければならない」
セラフィナは一度手を止め、素直に頷く。
「わかったわ、マスター」
彼女自身も、領地について聞こうと思っていたところだった。
ヴェスティア家は領地こそ持っていたが、立場上、王城近くに居を構えざるを得なかった。
そのため、彼女は「領地」というものにほとんど触れずに育ってきたのだ。
アトラスは、その返答を聞いて短く言う。
「そうか」
「なら、決まりだな」
セラフィナは、ふとある噂を思い出す。
『――そういえば、アウローラ家の領地って
貴族たちの間では“黒の都”って呼ばれていたっけ』
王国は「黒」を忌む。
決して、良い意味で使われる呼び名ではない。
『重税で支配している、とか……』
『……本当なのかしら』
胸の奥に、わずかな不安と好奇心が入り混じる。
セラフィナが最後の一口を口に運び、静かに食事を終えたのを確かめてから、アトラスはゆっくりと口を開いた。
「さて……食べ終わったな?」
その声音は穏やかで、しかし自然と背筋を正させる重みがあった。
「領地案内といこうか」
一拍、間を置く。
視線をセラフィナに向けたまま、アトラスは言葉を継いだ。
「――だが、その前にだ」
彼女の服装を一瞥し、わずかに眉を動かす。
「その格好では、君自身も落ち着かないだろう」 「勝手ながら、こちらで選ばせてもらった」
踵を返し、扉へと向かいながら短く告げる。
「ついてこい」
セラフィナは小さく息を呑み、それでも無言でアトラスの後に続いた。
案内された部屋の扉が開かれると、そこにはひとつのドレスが静かに佇んでいた。
純白の生地は朝の光を受けて柔らかく輝き、随所に施された深い青の装飾が、品位と静謐さを際立たせている。
それを目にした瞬間、セラフィナの胸の奥から、言葉にならない感情が一気にせり上がった。
喉が詰まり、視界がわずかに滲む。
アトラスはその反応を見逃さず、淡々と、しかし配慮の滲む声で理由を告げる。
「君の髪の色と、瞳の色を参考に選んだ」
その一言が引き金だった。
『……このドレス』
心の中で、幼い日の記憶が鮮明によみがえる。
『小さい頃、母上と父上が誕生日にくれた服と……そっくり』
胸が締めつけられる。
『それに、選んだ理由まで……同じ……』
セラフィナは唇を噛み、必死に感情を押し殺した。
だが、指先の震えだけは、どうしても止められなかった。
日常回はどうだったでしょうか?




