進み行く道を決める
少し不穏な感じを散らしてみました。
アウローラ邸を後にした重厚な箱馬車が、夜更けの冷たく乾いた空気を切り裂くように、石畳を規則正しく叩きながら進んでいく。
黒塗りの車体には、白鳳局の紋章――白き鳳凰が刻まれていた。
「……やはり、断られましたね」
若い監査官が、膝の上に革張りの鞄を置いたまま、向かいに座る主任監査官の様子を窺う。
主任監査官は、しばし沈黙した後、静かに言葉を紡いだ。
「断られること自体は、想定内だ」
「元よりアウローラ家は、我々――王国の管理機構を快く思っていない。
協力を拒まれるだろうとは考えていたが……どうやら理由はそれだけではない」
馬車が小さく揺れる。
「今回の件で、確定した事実がある」
主任監査官は指を折る。
「一つ目。
アトラス・アウローラとセラフィナ・ヴェスティアの関係は、もはや“奴隷と主人”ではない」
若い監査官の表情が強張る。
「その歪な関係性のもとで、今回の要請は拒否された」
「二つ目。
アトラス・アウローラは――決して遠くない未来に、我々の障壁となり得る存在だ」
一拍置き、低く続ける。
「そしてそれは、この国の根幹を揺るがす」
沈黙が落ちる。
やがて主任監査官は、確信を帯びた声音で言った。
「だが、最終的にセラフィナ・ヴェスティアは、
我々が“正義”の名のもとに奪取する」
「この国は、いずれ揺らぎ始める。
だが白鳳局は、その揺らぎに秩序を与え、安定を、光を、潔白をもたらし続ける」
「そして――不要な揺らぎは、沈める」
それきり、主任監査官は言葉を発さなかった。
馬車の中で、ただ黙々と報告書を書き進めていく。
――報告書――
件名:伯爵アトラス・アウローラへの要請および調査結果報告
1.セラフィナ・ヴェスティアの王国に対する敵対的傾向は、継続的に上昇していると判断される。
2.セラフィナ・ヴェスティアは、最高刑執行に用いられる審判魔法に対し、極めて高い適性を有すると推定される。
3.アトラス・アウローラは、将来的に白鳳局および王国にとって重大な障壁となり得る人物である。よって、当該人物の警戒度を現行の【2】から【4】へ引き上げることを強く具申する。
馬車は夜明けへ向かって、静かに遠ざかっていった。
柔らかな朝の光が窓から差し込み、新たな一日の始まりを告げる。
セラフィナは目を覚ました。
これほど穏やかな目覚めは、何年ぶりだろうか。
朝というものが、これほど清々しく感じられた記憶は、ほとんどなかった。
部屋を出ようとした、その背に声がかかる。
「よく眠れたか?」
振り返ると、アトラスが立っていた。
「おはよう、マスター。おかげさまで、よく眠れたわ」
即答だった。
その様子に、アトラスはわずかに目を細める。
昨日よりも明らかに表情が柔らかい。
昨夜の出来事を経てなお、不安ではなく希望を宿した顔をしている。
――やはり、選択は間違っていなかったか。
そう思いながら、彼は淡々と口を開く。
「セラフィナ。今日の予定を話す」
「今日は、今後の方針を決める」
「今後の……方針?」
「そうだ」
アトラスは迷いなく続ける。
「“夜を壊す”と言っても、明日壊れるわけじゃない。
地道に、一つずつ壊していくしかない」
「だからまず、ゴールを決める」
「最初の目標だ」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの中で答えは既に形になっていた。
「――保護権管理院を、壊したい」
アトラスは、その言葉を聞いて小さく笑う。
「いい目標じゃないか」
「それにしよう」
「俺たちの最初の敵は――保護権管理院だ」
その宣言は、静かで、しかし確かに世界を敵に回すものだった。




