白鳳局登場―選択迫る―
今回はすこし短めです。
アトラスは一言、低く呟いた。
「……監査官のご登場か」
扉は壊されることもなく、静かに解錠された。
白く、汚れ一つないスーツに身を包んだ男たちが五名揃って室内へ入ってくる。
その中で先頭に立つ男が一歩前に出て丁寧に一礼した。
「夜分に失礼いたします、アウローラ伯爵」
アトラスは皮肉を込めて口元を歪める。
「侵入者にしては、随分と礼儀正しいな」
男は即座に答えた。
「急を要する案件につき、事前の連絡なく屋敷へ立ち入ったこと、深くお詫び申し上げます」
その言葉にアトラスはわずかな不快感を覚えたが、表には出さず問い返す。
「それで、“急を要する用件”とは何だ?」
監査官の男は、わざと間を置いてから口を開い
た。
「セラフィナ・ヴェスティアの――
一時的なお貸し出しをお願いに参りました」
空気が、張り詰める。
アトラスは鋭い眼光で睨みつけた。
「なぜ、貸さねばならない」
「セラフィナ・ヴェスティアの保護権は、すでに俺に移っている」
「彼女は、俺のだ」
監査官の男は、宥めるように両手をわずかに広げる。
「どうかお落ち着きください」
「我々白鳳局の調査により、セラフィナ・ヴェスティアが――」
「ヴェスティア家伝来の審判魔法に加え、精神系の固有魔法を有していることが判明しました」
「その危険性を確認する必要があります」
「同時に、失礼ながら――」
「伯爵が彼女を適切に管理できているか、その点も確認したいのです」
アトラスは即座に反論する。
「なら、なぜ競売にかけた」
「最初から国家が管理すれば済んだ話だろう」
監査官は、淡々と答えた。
「おっしゃる通りです」
「その点については、こちらの不手際であります」
「しかし、今は是非ともご協力をお願いしたい」
アトラスは鼻で笑った。
「……実に立派な建前だ」
男はそれには応じず、改めて問いかける。
「ご協力いただけますか、伯爵」
セラフィナは、二人のやり取りを黙って聞いていた。
彼らの言葉が、協力を装った強制であることは、嫌というほど理解できた。
その瞬間――
アトラスの視線が鋭くなり、低く、はっきりと言い放つ。
「貴族法に基づく要請拒否権を行使する」
「伯爵アトラス・アウローラは――」
「セラフィナ・ヴェスティアの貸し出しを、拒否する」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナは悟った。
――この人は、本気だ。
――私を“共犯者”として、最後まで背負うつもりなのだ。
その事実が胸に落ちたとき、彼女の中で一つの決意が固まった。
この人についていく。何があっても。
監査官の男は、わずかに目を細めて言った。
「……承知しました」
「本日は引き下がりましょう」
「次こそは、ご協力いただけることを楽しみにしております」
立ち去る直前、男は振り返り、静かに付け加える。
「伯爵」
「夜道には、どうかお気をつけください」
「最近は……恥ずかしながら、物騒な事件が多いもので」
それは、紛れもない脅しだった。従わなければ、命すら危ういという――
丁寧に磨かれた国家の暴力。
監査官たちは、感情のない微笑を浮かべたまま屋敷を後にした。
アトラスは、気配が完全に消えたことを確認してから、口を開く。
「セラフィナ」
「今日は休め」
「部屋を案内する。ついてこい」
「……はい」
セラフィナは、その背中を追った。
この日を、彼女は決して忘れることはないだろう。忘れられないだろう。
数え切れない出来事が重なり、覚悟を決めた一日。
この日が後に、夜明けをもたらした英雄譚の始まりとして語られるのか。
それとも、王国に剣を突き立てた反逆者の誕生として記されるのか。
――あるいは、歴史から消されるのか。
それを知る者は、まだいない。




