拾った夜は共犯者に
2話目です!是非読んでみてください!
「それは、アトラス・アウローラだ」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの内側で何かが音を立てて崩れた。
これまで見てきた世界の中で、ここまで死を、汚名を、そして断頭台を恐れない人間を、彼女は知らない。
この男なら――
自分を、国を、そしてこの“夜”を、変えてしまうのではないか。
そう思ってしまった自分に、セラフィナはわずかに恐怖を覚えた。
「……私には、共犯者になるかならないかを選ぶ権利はあるの?」
問いは、思ったよりも静かに口をついて出た。
アトラスは、少しも迷わず答える。
「ある」
セラフィナは、震える指を握りしめたまま、続ける。
「……もし、拒んだら?」
「君は自由だ」
即答だった。
「……本当に?」
「少なくとも、私からはな」
その一言で、彼女は理解してしまった。
――この国の夜が、自分を逃がすはずがないことを。
たとえここを去っても、待っているのは別の檻、別の闇。
選択肢の形をした暗闇しか、残されていない。
それならこの男を信じて戦う方が誇り高く生きれる。
セラフィナは、ゆっくりと顔を上げた。
「私は、アトラス・アウローラ」
はっきりと、名を呼ぶ。
「――貴方の共犯者になるわ」
その声に、迷いはなかった。
「でも、その代わり――こちらからも条件が二つある」
アトラスは、わずかに口角を上げる。
「いいだろう、相棒」
セラフィナは条件を話し出す。
「一つ。私を、見捨てないこと」
セラフィナは、視線を逸らさずに言った。
「二つ。できるだけでいい。――あなたのことを、教えて」
一瞬、アトラスの表情が揺れた。
ほんのわずか、意外そうな色が浮かび――そしてすぐに消える。
「……了解した」
短く、それでいて確かな返答だった。
彼は机の引き出しから一枚の書類を取り出し、セラフィナの前へ滑らせる。
「これに君の魔力を流せ。それで契約は完了だ」
古い紙に刻まれた文字は、ただの文章ではない。
魔法陣と誓約式が幾重にも組み込まれた、正式な契約書だった。
セラフィナは、ためらわずに手を伸ばす。
意識を集中させ、自身の魔力を流し込むと――
契約書が淡く光を帯び、静かに脈動した。
「……アトラス・アウローラ」
彼女は顔を上げ、はっきりと告げる。
「私は、今日からあなたを“マスター”と呼ぶわ」
「なぜだ?」
「すべてを背負うんでしょう?」
当然のように、言う。
「なら、マスターでなければ務まらないもの」
アトラスは一瞬だけ沈黙し、片方の口角をわずかに上げた。
「……そうだな」
視線を合わせる。
「よろしく頼む、セラフィナ」
「こちらこそ。よろしく、マスター」
アトラスは立ち上がり、静かに言った。
「では――君が出した条件の一つ目を、今ここで果たそう」
セラフィナは、無意識に背筋を伸ばす。
「知っているだろうが、俺はアウローラ伯爵家の唯一の息子、アトラス・アウローラだ。
両親は、すでにいない」
「……病気、かしら?」
「それは、まだ言えない」
少しの間が流れる。
重く、しかし拒絶ではない沈黙。
「我がアウローラ家は、代々“闇系魔法”を得意としてきた」
その言葉に、セラフィナは息を呑む。
白光の国で、最も忌み嫌われる属性。
「だから、この国では嫌われている。
だが闇系魔法といっても、すべてが同じではない」
アトラスの声は、淡々としていながら誇りを帯びていた。
「代々、使い手ごとに異なる“闇”を得意としてきた。
そして――」
彼は自分の胸に手を当てる。
「俺の闇は、吸収する力だ。
闇を取り込み、力へと変え、さらに収束させることもできる」
空気が、わずかに冷える。
「俺はこの力を――
《夜の支配者》と呼んでいる」
少し間を置いてから、アトラスは再び口を開いた。
「……ここまでは、アウローラ家が代々得意としてきた魔法についてだ」
その声は淡々としているが、次の言葉だけは、わずかに重みが違った。
「だが俺には、それとは別に――固有魔法がある」
「マスター……それは、どんな魔法?」
「“背負う”魔法だ」
「……?」
セラフィナの疑問を意に介さず、アトラスは続ける。
「対象が抱える罪。心に沈殿した闇。消えない傷。向けられた悪意――」
一つひとつ、言葉を区切る。
「それらすべてを、俺一人が引き受けることができる」
セラフィナの瞳が、ゆっくりと見開かれた。
「背負ったものは、俺の中で“変換”できる。
力へ、あるいは別の形へとな」
「でも……」
彼女は、慎重に問いかける。
「他者に背負わせることは、できないのね?」
「できない」
即答だった。
「背負ったものは、必ず俺で止まる」
セラフィナは息を呑む。
「それって……ノクス・ルーラとの相性、抜群じゃない……?」
「その通りだ」
だが、次の言葉は冷たかった。
「……ただし、代償がある」
一拍、沈黙。
「背負える量には限界がある。
それを超えれば――」
アトラスは、静かに言い切る。
「俺の身体は、耐えきれずに爆散する」
言葉の意味が、数拍遅れてセラフィナの胸に落ちた。
「……っ」
声が、出なかった。
「この固有魔法を、俺は《適応者》と呼んでいる」
それは、英雄の力ではない。救済の力でありながら処刑台へ向かう者の能力だ。
「これで――君が出した条件の一つは、果たせただろうか?」
しばらく沈黙したあと、セラフィナは深く息を吸い、冷静さを取り戻す。
「……ええ。果たしているわ、マスター」
「そうか」
短く、それだけを返す。
そして、今度はアトラスが問いかけた。
「では次は、セラフィナ」
その視線は、探るものではなく、対等なものだった。
「君のことを、教えてくれるか?」
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