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夜に名を与える  作者: ベリドット


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1/8

夜を拾う

初投稿です。是非読んでいただけると嬉しいです!

感想等々お願いします!


ゴミ一つ落ちていない、白く洗練された景観。

石畳は常に磨かれ、建物は寸分の狂いもなく並ぶ。

制度は整い、法は行き届き、犯罪率の低さなど良い所を挙げればきりがない。

人々はこの国を、理想と呼ぶ。

白光の国――ルミナール王国。

この国は、貴族制度を用いている。

その序列は明確で、

公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。

誰もが、それに疑問を抱かない。

秩序とは、そういうものだと教えられてきたからだ。

ヴェスティア家は、その頂点に連なる公爵家の一つだった。

長く続いた血統の末、ただ一人の娘がいた。

名を、セラフィナ・ヴェスティアという。

セラフィナは、両親や周囲の人々から、ありったけの愛を注がれて育った。

衣食に不足はなく、欲しいものは言葉にする前に与えられ、歩む道には、常に誰かが先回りして整えられていた。

幼い彼女にも、それは理解できた。

――自分は、恵まれている。

――選ばれた側の人間なのだ、と。

だからこそ、彼女は“下”と認識した人間に関心を持たなかった。

関わる理由も、優しくする必要も、見出せなかった。

それは悪意ではない。

彼女にとっては、当然の判断だった。

その思想は、次第に行動となって現れていく。

見下す視線。

呼び捨ての声。

守られる側としての、無自覚な残酷さ。

それでも、誰も彼女を咎めなかった。

この国では、それが“正しさ”だったからだ。

そんな日々の中で、セラフィナは繰り返し、両親から同じ言葉を聞かされていた。


「セラフィナ、

貴女は貴族として――

なんの曇りもなく、誇り高く生きなさい」

その言葉は、まるで祈りのように、静かに告げられた。

不思議なことに、その教えを口にする両親の表情は、いつも少しだけ、悲しそうだった。

理由は、わからなかった。

わかろうともしなかった。

セラフィナはまだ、この国の誇りが、何を犠牲にして成り立っているのかを知らなかったからだ。

そんな彼女の生活は、ある日突然崩れ去った。

父母が、密かに軍に資金を横流しし、王国を揺るがす反乱を企てていたことが発覚する。

王国直属の捜査機関、白鳳局による急襲。

屋敷は蹂躙され、豪奢な室内も書類も、

無残にかき乱された。

両親はその場で逮捕され、幼い頃から守られてきた安全と秩序は、一瞬にして崩れた。

18歳――まだ成人に達しないセラフィナは、王国法により直接の逮捕を免れるが、“親を失った者や、後見を要する未成年者を保護する”などを行う組織である保護権管理院に預けられることが決まった。

その瞬間、彼女の胸に走ったのは、怒りでも悲しみでもなく――虚しさだった。

恵まれ、選ばれ、守られてきた自分が、今や、制度の歯車のひとつに過ぎない。

この日から、白く輝くはずだったルミナール王国は灰色に染まった。


ルミナール王国の夜は、昼に劣らず白く、煌びやかに光を放っていた。

街路には出店が立ち並び、昼間とは違った熱気が漂う。

夜の帳が下りても、人々のざわめきは途切れず、街は眠らない。

だが、街の光の下に広がる地下世界では、別の“熱気”が渦巻いていた。

ここで行われているのは――保護人探しと称される、人身競売。

夜な夜な、貴族たちは己の欲望のままに人を売り買いする。

善も悪も、秩序も倫理も、地下の空気には届かない。

そんな場所に、アウローラ家の一人息子――伯爵家の出自にしてルミナール王国で忌み嫌われる黒髪に1部白が混ざっている端正の顔をした青年、アトラス・アウローラの姿があった。

彼は下品な熱狂を、冷めた赤黒い瞳で横目に見ながら、低く呟く。


「クズどもが……」


今夜は、いつも以上に活気づいていた。

その理由はただ一つ――今日の競売の“目玉”が、元貴族だからである。

競売人が声高に宣言し、鐘が一つ鳴る。

地下室全体に、ざわめきが跳ね返る。

――その瞬間、アトラスはわずかに眉をひそめた。


競売人が声高に告げる。


「さて――今夜も競売を始めさせていただきます。」


裏方の手で、一人の少女が静かに運ばれてくる。

彼女の瞳はまだ何も知らず、会場の熱狂とは無縁のままだった。


「この娘から、紹介させていただきます――」


競売人は言葉を終えると、冷徹な目で場内を見渡す。


「開始価格は、100万ルミナに設定させていただきます。」


歓声は上がらず、貴族たちは静かに手を挙げていく。


「100」

「200」

「400」


競売人は腕組みをし、確認の目を巡らせる。


「400万ルミナ以上の方はいらっしゃいますか?」


会場は沈黙した。

冷たい空気が張り詰め、少女の小さな肩がわずかに震える。


「いないようですので、この娘を400万ルミナでハウス子爵に決定いたします。」

「ハウス子爵に、この娘を完全に移譲いたします――」

権利書が子爵の元に移る。

鐘の音のように言葉が響き、会場のざわめきは次の対象へと向かう。

少女の運命は、静かに、そして確実に手の中で決まったのだった。

次々と競売が進み、会場の熱気は徐々に消費されていった。

だがその空気を、ひとつの瞬間が再び震わせる――

会場のボルテージが、一段階上がったのだ。

競売人が高らかに告げる。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。

目玉商品の紹介を、始めさせていただきます――」


裏方の手で運ばれてきた少女は、まるで雪のように白い肌を光らせ、白金の髪は夜の光を受けて煌めき、海のように深い瞳が静かに周囲を見渡していた。

その姿は、絵本の中から抜け出してきたお姫様のようであり、同時に、この場所の猟奇的な熱狂と不釣り合いなまでに美しかった。

競売人は声を低め、しかし会場全体に響くように言う。


「元公爵家の娘、

この美貌にして由緒ある血統でかつ魔法の才覚があり――

セラフィナ・ヴェスティアの競売を、開始させていただきます――」


会場は一瞬、息を飲んだ。

その美しさが、静かに、そして確実に、すべての視線を奪っていく。


セラフィナは、自身の状況を通して初めて、この国の夜の顔を知った。

父母が捕えられ、彼女を保護したはずの後見権管理院――その正体は、保護機関ではなく、人身を売買する冷酷なブローカーだった。

地下への階段を降りながら、裏方の男が低く命じる。


「早く歩け」


足を引きずることもできず、セラフィナはただ言われるままに歩いた。

耳に届くのは、幼い声の泣き声と、下品に響く笑い声。

人々の目線が、まるで食べ物を見るかのように、彼女たちを這い回る。


そして、ついに彼女の番がやってきた。

競売人の冷たい声が、地下室全体に響く。


「元公爵家の娘、

この美貌にして由緒ある血統でかつ魔法の才覚あり――

セラフィナ・ヴェスティアの競売を、開始させていただきます――」


会場を見渡すと、見覚えのある顔ばかりだった。

かつてパーティで媚びへつらっていた者たち――今は役職も権力も違う。

しかし、唯一変わらないのは、下品に彼女の身体を舐めるような視線だった。


セラフィナの胸は、怒りでも悲しみでもなく――絶望で満たされた。

彼女に残されたのは、神を呪うこと。しかし最後まで誇り高くいようとした。それだけが最後の反抗だった。


競売人が声を張り上げる。


「開始金額は、5000万ルミナからとさせていただきます!」


会場の手が、順に挙がる。


「6000」

「7800」

「1億」


競売人が場内を見渡す。


「1億ルミナ以上の方はいらっしゃいますか?」

沈黙が広がる。

「では、このまま1億ルミナで決定――」


その時、低く響く声が会場を貫いた。


「8億で買おう。」


ざわめきが止む。

誰もが息を飲み、視線を声の主へ向ける。


「8、8億ルミナ以上の方はいらっしゃいますか?」


会場は静まり返った。


「8億ルミナで、アトラス・アウローラ伯爵がセラフィナ・ヴェスティアの購入を決定させていただきます。」

「アトラス・アウローラ伯爵に、セラフィナ・ヴェスティアを完全に移譲いたします――」


権利書が光を帯びてアトラスの元に移る。

周囲の貴族たちは羨望の視線を向ける。

だが、セラフィナの視線は冷たく、相手だけを見据えていた。

閉じていた瞳を開き、彼女は叫ぶ。


「私を買ったからって心まで買わせたり、奪わせたりしない!」


その言葉を吐き終え、目の前の相手を見上げると――

そこには、幼い頃、彼女が嫌がらせをして、下に見ていた存在が立っていた。

――アトラス・アウローラ。

その瞬間、絶望と、嫌悪と、そして運命の皮肉が、セラフィナの胸を打ち貫いた。この時彼女の物語は奴隷として終わるはずだった。


数時間後、セラフィナを連れたアトラスは、アウローラ家本邸に到着した。

広大な庭と壮麗な外観――一見すべてが理想のように整っている屋敷だった。

だが、中に足を踏み入れると、物は必要最低限にしか置かれておらず、どこか空洞のような、冷たい印象が残った。


アトラスは何も言わずに、セラフィナを書斎へと導く。

そして、怖いほど感情のない声で告げた。


「セラフィナ・ヴェスティア、お前に条件を出す。」


彼の声に続く言葉は、静かだが明確な意思を帯びていた。


「一つ――これまでのことを俺に謝罪しないこと」

「二つ――自身を被害者だと思わないこと」

「三つ――自分で考え、動くこと」


そして、沈黙を破り、アトラスはゆっくりと見据えた。


「四つ目――」

その眼が、彼女を捉えた。


「俺の共犯者になれ」


セラフィナは言葉の意味がすぐには理解できなかった。


「そして共に、この国の夜を壊す――」


その言葉には、これまでの無機質な声とは違う、静かな熱がこもっていた。


「共犯者が欲しかったから、私を買ったの?」

「違う――」


即答だった。


「セラフィナ・ヴェスティア。君を買った理由は――君が夜側だったからだ」


夜とは、踏む側であり、選ぶ側である者。

その力を知る者だけが、夜を壊す術を知る。


「建物の解体業者は、解体する前に構造を調べるそうだ」

「…?」

「つまり、夜だった者こそ、夜の壊し方を知っている」


部屋には長い沈黙が流れた。

セラフィナは問いかける。


「あなたは、私を共犯者にして復讐したいの?」

「復讐? 復讐は夜を深めるだけだ」

「俺は夜を拒む。俺は夜を遠ざける。俺は夜明けを求める――」


アトラスの言葉は、静かだが確実に重かった。


「だから、セラフィナ・ヴェスティア――君は夜を壊せ」


その言葉だけを聞けば、罪を押し付けられるように聞こえ、セラフィナは怒りを露わにする。


「アトラス・アウローラ! あなたは私に共犯者といいながら、ただ私に罪を押し付けたいだけじゃない!」


アトラスは迷わず、断言する。


「夜を壊す上で生じる罪も、記録も、報復も、死も、憎悪も――全て、私が背負う」


その言葉に、セラフィナの瞳がはっきりと見開かれる。


「記録に残る名も、歴史に残る汚名も、最終的に断頭台に立つ名があるのなら――」


少し間を置き、静かに言い放つ。


「それは、アトラス・アウローラだ」


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