「王太子殿下、私を捨てたことを後悔なさいませ」
はじめまして、またはこんにちは。
今回は、「悪役令嬢」×「ざまぁ」×「静かな復讐」をテーマにした短編をお届けします。
タイトルは、
『王太子殿下、私を捨てたことを後悔なさいませ』。
貴族社会に翻弄されながらも、毅然とした態度で真実を暴き、誰よりも誇り高く生きる令嬢・レティシア。
彼女の“静かな反撃”とその美しい幕引きを、どうか最後までお楽しみくださいませ。
第一章 ――悪役令嬢の断罪
その日、王国の王宮はいつになく騒がしかった。
深紅の絨毯が敷かれた謁見の間。そこに集ったのは、王国の名だたる上級貴族たちだった。王、王妃、そして玉座のすぐ傍らには王太子アルフォンス。彼の隣には、清楚なレースのドレスをまとった若い令嬢が寄り添っている。
そして、その空気を切り裂くように、ひとりの令嬢が入室した。
彼女の名は――レティシア・グランフィーユ。
王国の五大公爵家のひとつ、グランフィーユ家の一人娘にして、かつてこの国の王太子妃として内定していた存在である。
レティシアは、深い紫のドレスを纏い、背筋を伸ばして進み出る。その一歩ごとに、重苦しい沈黙が広がっていった。
「よく来たな、レティシア・グランフィーユ嬢」
玉座の前で、王太子アルフォンスが言った。
その声音には、もはやかつての親しみの色などひとかけらもない。
「本日は、そなたに申し渡すことがある」
「承知しておりますわ。殿下がわたくしを、断罪なさるのだと」
ざわめきが起きる中、レティシアはわずかに口元を緩めた。
それは、どこか皮肉めいた、挑戦的な微笑だった。
「王太子殿下は、わたくしの婚約を破棄し、代わりに……そちらの令嬢を、新たな婚約者として迎えられるのでしょう?」
彼女が顎を向けた先――そこには、セシリア・ロラン嬢。
高位貴族ではあるが、地位も財も、グランフィーユ家には到底及ばぬ伯爵令嬢だ。
しかしその顔は“無垢な善良さ”で覆われ、まるで被害者のような雰囲気を醸し出していた。
「……そうだ」
アルフォンスは頷き、言葉を続けた。
「レティシア、お前はこの1年、幾度となくセシリア嬢に対して嫉妬と悪意に満ちた行動を繰り返してきた。侮辱、使用人への圧力、舞踏会での陰湿な嫌がらせ……どれも王妃としてふさわしからぬ振る舞いだ」
貴族たちがどよめき始める。
レティシアの噂は、以前から社交界を飛び交っていた。
彼女が高慢で、冷酷で、気に入らない相手を容赦なく排除する――そんな“悪役令嬢”のイメージが人々の中に定着していたのだ。
「したがって本日、我が王太子アルフォンス・エグレアは、レティシア・グランフィーユとの婚約を破棄し、新たにセシリア・ロラン嬢との婚約を発表する」
その瞬間、会場の誰かが拍手を始めた。
次いで、ぽつぽつとした賞賛と賛同の声が湧き上がる。
だが――レティシアは笑った。
「……あら、ずいぶんと見事な“台本”でございますのね、殿下」
その笑みに、ぞくりとした者もいた。
「セシリア嬢を守るために、婚約者を捨て、全てを明るみに出す……さながら正義の味方ですわ。――その“偽善”が、わたくしには何よりも醜く見えますの」
セシリアの顔がひきつる。
「黙れ、レティシア! 貴様の悪行は――」
「悪行、ですか。では、その“証拠”をお見せくださいませ。殿下の言葉一つで、人ひとりを断罪なさるおつもりではありますまい?」
王太子の表情が、一瞬だけ曇った。
「……証人がいる。セシリア嬢の侍女、レナだ。彼女が証言してくれる。お前がセシリアに毒入りの菓子を贈ったと」
「ふふ……やはり、そう来ると思っておりました」
レティシアは、懐から一通の書状を取り出す。
「こちらは、レナ嬢の“自筆の謝罪文”でございます。彼女は、セシリア嬢からの指示で行動していたこと、証言はすべて偽りであること、そしてセシリア嬢と王太子殿下の間でやり取りされた“共謀の書簡”まで、すべてわたくしの手元にございますの」
「……なっ……!」
セシリアが、目を大きく見開く。王太子が、ぐっと言葉を詰まらせる。
――ここで、空気が一変した。
王族や重鎮たちの中に、沈黙と疑念の波が走り出す。
先ほどまでレティシアを嘲笑していた令嬢たちは、恐る恐る彼女の視線を避けた。
「殿下。そちらが『断罪』をなさるのであれば、わたくしも『証拠』で応じさせていただきます」
真紅の絨毯の上で、静かに舞うような口調で、レティシアは言った。
「今夜は、わたくしの“逆断罪”にございます」
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第二章 ――沈黙を破る者たち
「レティシア嬢、その書状とやらは本物か?」
重々しい声で問いかけたのは、王の側近であり法務院長でもある老貴族、ギルバート卿だった。
彼は公正を重んじる人物として知られ、この場においても王族すら下手に逆らえぬ影響力を持っていた。
「はい。こちらに写しを。原本はすでに、第三王子閣下と法務院へ正式に提出済みです」
「……第三王子が関わっている?」
アルフォンスの顔がこわばった。
弟である第三王子ルシアスは、政治と法において抜群の才能を持ち、今や王国内でももっとも支持されている王族の一人だった。
「はい、殿下に万が一のことがあっても、真実を守るために。ご安心を、殿下を貶めることが目的ではございません。ただ――」
レティシアは、少し目を伏せ、静かに言った。
「“あなたが、わたくしを捨てる理由”を、正しく皆様に知っていただきたいだけですの」
その言葉に、王妃が微かに息を飲む。
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王太子は椅子から立ち上がった。
その瞳には、激しい焦燥が浮かんでいた。
「第三王子が余に逆らうなど――父上、これは陰謀です! すべてレティシアの捏造だ!」
「黙れ」
厳しい一言が、玉座から響いた。
立ち上がったのは国王だった。老齢ながらも威厳に満ちた佇まいで、あらゆる視線が自然と彼に集まる。
「レティシア嬢は、たった一人で貴様とセシリア嬢の謀略に立ち向かった。……その勇気と誠実さは、王妃としてふさわしい」
「な、何を仰るのです、父上!」
「貴様は、感情と欲に溺れ、国家のための婚約を裏切った。そして、貴族を巻き込み、偽証まで働いた……もはや王位継承の資格などない」
「っ……!!」
アルフォンスは肩を震わせた。だが、誰も助けようとしない。
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第三章 ――終焉の舞踏会
衛兵がセシリアを取り囲む。
彼女は震えながらレティシアを睨みつけた。
「……どうしてよ……あなたは全部持ってるのに……どうして私のものまで奪うのよ!」
「わたくしは何一つ奪ってなどおりません。貴女が、わたくしの名誉を奪ったのです」
「わたしの方が、あなたより可愛いのよ! 愛されるべきなのは私なのよ!」
セシリアの叫びに、貴族たちの視線は冷たく向けられた。
その狂気が、真の“悪”を浮かび上がらせた瞬間だった。
――やがて、衛兵に連れられて彼女は連行され、玉座の間から姿を消す。
一方、アルフォンスは……
「父上、どうか……王太子の地位だけは……!」
「無理だ。貴様の行いは、すでに王家の名を汚しておる」
国王は背を向けた。
「しばらく王宮から離れよ。今後の処遇は、法に委ねる」
「ぐっ……!!」
崩れるように、アルフォンスは膝をついた。
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数分後、静まり返った謁見の間に、レティシアが再び立った。
「このような騒動を起こし、皆さまには深くお詫び申し上げます。……ですが、これが、わたくしの選んだ“静かな戦い方”でございました」
その姿はまさに、気品と理知を兼ね備えた“未来の女王”そのものだった。
誰もが、もはや彼女を“悪役令嬢”とは呼ばなかった。
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第四章 ――静かな退場、そして
断罪の舞台から一夜明けた王都には、まだ噂の余韻が漂っていた。
「悪役令嬢」と揶揄されていたレティシア・グランフィーユは、実は真実を握る“正義の貴族令嬢”であり、逆に王太子とその新婚約者セシリアの方こそが策略に走った――そんな話が、あらゆる場所でささやかれていた。
グランフィーユ公爵家には、王からの謝罪と感謝の書状が届けられた。
王妃はレティシアに謁見を求め、正式に謝罪を申し出た。
「あなたのような令嬢を、軽んじていたことを恥じています。王族として――母として、深く頭を下げさせてくださいませ」
「……わたくしも、完璧ではございませんでした。お心遣い、感謝いたしますわ」
レティシアは、その申し出を受けたうえで、**“ある選択”**を国王に伝える。
「わたくしは、王宮を去ります」
「なんと……!」
「王妃の座に、もはや未練はございません。わたくしが望むのは、“自由と誠実”――嘘と策略のない世界ですわ」
彼女は微笑んだ。
「……そして、王太子殿下がわたくしを捨てたことを、後悔していただければ、それでよろしいのです」
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最終章 ――未来の在処
それから数日後。
馬車に揺られて王都を離れるレティシアの前に、ある青年が現れた。
「お待ちなさい、レティシア嬢」
「……あら、エルマー様。どうしてここに?」
現れたのは、宮廷第一魔導師にして、かつての幼馴染――エルマー・ブランシェット。
その端整な顔立ちに、わずかに苦笑を浮かべて彼は言う。
「君が去ると聞いて……どうしても一言、伝えたくなったんだ」
「……なんでしょう?」
「俺は、君が王妃にならなかったことを……少しだけ、嬉しく思っている」
「……え?」
レティシアが目を瞬くと、エルマーは彼女の手をそっと取った。
「君が、王族ではない場所で、生きていくなら。……その隣に、俺がいてもいいだろうか?」
彼の真剣な眼差しに、レティシアの胸がわずかに高鳴る。
ずっと、自分は孤独だと思っていた。
証拠を集める日々、誰も信じられず、誰にも縋れなかった。
けれど――彼は、見ていてくれたのだ。
王妃でなくなっても、誇り高い“レティシア”として、歩もうとする自分を。
「……はい。では、お隣を、お貸ししますわ」
静かな笑みと共に、レティシアはエルマーの手を握り返す。
馬車が、王都の門を越えた。
風がドレスの裾をふわりと揺らす。
そこには、かつて“悪役令嬢”と呼ばれた少女の姿は、もうどこにもない。
ただ――すべてを知り、すべてを終わらせた、ひとりの凛とした女性がそこにいた。
王太子殿下。どうかいつか、本当に後悔してくださいますように。
わたくしを捨てたことを――永遠に。
Fin.
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
“悪役令嬢”というレッテルを貼られてもなお、自分の名誉と誇りを守るために戦ったレティシア。
派手な魔法も転生もありませんが、その分、策と勇気、そして静かな強さを込めて描いた物語です。
書きながら、「後悔させるって、派手にやり返すだけじゃないんだな」と思わされる展開になりました。
読後に少しでもスッキリしたり、「かっこいい」と思っていただけていたら嬉しいです!
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ありがとうございました!