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コード・マギウス あるいは最強の息子として転生した僕が最高のスパイとなる物語  作者: 城木仁輔
序章 トールキンかと思ったらジョン・ル・カレでした。チクショー。編
7/25

あなたは誰?

 パーティーが終わる。

 人々はそれぞれ家路につき、喧騒は消える。残ったのは四人だけ。

 僕の父母──ハリオス・ウェバーとミュシャ・ウェバー。それに、トサント伯フェダストゥス・ヴァレンタイン。最後は皇帝陛下。

 照明がほとんど消えて薄暗い旧貯蔵庫の中、四人は思い思いに琥珀色の液体を口に運んでいた。


 僕は意を決して壁際から離れた。そして、決然と──意図的に決然とした足取りで、四人の方に近づいていく。懸案事項は三つ。そのうち一つを、ここで解決してしまおう。


「お話がございます」

「なあに? そんなかしこまっちゃって」

「〈征東の魔女〉と……多分ラスト・サムライ。それは、僕の母上と父上だ」


 それを告げた時の母の表情は、全く普段通りだった。彼女はウイスキーの入ったグラスを空中に置き、僕に向き直った。


「あら、バレちゃった?」

「これに関しては、隠す気がなかったでしょう」

「まあ、ね。いずれ言うつもりだったし」


 母の語るところによると、母はおよそ百二十年前に衝天山脈を超え、その奥にある無主地という荒涼の地も超えて、さらにその向こうのバルハエなる地域と、ココノツシマなる地域に開拓者協会支部を設置した時の初期メンバーらしい。

 その二地域はおよそ八〇年前に帝国と盟約を結び、リクランド連邦帝国の一員となった。


 母はすでに魔法で寿命をいじっていたので、いつ故郷に戻ってもよかった。そうやってココノツシマの山奥に引きこもって魔法の研究をし続けて百余年、当代の将軍の九男坊が魔女の噂を聞きつけて尋ねてきたそうだ。

 それで彼はその魔女に一目惚れした。「私に刃を届かせたら考えてあげるわ」との返事を真面目に受けた彼は、その魔女と三日三晩にわたる戦を始めた。

 その最後に彼は魔女の頬に傷をつけた。その責任を取る形で、二人は結ばれたのである。


「ちなみに根拠を聞いてもいいのかしら?」

「魔法が異常にうまいっていうのと、あの〈征東の魔女〉の本、それと……」

「それと?」

「樽運びのジョニーがいなくなった時に、僕を誤魔化したから……」


 あの時のミュシャのセリフを思い出す。彼女は「〈征東の魔女〉なら、多分余裕でやってみせるよ」と言った。断定するには不十分だが、あの時のミュシャは余裕そうだった。

 皇帝陛下とヴァレンタイン卿の、母に対する視線。それは少年のような輝きを持ったものであった。


「そうさ、レディ・ミュシャの前では、俺たちはファンボーイに過ぎんのさ。サインもらってもいい?」

「もちろんです」


 皇帝の言葉通りなのだろう。そうなると、なぜ二人がここに来たのかということにも納得できる。寝る前の読書で何度も読んだ人が実際にそこにいるなら、万難を排して向かうというものだ。

 アインシュタインやファインマンに会えるチャンスがあるなら、僕はそれを必ず掴むだろう。もっとも、今となってはそういう贅沢を言えたものではないのだが。


「ふむ、では陛下と私は辞したほうがよろしいかね?」

「ヴァレンタイン卿にも関係のござらぬお話ではございません。〈子爵〉の正体にも、僕は心当たりがあります」

「ほう?」


 彼は挑戦的な眼差しを僕に向けた。それを跳ね返すつもりで、僕は彼のこのを睨み返した。これはある種の報復だ。ヴィヴィアナの分と、あとは単純に耳と鼻の削げた男が怖かったから。


「それも、僕の母ミュシャですね」


 ハリオスが「えっ!?」と素っ頓狂な声をあげて、ミュシャの方を見た。彼女は一切表情を動かさず、チラリと伯爵の方を見た。


「と申しておりますが、どうでございましょう。ヴァレンタイン卿」

「証拠を聞きたいところだな」


「状況証拠ですが、これも明らかだと思います。決定的なのは、あなた方のご来訪を母上が知っていたことでしょうか。それ以外にも、ヴァレンタイン卿が帝都にいらっしゃる間も、酒樽があなたの邸宅に運ばれ続けていたことなどがあります。あれが何を運んでいたかは、今から母上の執務室に行って書類を漁ればわかると思います。それと、僕が伯爵邸を観察していた時のこともそうです。夜中に出かけたのに、あの恐ろしい男が現れました。あの丘にそういう魔法が仕掛けられているかどうかは、今行って確かめてみればわかることです。おそらく、魔法はないのでしょう。あれば、間諜にはバレます……それこそ、樽運びのジョニーのような」


「優秀だな、及第点を与えても良い。今すぐ部下に欲しいくらいだよ。なあ、レディ・ミュシャ?」

「誓いますが、私が漏らしたわけではございません。情報の伝え方を変えた方がよろしいですね」


 彼女は僕の方に近づいて、屈んで目線を合わせた。


「これは内緒よ。秘密にしておくの。それと、渡したいものがあるから、私と一緒に来てくれる?」

「わかり、ました」

「というわけで、皆様方はここでお待ちくださいます?」


 母に連れられて、僕は旧熟成庫から外に出た。

 寒空の下、僕は母と二人で歩く。そこは静かで、僕らの足音以外の音がない。上を見ると、そこには星空があった。黒い空に、銀色の点。それは、ヴィヴィアナ・ヴァレンタインの瞳によく似ていた。気が付けば、彼女のことばかり考えている。この想いは何なのだ。知らない感情だ。


「あなたに三点決められちゃったわね、ミシェル」

「三点?」

「パパがラスト・サムライで一点、私が〈征東の魔女〉で一点、〈子爵〉でもう一点。ええと、ハットトリック、だっけ?」


 ハットトリック。彼女が知っているはずのない言葉。僕は魔法のルールを思い返す。魔法は思考によって導かれるものだ。そして、それは空間に影響を与えるものでもある。であれば、思考によって魔力場的な何かが揺れるかもしれないと考えるのは自然だ。


「ええ、そうよ。だって私はすごい魔女よ。人の考えを読むってのは、容易いこと」

「じゃあ、どうして父上は母上に『一発入れられた』の?」

「それは、彼が純粋だからよ」


 そうして話している間に、僕らは酒造端の家まで辿り着いていた。薄暗い居間に入る。暖炉には火がついていない。

 彼女はマントル・ピースの上に飾ってある杖と刀を浮遊させ、僕の目の前まで移動させた。初めて近くで見る。その杖は捻れ狂う木の根の先端に青い玉石をあしらったもので、その刀は夜に溶けそうなほどに濃い紫色の拵だった。

 手を伸ばして刀身を見てみると、そこには真っ直ぐな刃紋があった。


「うーん、ちょっと大きいわね」


 ミュシャは杖を二振りした。その杖と刀は三分の二程度の長さにまで縮まった。僕の身丈にちょうど良いものだ。


「あなたがハットトリック、私が一点。勝負の行方はまだわからないわ」

「でも、これって……」

「いいのよ。私も文献で、外なる世界から落ちた魂のことを読んだことがある。それらは例外なく波乱万丈の人生の末に、とてもひどい結末を辿るの。あなたがそうなるのは、私には耐えられない……」


 ミュシャの声は震えていた。理論的に考えるとどうなのだろうか。本来はどこかに溶け去るはずの魂が、異常な挙動を見せたことで、何らかのエネルギーの負債を抱えているのだろうか。考えてもわからないことは仕方がない。僕はただ、涙を流すミュシャのことを抱きしめるしかできなかった。


「大丈夫です、母上。僕は母上と父上の子ですよ」

「ええ、そうね──本当に、そうね」

「これで僕は、どこにでも行けます」


 僕は振り返った。あと二つのうち、一つの懸案事項は、おそらくすぐに解決できる。僕は刀と杖を握って、踵を返して旧貯蔵庫の方へと走り出した。


「お行きなさい、あなたの運命を」


 母の言葉を背中に受けながら。



 貯蔵庫の扉を打ち開けると、そこには三人の男が相変わらず酒を舐めていた。伯爵が必死に己の気配を消す最中、皇帝陛下が父に「三日三晩の戦い」のことを矢継ぎ早に聞いていた。


「お三方! レディ・ヴィヴィアナ・ヴァレンタインは何処に居られますか!」

「眠いとか言って、ウチの家内と館に戻ったが──」

「ありがとうございます!」


 僕はそのまま扉を閉めて、あの丘の方へ走る。体が軽い。今なら何だってできてしまいそうだ。実際に行使できる魔法は、一種類しかないけれど。


 丘の頂上、古木の根元。やはりというべきか、魔法の痕跡はどこにもない。

 あまりにも急いで駆けてきたから、僕の心臓がうるさく自己主張をしている。心臓が耳から飛び出してしまいそうだ。

 拍動の一回ごとに、僕の体が大きくなったり縮んだりしているようだ。脇腹が痛い。空気を求めてもがくように、僕は呼吸をした。呼吸と心音で、その他全ての音がかき消される。


 腹の底から、熱い衝動が突き上げてきた。それは僕の手から母の杖に流れ込み、集約し、パチパチと火花を散らせる。この世界はすごい。

 だって、僕の感情が魔法となって、そこに現象として存在しているからだ。前世ではちっともわからなかったものが、確かな証拠となってそこにある。あるから、僕はもっと熱くなってしまう。


 故に。


「光よ、あれ!」


 僕は叫ばずにはいられなかった。今度こそマクスウェル方程式の出番かと一瞬思ったが、茶化している場合ではない。


 僕は母の杖を天に向けて掲げた。黒い空に、銀色の星。僕は力を込めて、杖の先端に光を灯す。そして、それを空に向けて思い切り打ち上げる。

 それは地上から空を切り裂く銀色の線となった。黒い空に銀色の星、それと銀色の線。これは君の目の色。僕は衝動のままに、いくつもの光芒を放った。


「君の流れ星だよ……ヴィヴィアナ・ヴァレンタイン……」


 その時、眼下の邸宅の窓際に、彼女の姿が見えたような気がした。

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