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コード・マギウス あるいは最強の息子として転生した僕が最高のスパイとなる物語  作者: 城木仁輔
序章 トールキンかと思ったらジョン・ル・カレでした。チクショー。編
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嘘──その一

今日は二回行動の日です。心してください。「二回目」は三十分後に訪れます。

 結局、時計塔は修理をするとかで、僕らは追い出されてしまった。

 しかし、それは僕らの関係の終わりを意味しているわけではない。

 僕らは外に出て、本をそれぞれ声に出して読み合いながら、時々そこからワンシーンを演じて楽しんだりした。いつも開拓者ごっこをしている仲間たちも加わり、小さな劇団のようになった。


 主役とヒロインは、いつも僕と彼女がつとめていた。騎士物語では、僕が騎士で、彼女はお姫様。面と向かって言うには恥ずかしすぎるセリフも、演じているのであればなんてことはなかった。


 唯一彼女がやりたがらなかったのは、深窓の令嬢の役だ。彼女があまりにも渋るものだから、僕が令嬢の役をやって、彼女が王子様の役をやったこともあった。それはそれで面白かったから良かったが。


 その日は川辺の広場で、ある詐欺師の物語を演じているところだった。詐欺師は僕で、それを追う騎士の役が彼女だった。その詐欺師が逃げ出そうとしたところで、まさに騎士と鉢合わせてしまうシーン。物語の見せ場の一つ。


「『騎士様、君はちょうど獲物を取り逃がしたところだ。頼むからその剣と杖を置いてくれないか? 僕も騎士なんだよ』」

「……なんだか、お父様みたい」

「え?」


 彼女は急に悲しそうな顔をして、それきり何も言わなくなってしまった。初めて会った時から、何か複雑な事情がありそうなことはなんとなく察しがついていた。

 身なりの良さと言葉遣いから、おそらく貴族のご令嬢なのではないかという見当もついていた。


「ごめん、今日はちょっと、これでおしまいにしよう」


 彼女はそう言って、上流の方に走り去ってしまった。残された僕らは顔を見合わせて、「まあこういうこともあるか」という結論に至り、誰からともなく解散していった。貴族絡みの問題には、大きな声をあげないのがここでの生き残り方なことを、みんな心得ているのだ。


 他の誰とも違い、僕は上流の方へと向けて足を進めていた。彼女が行きそうな場所には心当たりがある。それは二人で歩いていたときにたまたま見つけた洞窟で、あの時計塔の代わりに僕らの秘密基地になっている場所だ。

 近くを川が流れているから、本を多くは置けないけど、それはそれとして読書には良い環境の洞窟だ。


 洞窟の天井にある割れ目から、光が差し込んでいる。その真下に彼女がいた。スポットライトを浴びて佇む彼女のことを、僕はこの世のものだとは思えなかった。

 それほどに儚く、触れたり声をかけたりすればすぐに霧になって消えてしまいそうなのだ。そういえば、僕は彼女の身の上を聞いたことがほとんどない。

 僕は彼女に近寄り、スポットライトのすぐ外で足を止めた。そして、彼女が口を開くのを待った。


「あのね、父上は嘘つきなの。その嘘は正しい嘘だってみんな言うけど、私にはわからない」

「優しい嘘だってあるよ。僕たちが読んでる本がそれだ」

「ううん、違う。父上の嘘は、なんだか怖いの」


 彼女は僕の方を向いた。泣き腫らした跡が太陽に照らされて、微笑みの下にある別の表情を僕に教えてくれていた。彼女は僕に縋りつこうとしているのかもしれない。


「私は父上の娘だから、いずれ父上みたいにならなきゃいけないの。それが、怖くてしょうがないわ」

「君は……」

「あなたは、そうじゃないよね。怖い嘘、つかないよね」


 僕は精一杯の笑顔を浮かべた。実際にどういう表情をしていたのかはわからないけど、彼女は軽くため息をついた。

 どうやら、少し安心してくれたようだ。そして、彼女は手のひらを僕に向けてきた。それはこの世界での「ゆびきりげんまん」。小指を絡める代わりに、手と手を合わせるのだ。


 僕は彼女の手と、僕の手を合わせた。僕より柔らかく、僕より少しだけ大きい手。それは、今まで僕が知ったさまざまな嘘の中でひかる、ただ一つの正しいもののように思えた。


「約束だ。僕は、怖い嘘をつかない。つくとしても、君を楽しめるためのものだ」

「うん、約束……」


 僕らは指を絡め合わせた。そのまま手を繋ぎ、二人して洞窟の外に出た。川のせせらぎを聞きながらゆっくりと歩き、時計塔までたどり着く。

 夕日が僕らの背を照らしていた。僕は彼女の手を離し、僕を置いて先にゆく彼女の背中を見続けていた。


 それは、お互いに深入りをしないという、いつの間にかに決まっていた約束で、ある種の儀式でもあった。夢の終わり──何者にもなれた演劇の世界から出て、再び一人と一人に戻る儀式。

 太陽が山陰に隠れきって、あたりが暗くなった頃。彼女の背中が少しも見えなくなる。その時、僕はようやく一歩を踏み出すことができた。


 家に帰れたのは、夜がかなり深くなってからだった。薄暗い居間で、僕は母に呼び止められた。


「一月後、ミシェルの誕生パーティーをするわ。酒造のみんなを呼んでね。その時に、開眼の儀もやるわ。魔法、楽しみだったでしょ?」

「……わかりました、母上」

「どうしたの? ちょっと元気がなさそうだけど」


 僕は何も言えなかった。むしろ何も言わない方がいい気さえした。なぜなら、この感情は僕だけのものだと思ったから。


「いいえ、なんでもありません。母上。僕はもう休みます」

「ええ、おやすみね」


 母の顔をまともに見ることができなかった。彼女の青い瞳を覗き込んでしまえば、僕はきっと甘えたくなってしまう。結局のところ、僕の精神は体に引っ張られてしまっているのだ。

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