3話
事務所に着くと、何故か急に憂鬱になってきた。
これからまた尋問の記録をとらなければならない。また失敗したら、クビだろうか。
「あまり緊張しないでください。流石に一日や二日そこらで貴女がマシになるとは思っていませんから」
「はい、わかりま……………わかりました」
励まされたと思ったらこれだ。普通にヤバい人なのではないか、という疑念が脳内に走る。
「今は8時半頃、ヴォルフガングの入室予定時刻は9時半頃です。それまでに用意するのが椅子、机、記録用紙、ペン、インク、武器です。」
「他はわかるんですけど、武器ですか?」
指を折りながら説明してくれた。
最後の項目が気になったので、質問をしてみる。
「必要ですよ。脅しや拷問、自己防衛などが主ですが、室外からの攻撃に対する対処も一応挙げられますかね」
「室外からの攻撃?」
「稀に騎士と扉を突破して、尋問室に仲間が救出にきたり、壁を貫通して尋問官や被尋問者を撃ち抜いてくる輩がいたりするのですよ」
なかなか壮絶な部署だ。完全にミスだったかもしれない。
ヴォルフガングは魔王軍幹部だし、ダンジョンの管理者だから救出にくる可能性は結構あるのかもしれない。
思っていたよりも大変な職場みたいだ。
「時間はまだ多くありますが、早く終わらせて休憩してから臨むのが良いでしょう。準備を初めてしまいましょうか」
「わかりました」
専用の椅子や机は騎士団尋問部の物置にあるらしい。同じ建物の同じ部署だというのに、事務所からまともに歩くと10分くらいかかる。
ヴィルヘルムさんは、真っ直ぐに行くだけで、いずれ着くと良い、小物の準備を始めてしまった。
かなり億劫だが、物置へ向かおう。
………
廊下が長い。
もう7分は歩いたのだが、一向に着かない。5分くらいのときに尋問室を通ったので覗いてみたが、何もなかった。
尋問部のエリアには何もない、本当に何もない。ダクトも窓もないし、明かりも無い。なんか明るいけど。
床も壁も窓もタイルとかレンガじゃなくて、なんだか不思議な名前な名前のやつ、『こんくり』とかそんな感じのやつでのっぺりしていて、ずっと歩いていると頭がおかしくなりそうな廊下だ。
地味にカーブしているから、先に部屋があることも確認できない。大体10分で着くって聞いていなかったら、普通に怖くて走ってた。
謎の恐怖感に襲われながら、そこから2分くらい歩いてから物置に到着した。
色んな理由で、騎士団本部は王城を取り囲むように円形になっているのだけど、何故か物置は突き当りにあった。別れ道とか無かったし、本当にこの辺の構造は変だな。本当に面倒だし、少し怖いけど、これからテーブルと椅子を持って戻らないといけない。
誰もいなかった室内に入り、持っていかなければならない物を思い出す。
一回で済ませたいなぁ……
………
「うぅ……重……」
横着して、机に椅子を2脚乗せて運んでいる。最初1分は大丈夫だったけど、腕がぷるぶるしてきた。
距離的には後5分ほどだけれど、歩行速度は遅くなってきてるから、歩き続けてもあと8分はかかるだろう。体力的には歩き続けられるが、正直嫌だ。
……魔法を使えばいいのか
そうだ、私は魔法使いで、しかも騎士団学校では、上から数えるとすぐ名前が出てくるレベルだったのだ。何故思い当たらなかったのか、甚だ疑問だ。いや、騎士団内部で不用意に魔法を使うべきでは無いのかもしれない。だが、厨房とかで水やら炎やら風やらの魔法を使っているわけだし、物の運搬に魔法を使うのも大丈夫なのではないだろうか。
というか、規則違反だったとしても、別に私の非では無い。普通に考えて、台車があるべきだ。
机と椅子を前に置き、杖を取り出して魔法文を組み上げる。
運搬に使える構文は覚えていないが、物体の浮遊と自分との位置関係の固定が両立できれば、運搬魔法もどきは作れるだろう。
考えは練る事ができたので、しゃがんでから魔法を発動する。立ち上がると、目の前で机と椅子が浮く。そのまま杖をしまって歩くと、私と同じ速度で机と椅子が目の前を動く。
少し、というか、かなり邪魔だ。前が全く見えない。
だが楽にはなった。魔力がガンガン使われてくけど、重さとか感じないし全然走れる。
「ふんふふーん」
さっきと比べて楽すぎて、ちょっと楽しくなっちゃって、スキップなんてしていたら、事件が起こった。
「ちょっと、危ないんじゃないの?」
ちょっと後ろから、女性の声が聞こえた。物置きには誰もいなかったと思うんだけど。
「あ、はい。すみま……あ」
謝るために振り返ろうとした。が、その判断は間違いだった。
荷物も一緒に振り返り、見たこともない女性がぶっ倒れるビジョンが浮かぶ。だが、そのビジョンとは裏腹に、体は振り向きを止めてくれない。
「あー!!すみませぅわぁぁぁぁ!!」
「煩いったらありゃしないわね、新人さんかしら?」
荷物より内側に、なんというか……露出が凄い人がいる。
厚めのローブを着ているが、谷間も、深めのスリットから脚も見える。
「え、あー、えっと、すみま「その前に荷物を降ろしたらどう?」
「えーっと、はい、すみません」
「謝りすぎじゃない?」
「あーの……すみま……えっと……」
「もー鈍いわね」
そう言ってから、この人は指を振った。
直後、机と椅子が床に落ちる。
「無詠唱?」
しかも……指を降るだけで魔法を行使している。
無詠唱というだけで、凄く珍しいのだ。世代に一人いるかいないか、そんな次元だったと思う。
「今のは無詠唱じゃないわよ。というか、無詠唱の魔法使いは見たことなかったのかしら?」
当たり前だ。母数が少なすぎる。
「それなら、これから無詠唱とは長い付き合いになるわね」
「……?」
真意が掴めないまま馬鹿みたいな顔をしている私に、彼女は名乗った。
「私は特等拷問官、フィオナ・エードゥルム」
これからよろしくね。と深淵の様な笑みを浮かべながら、そう言った。
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