1話
「何故ダンジョンを造るのですか?」
「それが魔王様の意向だからだ。趣味の面もあるがな」
「何故、魔王はダンジョンを造らせるのでしょうか?」
「分からないな、特段考えなくなった」
「なるほど」
騎士団学校での研修では体験したことのない、静かで掴みどころのない尋問。着々と問いは続いている。しかし、あまり進展が無いように感じる。
会話の頻度に比べ、明らかに情報は少ない。どうやらヴォルフガングはやり手らしい。初めての本物の尋問だからいまいちわからないが。
そんなふうに、同じ部屋で行われる尋問に対して、しょうもない考えを募らせる。
それにしてもスラスラ答える人……いや、魔族だ。
尋問というのは、もっと静かで苛烈で精神的な重労働だと思っていたのだけれど、そんなことは無いらしい。丁寧語は崩していないが、ヴィルヘルムさんはかなりラフな感じで話しかけている。この人のように白髪になるまでこの仕事をやったら、こうなるのだろうか。
そして、ヴォルフガングには何処か変な印象を受ける。溢れ出る魔力量は少ないし、顔が怖かったりするわけでもないのだけれど、敵地のど真ん中で物怖じせず淡々と質問に答える様は、肝が据わっていると言うより、もっと不思議で、違和感があって、絶対に安心だと信じ切っているような感じがする。
「先ほど魔王軍直轄ダンジョン総数12基と言っていましたが、踏破済みダンジョンも含んだ数字ですか?」
「いや、完全に攻略されていないダンジョンのみだ。最深部には宝玉があるだろう?あれが移動すると魔王軍は干渉できなくなる」
「どうしてそのような仕掛けを?」
「一言で言えば、仕様だ。まぁ、魔王の意向という面が大きいな」
魔王、というワードが、敬意だとかとはかけ離れたラフさで出てくることが多い気がする。
その旨、簡単に書いておこう。主観的に書かないほうが良いのだろうが、客観的では無い視点も重要だと思う。
「未攻略ダンジョンの数が12基ということですが、攻略済みダンジョンの数は何基ほどでしょうか?」
「かなり多くのダンジョンを造ってきたのですね。何故、そこまで?」
「あくまで魔王の方針だ。私の趣味とも噛み合っているが、あくまで彼の意思のもと、建造している」
「そうですか……今後深く聞きますが、初日ですし、貴方は手荒く扱う必要も無いです。ゆっくりと進めていきます」
会話が途絶えたタイミングで、適当に記録用紙に書く。なかなか面倒だが、一応他の人が遠隔で記録してくれているらしいので、雑でいい。
「砂塵の迷宮は、どの魔物がどの程度の数建造に参加していますか?」
「大雑把には、コボルトとケットシーが大体130体ずつ、そしてワームが数匹だ。私も行くことがあるが。」
「他のダンジョンも同程度の労働力で造られているのですか?」
「大規模なものは、約3倍の人員を投入するが、基本は今回程度だ。今回はケットシーの魔導士隊が多いためにこんな人数になっているが、」
「なるほど」
首都にこもりっきりで遠出など全然しない私だって、ダンジョンを見に行ったことはある。入り口だけで私の家より大きかったのを覚えている。というか、地上階は人間が勝手に作っているらしい。元々ある平民の家みたいなサイズの入り口に、冒険者と工事の人が増築して、商人さんが物を売っているのだとか。
「50何年間の開発とか言っていましたが、貴方は何歳なんです?」
急に話題が変わったな、なんて思っている間にも会話が進む。
記録が面倒だ。少し手を抜こう。
「数えていないが、魔神歴を数え始めたのは私と魔王様と他数人だ」
魔神歴というのは、魔王軍を中心とした魔王陣営・魔族が使っている暦だ。今年で何年目だったかは忘れた。
あと、我々人間はほとんどの国が勇者歴という暦を採用している。これは、先代魔王を打倒した勇者にちなんで始まった。今は勇者歴1632年。
「魔神歴ですか……えー……1248年ですかね。御長寿ですね」
「まぁ、魔族だからな」
らしい、1250歳くらいということか。確かに、魔族は長生きだと聞く。
「え?」
声を抑えられなかった、ヴィルヘルムさんに魔力で圧をかけられた。
でも、しょうがないと思う。普通は1200歳の人に対して驚愕以外の感情を持たない。
「それほどの年齢なのに貴方は人間にしか見えない上、魔力機関も他の魔族とは違う構造のようですが、元は人間だったのではないですか?」
「よく魔力機関の構造までわかるものだな。正解だ、私は元人間である。」
確かに、翼も角も尻尾も生えていない。闇属性の魔力が漏れ出ているから魔族だとわかるが、身体的特徴は至って普通の人間だ。
でも貫禄と年齢が見合ってないか。若い30歳みたいな感じだけど、それにしては威厳が凄そうだし、長い黒髪が似合っている時点でおかしい。
耳も短い。
「魔神歴の初期段階で発生した魔族は、やはり人間が多いのですね。尋問の際、とある魔神歴の初期段階の魔族は毛色が違ったのですが、そういうことでしたか」
「む、10年ほど前に攻勢が増したのは、やはり尋問のせいだったか」
「僕が彼女の尋問をしたのは23年前だったと記憶していますが」
ベテランの58歳はやっぱり格が違うなぁ。騎士団学校で在籍中に会った尋問官はヴィルヘルムさんしかいなかったが、校内ではそれなりに噂とかを聞いたし、一年生の頃から知っていた。この人のおかげで、いくつもの戦場で戦況が好転しているし、情報をもとに王国軍を勝利へと導いた戦場があることも知っている。
「話が逸れましたね、戻しましょう。砂塵の迷宮はどうしてアクセスの悪い位置に?」
「砂漠、特にあの辺り……砂宮都市の真西から20キロあたりは地下に魔力がこもりやすい傾向にある。大陸最北部の未踏破ダンジョンである『氷鏡の都』も地下の魔力を流用している。周囲の環境から魔力が供給ができるだけで、ギミックの幅が広がるのだ。」
この魔族はなんでダンジョンの情報を流しているのだろうか。さっき苦しむ様を見たいとか言っていなかったか?
攻略に関係する情報ではないからいいのだろうか。
「貴重な情報をどうもありがとうございます。」
「ああ、拘束用魔力の量がかなり減っているからな。有益な情報を流して今日の分を早く終わらせてやろうと思ったのだ」
「別に気にしてくださる必要は無いのですが、捕虜の方との関係悪化は望ましくないですし、お心遣いに感謝して今日は終わりにしましょうか」
ようやく終わりかぁ、とは思うけれど、『ようやく』というほど時間は経っていないうえ、私はちゃちゃっとメモのように記録書を書いた程度だが、なんか変に緊張した。
「尋問というから少し身構えていたが、案外緩いものだな」
「スラスラ進みましたからね、役立たない方には相応の苦痛を与えますよ」
「そうか、では私は牢にでも入れておけ」
「ええ、ダンジョンにしか関わっていなかったと言いますし、そこまで迷惑していたわけでもないので、待遇は悪くはならないと思います」
「ああ、助かるな」
進行が穏当すぎるうえ、尋問室内には不穏であったり険悪な空気が一切流れていない。ヴォルフガングが穏健派だったとしても、こうも平和になるだろうか。
「そういえば、そこのお嬢さん」
「どうされました?」
ヴォルフガングが私を呼んだ。答えたのはヴィルヘルムさんだが、この部屋にお嬢さんは私しかいない。
私に用があるにしても、驚いて声を出したくらいだと思うが、一体なんだろうか。
「ちょっとした助言なんだが」
規則で返事はできないのだけれど、助言だと言うのなら、目を合わせるくらいはする。
「古参の魔族は、相手の魔力から考えていることを読むことができる」
「え」
「この尋問官……ジルグレイトと言ったか、これに魔力について教えてもらうといい。こいつの魔力の隠蔽は、今まで相対した生物の中でも上位に位置するからな」
ということは、私の頭が足りていない思考がダダ漏れだったっていうことか?
「そうだ、以後気を付けるがいい。大した情報も持ち合わせていない初仕事でよかったな」
馬鹿っぷりが露見したのが恥ずかしい。
そんな馬鹿っぽい思考を後に、ヴォルフガングは騎士に連れられて牢に向かっていった。
書き直しました




