15話
「あ、フィオナさん、お疲れ様です」
「クソ疲れたわ。今すぐ帰って寝たいくらい」
なんとなく赤い顔をしたフィオナさんが向かってくる。
ヴィルヘルムさんは、殴られたあと大穴を飛び越えて上に向かった。
さっきとは大違いな、汚い言葉を使うフィオナさん。
こっちが素なのかな。
「やっぱり無詠唱って疲れるんですか?」
「あー……私の無詠唱は特別なのよ。普通の無詠唱はできないから、独学でね」
「無詠唱って独学の極致みたいなものだと思ってたんですが、教わるものなんですか?」
「教わるものらしいわね。でも、人に無詠唱を教えられる奴なんてまともじゃないし、そういう気狂いから教わっていた過去はわざわざ口にしないの。だから、独学みたいな立ち振舞いしかしないのよ」
「そうなんですね」
この人以外に無詠唱を使ってる人を知らないんだけど、そうらしい。
そういえば、ログトさんは無詠唱できるらしいし、この部署の人は大抵使えるのかな?
「7割くらいは使えるわね。というか、突出したものが無いと続かないのよ、ここ。」
7割?
私は、無詠唱が使える人間なんて一世代に数人いるかいないかで、そもそも見つけることすら難しい、というイメージだったんだけど、この部署では違うらしい。
「じゃあ、私はまずいですね……フィオナさん、無詠唱教えてくれませんか?」
「使えるもんなら使ってみろって感じね。教えるだけならいいわよ」
「ありがとうございます!」
案外あっさりだな、独学の極致のタイプの無詠唱だと思うんだけど。
「理論は簡単なんだけど、暗記が大変だし、そもそも辛いから、使えないと思うわよ」
「ヴォルフガングに言われたのですが、私は『持っている』らしいので、なんとかなるんじゃないですかね?」
「魔王軍幹部に褒められるくらいなら、自力でできるんじゃないかしら?」
「本が読めないですし、魔法に対して未だに無知なので……」
「少なくとも、グリゲルよりマシだと思うわよ」
「でも、身体強化を無詠唱で使ってたと思いますよ?」
あー、と呆れたように声を出すフィオナさん。
私に、あんな風にはならないでほしい と言わんばかりの視線で、私に言い聞かせる。
「あれは、一回詠唱したら、魔法を付けっぱなしなのよ。効率も悪ければ、魔法への礼儀も無い、無い無いだらけのクソ用法なの。絶対に、使うときに詠唱する、使わないときは魔法を切る、というメリハリをつけて身体強化しなさい」
「あ、あぁ、はい」
かなり悪印象らしい。
というか、身体強化を付けた状態で普通に動くことも、急に最高出力を出すこともできるのって、かなり凄いのでは?
身体強化というのは、筋肉や骨、神経も含めて、体の動きを丸ごと魔力で補助する魔法だ。
強制的に出力の最高値を引き上げる魔法なのだ。
だが、最低値も同時に引き上げられる。
つまるところ、力が有り余りすぎている肉体で、繊細な動きを完璧にできるほどに体を御し切っているということ。
どんな……どのくらい凄いだろう……
細剣で、手ぬぐいを編むようなものか。絶対にやらないだろうが。
まぁ、かなりの練習量が、彼のその芸当を可能とさせたのだろう。
「それが問題なのよ。あれが練習に使った時間があれば、無詠唱だって使えたはずなの」
「まぁ、その馬鹿みたいな練習時間のお陰で、彼は尋問部で体術最強じゃん」
急にログトさんが会話に顔を出す。
やっぱりグリゲルさんは体術の人なのか。
「字を書くのも、料理をするのも、裁縫も、彼が最速で最強でしょ?主夫枠なんだよね」
「そう言われると、性格以外は主夫界最強ね」
主夫界が何かは知らないが、主夫としての強さよりも体術の強さのほうが気になる。
「ちなみに騎士団内での体術の強さはどのくらいなんですか?」
そう言うと、フィオナさんとログトさんは顔に手をあて、考え始める。
何やら呟いているが、本人には聞かせにくい内容だった。
尋問部で最強でもなぁ、だとか、ヴィルヘルムが身体強化しても変わらないのよね、だとか。
「「上位15%くらい?」」
「なんか……凄いんでしょうけど……中途半端というか…………」
「あいつに言ったら泣くね」「泣くわね」
フィオナさんとログトさんが息ぴったりで面白い。
なんか、意外だけど、全く予想できなかったかって言われると、そんなことはない。
ログトさんは皆と仲良さそうだし。
ちょっとうざいけどね。
「俺の……悪口…………」
陰口に反応して、グリゲルさんが起きかける。
直後、フィオナさんがグリゲルさんに指を向けると、グリゲルさんから感じられる生気が薄くなる。
「死にません?これ」
「大丈夫よ、どうせ生き返るわ」
「ちょっと、俺こんな茶番で蘇生やりたくないから」
「じゃあ、死ぬかも」
フィオナさんがそう言うと、ログトさんとフィオナさんが一緒に笑い出す。
いや、笑えないし……
「冗談よ、調整はしたわ。1時間くらいしたら起きるんじゃないかしら?」
「さ、流石にそうですよね」
「やろうと思っても即死は無理よ」
「ジワジワなら殺せるってこと?」
「当たり前よ」
なんというか、ログトさんがフィオナさんに敬語じゃないのが意外だ。
ログトさんは所属を聞いただけで、階級は聞いていなかったんだけど、フィオナさんは特等拷問官だし。
「ログトは結構な階級なのよ、言ってみなさいよ」
「あれ、階級言ってなかったっけ。特等治療術師だよ。養成学校の治療課を首席で卒業してるから、初っ端から高めだっただけなんだけど」
「え!?」
「思ったより高かった?まぁ、威厳とかとは無縁の振る舞いだしね」
「いえ、凄い人だとは思ってたんですけど……」
「まさか特等だとは……って?そんなもんだよ。人のことなんてわからないもんだからね」
なんか、なんか申し訳ない。
フレンドリーすぎて気付けなかった。
「まぁ〜……あ、ディネン達降りてきてるよ」
大穴から、ヴィルヘルムさんと、黒髪ロングの女性と、白髪の女性が降りてきた。
「あら、じゃあグリゲルを医学棟に運んで解散でいいわね」
「修理は俺らだろうけど、調査は調査班がやんでしょ。俺はあがるけど、グリゲルはお前が運べよ」
「嫌……でも今気絶してる原因は私なのよね、しょうがないわ。」
フィオナさんが言い合いを早々に離脱して負けを認めている!
勝つまで殴りそうなのに。
「フォルトちゃんはいつでも無礼ね」
「貴族かよ」
「そうよ」
なんか……ログトさんすごいな。
「新人!いや……シルレリアか!」
「え、え?」
「もう手遅れね」
「フィオナさん?」
「話が聞きたい!命令だ!お前は残れ!他は解散でいい!」
なんか、黒髪ロングの長身の人が、私をめっちゃ呼んでる。
「フォルトさん、頑張ってください」
「な、何を?」
「質問、ですかね」
ヴィルヘルムさんに、不穏なことを言われる。
「じゃ、フォルトちゃん、頑張ってね。各々自由に動きなさい、私はグリゲルを医学棟に運んでから帰るわ」
「え、え?」
なんか、全てに見捨てられている。
「じゃ、俺も帰るよ、頑張って」
「頑張るって、な、何をなんですか?」
「「質問」」
フィオナさんとログトさんが一緒にそう言う。
すごい怖い。
「あ、私は残りますね。ディネンさん止め役です」
「止める……?」
この怖い人を止める人間が必要ってこと?
「二度目の指示は要らんな!では解散! 新人、ここで話すぞ」
「あ、え、あの、えっと」
「新人さん、よろしくおねがいしますね。クロエと言います」
「あ、あ、あの、フォルト・シルレリアと言います。えっと何が起きるんです?」
あまりの怖さに、クロエさんに聞いてしまう。
「うーん……質問ですかね……」
「では新人。ヴォルフガングと魔王についての質問を始める」
質問、というには物々しすぎる雰囲気で、私への質問が始まった。




