12話
「あんまりやらないんですけど……疲れますよね……」
既にグリゲルさんの治療を終えた私は、息も絶え絶えに、そんなことを言った。
「治療魔法は、基礎の魔力の扱いでは一番難しいですからね」
そして、ヴィルヘルムさんはグリゲルさんの治療後の様子を見ながら、そう言う。
「まぁ、新卒で治療専攻でも無いのにここまで出来るのであれば、上出来と言っても良いでしょう」
ところどころおできのようなものや、歪なバランスの腹筋が浮かんでいる胴を見ながら、ヴィルヘルムさんは私を褒める。
……多分褒めている。
なんだかんだ裏表が無い人だと思う。真意まで読まないとわからない悪口は言わないはず。
「これ、仕上げしなくていいんですか?」
「立て直し早くないですか……ああ、そうですね、いりません。治療魔法が多重に重なると、後々神経を復活させるログトが大変なので。ログトさんに仕上げまでさせます」
名前が挙がっているログトさんが誰かは知らないが、任せていいなら任せよう。
そう思いながら頷く
「そういえば、貴女はログトさんを知りませんよね」
「あ、はい。治療術師さんでしたっけ」
「ええ、恐らくは騎士団でも五本指に入る治療術師です」
尋問部のメンバーって凄すぎる人しかいないのかな?
「詳細には少し治療術師とは違うのですが、それは本人に聞いて下さい」
「説明出来ない理由があるんですか?」
……しまった、ちょっと言い方が悪かったかな。
「まぁ……そんなところです。あと、言葉遣い」
「すいません」
そんな話をしていたら、足音が聞こえてきた。
音の大きさと間隔的には、一歩が大きい小走りだと思う。
なんというか、重厚。太ってるのかな?
「ログトさんですね」
「あ、太ってるんですね」
「失礼ですよ……いや、肥満ですが」
でも、ものすごい治療術師にはデブが多いと聞く。
学生のときに仲良くなった先輩が言っていた。
「お、遅れてすみま、ゲホッ! すみません!」
芯の通った、少し高い声が聞こえる。
心配だ、走り続けてたんだろうか。
「貴方は遅れても自分で取り返せるから良いんですよ。それに、今回は急でしたから」
……まだ着いてもいないのに走って疲れ切っている人に、その声量で何かを言っても聞こえないと思う。
ヴィルヘルムさんの声は、近くにいたら確実に聞こえる声量だけど、遠くからだと微妙に聞き取りにくい。
「聞こえな……ゲホッ」
走っているのに健気なことだ。
廊下の構造的にまだ見えないが、かなり近付いてきていると思う。
そして、ようやく姿が見えた。
軽度肥満だが顔の肉付きが異様に激しく、肉体以上に太っている印象を受ける。
白と緑のローブを手に持ち、シャツと白いズボン姿で、顎や頬の肉を揺らして走ってくる。
脇汗がヤバそう、染み込みでわかる、なんかすごい広範囲に汗の染み込みが広がっている。
「お……遅れまし……ゲホッ……遅れました……ハァ……すみま……ゲホッ」
ちょっと休んだほうが良いんじゃないか?
「服、洗浄しますよ。疲労は自分でとってください」
「わかり……ゲホッ」
「え、あ、脱ぐんですか?」
当然のようにログトさんが脱ぐ流れになっているが、私はどいていればいいのか?
「いえ、洗浄魔法です。服を着たまま使えるんですよ」
「へぇ〜、今度教えていただけませんか」
「まぁ、この一件が終わったら」
と、会話している横でも、荒い呼吸音が聞こえてくる。
「では、準備を」
ヴィルヘルムさんがそう言うと、ログトさんは目を閉じて鼻をつまみ、口を閉じた。
耳は良いのだろうか。
「耳栓はありませんか?」
「あっ……忘れて……来ました……」
「ま、いいでしょう。フォルトさん、耳栓お願いします」
わ、私?
持ってないけど。
「あーいえ、無属性魔力のやつですよ」
「あれですね、わかりました」
グリゲルさんにやったやつをやればいいのか。
無属性魔力の凝縮体を作り出し、耳栓サイズにカットする。
……ログトさんが目を見開いてる。
これ、別に凄い芸当ってわけでもないんだけど。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……ハァ……ございます……」
まだ疲れは引かないらしい
耳栓をさしてから、さっきの姿勢に移るログトさん。
「では、いきます」
ヴィルヘルムさんが5秒くらいブツブツいうと、急にログトさんの上から滝のように水が流れ落ちる。
「ぶくぶくぶくぶく」
「え!?大丈夫なんですかこれ!?」
「ええ、溺れてませんよ。恐らくはね」
ふざけているとしか思えない返しだが、本当に大丈夫なのか?
そういえば、流れ落ちた水が拡散していないのだが、どういう原理なんだろうか
「今度詳しく教えますが、簡潔に説明しますか?」
「お願いしたいです」
両手をログトさんに向けているヴィルヘルムさんは、ログトさんを見たまま私に説明してくれる。
「この水は0.5秒間で、汚れと同時に消滅するようになっているんですよ」
「便利!」
いや、画期的だなぁ。
滝のような流水で汚れを叩き落し、そのまま水ごと汚れを消す。
……いやどうなってんだ?
とか思ってる間に洗浄は終わった。
大体15秒くらい?
「ハァ……ハァ……ありがとう……ございます……」
膝に手をつき、先程よりも荒い呼吸をしながら、ログトさんは感謝をする。
「あーあと……そこの……ハァ……新人さん……フォルトさんだっけ……耳栓ありがとうね……」
「あ、いえ、お気になさらず」
私が反応してから5秒くらいしたら、ログトさんが急に手と手を合わせて俯く。
「ヴィルヘルムさん、おかしくなっちゃいましたよ」
超小声で囁く。
聞かれたら襲われるぞ。
「あぁいえ、疲労除去魔法の集中時間ですね」
「なるほど……」
そう言った瞬間、ログトさんが緑色に発光する。
「うわー!」
「大丈夫ですよ。光るだけで、私達にはなんの影響も及ぼさないので」
そうは言ってるけど、段々光量が増していく。
爆発でもするのか?
瞬間、光が収束、ログトさんが深く息を吐く。
「ようやく落ち着きました……新人さん、はじめまして」
「は、はじめまして」
「尋問部所属治療術師、ログト・ゾルトリアです。これからよろしくお願いしますね!」
この部署で見た中で、一番屈託のない輝くような笑顔で、彼はそう言った。




