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歓迎会3

 だってそうだろう。好きだから触れたくて、体を重ねたくなるのではないのか。快楽だけを追うようなそんな虚しい関係を、柊吾に持っていてほしくない。

 だが頭では分かっている、他人が踏みこむべきではないことで、個人の自由だと。それでも――

 名前も知らず憧れていた頃とも、今日出逢って知った椎名柊吾という男とも、それはどこか違和感がある。似合わない、と感じてしまう。


「こんなかっこいい椎名さんが、そういうことしてるって思ったら、その……すげーショックです」


 警笛を鳴らす脳みそがやめておけと引き止める。それでも耐えきれずそう言うと、広いリビングに沈黙が響き渡った。キンと耳が痛むような、居心地の悪い静寂だ。

 それを破るのは晴人の小さな「あちゃー」という声で、そのすぐ後に柊吾の舌打ちが夏樹の心臓を鋭く刺した。体が大きく震える。


「それってなに、せっかく憧れてたのにーってやつ?」

「あ……えっと」


 端的に言えばそうなるのだろうか。だが柊吾のトーンの落ちた低い声が、頷くことを戸惑わせる。言葉が続かない夏樹に、今度は煩わしそうなため息が届く。


「俺、そういうの大っ嫌いなんだよね。そもそも恋愛とか興味ないし、でも溜まるもんは溜まるし。俺のことなんか何も知らねえくせに、見た目だけで好きだとか言って? はっ、理想押しつけてんじゃねえよ」

「っ!」


 険のある言葉たちに思わず体が竦み上がった。その反応も苛立たせてしまったのかもしれない、センターパートの前髪がぐしゃりと握りこまれるのが見えた。それから柊吾は夏樹のすぐそばにやって来る。光のない瞳で睨み下ろし、そのままマンションから出ていってしまった。




「柊吾のさ、地雷なんだよね」

「ぐすっ……地雷?」


 激しい音で扉が閉まるのを聞いた後、夏樹の目からは堰を切ったように涙が溢れ出してしまった。椅子の上で抱いた膝はびしゃびしゃだ。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。卒業式でも、彼女と最後に会った日にも泣かなかったのに。


 そんな夏樹を晴人は少しも茶化したりしなかった。まあ座りなよと促して、ビールを手放し夏樹の隣へ座り直して。頭を撫でてくれる手があたたかくてほっとする。


「見た目だけで期待されて、ってのに敏感なんだよね。自分への好意も信用してないし。まあ、勝手に詳しく教えるわけにいかないんだけどさ」

「ん……そっすね。晴人さんいい人っす」

「はは、ありがとう。でも、アイツ今頃後悔してると思う」

「え?」

「夏樹に酷いこと言っちゃったーって凹んでそう」

「地雷踏み抜いたオレが百悪いのに?」

「知らないから避けようがなかったでしょ」


 慰めてくれる晴人の言葉が、また涙を誘う。だが全て自分のせいだ。初対面なのに歓迎会だと言ってあんなにたくさんの料理を用意してくれた、優しい柊吾を怒らせたのは自分なのだ。


「すぐには難しいかもだけどさ、仲直りしてやってよ」

「……してくれますかね」

「大丈夫だよ。優しいヤツだし、気にしてるに一票。まあ、あそこまで怒ってる柊吾は初めて見たし、多分だけど」

「うう、怖い……」


 雑誌の紙面で射抜かれた時。それはまばゆい流れ星が心臓に落っこちてきたような、衝撃的な出逢いだった。胸の中で大事に抱えてきた美しい光を、夏樹は今日、ついにこの目で捉えてしまった。奇跡のような日を、大切に持っていられたら良かったのに。自分の手で粉々に砕け散らせてしまうなんて。

 出来るものなら時間を巻き戻して、口を滑らせないようにやり直したい。もしも神様が現れて、何でもひとつ願いを叶えようとひげを撫でたなら、絶対にそう乞うのに。

 だがそんなことは、どうしたって起こり得ない。


「明日話してみます」

「うん」

「スルーされたらどうしよう……」

「大丈夫大丈夫! 多分ね」

「多分じゃダメとですよぉ……」


 例え許してもらえなくても、それは受け入れなければならないとそう思う。ただ、あの睨みながらもどこか切ない想いを覚えた瞳が、少しでも和らいでくれたらと。夏樹は願わずにはいられなかった。

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