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憧れの人2

 思わず後ずさった体が、ガラスの扉にぶつかった。だがそんな事は気にしていられず、ぱくぱくと金魚のように開閉する口からようやく言葉を紡ぎ出す。


「オレ……ずっと憧れてて」

「そうなん? 嬉しい~」

「いや、えっと、晴人さんじゃなくて……」

「え、ショック」

「あ……うわあ! すみません! 違うんです晴人さんのことも大好きです! 晴人さんが専属の雑誌、ずっと買いよります!」

「あは、よかった。でもじゃあなに? 憧れって、柊吾が?」

「っ、は、はいぃ……」

「…………? 俺一般人だけど」

「っ、あの、でもあの、雑誌に載ってましたよね! 五年前、の、夏……」


 モデルになりたい、と夏樹が強く思ったのは他でもない。今目の前にいる男――椎名柊吾と名乗ったその人がきっかけだった。


 おしゃれに興味が出てきて、初めてメンズファッション雑誌を購入した中学生の夏のことだ。近場のショッピングセンターでは入手出来そうにない、服やアクセサリーにワクワクしながらページを捲っていた時。とあるページでその手は止まってしまった。そこに映るモデルの男性に強く惹かれたからだ。


「あー、それは……」

「…………? あの、これ! オレあん時から、機種変してもずっと待ち受けにしてて!」


 話を切り出すと、柊吾は何故か苦々しい顔を見せた。どうしたのだろうか。夏樹は縋るようにスマートフォンを取り出した。ロック画面を光らせて、ほら! と柊吾と晴人の目の前に差し出す。


 この雑誌を買った日は間違いなく、夏樹にとって運命の日だった。憧れは日に日に強くなるばかりで、貯めていたおこづかいで同じ雑誌を三冊買い足した。この人と同じ髪型にしてくださいと理髪店に駆けこみもした。今も夏樹を飾るウルフショートはそれ以来ずっと続けている髪型で。


 それほどに惚れに惚れた、夏樹にとって今も揺るぎなく、この世でいちばん格好いい男なのだ。


「……マジか」

「はい! 本当にずっと好きで、でもこの後どの雑誌見ても載っとらんくて! オレ、この雑誌の出版社に思い切って電話かけたんすよ! でも名前も教えられんて言われて……さっき急に聞いちゃったんで、ぶっ倒れるかと思いました! あの、名前もかっけーっすね!」


 困ったような色を孕みながらも、柊吾が少し笑ってくれたことに安堵する。


「わーお、情熱的。めっちゃ愛されてんじゃん柊吾」

「今の髪型もかっこよか……オレもそれにしようかな」


 雑誌で出逢った憧れの男――もとい椎名柊吾は、秋のトレンドを先取りで紹介するページに載っていた。青年一歩手前のわずかなあどけなさと、男の色気。そのバランスはどこか危うくて、惹かれずにはいられなかった。


 当時の柊吾は、茶髪のウルフショート。だが今は肩まである髪をハーフアップにしていて、下半分は綺麗な黄金色だ。耳にはいくつものピアス、指輪もいくつかついていて派手な印象を受ける。


 憧れの人の情報が、現在進行形で目まぐるしくアップデートされてゆく。洗練された男らしさに、これ以上はもうないと思っていた憧れは増してゆくばかりだ。

 身長は晴人とほぼ同じ、性格は今のところ気さくな空気が感じ取れる。


 うっとりと見惚れていると、晴人が柊吾を肘で小突いた。


「なあ、あれ教えてやれば?」

「あれって?」

「そんなん決まってんじゃん。ほら、柊吾が夏樹の……」


 半ばぼんやりとしていた意識が、晴人から名を呼ばれたことで引き戻される。視線をふたりへ向けると、晴人に耳打ちをされながらどこかうんざりとした顔で柊吾がこちらを見ていた。何かは分からないがショックだ。


「あー……いや、言いたくない。お前も言うなよ晴人」

「えーなんで。面白そうじゃん!」

「やだっつってんの」

「…………? えーっと」


 はあ、と柊吾にため息をつかれ、夏樹の肩が大きく跳ねる。だがそんなのはお構いなしとでも言うように、再び握手を求められた。


「今のはなんでもない、気にすんな」

「……はい」

「それより。改めてよろしくな、夏樹」

「っ、ひぇ、名前呼ばれた……」

「あー、そのファンモードは仕舞ってくれると助かる」

「それは無理っすよ~!」

「ふ、お前面白いな。ほら、握手」

「っ、はいっ、よ、よろしくお願いします! えっと、椎名、さん!」


 憧れの人に名前を呼ばれ、知ったばかりのその名を生まれて初めて口にして。血液がつま先から駆け昇ってきたような感覚に、夏樹の頬は瞬時に色づいた。両手で握った手はあったかくて、憧れの男の存在を肌で感じられたことにまた感動してしまう。


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