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まだ恋を知らない5

 これまでなら飲みこめたのに、今の夏樹には耐えられそうになかった。ぐるぐると考えこんでいる内に電話を終えた柊吾の元へ慌てて駆け寄り、その背中に強く抱きつく。


「わ、夏樹?」

「セ、セフレの人ですか」

「……は?」

「行かんでください。嫌だ……」

「夏樹、今のは」

「っ、やだぁ、椎名さん」

「夏樹……」


 何か言おうとしている、そう分かるのに続く言葉が怖くて更にしがみついた。滲む涙が柊吾の背に染みこんでいく。


 飛行機の予定を前倒しにしてまで帰って来たのは他でもない、柊吾に会いたかったからだ。元恋人と友人、自分のせいで悲壮な顔をするふたりから逃げ出して、そうしたら無性に柊吾の顔が見たくなった。急に予定を変更し、東京へ発つことを“帰る”と表現した夏樹に、家族たちは寂しそうにしていた。本当はあんな顔をさせたくなかった、だがそれ以上に、ここへ戻って柊吾の優しさに触れたかった。


 でも分かっている。そんなものは自分の勝手で、柊吾を縛っていい理由になどならない。こんなことをしては嫌われてしまう可能性だってある。だがそれでも、どうしても――今夜柊吾が誰かを求めるのなら、それは自分がいいと駄々をこねるのを止められない。


「オレじゃだめ、ですか」

「は……? 夏樹、何言って……」

「セフレ、のとこ、行かんでほしい……どうしてもなら、オレにしてほしい。椎名さん……」


 こんなことを言って柊吾の顔を見るのが怖い、自分の顔だって見られたくない。その一心で潜りこむように柊吾の背に額を擦りつけると、大きなため息が伝ってきた。

 ああ、怒らせてしまった。強張った体をぎこちない動きで剥がす。そのまま逃げようとした夏樹を、だが柊吾がそうはさせなかった。


「夏樹、こっち」

「へ……」


 手を引かれ、連れていかれたのは柊吾の部屋だった。

 この家に越してきてもうすぐで半年になるが、入室するのはこれが初めてだ。壁にはnaturallyのポスターや数々のデザイン画が貼られている。デザイナーの人から回ってくるのだろうか。

 こんな状況ではあるが思わず見入ってしまうと、柊吾はデスク前のチェアに腰を下ろし、あろうことかその膝の上に夏樹を座らせた。うなじに柊吾の息が当たり、思わず息を飲む。


「わっ、椎名さん!?」

「夏樹、ちゃんと聞いて。さっきの電話は夏樹が思ってるようなものじゃない、店長からだ」

「……店長?」

「そう。見といて」


 そう言った柊吾は夏樹を抱いたまま、デスクの上のタブレットに手を伸ばした。それから夏樹の肩に顎を置いて操作する。これでは夏樹にも画面が丸見えだが、見ているように言われてしまった。


「これ……」

「客注のデータだな。明日でもいいと思うけど、店長は心配性なところあるから。目を通してないの思い出して、今すぐ送ってほしいって」

「…………」

「よし、これでオーケー」


 データを手際よくメールに添付し、店長宛てに送信される。ものの一分ほどの出来事だった。


「分かった? 俺、どこも行かないから」

「っ、ごめんなさい、オレ、勘違いして。その……」

「別にいいよ。俺の日頃の行いのせいだし。まあ最近は、もうそういう気もないんだけど」

「へ……?」


 とんでもない勘違いをして、とんでもないことを口走ってしまった。今すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。だが柊吾がそれを許さない。浮きかけた夏樹の体を抱き止め、肩甲骨の辺りに額を擦りつけられる。


「……さっき、どういうつもりで言った? 『オレにしてほしい』って」

「あ……えっと」

「まだ酔ってる?」

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