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初仕事3

 初めてづくしのことでくたくたになった体は、車に乗るなり眠りへと落ちた。仕事への興奮に昨夜はなかなか寝つけなかったし、朝は早かったから無理もない。


 マンションの前に到着し、起こしてくれた前田に今日一日の感謝を改めて伝えて。エレベーターに乗りこんだ夏樹は、十階で扉が開き出ようとした瞬間、思わず大きな声を上げ後ろへ跳ねてしまった。

 目の前に人が――柊吾が立っていたからだ。


「びっ、くりしたー……椎名さんお出かけっすか?」

「夏樹……」

「……はい?」


 険しい眉間とは裏腹にしゅんと下がった眉尻が、柊吾が何を考えているか分からないのに夏樹の胸を切なくさせる。

 何か辛いことでもあったのだろうか。尋ねようと口を開きかけた瞬間、今度はバタバタと駆ける足音が近づいてくる。


「ちょっと柊吾! 先に行くとかずるいんだけど!」

「あ、晴人さん」

「夏樹! 前田さん連絡ありがと、もう切るね」

「ただいまっす」

「おかえり~! って、そうじゃなくて!」

「…………?」

「晴人、とりあえず部屋に戻るぞ」

「あ、うん。そうだね」


 遮る柊吾の声がいつもより少しだけ低くて、心臓に小さな針が刺さったような心地を覚える。苦しそうな顔やそんな声を出させることを、自分はしでかしてしまったのだろうか。


 晴人に手を引かれるまま三人で暮らす部屋へと帰り、リビングへ直行する。すると、振り返った晴人に抱きしめられてしまった。


「へっ!? 晴人さん!? どうし……」

「夏樹! 今日仕事だったんだって!? モデルの!」

「あ……はい、へへ、実はそうなんです」


 帰宅したら、いの一番にふたりに伝えたいと思っていた。先に言われてしまったなと笑うと、抱擁の腕は解かれガシリと肩を掴まれる。それから晴人は腰を屈め、夏樹の瞳を覗きこんだ。


「夏樹おめでとう! マジで! でも何で教えてくんなかったの!? 柊吾から連絡くるまで知らなくてすげービックリしたんだけど!」

「俺は出勤してから尊に聞いた。てか朝いなかったから連絡したんだけど、返事ないし」

「あ……ご、ごめんなさい」


 言われてみればメッセージを確認する余裕はなかったし、帰りの車でもすぐに眠ってしまった。柊吾と晴人の悲しそうな顔に夏樹も苦しくなる。こんなことになるとは思ってもみなかった。申し訳なさに苛まれた夏樹の声は、尻すぼみになっていく。


「昨日の夜、前田さんから電話で今日の仕事の連絡が来て。すぐに晴人さんたちに言いたくなったんですけど……彼女とか、そういう時間って大事じゃないっすか。だけんオレ、邪魔したくなくて。連絡、出来んくて……ごめんなさい」

「あー、マジか……夏樹~、ごめんな。大事な時にいなくて、気も使わせて」

「いやいや! なんで謝っとですか!? 謝らんでください、オレがしたくてしたことやし……でもあの、知りたかったって思ってもらえたとは、へへ、嬉しかです……」


 そう言うと、晴人は再び夏樹を抱きしめてきた。おまけに今度は頭を撫でられる。


「こんな可愛いことってある? 夏樹は俺の孫かもしんない」

「あはは、なんすかそれ。じいちゃんになるのは早すぎるっすよ」


 晴人に身を任せていると、ふと柊吾と目が合った。泣きだしそうな顔でくちびるを噛んでいる。

 柊吾も晴人と同じように思っていたのだろうか。連絡がなかったと憂いて、昨夜の不在を悔やんでいるだろうか。

 出掛けていく柊吾を本当は今も快く送り出せないくせに、自分のためにそんな顔をさせてしまうのは夏樹の本意ではなかった。


「椎名さん」

「……ん?」

「オレ、初めてモデルの仕事が出来ました!」

「ああ、そうだな」

「急遽行けなくなった人の代理っすけど、このチャンス、絶対逃したくなくて。モデルのほうを優先しろって言ってもらえてたから、すぐにやりますって言えました。へへ、椎名さんのおかげです、ありがとうございます!」

「夏樹……ん、おめでとうな」


 柊吾も応援してくれているこの道を、柊吾のおかげで迷いなく進んでいられる。胸にある感謝を余すことなく伝えたい。必死に言葉にすれば、柊吾も頭を撫でてくれた。あたたかい手に、ほっと安堵の息をつく。

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