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上京

ひとりの男性モデルに強く憧れ、同じ道を志す夏樹をよろしくお願いします!

 四月頭、とある木曜日。春とは言え、まだまだ空気が冷たい朝。高校を卒業したばかりの(みなみ)夏樹(なつき)は、空港まで送ってくれた両親と弟に涙の一滴も見せないままに、飛行機へと飛び乗った。

 価格の安さをいちばんの条件に予約したチケットは、人もまばらな機内へと夏樹を(いざな)った。出発地は熊本空港、行き先は羽田空港。秋から付き合い始めた彼女も応援してくれていて、新しい門出は希望でいっぱいだ。

 


 初めての東京。覚悟はしていたが、あまりの人の多さに面喰らった。都会は何でもかんでも高いんだぞ、と友人たちに脅されてきたが、ひとまず電車賃は安い。


「えーっと。なんて駅に行くんだっけ」


 スマートフォンの電源をオンにする。二時間ほどぶりに見た画面に、夏樹の頬はついつい緩む。ロック画面はもう何年も前から変わらずで、そこに映る名も知らない男性に何度だって見惚れてしまうのだ。


 しばしうっとりと眺めてから、ようやくメール画面へと移る。何度も読み返した文面だが、聞き慣れない地名はどうにも覚えづらい。乗り換えが必要となれば、早々にお手上げだ。だがこうなることは予想出来ていた。事前にインストールしておいた乗り換え案内アプリに、目的地の駅名を入力する。表示された路線がどこにあるのかはどうしても分からず、駅員に尋ねた。


 電車に揺られること数十分、港区にある駅に到着。人波に流されながら外へ出ると、テレビでしか見たことのない都会の街が現れる。ウルフショートの髪を揺らす風は、地元のそれよりどこか重たい。


「はあ〜! 凄かあ!」


 つい大きな声で方言が出てしまった。これでは田舎者丸出しだ。慌てて口を押え周りを見渡したが、早足で行き交う人々は意にも介さないようだ。


 気を取り直し、先ほどのメールに添付されていた画像を開く。だが何度見たところで簡素な地図は、遠方から訪ねる人間にとっては誰にも明かす気のない宝の地図のようだ。


 とは言えもちろん、この事態だって想定済みだ。今日の日を指折り数えて待っていたのだから。地元では必要がなかった、こちらも事前にインストールしておいたマップアプリに住所を入力する。東京でだってひとりできちんと生きていける、自立した大人になりたい。


早川(はやかわ)モデルエージェンシー、早川……あ! あった!」


 五分ほど歩き、目的の建物を発見出来た。五階建てのこじんまりとしたビルは、いくつかテナントが入っているようだ。入り口に書き連ねられた表記の中に、その名はあった。右も左も分からない夏樹は、はぐれた親と出逢えたかのような安堵感を覚える。


 早川モデルエージェンシー。モデルになりたい、と夢みた夏樹がイチかバチかと写真を送ったら、連絡をくれた神様のような事務所だ。


 生まれたばかりの安堵は容易く緊張感へとすり替わり、ぎこちない足取りでエレベーターに乗りこむ。押したボタンは最上階の五階。チン、と軽快な音と共に箱を出ると、目の前には真っ白の扉があった。ステンレスの表札には、確かに“早川モデルエージェンシー”の文字。ドコドコとうるさいくらいに心拍が一気に上がる。深呼吸を三度して、駄目押しにもう一度吸いこんで。ええい、とノックのために振り上げた手は、けれど空に浮いたままとなった。向こう側から扉が開いたからだ。


「あ、来た来た」

「へ……え!」

「キミ、南夏樹くん?」

「は、あ……え!? なんで!?」

「あは、おもしろ」

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