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マジックエンジェルほたるVOL2  作者: 長尾景虎
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マジックエンジェルほたるVOL2

  例の”出来そこない”のふたり組(蛍と由香)は相変わらずだった。時刻は朝の小休みの頃。ふたりは青山町学園の廊下を明るく笑いながら並んで歩いて、

「いや、はや…まいったっしょ。抜き打ちテストなんてぜんぜん出来なかったよ」

「まあね。私も。数学じゃあねぇっ。美術ならさぁ、楽勝なんだけどさぁ」

「…美術の抜き打ちテストなんてあんの?」

「…あったらいいなぁ。なぁーんてさぁ」

「じゃあ私は……アニメのキャラクター・ネーム(登場人物の名前)当て、とかさぁ。アニメ・ソングのイントロ当てクイズとかさぁ」

「馬鹿じゃないの?」

「黒い三連星「ガイア」「オルテガ」「マッシュ」赤い彗星「キャスバル・ダイクン」「シャア・アズナブル」「クワトロ・バジーナ」「フル・フロンタル」…」

 ひたすら低レベルなふたりである。

 しかしそうした脳天気なピーヒャラピーヒャララ…という二人組とは別に、黒野有紀は掲示版の順位表を凝視して愕然と立ち尽くしてしまった。表情を凍らせ、激しくセキ込んでしまった。両手を胸のすぐ前で握り合せて、表情もなくした目でうつろに『表』をみつめていた。氷のような表情…どこかへ飛んでいってしまいそうな目だった。

「あ、有紀ちゃん。何みてんの?学級新聞の四コマ漫画とか…」

「馬鹿じゃないの?あんたじゃあるまいし…」

 すぐに由香が蛍にそう言った。有紀ちゃんが「馬鹿じゃないの?!」などという言葉を使うことはありえないことだ。こういうのは皮肉屋で絵画オタクの赤井由香の台詞だ。

「……」有紀は何も答えずに、ごほごほとセキこんで黙り込んでいた。頬が赤く火照っているようだ。風邪をひいたのかも知れない。

「あの……どうしたの?有紀ちゃん…」

 しかし、有紀の視線は『表』に向けられたままで、その顔は打ちひしがれていた。ふたりは不安気な不思議気な顔で順位表に目を向けると、

「…あれっ?あれ?あれ?あれっ?」

 と声をだした。由香は、「印刷ミスじゃないの?有紀ちゃんが学年で32位だなんてさぁ。あの横沢葵とか森山なつみより下なんてさ。…ミス・テーク(プリント)…ね」と言った。「そう、ミス(間違い)っしょ!ミス!!……ミス?…ミスって結婚してない女性のことじゃあ?」

「(無視して)あの…有紀ちゃん、有紀ちゃん?元気だして。あんまり気にすることないってるいつものトップじゃなくて32位だけどさぁ…私たちよりはずうっとマシな訳よ。だいじょうぶ!有紀ちゃんってば頭いいんだから、すぐにトップに返り咲くわよ」

 蛍は「…あ?!由香ちゃんってば…さっき印刷ミスって宣言したじゃんよぉ」といった。「(無視して)…とにかく明日にゃ明日の風が吹くってことだから…元気だしてね」

「そうそう。”持てばカイロは温かい”ってもいって…」

「”待てば海路の日和あり”(我慢していればやがてよいことがおとずれる)よ!この馬鹿蛍っ!!」

 しかし、有紀には慰めの言葉はもはや聞こえなかった。またしても自分の心の部屋に閉じ籠ってしまってから、氷と痛烈な寒さに満ちた場所へ逃げ込んでしまったのだ。小刻みに震え、風邪で咳き込みつつ『表』を凝視している。

「おい、黒野!ずいぶんと成績が落ちたもんだなぁ。いつもトップのお前が32位とは」

 いつの間にか、社会科の”メガネ猿”こと有田先生が三人に近付いてきて声をかけた。「…なにかあったのか?転んで頭でも強く打ったか?悪い物でも食ったか?」

 有田先生のいやみにも、有紀はなにも答えなかった。

「あの…有紀ちゃん」由香と蛍は彼女の肩にそっと手をかけて、やさしく包むように微笑んだ。

 有紀は二人の手の微かな温かさと、手触りと、優しさに包まれたことを感じて、ほんのわずかだが体の力を抜いた。震えが止まった。しかし、凝視を続ける目は『表』から離れようとしない。

 まるで催眠状態にでもかかったかのようだ。そして、次の瞬間、つぶやきが始まった。呟き、呟く、呟いていく、呟いたら…呟く。呟き呟き。

「なにいってんの?有紀ちゃん」ふたりはそっと耳を彼女の口元に近付けた。「…?」

「…そんなこと…信じられない…わ。こんなに成績が…。こんなんじゃ…立派な教育者なんて……。こんな……んじゃ…あ…」有紀ちゃんはつぶやくように同じ文句を唱えていた。「こんなんじゃあ…こんなんじゃあ…こんなんじゃあ…」何度も呟く。

 二人は驚くと同時に、無ねから全身へ痛いほどの哀れみが広がるのを感じて黙りこんだ。彼女を両手で抱き抱えて、慰めてやりたいとも感じたが、あえてしなかった。だけど、何とかしなくちゃならない。そうしなければ、彼女はまた元にもどってしまう。ーそうだ! 二人は流行りのポップスをうたいはじめた。


 ♪ウィー・ア・ポジティブ・ガール

 どんな時も あきらめないで 素直なまま恋して

 ウィー・ア・ポジティブ・ガール

 強がりいっても 何してても 許してほしいのよ

 ウィー・ア・ポジティブ・ガール

 一瞬の ときめきを忘れないで 歩いて

 ウィー・ア・ポジティブ・ガール

 臆病な 自分たちをすべてこわして 微笑わらうから!


  有紀の呟きが消えて、凝視もおさまった。


 立ち尽くさないで…  悩まないで……


  二人は歌いおえた。もちろんサビ(ブリッジ)の部分だけだったけど、それでも魅力的なメロディだった。有紀ちゃん、有紀ちゃん、愛してるよ。私たちは親友でしょ。だから、分かりあえるよね。大丈夫よね。

「有田先生。黒野が32位になった理由わけを知ってますか?」

 またまた神保先生がやってきて、同僚の有田先生にニヤリと声をかけた。

「いえ。……理由なんてあるんですか?」

「えぇ。」神保は白く鋭い歯を見せて、「こいつらですよ。この青沢蛍と赤井由香にしつっこくまとわりつかれて勉強が手につかなかったんでしょう。まぁ、朱に交われば赤くなる(交際する人からずいぶんと悪い影響をうける)ってことわざがあるけれどね。まさに、それですなぁ。こんな馬鹿コンビと仲良くなったばっかりに……不幸なことです」

 神保の冷たい言葉に蛍はムッとして、

「先生!そんないいかたないっしょ?!」

 といった。由香は狼狽しながらも、

「そうですっ、先生!馬鹿コンビだなんてっ。蛍は全滅だとしても…私は美術は年間オール百点でしょっ?!だから…」

 しかし神保は何の表情もみせずに、ただ、

「黙っていろ、この馬鹿ども」と吐き捨てるようにいった。「お前たちが頭が悪いのは勝手だが……他人まで巻き込むんじゃない!」

「な、何?!この”機械”!学校中の嫌われもの!」

「なにっ、この馬鹿ども!”仏の顔も三度まで”だ!!」

 蛍と由香は神保の怒りに触れて、「…なによっ、何が仏よ。ずっと鬼の顔じゃんよ」と全身を恐怖で小刻みに震わせた。ーちょっと反論するのは無謀だった…ころされちゃうよ。 次の瞬間、ゲンコツが飛んだ!!

 けど、「待ってください、先生!」という有紀の言葉で、ゲンコツは螢と由香の頭すれすれで止まった。いや、止めた。

「私の成績がおちたのと螢ちゃんたちとは…何の関係もありません!ぜったいにありません!!」有紀はしぼり出すように必死に泣いたような声を出した。そして、目をぎらぎらさせて、言った。「成績が落ちたのは風邪をこじらせて頭がぼうっとしていたからです。…それに…螢ちゃんたちは、先生がいうような劣等生じゃありません!ぜったいに!!だからすぐに、先生」

 そして続けた。「すぐに謝って下さい!」

 神保は口をぽかんとあけ、狐につままれたような顔で彼女をみた。「な、なにっ!黒野っ、貴様」憤慨して叫んだ。「成績がトップだからって甘やかしてやればツケ上りやがって。私に命令するのか?私はお前なんかより知的レベルが上なんだぞ!ふざけるな!!」

「…それは違います。」有紀は切り返した。「知的レベルとは単に学問を知っているってことだけじゃないんです」

「で、学問じゃなくなんだっていうんだ?」

「人生をうまく泳ぐ知恵、博愛の思考、多くの知識を有しているだけでなくて何がよくて何が悪いか迅速確実に判断して他人の痛みをも知る能力…これらを身につけているひとが知的レベルの高いひとです」

 知恵?博愛?何をいってるんだガキが!正気か?狂ってる?まったくガキときたら夢みたいなことばかり考えやがって!神保は有紀をギッと睨みつけた。

「私は先生みたいな偏見でしか学生をみないひと、判断しないひとは好きではありません。先生は学生たちを悪くいうけど……むしろ先生のほうがいろいろと悪いところがあるんじゃないでしょうか」

 神保は癇癪を起こすまいと必死にこらえた。このガキにやられているのがわかるだけに、癪にさわった。彼は子供に論破されるのは慣れてない。

「螢ちゃんたちがどんなに素晴らしいか、先生にはわからないんですか?」有紀は暗い表情のまま、熱心な口調で続けた。「ちゃんとみてあげれば、すばらしい才能があるってわかるはずです。そして、いつか輝かしい人になれるってわかるはずです」

 彼女の声が同情に和らいだ。「…とってもすばらしい大人に…女性に…人間に」

 神保は手のひらを突き出し、有紀をさえぎって、怒鳴った。

「黙れ。このガキが…お前なんかに何がわかるっていうんだ?!ナマイキいってんじゃないっ!」

 彼女は頭から冷水を浴びせかけられた様に肩をすくめて立ち尽くし、黙り込んだ。そして、くやしくて情けなくって瞳から大粒の涙をぽろぽろ流して、

「先生はフィリステンね!」と断言した。

「どういう意味だ?」神保は息をのみ、目をまん丸にした。

「もぉ、いいです!」

 彼女は冷たくいうと、そのまま顔をそむけたまま、悲しい足取りでその場を駆け去った。「あ。待ってよ!有紀ちゃん」

 螢と由香は弾かれたように駆け出して、有紀の後ろ姿を追った。……


  有紀はフラフラと自宅の自分の部屋へと、青ざめた表情のまま涙もふかないで帰ってきた。こんな風にこんな時刻に家に戻ってきたことなど一度もなかった。

 ひどく疲れて悲しくて胸が張り裂けそうな気持ちだった。なんでもないことに嫌悪感を覚えそうな気分だった。

 ”可愛らしくっておとなしい文学美少女”黒野有紀は涙をポロポロと流しながら、震える指先でベットの下に置いてあったミカン箱を引き出した。ミカン箱には柔らかい毛布がしいてあり、そこにちょこんと「捨てたはずの子犬」が存在していた。

 彼女は可愛らしい子犬をじれったく思えるほどにゆっくりゆっくりと胸元まで抱き上げて、堪えきれなくなってギュッと抱き締めて号泣した。               

 



  だれもいない午前中の街路地を失意の有紀は、まるで夢遊病者のようにトボトボとふらふらと孤独に歩いていた。胸元には可愛らしい子犬をそっと抱いている。くんくんと子犬は彼女の方をみて鳴いていたが、有紀は両手をきつく握りあわせ、絶望的な視線をあらぬところに泳がせ、苦悩にみちた表情で歩いているだけだった。

 河辺へ…公園へ…花屋の前へ…アーケードへ…橋の下へ…喫茶店の前を横切って…。

 彼女はあらゆる場所を失意のまま、うつ向いて孤独に徘徊した。が、たまに通り過ぎた主婦などがいぶかしげに有紀の姿を見るくらいで、ほとんど何の存在感もなかった。

 なんとなくだろうか?有紀は無意識のうちにゲーセン”ギルガメッシュ”の前まできていた。ここは螢たちと楽しく遊んだ思い出の場所だ。まだそんなに前のことじゃないのに…だいぶまえ…五年以上前のような気もする。古いセピア色の風景……のような。

 黒野有紀は空虚な足取りでセンター内へと入っていった。

 センター内には、あの頃のコンピュータ・ゲーム「バーチャル・バトル」がひっそりと存在していた。楽しい日々、あの瞬間のままだ。彼女は座席にゆっくりと座って、以前と同じような不安気な表情のままで黙り込んでオドオドと画面に目を向けていた。そして、ポケットから小さな小さなお財布を取り出して、震える指先で百円玉をつまみだして投入した。…ガチャン!

 次の瞬間、バーチャル・バトルは開始された。だけど彼女は何もしないで無気力のままディスプレイを空虚に眺めているだけだった。有紀は他人の手の届かないところにいた。自分ひとりの世界に閉じ籠ってしまった。冷たく凍った世界。誰も侵入できない哲学のラビリンス。…

 少女を救うための鍵が必要なのに、螢も由香もだれもいない。誰かが有紀をすくってやらなければならないのに…。しばらくして、

「ダメじゃないか。せっかくお金をいれてゲームがスタートしたのに…そんな風に茫然と画面をみていちゃあさぁ。」

 と、堂々とした態度で、口元に微笑をうかべて明るく「彼女」は有紀に声をかけた。

「……」有紀は少し正気にもどって、少しだけ驚いた様子で静かに振り返った。

 その「彼女」は有紀にまっすぐに近付き、有紀のすぐそばまでいった。たがいの顔の間には数センチの距離しかなかった。あまりの近さに、有紀は「彼女」をみつめ、その声を聞かざるをえなくなった。

「お金がもったいないでしょう?百円ったってさぁ…アイスが一本買えるし(税別)…ケシゴムなんて三個ぐらい買える値段なんだよ。だから、遊ぶならおもいっきり遊ぶ、遊ばないなら金なんて投入しないってことだね」彼女はまるで男の子のような口調でいった。「それがルールってもんさ」

 魅力的な笑顔だった。この女の子の名前は黄江おうえ美里という。「知性」の有紀や「皮肉屋」の由香や「無邪気」な螢とは人間が違う気がする。いや、雰囲気が全然違う。 かなり背が高く、何かボーイッシュな感じでしかもどこか憎めない可愛らしさがある魅力的な美少女だ。男の子はともかく少しレズっぽい女の子なら憧れてしまうような女の子だ。それは、びっくりするような可愛さだった。

 ルックスはかなりいい。童顔ではないけれど、セミロングの髪の後ろに赤いリボンがなぜかついていて、どこか可愛らしい。猫のようなぎらぎらした瞳はこの少女の強さをあらわし、全身は有紀ほど痩せっぽちではなくて健康的で肌も有紀のような真っ白ではない。しかし、こういう少女のほうが普通なのかも知れない。

 美里の健康的な唇から発せられる声は、少しボーイッシュな感じがする。少し低音が混じっているっていう声だろうか?

 服装は茶色のセーラ服を着ているが、どこか似合わない。この少女にはパンツ・ルックのほうがずっといいだろう。胸は螢たちみたいなのではなくてグラマーだ。そういえは、美里からはボーイッシュだけど、どこか優しい優しいお母さんのような包容力とあたたかさを全身から感じる。大人の女性ではないけど子供でもない。…微妙な存在だ。美少女ではないのかも知れない。少女…というイメージではない。

(どうでもいいことだが、この美里という少女も、学校をサボったのだろうか?)

 有紀は美里をみつめた。彼女の目に、ゆっくりゆっくりと光がもどってきた。しかし、まだ全身に微かな痙攣と小刻みな震えが残っている。有紀は美里に視線を張り付けたまま、神経質そうに両手を握り合わせて胸元の子犬を包み込んだ。

「よし、このゲームは私にまかせなよ」美里はニコリと笑うと勝手にゲームを開始した。だれも「どうぞ」とも「いいわ」ともいってないのにである。

 ドス・ツ!ゴキッ!

 黄江美里は熱心な表情で画面を食い入るようにみつめながら踊るように操作レバーを動かしていった。かなりバーチャはうまいようだ。多分、いつもいつも遊んでいるのだろう。”ゲームの鉄人”とかいうTV番組でもあったらぶっちぎりで優勝しそうなテクがある。 画面をジッと静かに眺めていた有紀の無表情の顔にもしだいに赤みが差し、可愛らしい大きな瞳もきらきらと輝いてきていた。

「どうだい?お嬢ちゃん」美里は画面から目をはなしもしないで自慢した。「バーチャでさぁ、私に勝てるやつなんて…関東地区では誰もいないね。あ……ところでさぁ。おさげのお嬢ちゃん……名前は何?なんていうの?」

「あ…え…その…有紀、黒野有紀です」有紀はぼんやりと答えた。しかし、彼女の不安は幾分かやわらいだようだ。でも、人に名前をきくならまず自分から名乗るのが礼儀であるし『美里風』にいうなら「それがルールってもんさ」というものだ。

 美里はフト、有紀の方へ顔を向けて近寄った。「ふうん、有紀ちゃんか…。なんかいいね」とほめた。「おさげのお嬢ちゃんっぽい名前かもね。有紀ちゃん、有紀ちゃん、有紀ちゃん、有紀ちゃん……。そういえばアイドル歌手にもそんな名前がいたような。内…」「あの…なにを言いたいのでしょうか?」

 何を?なんだっけ?なにか言いかけたんだっけ?美里には少し思い出す時間が必要だった。別に美里は頭は悪くないけど、ゲームに熱中しながら質問しているのでこうなるのだ。有紀ならふたつのことを同時に出来る。が、普通のひとにはそれはできないのだ。

 黒野有紀は少し遠慮ぎみに尋ねた。「あの。…あなたのお名前を教えていただけませんでしょうか?」

「あ、名前?私のか。いいよっ、ではなんて名前にしようかな」美里が愛想よくいった。「美空ひばり……っていっても知らないか」

「……いえ、存じてますけど。……芸能人のしかも亡くなったひとのお名前をきいてもあまり意味がないんではないかしら」

「そりゃあ至言だね」美里が笑った。「あたしは美里さ。美しい里って書く訳よ。名字は黄江おうえっていうんだけど、ノーヴェル文学賞の大江健三郎とは字が違うね。残念」「黄江美里おうえ・みさとちゃんかぁ」

「そうそう、美里ちゃん」じっと有紀の瞳をみつめたまま、美里は答えて微笑んだ。「でも美里って…どっかのロック歌手の名前に似てなくもないし……」

 美里と有紀は黙りこくったが、彼女らにとっては相手が存在してないも同然だった。このふたりはかなり似ている。あまり話すのは好きじゃないし、冗談もぜんぜんパッとしない。”類は友を呼ぶ”とはまさにこのことだ。それが二人をさらに魅きつけた。

 しばらくしてから美里がゲームに熱中しながら「そういやぁ、さぁっ。……その胸元で大事そうに抱いている犬は有紀ちゃんの?」

 ほとんど藪から棒に苦しく尋ねた。

「えぇ。そうなのよ。このワンちゃんは私の大事なお友達なの」

「あぁ。やっぱり」美里は小声でいった。「やっぱり友達はその犬だけな訳ね?」

「……いいえ、違うわ。螢ちゃんと由香ちゃんっていう人間のお友達もいますもの」

「へぇーつ。いいじゃないか、有紀ちゃん」と美里はほめた。「昆虫とフローリングの友達?」

 違います…。違います…。違います…。

「そういやあさぁ。…その犬って何食べんの?やっぱりメザシとかマタタビとか?」

 やっぱりつまらない。しかし美里はかぎりなくピュア(純粋)である。

 ある意味では無邪気・うぶ・純真…つまりナイーヴであるし、頭の違いがあるにしろ螢や由香と似てなくもない。あまり社交的ではないけど、家庭的で「お料理」は得意。”平凡なお母さん”になるタイプだ。きらきら地味に光るタイプだ。

 でも、こういう『内助の功を発揮するタイプ』の女の子が一番好ましいのかも知れない。螢みたいなのでは……ちょっと。…

「あ、マズイ!もうこんな時間だよっ」突然、腕時計に視線をむけた美里が、慌てた声を出した。そしてバッと席から立ち上がった。「マズイよ、マズイよ、マズイよ!」

 と周章狼狽してジダンダをふんだ。そして黙りこんでから「マズイよ、間に合わないよ」あえぎあえぎ言葉を出した。

「あ…あの……何に?」

 美里がポケットに手を突っ込んで、財布をとりだした。別にブランドものじゃなくて、黒色の皮製の安物だ。美里は指先に細心の注意をこめて、やはり慌てふためきつつ、この財布から大事な品をとりだし、うやうやしく有紀にさしだした。

 有紀はそのチケットを受け取ると、じっとみつめた。写っているのは着物姿の二十歳くらいの女性演歌歌手だ。黒い目と日本髪、まじめな顔、痩せっぽちの体躯、化粧もきちんとしてある。まばたきもしないでカメラをみている。有紀の知らない顔だ。(正確には彼女はクラシック演奏家しか知らない)

 チケットにはこう書いてある。……香西かおる演歌ショー!日付…今日だ。時刻……いまだ。もうコンサートは始まっているのだ。疑問の余地はない。美里は演歌ショーに遅れたので狼狽しているのだ。演歌に…。

「香西かおるのチケットとんの大変だったんだ。中年オヤジたちのアイドルだからさぁ。ぴあに何十回も電話してもなかなかつながんなくてさぁ…きっとオヤジ達が買い占めてたんだね。でも……いいでしょ?うらやましいでしょ?」美里が誇らしげにいった。

「……えぇ、まぁ…」有紀はチケットの香西かおるの写真から目を話すことが出来なかった。「クラシック・マニア」も珍しいけど、こんな若い女の子の「演歌マニア」も珍しいわ。

「でも…香西かおるちゃんもいいけど、山木ジョージとか北鳥三郎とか瀬河B子とか都はるえとか……いろいろなアーティストもやっぱりいいかなぁーなんて…」

「あ…あの、はやく行かないと……コンサートがおわっちゃうんでは…?」ようやく有紀は忠告した。

「あ、そうだよ!!ヤバっ!」美里はそう声を出すと「じ、じゃあ。またね、有紀ちゃん」とチケットをとり、慌てふためいたまま駆け出していった。

「香西かおる……ね」

 有紀は美里の後ろ姿を見送ってから、なんとなく微笑んでしまった。


   有紀はなんとなく元気な足取りで午後の人のいない街路地をひとり歩いていた。

 可愛らしい子犬が彼女の顔を見て、くんくんと鳴いている。彼女はすぐに微笑って、

「えぇ。わかってるわ。……お腹が空いたんでしょう?すぐに家に帰ってミルクでもあげるわね」

 なんとも幸福な瞬間だった。悲しい気持ちになったのはほんの数時間前だったのに…もうかなり前のことのように感じる。そうよ、また螢ちゃんや由香ちゃんと愉快に遊ぶのよ!美里が彼女と一緒にいたのはほんの数十分なのに、そんな短い時間でも、美里は有紀にじつに好ましい影響を与えたようだ。

 しかしそんな平凡で幸福な時間も、長続きしなかった。あの残忍な魔物「アラカン」が有紀に襲いかかったからだ。

「きゃあああぁ…っ!」

 子犬を放して彼女は驚愕して悲鳴をあげた。

 有紀のはげしい悲鳴を耳にした螢と由香は、ハッとして駆け出した。そして、アラカンに首を締め付けられて吊されている有紀の姿を目撃した。

「ゆ、有紀ちゃん!」

 アランカは「トゥインクル・ストーンがこの娘の中に」と、暴れる有紀を睨みながら、左手を彼女の胸元に当てた。次の瞬間、黒野有紀の可憐な胸元から黒色の閃光が四方八方に放たれていった。が、アラカンの期待は大きく外れた。

「くそっ、この娘もトゥインクル・ストーンの持ち主ではない!」

 アラカンは顔をしかめ、太い眉をさかだてて吐き捨てるようにいった。やがて、有紀の胸元から放たれていた黒色の閃光は輝きを失い、そしてフウッと音もなく消えた。

 アラカンは「殺してやる」と低い声でいうと彼女の首根っこを力強く締め付け始めた。「う…ぐぐ…」このままでは有紀が締殺されてしまう。

「う、くそう!…どうしたら……」螢と由香は驚愕して立ち尽くしていた。あまりのシュチエーションに恐ろしくなって動きがまったくとれなかった。戦慄!恐怖…脆弱な精神…。 その時、子犬が必死に、アラカンに体当たりをくらわせた。その攻撃は弱々しいものだったが、それでも当たりどころがよかったのか、アラカンは衝撃で有紀から手を放した。なおも子犬は攻撃しようとアラカンを威嚇するようにうなった。

「ダメよ!逃げるのよ」有紀はごほっごほっとセキ込みながら子犬に叫んだ。

 この犬っころが!!アラカンは憤慨して子犬を右足で蹴りとばした。きゃいん、と鳴いて、犬は壁に激突して地面に倒れこんだ。

「ワンちゃん!」有紀は弾かれたように倒れた子犬のそばに駆け寄った。

「な、何やってるのっ?!螢ちゃん、由香ちゃん、「封印」よ!お札で戦うのよ!!」

 いままで姿をけしていた妖精セーラがふたりの背後から猛スピードで飛んできて、慌てた口調で叫んだ。

「……そ、そうね」二人は決心したようにいうと、お札を前にかざして「お札よ、魔物を封印せよ!」と燐とした声を発した。

「レインボー・アターック!」

「レッド・ハリケーン!!」

 虹色の閃光と赤いハリケーンがお札から出て猛速度で空間を走り抜けてアラカン目指して突き進んだ。激しい雷鳴・閃光!

 しかし、そのふたりの攻撃もアラカンにひらりと簡単にかわされてしまった。

「え?!なにっ、またっ?!……本当に私たちってヒロインなのっ?!普通ならすぐに敵が「うあっ、やられたっ、ゲーム・オーバー」っていって攻撃を受けてやられるもんじゃんよ」「なにいってんのっ。由香ちゃん、いつからヒロインになったってのさぁ?ヒロインはこの私っ、青沢螢だけなのよっ!……由香ちゃんは……ただの脇役な訳よ」

「な、なんですってっ?!」

「ワ・キ・役っ。」

「…………覚えてらっしゃい。この馬鹿螢っ」

「ワ・キ・役っ、エキストラっ」

「なんですって?!いい加減にしてよね。もぉ…そんなことばかりいってるとぉ…あんたの大嫌いなタコヤキとピーマンを口の中へぎゅって押しこんじゃうわよ」

「えっ…」螢は顔をゆがめてから「く……くっ。…じゃあ……私は由香ちゃんの大嫌いな『納豆』をババッってふりかけちゃうわよ。それでもいいの?」

「……ば、馬鹿じゃないの?!」

 その低レベルな会話に熱中している間に、ふたりはアラカンの攻撃をうけてしまった。空間をものすごいスピードで飛んで襲ってきた氷剣を二人はなんとかかわしたが、次の瞬間、爆風に吹き飛ばされて「きゃつ」と螢と由香は転んだ。

「……痛たたた…もぉ。」

「あ、あんたヒロインなんでしょ?!はやくやっっけちゃってよっ」

 ふたりは情ない声を発した。「うるっさいのよ」「はやくさぁ、ヒロイン!!」「…今回だけは、由香ちゃんにヒロインの座をゆずっちゃうわ」「今回はパスするから頑張って敵をやっつけちゃってよ!」「今回のストーリーでは気分が乗らないのよ」「気分ってなんの?」

「そりゃあ女優としてのよぉ」

「あんたいつから女優になったってのよ!」

 ふたりは次の瞬間、顔を凍り付かせた。ビュウァァァ…ッという音に気付いて振り向いたとたん、数十メートル前方から無数の鋭い氷剣が迫ってくるのを知ったからだ。彼女らはちいさな悲鳴を上げ、飛びのいた。

「うわっ、いやっ、わっと」なんとか氷剣をかわした。だが、今度はアラカンの両手からブリザードが放たれた。直撃はなかったが、ふたりの近くのコンクリートの壁や柱などにぶつかり、バリっと瞬時に凍りついた。なおも攻撃してくるアラカンにそこ知れぬ恐怖を感じた二人は、戦慄し、そして必死に逃げ出した。

「逃げるなマジックエンジェルども!」

アラカンはすばやい攻撃でふたりをまかす。

くそっ!攻撃が効かない!!!!それでもふたりはあらがう。

 だが、次の瞬間、螢はアラカンに掴まって首根っこをギュッと締め付けられてしまった。「ほ、螢っ!!」

 由香が叫んだと同時に、有紀が必死になって勇敢にアラカンへ体当たりをくらわした。その必死の抵抗のおかげで螢は離されて助かった。が、次の瞬間、有紀はアラカンの怒りの鉄拳をうけて殴り飛ばされてしまった。激しく壁にたたきつけられ、倒れ込む有紀。

「ゆ、有紀ちゃん!」

 螢と由香は驚愕して叫ぶと、くそっ!と戦闘体制をとった。攻撃はきかないけど、やるっきゃないっしょ!!

「もうこれ以上悪いことをすることは絶対に許さないわよ!この伝説の戦士マジック・エンジェルちゃんの前でおもいっきり懺悔しなさい!!」

「…いえ、謝罪しなさいっ!」

 正義の味方のふたりは堂々とアラカンにいった。そして、すぐに攻撃を開始した。

「レインボー・アターック!」

「レッド・ハリケーン!!」

 しかし、またしても攻撃はひらりとかわされてしまった。アラカンは螢たちと対峙し、「死ね、馬鹿ども!」

と両手から氷凍を何度も放って攻撃してきた。二人組はその攻撃を間一髪、

「わっ、やだ、きゃあ、うあっ」と情ない悲鳴をあげて横っ飛びしてかわした。同時に、ふたりの立っていた場所が激しく爆発した。

「ちょっと、少しは手加減してよっ!」

  うう…。倒れていた有紀は少し荒い息を吐いてもんどりうった。そんな彼女を心配するように子犬が近付いてきてくんくんと鳴いた。「…ワンちゃん…だいじょうぶよ」彼女は微かな声を出して痛みをこらえて微笑した。

 妖精セーラは有紀の姿をみて、ハッとした。倒れている彼女の全身から微かに黒色のオーラがたち上がっているのを発見したからだ。ーまさか!!

「ゆ、有紀ちゃん、だいじょうぶ?!しっかりっ!」

 セーラは倒れ込んでいる有紀に近付いて呼びかけた。そして彼女の顔をジッと覗きこんだ。有紀はきらきらした表情のまま「あ…あら…あなたは妖精…さん…」と呟いて、微かにうなって全身を小刻みに震わせて荒い息をついた。「…私…夢でもみているのかしら?……妖精…さん……なんて…いるわけないのに」

 妖精は「待っててね、有紀ちゃん!いま痛みを癒して元気にしてあげるから!」と同情をこめていった。そして、

「タターナ・ラーマヴァーナ、アンダージュ・パ・ダクシオン!」

 可愛らしい声で呪文をとなえると、妖精の人差し指からきらきらした”癒しの風”が吹いた。そして「風」は有紀の体を包み込み、やがてフウッと消え去った。彼女はゆっくりゆっくりと起き上がった。そして、

「……どうしたのかしら?体がちっとも痛くない。……いえ、むしろ体がダウン・フェザのように軽いわ」

 少しだけ驚いて可憐な足取りでステップを踏んでみた。「どうしたのかしら?」

「有紀ちゃん!」セーラは摩訶不思議な顔をして少しだけステップを踏んでいる彼女に熱心な口調でいった。「あなたに”封印用”のお札を渡すから受け取って」

 妖精はもう一度燐とした表情をして「ラマス…」と呪文を唱えた。次の瞬間、眩しい閃光があたりを包み、有紀は眩しくって目をつぶった。

 しばらくしてから、セーラは、「さぁ、これをあげるから…」といって右手にもった黒色のお札を差し出した。有紀は驚いてから、オドオドと、いった。

「え?で、でも……知らないひとからむやみに物をいただく訳にはいかないわ。あなたもお母さんからそう教わったでしょう?」

「……まぁ、一応。………でも、あのね。まぁ、そうかたいこといってないで、かけてみてよ!」

 有紀はかなり躊躇してからオドオドとお札をもった。そして、

「……あの、それで?」と素直にきいた。

「”お札よ、魔物を封印せよ!”って叫ぶのよ!そして”封印”するのよ」

 有紀は素直な顔のまま「それで?」と尋ねた。

「……あ。それで伝説の戦士マジックエンジェルになるの」

「伝説って……どんな伝説なのかしら?」

「……え?あ、伝説ってばいろいろね。話すと長くなるから後で教えるわ」

「…マジックエンジェルってどういう意味かしら?鳩さんをポケットから出したりトランプを消したりする天使なのかしら?天使って…白衣の天使の看護婦さんのことかしら?それとも…」

「もおっ!そんなことどうでもいいでしょ!」妖精は少し癇癪を起こした。キャラクターに似合わずヒステリックな声を出した。「…あなたは少し考え過ぎるのよ。よけいなことはきかなくていいから…」

「……でもちゃんと状況を熟知しておかないといけないんじゃないかしら?でないと」

「……あのねぇ、もおっ。…いいからいわれた通りにやりなさい!」

 妖精の怒りにふれて、有紀は肩をすくめて「…あ…はい。…ごめんなさい…」と素直に頭をさげた。ので、妖精は「あ、いえ、いいのよ別に」と、すっとんきゅうな声を出した。「…………やらなくてもいいのね?」

「やりなさい!」

 有紀は肩をすくめてから、ごめんなさい、と呟いた。「あ、いいえ」妖精は恐縮した。 それから彼女は可愛らしく尾を振る子犬をやさしく抱き抱えて安全な場所に移した。 「じっとしてるのよ。動いちゃダメよ」

 もどってきた有紀にセーラは封印を欲した。彼女はゆっくりゆっくりとお札を天にかざしてた。そしてオドオドと、

「お札よ、魔物を封印せよ!」

 と、燐とした声で叫んだ。やがて頭上にかざしていたお札から黒色に輝く閃光が四方八方に飛び散り、しだいに有紀の体を包み込んだ。

 そして、黒色の閃光が消えると、黒野有紀はついに伝説の戦士へとなった。



  セーラは、まぁ、と深くうなづいてから彼女に「必殺技」を耳打ちした。

「さぁ、あのふたりを今教えた技で助けてちょうだい!戦うのよ、有紀ちゃん!!」

「……あの…”ブラック・スモーク”って…黒い煙りのことよね?それって…」

「いいから、いきなさい!」妖精は思わず怒鳴った。


  ふたり組はまったく情なかった。アラカンの氷剣の攻撃を必死にかわしながら逃げ回ってピヨンピョンと兎のように跳ねまわっていた。

「うあっ、ちょっと!やっぱりさぁ…」

「な、何っ?あっ、きゃあ、何が…いいたい…のよ!?…きゃあ」

「あたしさぁ…こんなストーリーのヒロイン嫌だよ!…うあっ、きゃあ!…もっと…恋愛小説の可憐で可愛らしい主人公…きゃあ!……とかさぁ」

「……あんたには……きゃあ!…うあっ!…無理ね。そういう少女対象のラブ・ストーリーってキャラじゃないもん!…うあっ!……あんたはギャグ小説とかコメディのキャラな訳…いやっ!…よ」

「それって由香ちゃんでしょ?…きゃあ!」

「…うあっ!……なんですって?!…きゃ!…そんなことばかりいってるとあんたの大嫌いなタコヤキとピ」

 二人は足を滑らせて「いたっ」と大きく転んだ。なによっ、本当に私たちって正義の味方な訳?ずいぶんな待遇じゃないの。…訴えるわよ!

「くくく…虫けらめ、殺してやる!!」アラカンはニヤリと冷たく笑みを浮かべた。

 と同時に、

「お待ちなさい!そこのゲシュタポのような服を着た方!!超能力でスプーンを曲げるのなら許されるけど、氷の剣を放ってひとに怪我をおわせようとするなんて……許せないわ」 有紀の可愛らしい声が響いた。

「なにっ?!」とアラカンは彼女のほうを向いた。

 マジックエンジェルの有紀はゆらゆらと可憐な少女らしく立って、

「とにかく私がお巡りさん(警察官)にかわってせっかんしてあげるわ」と宣言したと同時に、キッとした顔をして、両手を大きく広げて「ブラックーッ!」と叫んだ。続けて、両手の掌を胸元のかなり前まで突き出して、「スモーク!!」と大声で全身の力をこめて叫んだ。お札から黒豹のような「黒いけむり」が目にもとまらぬ速さできらきらと黒色に輝きつつアラカンに向かって放たれた。空間を走る黒豹!

「うああっ」

 「黒いけむり」の直撃をうけて、アラカンは悲鳴をあげた。そして、なおも全身にまとわりついて動きを封じ込めている”煙り”の存在に困惑して舌打ちした。「くそっ、動けん」

「螢ちゃん、由香ちゃん!今よっ」有紀は茫然と立ち尽くしている二人に熱意をこめた口調でいった。「螢ちゃんたちの力をしめす時よ!」

「ーそ、そうね!もっともだねっ」

 螢と由香はそういうと目を輝かせて、「レインボー」と「ハリケーン」の必殺技を放った。そして、虹の稲妻と赤いハリケーンは戦慄して立ち尽くしていたアラカンに直撃した。「ぐあっ!」

 次の瞬間、アラカンは口や耳から緑色の血を噴出して、ドサッとコンクリートの地面にふき飛ばされて転がった。やがて、アラカンの体中から微かな煙りがたちこめて、ドロドロに解けだし蒸発しミイラ状態になり…そのうち微かな粉状になり風とともに消え去った。「………」

 有紀はアラカンの最期を金縛りにあったようにしばらく茫然と立ち尽くしてみていた。「ゆ、有紀ちゃん!ゆーうき(違う!)!!」

 螢たちは喜んで有紀の元へ駆け寄った。そして「ありがとう有紀ちゃん、助かったわ!」「そうそう…サンクス池袋西口店……ちょっと苦しい……ね」

 三人はがっしりと握手を交わしあった。長いながい握手…強く強く結ばれた絆と友情と愛情。それは三人を透明な気分にさせてくれた。三人はこの瞬間を愛した。きらきらとした瞬間を。

「…あ、あのね…有紀ちゃん……いろいろあって大変だったろうけど…元気だしてね」

「…そうそう。神保には私がよっくお説教しておくからさぁ。成績おっこちたんだってぇ…私がお勉強を教えちゃうっしょ…」

 由香は「なにを不可能なことばかりいってんの?!」といった。

「うるさいのよ!主人公のお決まりのセリフじゃんよぉ」

「ー誰がそんなん決めたの?!」

「あ、あの…おふたりとも……どうだったかしら?」有紀は魅力的な笑みを浮かべて尋ねた。「もう、前みたいに臆病な女の子じゃなかったでしょう?…私」

 螢と由香は鳩が豆鉄砲をくらったような顔で目を彼女に向けると、

「これもおふたりのおかげね。ありがとう。…それと神保先生のこととか成績のことはもう別に気にしてないわ。だから心配しなくてよろしくってよ」

 と黒野有紀はにこりと言った。

 二人は、あら。私たち心配なんてなかったわよ、と笑顔をみせて「冗談、冗談」とカラカラ腹をかかえて大笑いした。

「…さぁ、ワンちゃん。一緒にお家に帰りましょう」しばらくして有紀は子犬の元へ歩いていって優しく抱き抱えてそう告げた。そして頬づりをして、幸せそうに可憐に微笑んでいた。



   犬を抱いてとろけるような微笑みを浮かべながら有紀が自宅へ帰ってくると

「有紀。その犬は?」

 と、戻ってきた娘に、静が冷たい口調できいてきた。しかし、彼女には答えられるはずもなかった。お母さんには逆らえない…。でも、このまま黙って突っ立っているわけにもいかない。

「…あの…お母さん」苦しい声で彼女はいった。が、そのオドオド口調をさえぎるように、「有紀っ!何度、おなじことをいわせるの?!あなたいつからそんなに馬鹿になったの!?捨てきなさいっていったはずよ!」

 静の冷たい声が響いた。

 有紀はどう言葉を発しようか悩んだ。「お母さん…お願い。飼ってもいいよね?」

「ダメです!私のいうことがきけないの?!」

 有紀は激しく首を横にふった。「いいえ、違うわ。でも…その…」母親の方へ顔を向けると、哲学派の静は、冷酷で、辛辣な感情に溢れた瞳で自分のことをみていたため…彼女は母親の顔を凝視できなかった。

「捨てるなんて絶対に反対よ。……嫌なのよ。かわいそうでしょう?…捨てちゃったら保健所に連れてかれてガスで殺されちゃうかも知れないのよ。だから…」

 黒野有紀は恐怖にかられたように、一人でぶつぶつと呟き始めた。ぶつぶつぶつぶつ。静は何をいってるのか分からなかったので、柳眉を逆立てて「はっきり声を出しなさい!」と娘を叱った。

「お母さんは間違っているわ!動物の大事さをわかろうともしないで”捨てきなさい”だなんて!!」

 必死に怒鳴った娘をみるのは、静にとって初めてのことだった。静かな控え目な表情、本を読んでいる。少し微笑んでいる。料理している、うつ向いて泣いている、努力している、うつろな瞳で遠くをみつめている……そんな表情ではなく、ひどく沈んだ表情ではなくて、熱心でアグレッシブな娘の表情をみるのは初めてだった。静は驚いて絶句した。

「お母さんっ、私…なんと反対されようと、このワンちゃんを飼うわよ」有紀は宣言しながら、微笑みを見せた。「ね?いいよね?お母さん」

 静の”冷酷な顔”はしだいにくずれていき、彼女の黒っぽい瞳に狼狽が溢れ出した。

「……有紀……確かに…あなたのいう通りね。私は間違っているし、動物の大事さをわかっていないのかもね。…動物だけじゃなく人間の気持ちもこれっぽっちも考えてないのかもね。私は……なにもわかってなかったのね」

 弱々しくいった。

 静は娘の態度になにかハッとして、自分はやけにちっぽけな存在なのね、と感じていた。この数年の黒野静は、自分の信念と努力と頭脳で人生をきりひらき、巧みな戦略で自分を


守り、娘を育てて、生き延びてきた。だが、それで多くのものを失った。多くの友人も女の幸せも。自分のことばかり”娘を大学教授にする”という盲目的な夢のことばかり考えて、他人の痛みを忘れてしまった。自分の地位を築くために、多くの人間を傷付け、強引と傲慢のために多くの敵をつくってきた。

 黒野静はなにもかもがイタチのように老獪だ。人を巧みに操り、利用することができる。知的レベルの高さで誰でも論破することができる。必要ならば嫌なやつとでも握手する。それもこれも男性社会で生きていく、出世していくため、認められるため、だった。

 だけど…いままでの自分は他人のことなどは考えもしなかった。彼女は数年のあいだ娘や学生たちに向けていた気持ちや、冷酷な態度を思い出して、身震いした。どんなに後悔しているか娘に伝えたいと思った。

「……お母さんが間違っていたわ…」

「……え?」

「有紀」静はいった。「冷たい母親を軽蔑してもいいのよ」

「そんなことしないわ!」有紀はいった。「お母さんは私のかけがえのない…たったひとりのお母さんだもの」

「…ありがとう…有紀」静は娘の瞳をみつめ優しい口調でいった。「有紀、わかったわ。その犬をここで飼ってもいいわよ。……ただし、世話はぜんぶ有紀がするのよっ。わかった?」

 彼女はきらきらした微笑みをみせた。

「ありがとう、お母さん!」)予想もしなかった愛情の波がふいに有紀の胸に押し寄せ、心臓がしめつけられるような錯覚を感じた。有紀は母親に強く抱きついた。

 静かは娘の頭を胸元に抱き寄せ、娘の髪に頬を重ねた。喜びがふたりの魂を揺り動かし、きらきらとした光でいっぱいにした。この子が私に何か反論したり怒ったりすることなんてなかったのに……いつの間にか成長するものね、子供って。

 ふたりは見つめあってもう一度、微笑んだ。



  成長などしない二人組は相変わらずだった。二か月連続で遅刻して、宿題もやってこないために、両手に水バケツを持たされて廊下にたたされていた。ここは、青山町学園の螢たちの教室の前の廊下だ。ふたり組とは当然、螢と由香だ。もう授業も終わって、午後の小休みの時間。

「…ちょっと、みせもんじゃないわよっ」

「そうそう。私たちのことをジロジロみなくてもいいからっ!!どこかでマンガでも読んでてよねっ。月刊少女ジャンプ特大号のぶ厚いのっ」

「……学校にそういうぶ厚いマンガ雑誌もってくんのはあんただけだってば」

「…そう?でも由香ちゃんだって、絵のかいてある本もってくるじゃんよぉ。同じようなもんじゃんよ」

「……マンガ絵とアート(美術)をいっしょにしないでよ!」

「…もおっ、みるな!!見物するなら”お金”置いてってよねっ」

 ふたりは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにヤジ馬に叫んだ。と、「うるさい、馬鹿!だまって立っとれ、青沢螢、赤井由香っ……殺すぞ!!」

 神保が素早くやってきて、ふたりに怒鳴った。そして、まったく、ニガ虫を噛んだような顔をしてそのまま歩き去った。

「うるっさいのよ!…あんたなんて私たちの”レインボー”と”ハリケーン”で殺してやるんだから」と舌を出して聞こえないように螢はいった。

「…くすっ。ふたりとも相変わらずね」ふたりの姿をみて有紀が素直に笑った。そして可憐な足取りで二人に近付いた。

「あ…有紀ちゃん」二人は嬉しい時の声、つまり第二の声を出した。そして「あ、あの、その……この状態はねっ…そう!私たちは防火運動の担当でさぁ…それで水バケツを」

 と、苦しい弁明をした。有紀はほほえんで、

「あのねっ、あのワンちゃん……飼ってもいいってことになったのよ!それでもう名前も決めたのよ。…”タロウ”っていうんだけど…どうかしら?」

「ヘェ。ウルトルマンの三番目の弟の”タロウ”かぁ」と螢。「違うでしょ。画家の故・岡本山太郎からとったんでしょ?」と由香。

 有紀は素直に「いいえ。はるか昔の名作映画の南極物語の”タロウ”よ」といって微笑んだ。そして、フト、ふたりの瞳をジッと覗いてから、

「……あの、私たちって…親友になれるかしら…?」と尋ねた。螢はすぐさま、

「もち(ろん)、なれるっしょ!」といった。由香はあきれていった。

「なれるわ…でしょ!あんた北海道にいったこともないくせに訛りがひどいのよっ!!」

 フト、三人はジッと顔を覗きこんだ。そして、何もかも忘れたかのようにほんわりと声をそろえて笑いあっていた……。
















  第二章 戦士達の愛と死

 VOL・1 不良?美里の純愛ラプソディー

         ~マジックエンジェル・イエロー覚醒~

         魔の女王ダンカルトVSマジックエンジェル




「ゆ、有紀ちゃん。さっ、一緒に帰ろう」

 一年A組の教室で帰り仕度をしていた黒野有紀に、例のふたり組が明るくやってきてそう声をかけた。もう下校時間だ。

 有紀は「あ……えぇ。いいわよ。今日は塾休んじゃうから」と素直にいった。神保のいう「朱に交われば赤くなる」である。

「よっしゃあ、そうこなくっちゃあ!」

「……でも、今日休んだ分、明日からは数か月休みなしで……」

「ーよし、行こうよ!”ビックリ・エコー”へっ」

 有紀の言葉を無視して二人は叫んだ。「え?ムーンライトでもギルガメッシュでもなくて…ビックリ・エコーっ?」

 しばらくすると、またまた神保が、

「こらっ、青沢っ!赤井っ!こらっ!!このっ補習だっていっといたろっ。なにをチョロチョロしてるんだ!この鼠、ドブ鼠!!」

 とA組の教室を覗いてふたりを怒鳴った。そして、「こら馬鹿コンビ!はやく教室に戻って数学と英語と社会科のテストを終わらせないと殴り殺すぞ!」とツカツカせまった。「くそっ!お札よ……」

「ちょっと!神保を封印してどうしようっての?」

「それもそうだ」ふたりは顔を見合わせて笑った。で、少し恐怖を感じつつ、「逃げるが勝ちってね!後は野となれ山となれっ、君子危うきに近寄らずっ」

「え、きみこ(君子)ちゃんって誰?」「くんし!」

 とりあえず二人は「補修なんて嫌ですよーっだ!」と捨て台詞を残しつつ、明るい表情で呆然とする有紀を連れ去った。……

 神保先生は走って逃げのびた三人の姿を見送って「あの二人…絶対殺してやる」と茫然と呟くしかなかった。


  場所は「ビックリ・エコー」である。なんのことはないカラオケ・ボックスだ。

 カラオケ・ブームで猫もしゃくしもマイクを離さない時代。自分の意見を社会や学校でいえないから歌って精神的な鬱屈を晴らす。マイクを握って大声で歌う。他人の歌もきかずに「リスト」に目を走らせて「次の自分の曲」を探す。そしてヘタくそに歌って賞賛をもとめたりする。ひどいメンタリティだ。

 …場所は、ボックス内、……。

 赤井由香はビートルズおたくらしく、ジョン・レノンの”イマジン”と”スタンド・バイ・ミー”を全然違う英語の発音で歌った。

 青沢螢はいつものように2・5次元ミュージカル「セーラー・ムフーン」の”ムーンライトも伝説”を歌ったがひどいオンチでありその騒音で由香も有紀も耳が少しおかしくなった。

 そして懲りずに、今度は「ぬしの名は。」の”君の全全全部”を熱唱した。

♪君の全全全……。

「ちょっとあんたヤメてよ!耳が腐っちゃうでしょ!!」由香は思わず怒鳴った。


  三人はソフト・クリームを舐めながらゲームセンター「ギルガメッシュ」にと足を運んだ。由香と有紀は螢の歌のせいで耳が少しおかしいままだ。ー大川なんとかみたいにキリストの声でも聞こえる…?ーきこえたら怖いな。バカみたいで…。

 そして三人は懲りもせずバーチャル・バトルをプレイした。やはり有紀が一番とうまい。 しばらく関心して画面を眺めていた螢と由香は、十七才くらいの男たちが数人でセンター内へとはいってくるのを見た。いわゆるヤンキーだ。

 嫌な予感がしてヤンキーたちの姿を目で追った三人だったが、ゲーム機やプリクラ機の死角になってみえなかった。ドタバタ!

「やっぱりここにいやがったな、このアマっ!」

「…この間はよくもやりやがったな、このっ!今度は俺らがてめえを殴り倒して地面に這いつきばらせる番だ!!そして、たっぷり可愛がってやるぜ!」

 ひどく低俗な男達の威嚇の怒鳴り声を耳にして、三人は”バーチャ”をそっちのけで身を動かして、声のする方向、場所へと近付いた。そして有紀はビックリして、

「あ!美里ちゃん」と思わず声を微かに上げた。ヤンキーたちに取り囲まれているのは、あの黄江美里だった。制服姿の「演歌おたく」の美里…。

「な、なによっ、あの連中っ」

「女の子相手に何をいきがってるのよっ。卑怯者っ!!恥をしりなさい恥を!」

「よし、こうなりゃ封印よ!お札よ……」

 由香は螢を殴った。「おバカっ!」

 もちろん由香と螢のふたり組はけしてヤンキーたちにきこえるように言った訳ではない。呟いたのである。

 キッと凛々しく勇ましい顔で立ち尽くしていた美里は足を動かして通り抜けようとした。ニヤニヤとしていた男達が急激に踊るように美里の行く手を遮った。

 美里は動じず、真っ直ぐに相手の目を見据えて、

「どきなよ!」といった。

「どかねぇよ。この前はおれらのテリトリーでさぁ、カツアゲしてるところを邪魔してくれちゃった訳だしなぁ。おかげで金をつかみそこねたぜ。…あん時のオトシマエはつけさせてもらうぜ!」

「…お前らにできるかねぇ?」

「お前さぁ、結構いけんじゃん。胸もケツもでかくてさぁ…」顎ヒゲの男が性欲丸だしの顔でいった。「なぁ、俺らとドライブでもしねぇか?」

「嫌だね、お前らみたいになったらマズイからね」

「つれないこというなって」もう一人の男がニヤニヤ笑っていった。「一緒にいきゃあよぉ。なにも殴ったりしねぇって。面白いぜ…みんなで楽しいことしようぜ…なぁ?」

「…シンナーもあるしマリファナもあるし、ふかふかのベットもあるしよぉ」

「…そこで裸でもつれあって遊ぶ訳よ」

「ー悪いけど、あんたら私のタイプじゃないね。この頭の悪い「出来そこない」のクズどもが!」美里はウンザリ気味にいった。

 強引に前の男達をどかして通り抜けると、残りの男達がまた彼女の行く手をはばむ。

「このクズども!どかないと怪我するよっ」

 美里は眉をツリ上げた。

「ゲヒヒヒ…」と男達はイヤらしく笑った。

 相手がじわじわと近寄ってくると、美里は戦闘体制をとろうと足を動かした。

 その時、

「きゃあっ!」と短い悲鳴をあげた。

 男のひとりが美里の可愛らしいお尻をなでたのだ。なおもそいつは、彼女のセクシーな胸にも触れようと手を動かす。

「おとなしくついてくりゃあ、わるいようにはしねぇって…」

「そうさぁ、みんなで可愛がって愛撫してさぁ…気持ちいい思いさせてやっからよ」

 美里は激怒の表情になって男達を睨み付けた。ーこのっ、誰にも触れさせたことがなかったのにっ…許さないよっ!!

「さぁ、行こうぜぇ」

 ナイフの刃がいきなり首筋に当てられ、美里は一瞬、その冷たい感触にギクリとした。「ああ…っ」見守っていた螢たちは驚愕して、額から冷たく汗が伝うのを感じた。

 ーと、次の瞬間、

 ガシャアァァ…ン!その男はふっ飛んで、センターの窓ガラスを突き破り、グタリとなった。螢たちが思わず目を閉じた時の出来事だった。美里が男に蹴りをくらわしたのだ。「へん」と美里は鼻で笑った。「おまえら、ここじゃ皆に迷惑がかかる!表にでようじゃないか」

「おもしれぇ!ギタギタにしてやるぜ」

 不良男と美里はギルガメッシュの外へと飛び出したるそして道路で対峙した。

 うわぁ、あの子ムチャよ。螢たちもすぐに外に出て、見物人の仲間となった。

「て、てめえ」

「このアマっ、殺してやる!」

 男四人がポケットから手を出すと、パシッと飛びだしナイフの刃が光った。もう一人がいつの間にかトカレフ(旧ソ連製拳銃)を手にもっている。

「そんなもん振りまわさなきゃ、ケンカも出来ないの?!なさけない連中だねぇ」

 美里はそうタンカをきった。すざまじい意気だったるすべてを壊してしまうような…。「そうだ!そうだ!!」

「いいぞネェちゃん!やっちまえ」

 通りかかったヤジ馬たちがはやしたてた。

 螢たちは息をのんで美里をみつめていた。あれじゃあ、大怪我しちゃうよっ。

「このアマーっ!」

 男達はナイフを構えて彼女に襲いかかった。もうひとりがトカレフの銃口を向ける。

 ーもうダメよ!螢達が思わず目を閉じた時、バキッ!ドスッ!、という妙な音が聞こえてきた。と、あっという間に男達はふっ飛んでゴミ箱に首をつっこんでグッタリとなった。 なおも逃げようとする男を、美里は蹴り倒した。「ふん、口ほどにもないねぇ」

 うあっ、と見物していた人々から喚声と拍手がわいた。しかし、

「すげえな」

「…あれでも女かよ」という悪意に満ちた陰口もすぐに広がった。螢たちは信じられない様子で美里を見つめて言った。

「やるーっ!まるで女海賊ルフィースみたい」

 三人は顔をみあわせてから興奮した。

「あ。」美里はふと螢たちの存在に気付いて振り向いた。そして、黒野有紀を発見した。「こんにちは、美里ちゃん」有紀は優しく微笑んで頭を下げたが、美里は何も答えず、笑顔ひとつみせずに三人に背をむけて歩き始めた。悠々としてそれでいて可憐な足どり。 「なにっ?有紀ちゃん、あの子、知ってんの?」

「えぇ。美里ちゃん。黄江美里ちゃんよ」

「ミ・サ・ト……ちゃん?」

「香西かおるが大好きなのよ」

「誰それ?」

 しばらくすると、キキキッと、黒色のロールスロイスがタイヤをうならせながらやって来て美里の行く手を遮るように停まった。車は、しんと光っていた。

 すぐにドアが開いて運転手の白髪の老人が「美里お嬢様、どこにいらっしゃったんですか?!お父上がお待ちですよ。はやくお乗りください」と丁重に言って美里の近くに歩き寄った。

「あ、英さん。ごくろう様」美里はとても魅力的な表情で高級車に乗り込んだ。バタン!と重い金属ドアがゆっくりと閉まった。

 例によって金に弱い螢は、

「うあっ、すごい高い車じゃんよっ」と興奮して頬を赤くして、瞳をきらきらさせて呟いた。

「そうねっ。高級な車ね。たしかメルセデス…じゃなくてリンカーン…?キャデラック?ランボルギニー・ポルシェ?」

 螢は笑って「違うってば由香ちゃん。ほらっ、よくバット・マンに登場するやつよ」

「…あぁ。またアニメーションの話?」

「違うよ、T・バートンの映画のやつだよ。主人公のバット・マンが乗ってさぁ…」

「”バット・マン・カー”とあの車のどこが似てるっていうのっ?!色が黒いだけじゃないのっ。馬鹿じゃないの!?」

 有紀はそんな二人に「あの車はロールス・ロイスっていう外国の高級車よ」と素直に教えた。そして三人は走り去るロールス・ロイスを茫然と見送ってから、

「…あの子、お金持ちだったのね」

 とポツリとつぶやいてしまっていた。



  螢たち三人は喫茶店「ムーン・ライト」にいて、飲み物を飲みながらパフェをパクついていた。飲み物は、いつものように螢がコーラで由香がサンキスト・オレンジで有紀がカフェ・オレだ。パフェはチョコと苺とチェリー…。

「しかしさぁ。あの美里ちゃんって子、すごいわねぇ。羨ましいわ」

 金に弱い螢は瞳をきらきらさせていった。

「まぁね。あの車は、ね」

「ーなに?どういう意味っしょ?由香ちゃん」

「もしかしたら、あの車…レンタル自動車かもしんないじゃん。あの子が見栄を張るためにさぁ…」

「馬鹿じゃないの。召使のしらがのおじいさん運転手がいたっしょ!」

「…あれはきっと売れない俳優かなんかよ。劇団きっかり座とかのさぁ…」

「馬鹿じゃないの?その劇団って児童劇団じゃんよ」

「………あ、そう?なんであんた知ってんの?!アニメや漫画以外であんたが詳しいことあるなんて珍しいわね」

 螢はニヤリと笑って「まあ、ね。だってあの劇団きっかり座はさぁ、あの私の大好きなアニメ「セーラー・ムフーン」の実物版2・5次元ミュージカルをった劇団だもん!」と熱心にいった。

「……また、アニメか」由香は呆れた。

 今までだまっていた有紀がいった。「あの…ね。あの車はレンタルじゃないわよ。だって、ナンバーが緑じゃなかったでしょ?」

「あぁ。そういえば」

 ふたりは意味不明のまま頷いた。そして再び金の話へ…。まず由香から、

「あの子が金持ちだと仮定してよっ。住んでるのはやっぱ、田園調布かなぁ?」

「じゃないの?高級住宅街に住んで。BMWとかポルシェとかボンド・カーとか乗り回してんのよ、きっと…」

「ボンド・カー?…あぁ。またアニメ?……まぁ、それはいいとして……あの子、まだ免許もってないんじゃないの?」

「あぁ、そうか!じゃあ、お美味しい「お肉」とか「お魚」とか果物とかお菓子とか野菜なんかを毎日パクついてさぁ。高い宝石とか服なんかにかこまれてさぁ…靴なんてイメルダ・マルコスくらいもってたりしてさぁ。…いいなあ」

「ちょっとマンガ・チックな考えみたいだけど…そうね。羨ましいわ」

 有紀は素直に「…あの、おふたりとも。この前いったように、その考えは拝金主義であってね…」という教えを長々と語った。例のふたり組はその「教え」を聞いているうちに、ぐっすりと眠り込んでしまった。

 さすがに低レベルな二人だ。有紀はただただ呆れた。


  黄江美里の自宅は豪邸と呼ぶにふさわしい程の大きさだった。洋風の館に広い庭、赤い屋根にモミの木、日本的な錦鯉の泳ぐ大きな池、三分の一サイズの六重の塔…。

 黄江邸のだだっ広い応接室には制服姿のままの美里と父親の健三郎がいた。六十二才の小太りのいかにも成金風のガウンを着た男が美里の父親の黄江健三郎だ。

「美里、いままでどこにいってたのだ?!親に心配をかけるんじゃない。…もう母さんは十年前に死んでしまっている訳だから…女の悩みとか話せる相手がいなくて淋しいのはわかるがな」

「別に、女の悩みなんてないよ」

「……じゃあ、まだなのか?」

「いや、まさか。小6ん時かな」

「なに?!小6でもう男と…」

 美里はうぶな少女のように頬を赤くして首を振って、「ち、違うよ!男と…だなんて!!……キスもまだなのにさぁ…まぁ別にいいけど」

 健三郎はまた鉄仮面のような顔をして、

「…まぁ、私が一代で築き上げた黄江建設株式会社の社長の座を私からバトン・タッチできる「息子」は残念ながら存在しない。私にはひとり娘のお前しか頼れる人間はおらんのだ。なぁ、美里。社長になりたいだろう?」と尋ねた。

 美里はウザイ気味に頭をかいてから、

「別に、なりたくないね。社長だなんて。それにさぁ、世襲なんていうのは私は反対だね。…会社内に優秀な人材がいるかも知れないのに、それを無視して血族にポストを提供するなんてさぁ…会社のダイナミズムを奪うだけだねっ!…会社は個人の私有物じゃなくて、社員皆のものなんだよ。チャンスは平等に与える……それが社会のルールってものさ」

 と、あたり前のように答えて、前髪をささっとかきあげて、男の子のように微笑んだ。「そんな能書きはいいから…私のいう通りにするんだな!まぁ…女のお前には社長職はムリかもしれぬ。だから、すぐに婿養子でもとれ!そのダンナに社長ポストを与えてやってもいいだろう。一流大学卒の男なら誰でもいい。私の決めた見合い相手とすぐに結婚するんだ」

「な、な、何いってんだよ!私はまだ高一なんだよ、結婚なんて早すぎるよ!ヤンキー娘じゃあるまいし…。学校だってあるしさぁ」美里は慌てた様子から続けて、「それに、女のお前にはムリ!っていうのは偏見じゃないの?!女性蔑視っ!性差別ってもんだよ。男尊女卑なんてのはアナクロニズム(時代錯誤)だねっ」と声を荒げた。

「うるさいっ!とにかくゆうことをきけ!!」

 しばらくの沈黙の後、父はくどくど続けた。「…お前はもうすこし女らしくした方がいい。言葉づかいも、服装も!」

「どういうのが女らしいってなんのさ?どんな言葉づかいが女らしいってのさぁ?どういう服が女らしいってなんのさぁ?」

「欧米のエスタブリッシュメントのお嬢様のようにだ!」

「…あたしは外人じゃないんだけどさぁ」

「……じゃあ、ロイヤル・ファミリーの雅奈子さまのようにだ!しとやかな服、丁重な言葉づかい、マナー、社交ダンス、ピアノ…」

「なにそれ?」

「女は黙って男のいうことをきいてればいいんだ!」

 美里は父親の怒りにしばし言葉を失った。そして、冷静な顔で、

「…おやじは明治時代の男みたいだねぇ。女は黙っていうことをきけ!男の三歩ぐらい後ろを黙って歩けっ…てさぁ」

「おやじ…じゃなく「お父様」と呼べ!」

「…あのさぁ…おやじには悪いけど……あたしは見合いなんてしないよ。結婚はするかも知れないけど…それは恋愛結婚な訳さぁ。でも…それまでは自由でいたいね。こんなところに縛られてるのはゴメンだね。成金の一人娘としての存在で埋もれたくないよ。夢を、自分自身の夢を叶えたいんだよ。まだ、なにをしていいか見つかんないけどさぁ。…歳をとってから「あぁ、すればよかった」なんて後悔したくない。目標に向かって突っ走り成功をつかむ!そんなサバイバーになりたいね。そのためには努力しなくちゃならないし、自由がなくちゃね。今、家庭にしばられる訳にはいかないんだよ。…わが道を行く…まさに至言だね」

 美里は、その胸に秘めた思いを熱っぽく語った。健三郎は、しばらく自信に満ちあふれた娘の顔をジッとみた。そして、

「まぁ、夢を持つのは別にかまわん。いずれ挫折やもっと困難なことに直面して諦めるものだから。ただ、お前ぐらいの年になってまだ乙女チックな夢…シンデレラ・コンプレックス的な夢を語っているのは問題だ!」父親は怒りにまかせていった。

「とにかく、私のいう通りにしていればいいんだ!お前は女なのだから…」

「……女だから?」

 美里はショックめいた言葉を呟くしかなかった。女だから…女性だから…ダメ?


  美里は部屋は螢のような乙女チックなものではない。由香のような何もない部屋でもない。有紀の部屋のような知的空間でもない。

 何となくヨーロッパの金持ちの部屋みたいな雰囲気だ。ただ、異質なのは壁に張られた演歌歌手のポスターだ。香西かおるや美空ひはりなどだが、これは個人の趣味なのであまり関係ない。

 美里は重い足取り出歩いてきて、ベットに倒れこんだ。彼女はちょっぴり悲しい気持ちになっていた。彼女の胸はひどい衝撃と苦い現実に押し潰されそうだった。

「あぁ…男に生まれりゃよかったよ」

 フト、叶わぬ願いを呟き、美里は寂しい気持ちのまま瞳をそっと閉じた…。


「あ、由香ちゃん!おはよう」

「あら、珍しいわね螢。あんたが寝坊しないで登校するなんてさぁ」

「そういう由香ちゃんだってさぁ。こんなに早く。まだ八時二十分だよっ。まるで老人のように早起きじゃんよ」

「早起きは三文の得ってね」

「……なにそれっ?サイモンって中年のロック歌手の?」(サイモン&ガーファンクルのこと)

「三文!朝早く起きれば三文っていう昔のお金を拾っちゃう(違う!)っていうことわざよ!!」

「なんでさぁ?タイム・スリップでもするって訳?三文で缶ジュースとか買えんの?」

「知らないわよっ!」

 ふたりは通学路を悠然と歩いていた。もう八時二十分だというのにである。

 校門が強制的に閉められるのは八時三十分なのでもう間にあわない距離だ。

「それよりさぁ。TVアニメの”カード・キャプターざくろ”と“エヴァンゲリオム完結編”見た?最終回っ、よかったっしょ?」

「知らないわよ、アニメなんて!じゃあさぁ、東京美術館で今度、ルーブル美術館の絵の展覧会があんだけど、知ってる?」

「マーブルってチョコレートじゃんよ」

「ルーブルっ!!馬鹿じゃないの」

 ふたりは呑気に並んで歩いていた。そして、フト、立ち止まった。

「あら、あの子、ミサトちゃんじゃないのよっ。あのデカイのは間違いないわよ」

 と螢たちは思わず声を出した。遠くの交差点を横切っている制服姿の黄江美里を発見したからだ。彼女は孤独に、しかし堂々と歩いていた。狼のように気高く虚勢をはって…。「どこにいくんだろう?またケンカかなぁ?」

「かもね、殴り込みとかさぁ。……ところで、デカイって彼女のどこが?背丈?」由香は螢にきいた。

「そりゃあさぁ、胸じゃないの!ほらっ、ホルスタインみたいにさぁ…」

「馬鹿じゃないのっ!そんなに大きくないじゃないの。それに乳牛とくらべてどうしようっていうのさ。まぁ、あんたみたいにペッちゃんこな胸してりゃあさぁ……どんな女の子〃を見たって、大きな胸ね、って思うんだろうけどさ」

「ひ、ひとのこといえる訳!このペチャパイっ!!」

 螢は思わず由香にエンズイギリをくらわした。



   美里の通う「緑川高等学校」は青山町学園とはそんなに遠い訳ではない。そして緑川高校は金持ち学校でもなく、女子校でもない。平凡な高校である。

 緑川高校の制服は女子が茶色のセーラ服で男子が紺の学生服だが、そんなことはどうでもいい。

  美里は一年B組の教室でも孤独であった。同級生たちは遠巻きに彼女の悪口を囁いていたが、美里は無視した。でも、その瞳は、悲しげで、涙こそ流さないがすぐにこわれそうなはかないものだった。

 彼女はフト、校舎の窓から外を眺めた。

「…なんで人間ってさぁ。あんなに悪口が好きなんだろう?…私って…これからどうなるんだろう?」

 美里はひどく落ち込んだまま心の中で呟いた。彼女は地平線の向こうを見つめるような、風に飛ばされそうなはかない目をした。誰もがいままでみたことのないくらい、ゾッとするような凍った表情だった。

「……」美里はただ不安になって、気が遠くなりそうな長い間、一歩も動けずに立ち尽くしていた。


  午後だ。緑川高校では平凡な学校らしく部活動に力をいれている。部活で今人気なのはサッカーだ。バスケやテニスも人気がある。卓球も昔よりは部員が増えた。

 まぁ、学生たちの部活の話しをしていても仕方ないので、話を黄江美里に戻そう。

 美里は女子更衣室で空手着に着替えて、白帯をキュッと締めた。黒帯ではないのは、たんに最近カラテ部に入部したからで、彼女はストリート・ファイトで慣らした訳だから喧嘩は弱くない。

「よし、気合いいれていこう!」

 美里は眉をキッとしてそう自分に喝を入れると、空拳を一撃してからスキップするように更衣室を後にした。

 美里は校庭へ出て、青草の茂るような場所へと素足のままで踊るように駆けつけた。もう空手部員の男の子たちは練習をしていた。突き、の連発だ。押呼っ…という声が猛々しい。ちなみに女性部員は黄江美里ただひとりだ。ー最近では、女の子もよく空手を習ったりしているはずなのに、緑川高ではそうしたムーブメントは起きていない。

 汗くさい、疲れる、カッコ悪い、もてない、などというネガティブな印象や思考が働くからかもしれない。確かに、格闘技よりもテニスやバスケットなどの方がスマートだし魅力的にみえる。まぁ、スポーツをして「強靭な肉体と強い精神力」を身につければいいし、「終りよければすべてよし」な訳だから、別になんのスポーツでもいいだろう。

 ただ、Jリーグが流行っていたからサッカーをやる、伊達公子が活躍していたからテニスをする、野茂が活躍しているから野球をする…というのはひたすら流行りとルックスとスタイルだけを追う日本人らしい…とも言える。つまり、よりかかりだ。こうした人々は、キムタクだかが卓球を始めたら、同じように卓球を始めるに違いない……。

「押呼っ!先輩方、遅れてすいません」

 美里が頭をさげると空手部員の男の子たちは、いいんだよ美里ちゃん、と素直に少し恥ずかしそうにいった。ナーバスな人達だ。女の子の手を握ったこともないシャイな人達だ。「やあ。美里ちゃん、今日も気合いはいってるね」

 緑川高の空手部のキャプテン、三年生の宮木武蔵が笑顔で声をかけてきた。(たけぞう…じゃない。ムサシだ!)この男の子はけっこうイケメンで筋肉質なスポーツマン・タイプだ。プーチン風…とでもいえばいいのか。ただ、プーチンみたいに禿げてはいない。

 格闘家にありがちな男の魅力が漂っている。

 宮木先輩…。美里は宮木武蔵と目があって、思わず頬を赤くした。恥ずかしかった。…美里は、宮木先輩のことが好きだったのだ。

 でも、それは片思いだし、告白した訳でもない…いや恥ずかしいくって出来ない。恋というより憧れに近い。恋に恋するセンチメンタル・ガール…じゃないけど美里はやっぱりウブなのだ。

「…宮木先輩…かっこいいなぁ。私のさぁ…恋人とかになってくれたらなぁ……。無理かなぁ?やっぱり男のひとって女の子らしい方が好きなんだろうしなぁ。でも…なぁ」

 美里は遠くの方で黙々と練習している宮木先輩の姿を恥ずかしそうに頬を赤くして、ぽーっとしながら独り言を呟いていつまでも見つめていた。いつまでも…いつまでも…練習もしないで。

   午後の下校路には、純粋な恋愛小説とは無縁の青沢螢と赤井由香、純文学にだけ登場するような黒野有紀の三人がいた。そして、仲よく並んで歩いていた。ほんわりとした天気だった。すべてを包みこむような。いい天気だ。

「あははは…やっぱりっしょ?だと思ったんよ」

「何がやっぱりっしょ…なの?まだ何も話してないわよ。何だとその足りない頭で思ったの?」

「……もおっ。ドラマとか(の脚本)でよくあるじゃんよ。説明をはぶいていきなり台詞からはいるっ…あのパターンよ。…それぐらいアドリブきかせてよね、由香ちゃん」

「……わかったわよ。…でしょ?だから言ったのよ。由香ちゃんのいった通りでしょ?」「何をいったんだっけ?」

「馬鹿じゃないの?!……じゃあ、あれ知ってる?」

「知らないっしょ。」

「まだ何もいってないでしょっ!!……あ、こらっ。無視してスタスタ歩いていかないでよ。おいてかないでよぉ」

 螢は由香と有紀をほおっておいて元気いっぱい駆け出した。そして満点の笑顔で、

「さぁ、ビックリ・エコーに直行よ!」

 と叫んだ。すかさず由香が、「ぜったい嫌よ。あんたの歌きくと耳がクラッシュ(衝突)……じゃなくて…何?有紀ちゃん。病気って?」

 有紀はオドオドと「シック(病気)…英国ではアイル。………でも、由香ちゃん…螢ちゃんに失礼よ」

 由香は有紀の言葉を無視して「あんたの歌きいてると、耳がシックになって、めまいがして、幻覚をみちゃったりすんのよ!…キリストとかアインシュタインの声とか聞こえたりすんのよっ」

 螢は後ろを向きながら「いいっしょ、由香ちゃん!どっかの新興宗教の教祖みたいに本でもだせばいいっしょ!!そうすりゃあ、信者もお金もがっぽり集まるっしょっ?!あはは…」 と明るく笑った。しかし、こういう人間のほうが新興宗教などに騙されやすい。物事を深く考えて積極的に活動しない、頭を使わない…こうした人間はすぐに入信したりする。そして、韓国とかで合同結婚式をあげたりする。教祖のいう通りに行動し、考えずに、行動する。楽な生き方であり、無意味な生き方である。

 オーム!オーム!”信じよ、信じよ!、信じよ!””一九九九年七の月に人類滅亡”…甚だコミカルだ。

 ドジな螢は、よくよそ見をしてどこかへ頭をぶつける。カカトをぶつける。足の小指をぶつける。顔面をぶつけたこともある。

 そして、今回もいつものようによそ見をして誰かに衝突これがクラッシュした。そして、か細い螢は弾かれてよろっと尻餅をついた。ーあ、いてて…。「ご、ゴメンなさい!」と謝りの言葉を発して立ち上がって顔を向けた螢は驚いた顔をした。

「あ…マズい。…最悪じゃんよぉ。」

「……ほ…螢ってば…ドジね。殺されちゃうわよ…」

「…ほ…螢ちゃん」

 三人は恐怖めいた声を微かに出した。そして、ぶつかった人物とその仲間を恐る恐る見つめた。その人物は、残念ながら神保先生ではない。神保ならば生徒を殴りこそすれ、殺しはしない。「死なない」だけマシなのだ。

 その人物達は殺気だった不良娘達だ。ヤンキーというよりは盗賊一味、恐喝一味、ギャング団、マフィア一味(女だからマフィアのまわし女か?)…といったような凶暴な女の子達だ。

「おい、このガキっ!痛いじゃねぇか!!骨でも折れたらどうしてくれんだ」

 不良娘の”金髪”が怒鳴った。…骨が折れたから医者代よこせ!といわないのでヤクザではないらしい。チンピラではあるかも…。

「このガキっ!それに後ろのダチ公!…オトシマエつけてもらおうじゃねぇか!!」

 リーダーらしい”銀髪”がそういって恐喝を始めた。三人はあっという間にいく手を阻まれて周囲を取り囲まれた。

「…あのっ……お財布を忘れてお金は……その…」

 と恐怖で身を小刻みに震わせながら由香はつぶやいた。

「…そうです。えぇ…まぁ。ローンで…いいなら…」と同じく螢。

「やめて下さい!螢ちゃんはちゃんと謝ったじゃないですか。暴力ではなにも解決しないわ」

 怖そうな様子をみせてはいけない、と有紀は自分にいいきかせた。ーしかし、やっぱり怖い。

「金は後でごっそり頂くよ。…おまえ達を殴り倒して血ダルマにしてからねぇ。楽しみだねぇ。あたいたちは赤い流血をあびると興奮するたちだからね」

 とリーダーの”銀髪”はサディスティックに笑った。な、な?!殺される!

「男とやるよりオーガニズムを感じるね」

 不良娘たちがじわじわと近寄ってくると、螢たちは足がすくんで顔から血の気が引いていくのを痛いほど感じた。

 あぁ、誰か、誰か助けて…。

 ーと、次の瞬間、

 ブシュッ!

 ”銀髪”の右肩に、疾風のように素早く飛んできた風車が突き刺さった。赤い風車…。まさか水戸黄門の”風車の弥七”?!まさか!

「い、いてぇ!誰だ?!」

 ”銀髪”と仲間達は背後をふりむいた。そして螢たちもその方向へ目を向けた。

「おい、お前らっ。その子達に指一本でも触れてみろ…このあたしがタダじゃおかないよ」 不良娘達の背後の路上に仁王立ちしていた美里がそう叫んで。フン、と鼻を鳴らした。そして、

「お前らみたいなクズどもなんて一人一人相手にするのはかったるいからさぁ…まとめてかかってきなっ!!」

 黄江美里はそう啖かを切った。

「…でたぁ。正義の味方…美里ちゃん!!」

 螢と由香は自分達の立場を忘れて喚声をあげた。有紀は息を飲んで美里を見つめていた。…ひとりを倒すのも大変なのに…こんな大勢を一片に相手にするなんて…無謀だわ。

「てめえは、緑川高の黄江っ!…なめるな!」

「このぉ!…死ね!!」

 不良娘達はナイフや金属棒を構えて彼女に襲い掛かった。チェーンをふりまわす音も聞こえる。…バキッ!ドスッ!ドガッ!!ガツッ!!

 鈍い音とともに不良たちは殴り倒されてドドッと路上に転がった。

 ヤクザ映画などでは主人公がカッコつけて横たわる人間の腹を蹴ったりする場面だが、それはやってはならない。内臓が破裂したりして死ぬケースが多いからだ。殺したらそれはもう喧嘩ではなく、単なる”殺人”である。

 うあっ、見物していた螢たちは喚声と拍手で彼女をほめたたえた。彼女は少し微笑した。 しかし美里はそのまま後ろを向いて歩き去ろうとした。あまりこういうのは好きじゃない。美里はシャイなのだ。

「あ。ま、まって。美里ちゃん」

 そんな美里を、有紀が優しいお母さんのように呼び止めた。


  夕方のオレンジ色と寂しい空気がたちこめて草の匂いがした。

 美里と螢たち三人はほんわりとしたまま、川沿いの土手の低い草原の頂きに座って、地平線のはるか向うの夕焼けを眺めていた。午後…いや夕方の川沿いの草原はなんとも幻想的で、目の前の人生の恐怖や挫折・大きな大きな壁などを少なからず忘れさせてくれる。どこまでもオレンジの空。低く飛ぶ烏や鳥。これがほんらいの平凡な日本的夕暮れだ。

「あたしはさぁ……黄江美里っていうんだ。あ!でもなんか知ってるみたいだねぇ」

 美里はまぶしそうな目でいった。

「うん」と三人はうなずく。

「私は赤井由香ちゃんよ。青山町学園の一年生で、学年でトップで…」

「嘘いってもしょうがないっしょ?!由香ちゃんがトップなのは美術だけっ!学年トップは有紀ちゃんでしょ!!……あ、そうそう。あたしは螢。青沢螢ちゃんよ。よろしくっ。ただ今ボーイフレンド募集中でっ、ビル…」

「ーそんなことまでいわなくていいのよ!…えぇと。こっちのおさげの子が黒野有紀ちゃんね。まぁ、知ってるかしらね?」

 それからすぐに、美里は、

「うん。知ってるよ。…そうかぁ、ホタルちゃんに床ちゃんか、とってもいい名前だね。昆虫とフローリング…の名称だもんね」

 といって、とても満足な、それでいて少し寂しそうな表情をした。そして続けた。

「…私はこの近くの緑川高校の一年だよ。だからタメ(同年代)だね。親は父親がひとりいるんだけど……この父親っていうのが頑固な成金でさぁ……嫌んなるよ。なんでも金で解決できるって思っててさぁ…私のことだって人形みたいにしか考えてないんだ。結婚させて次期社長かなんかを連れてくるためのお人形って所かなぁ。はっきりいって自由ってもんがないね。息苦しくってさぁ…まいっちゃうわけさぁ」

 美里はフイに黙り込み、信じられない程の暗い顔でいった。「…ごめんよ。こんな話してさぁ。…でも、こんなことでもないとさぁ。…自分のことを話せないからさぁ。なんたって…友達なんてひとりもいないんだから…」

 彼女は寂しい瞳のまま夕焼けに目を移した。涙が目を刺激したがまばたきしてなんとか堪えた。あれ、おかしいな?私…どうしたの?まるで酔っぱらったみたいに…。

「あのねぇ、美里ちゃん。私たちでよかったら、お友達になってあげてもいいわよ」

 三人は限りない優しさに満ちた微笑みでいった。美里は少し驚いてから、にこりと微笑んで尋ねた。「ほ、本当かい?…私のこと怖くないの?」

「全然」

「ほ、本当かい?…あたしと本当に友達になってくれるのかい?!」

「えぇ。もちっしょ!」

「もちろん、でしょ!!その北海道訛りっなんとか直すか北海道にでも移住するかどっちかにしてよね!螢」

「いやっしょ!」

「…まあまあ、お二人とも。……あの、美里ちゃん、私たちでよろしかったらお友達になりますわ」

 美里と三人の間に、真実の友情、きらきらした絆がもたれた瞬間のようにも見えた。いや、きっと絆がガッチリと結ばれたのだ。…そうに違いない!


  美里は螢たち三人を自宅に案内した。和洋折衷のあの成金豪邸にである。

 部屋の中。リビングの中のきらきらと輝くシャンデリアや高そうな家具やペルシャ絨毯やグランド・ピアノなどに三人は目がクギづけになったように眺めた。

 例によって金に弱い螢はかなり興奮して顔を紅潮させて瞳をきらきらと…まるで一昔前の少女マンガの主人公のように輝かせた。ベルサイユなんとか…みたいに。

「あ、お菓子でも食べるかい?」

 美里の言葉にすぐ反応して、「もちろん!」とふたりは元気に明るくいった。当然、有紀ちゃんは遠慮したという訳だったが、別に彼女だって「お菓子」が嫌いな訳ではない。やっぱり女の子な訳だから甘いものは好きなほうだ…。

 美里は「あ、英さん。あのフランスのお菓子あったでしょ?あれ、持ってきてくれる?それと紅茶もお願いね」と白髪の老人に愛嬌たっぷりにお願いした。

 しばらくして、黄江健三郎がムッツリとした岩のような顔のまま歩いてきた。そして、「そのひとたちは?」

 と冷たい口調で尋ねた。美里は、自分の友達であること、食事でも御馳走したいと思っていること、などを告げた。

 しかし、螢たちの挨拶などを無視して、冷血漢の顔のまま「お前にしては、珍しく友達が出来たようだな。だが…みるからに出来の悪そうな娘たちじゃないか。こんな娘たちと付き合うのは止めるんだ!おまえにはこんな平民じゃなくて……もっと上流階級の人間こそふさわしい」

 と吐き捨てるように言った。

 螢と由香はムッとした。有紀はあまりの言葉に、驚愕して蒼ざめて黙りこんだ。

「ちょっと、おやじ!なんてこというんだ!!」

 美里は怒鳴った。

 健三郎は何も動じなかった。美里は父に近寄って、癇癪をすべて父に向けたが、健三郎の瞳は北極海より冷たかった。「うるさい、親に反論するなんて、十年はやいんだ」と怒鳴った。「わかったな?!その娘たちは追っ払え!」

 黄江健三郎はそのまま冷酷な表情のまま姿を消すように歩き去った。

「…このぉ。」美里は下唇を噛んだ。ああいう人間は美里にとって軽蔑こそすれ、尊敬できるものではない。もちろん同じ部屋て同じ空気をすっているのも嫌だ!


  ワイングラスを手にもち、健三郎は誰もいない書斎のチェアーに腰をおろしてニガ虫を噛んだような顔をした。

「まったく、あの娘は…」

 と、自分のコントロールのきかない娘にイラだった。グラスに赤っぽいフランス・ワインの液体を流し込み、口をつけた。健三郎はひどい嫌悪感に襲われて、眉をツリあげていた。

 オレンジ色の遠くの空に浮遊していたダビデはギッと窓からみえる健三郎の姿を睨んでいる。しかし、美里のおやじは魔物の存在には気付きもしなかった。

「あいつが次のターゲットか」

 ダビデは口元に冷酷な笑みを浮かべた。


  美里の豪邸から螢たちはトボトボと出てきた。玄関から歩いていった螢たちは溜め息を洩らした。それはひどいショック感があった。

「あ。あの……ごめんよ。螢ちゃん、由香ちゃん、有紀ちゃん」美里が申し訳なさそうにいった。「…あのオヤジがいったことは気にしないでよ。ーごめん!」

 有紀はゆっくりと優しく微笑んで、

「いいのよ、美里ちゃん。気にしてないから」

 螢たちも「そうそう、気にしてないってばっ」

 と笑った。ーそして、

「私たちっ、親友っしょ?」

「親友でしょう?……じゃないの?あんた(螢)ぜったい北海道に移り住んだ方がいいわね。牧場で馬や羊の餌になる藁とか運んで、ボーイズ・ビー・アンビシャス!とか一人でさけんでりゃいいのよ」

 フト、美里は三人の笑顔をジッと覗き込んだ。そして、魅力的な笑みを浮かべて、

「もちろん。私たちは親友だねっ」

 といった。


  早朝。もうあっという間に時計の針は六時四十六分を差している。美里は早々と家から出て駆け出した。今日はカラテ部の「朝練」の日だ。…

 バタン!黄江健三郎は黒の空陸両用のホバーリング・バギーに乗り込んだ。ゆっくりゆっくりとバギーは、彼の自慢の会社「黄江建設株式会社」へ向けて動き出した。そして、彼はまだ、自分がこれからどんな危険な目にあうのか…考えてもいなかった。

「あっ。」

 美里は街路道の角をまがった所で、可愛らしい声をだした。彼女は、偶然にも、憧れの先輩「宮木武蔵」とバッタリ出会ってしまったのだ。…宮木先輩…。美里は恥ずかしくなって頬を真っ赤にして黙りこんだ。

 




「あぁ…ん、だめよっ。私たちっ、まだ十六なのよ。でも…キスくらいなら…っ。ああっ、ダメダメ!それ以上は……ダメよ」

 別にポルノ小説にかわった訳ではない。これは、青沢螢の寝言である。

”お馬鹿さん”の部屋の早朝。

 寝言をイビキ混じりに呟きながら、パジャマ姿の螢はベットで寝返りをうった。そして、「あいたたっ」

 とつぶされた妖精セーラがちいさな可愛らしい声をあげた。しばらくして、

”妖精の直感”がまたまた動いた。セーラは異様な殺気に気付いて眉をひそめた。

「ほ、螢ちゃん、螢ちゃん!起きて!起きてよっ!!」

 しかし、夢見心地でこっくりこっくりと眠りまくっている螢はなかなか起きなかった。 セーラはイライラと「なによっ。もぉ…。螢ちゃんなんてっ、馬に蹴られて死んじゃえ!……といっても馬なんて近所にいないからー」と叫んで、続けて「じゃあ、このセーラちゃんに蹴られて死……起きなさい」と螢の顔面に回し蹴りをくらわした。何度も何度も。 そして、鈍い螢はやっと目を覚ました。寝ぼけ気味に「な…な、なによっ、セーラ。まさかあんたオネショでもしたのっ?」

 妖精は真っ赤になって「馬鹿じゃないの?!…私は幼児じゃないのよっ!」と怒鳴った。「誰もつま楊枝なんていってないっしょ?」

「バカ!………あ!そうだわ。螢ちゃん、敵よ!!敵が現れたようよっ!だからお札だして闘うのよ。由香ちゃんと有紀ちゃんは私がテレポートして連れてくるから…」

「テレポークっててれ焼きの豚肉のこと?」

「お馬鹿ーっ!いいからさっさと着替えていくのよ!」妖精は思わず怒鳴った。


 バギーはゴミゴミした人通りのない住宅街の上空をさっそうと飛んでいた。そして、健三郎は安心気にもなっていた。平凡な風景と朝の雰囲気…。と、その時、

 キキキキ…ッ!

 突然、バギーの前にダビデが立ち塞がり、バギーは急ブレーキを踏んで道の地上へガガガツと停まった。「なにごとだっ?!」

「…ダンナ様。急に男が飛び出してきたんです!」

 運転手の英さんは慌てつつ答えた。

 次の瞬間、

 ダビデの右手から放たれた光矢がバギーぶちあたり、ガシャアア…ン!と窓ガラスやボンネットが砕け散った。強靭な体躯をしたダビデはなおも光矢を放つ。

「うあっ!」

 健三郎と英さんは間一髪、バギーから飛び逃げて無事だった。バギーが大爆発をおこす。「だんな様、お逃げください!」

 迫るダビデに抵抗する英さんだったが、あっという間に殴り倒されてしまった。そして、健三郎は顔面を凍らせた。あの残酷なダビデが遅いかかってきたからだ。

「うああぁ…っ!」

 健三郎の悲鳴を耳にした美里と宮木先輩は、ハッとして、声のした方向へ駆け出した。そして、ダビデに首を締め付けられて吊されている黄江健三郎の姿を目撃した。

「お、おやじ!」

 ダビデは左手を健三郎の胸元に当てた。が、彼は輝石の持ち主ではなかった。ちいっ!この醜い禿げの成金豚め!殺してやる!!

 魔物は眉をつりあげて、首根っこを力強く締め付け始めた。「うぐぐ…」このままでは、おやじが殺される!

「このっ、放せ!」美里は必死の形相でダビデに何度も蹴りやパンチをくらわしたが、まったくダメージを与えることは出来なかった。ダビデは余裕の笑みを浮かべて、

「邪魔だ、この蠅っ」と彼女を威嚇するように睨んで、力強く殴り倒した。

「うぁっ」美里は地面に叩き付けられたが、すぐに攻撃を再開した。「このぉ、あたしをナメるんじゃないよ!」

「…この蠅め。うろちょろするな」

「この化け物!くらいなっ!」

「死ね!」

 ダビデは憤慨して、攻撃してくる美里を右足で蹴り飛ばした。そして、きゃあ、と地面に叩き付けられた彼女に向かって光矢を放った。次の瞬間、美里はよける間もなくなって、恐怖で身を凍らせて絶望的な眼をギュッと閉じた。

「うああぁっ!」

 しかし、光矢の直撃をうけて激痛に顔をゆがませたのは美里ではなかった。それは宮木先輩だった。先輩が自分の身をなげうって美里を守ったのだ。

「ーせ、先輩っ。宮木先輩っ!」

 美里はゆっくりとスローモーションのように倒れ込む宮木を抱き抱えて、涙声で叫んだ。「しっかりして、先輩っ!!」

「美里…ちゃん」宮木武蔵は、いつものように優しい顔をしていた。激痛で表情はゆがんでいたけど、その顔はきらきらと輝いてみえた。ー先輩っ!

「お待ちなさい!」

 伝説のマジックエンジェルの三人がやってきたのは、その後のことだった。螢と由香と有紀の三人はお札を出して、それぞれ決め台詞のタンカをきった。

「この、またでたな!伝説の戦士ども!!…アラカンの仇をうってやる!」

 ダビデは健三郎をゴミのように道路に投げ捨てると光矢を何度も放って攻撃してきた。「レインボー・アターック!」

「レッド・ハリケーン!」

「ブラック・スモーク!!」

 虹色の閃光と赤いハリケーンと黒豹が、猛速度で空間を走り抜けて、ダビデ目指して突き進んだ。しかし、三人の攻撃、赤いハリケーンも虹のアタックも黒煙もダビデにひらりと余裕でかわされてしまった。

「なによっ、またまたなの?…ちょっと、もう少しさぁ、正義の味方の私たちの立場を考えてほしいわねっ!訴えちゃうわよ!!」

「なにいってんの?由香ちゃん…いつから正義の味方になったってのっ?!正義の味方っていうのはヒロインの私……青沢螢ちゃんだけなのよ!由香ちゃんも有紀ちゃんもオマケみたいなもんでさぁ…」

「な、なんですってっ?!」

「………」由香と有紀は、螢の言葉に呆れてしばらく呆然と立ち尽くした。そして、やってらんない、っという顔で由香は、

「…じゃあ、正義の味方さん、ひとりで頑張ってよね」といって歩き去った。

「あっ!ちょ、ちょ、ちょっと!!由香ちゃん、待ってよ!」

 螢はあせりまくって由香の後ろ姿へ声をかけたが、あまり意味はなかった。でも、有紀ちゃんはじっとして立ち尽くしてたので螢はすがるような涙目で口元に笑みを浮かべて、「ゆ、有紀ちゃん。あなただけが頼りよ。…一緒に闘いましょうね?…ね?」

 けれども「……」と有紀は無表情のまま歩き去った。ゆっくりゆっくり…蟹のように。「…あ!あ?!有紀ちゃん!そんなっ、そんなっ、友情はどうなったってのさぁ」

 



「先輩っ、宮木先輩っ!」

 美里は荒い息をはきながら激痛に顔をゆがませていた宮木先輩を心配して声をかけた。「…み、美里ちゃん。怪我…は……ないかい?」

 宮木は無理に微笑した。

「せ、先輩…っ」

 妖精セーラは、美里の姿をみていてハッとした。彼女の全身から微かに黄色のオーラが立ち上がっているのを確認したからだ。もしかして…?!

「ちょっと、あの……誰だっけ?……あなたっ、そこのあなたっ!!」

 セーラは美里の方へ飛んで近付いて呼び止めた。

「…え?」美里は悲しみの表情のまま振り向いて呟くようにいった。「なんだい?」

 妖精は「あの、あなた」と続けようとしたが、美里がやっと妖精の存在に気付いて、

「うぁっ!なにっ、なにっ?オバケ?!」といったのでやめた。

「おばけですって?!……あのねぇ。もおつ」

「よ、妖怪が喋った?!」

「妖怪……じゃなくて、妖精ーっ!!」

 セーラは摩訶不思議な顔をしている美里に、熱心に「あなたに封印用のお札を渡すから勝手に受け取れば?!」と怒鳴った。

 妖精はもう一度、燐とした顔をして右手を頭上にのばして「ラマス、パパス…」と可憐な声で呪文をとなえた。カッ、次の瞬間、セーラの右手から光が放たれ、そしてお札が出現した。「…え?!」

「さぁ、これをもって!」と妖精はお札を無愛想に放り投げた。「ーな、なに?ゲゲゲの鬼太二郎とか銅魂とか呼ぶの?!」

「…ちがうわよ!螢ちゃんみたいなこといってないでっ、やりなさいっ!!」妖精は少し癇癪をおこした。そして、美里の耳元で”呪文”を囁いた。マジック・ワード。伝説の戦士としてお札をつかうための呪文。

「さあ、やって!」妖精は封印を欲した。

 美里は、

「わかったよ」

 と渋々いってペンダントを頭上に振り上げて、ボーイッシュな声で、「お札よ、魔物を封印せよ!」と燐として叫んだ。お札から黄色の閃光が四方八方に放たれ、しだいに彼女の身を包み込む。そして、黄色の光が消えると黄江美里は伝説の戦士へと「変貌」をとげた。

 セーラは、違うわよ、といってから彼女に「必殺技」を耳打ちした。そして、

「さあ、そのお札で、あの孤立無援の螢ちゃんを救けてちょうだい!!戦ってっ、あなた!」と声を高めた。

「あなたって……まるでお嫁さんみたいなことを…」

「いいからっ!!」

「……わかったよ。でも、先輩がさぁ…」

 彼女は泣きそうな顔で宮木のゆがむ顔を覗きみた。

「…彼のことは私にまかせて、いくのよ!」

「か、彼だって?!いつからあんた、先輩と!」

「いいから行け!!」

 妖精は怒鳴った。


 誰からも見放された螢は、ダビデの攻撃を必死に兎のようにピヨンピョンピヨンピョンと飛び跳ねてかわしていた。

「きゃあ!なによっ!!もおっ!!ーうあっ!」

「蠅め!バッタのように飛び跳ねおって!死ね、死ね、死ねーっ!!」ダビデは狂気の笑みを浮かべて光矢を両手から何度も放った。…蠅め!

 と同時に、

「待ちなっ、このうさんくさそうな野郎!先輩の仇を討ってやるよっ」

 美里のボーイッシュな声が響いた。

「なにっ?!」ダビデは彼女の方を振り向いた。

 美里は、「おい、お前。このあたしがお前に天罰をくらわしてやるよ!」といった。そして、同時に、「イエロー・ドラゴン!」とお札を前に突き出して叫んだ。グアァ…ッ!とお札から「黄色の龍」が飛びだして空中を泳ぐように疾風のスピードできらきらと飛び進む。そして、空間を走って、黄色の光りの龍はダビデにぶちあたった。

「うあぁっ!」

 直撃をうけて、ダビデは吹き飛ばされて地面に転がった。しかし、よろよろと起き上がった。「なんだ?!…くそったれめ」

「螢ちゃん、いまだよ!」美里は茫然と立ち尽くしている螢に熱心にいった。そして、身をひるがえしてすぐに倒れこんでいる先輩の所へ駆け出した。「封印するんだ!」

「そうよ、螢ちゃん!」

「螢っ、やれっ!!」

 いつの間にか由香と有紀が戻ってきていて、彼女に声を掛けた。「ヒロインなんでしょっ?」

「ーそ、そうよ。じゃあ、やっちゃうわっ」

 螢はそういうと眼を鋭く輝かせて、お札から”レインボー”の必殺技を放った。虹のアタックは戦慄して立ち尽くしていたダビデを直撃した。

「うああぁっ!」

 だが、次の瞬間、ダビデは重傷を負いながらも必死に逃げ出していた。

「……もぉ。また逃げられた」

 三人は立ち尽くして呟いた。


「タターナ・ラーマ…!」妖精は可愛らしい声で、必死に何度も呪文を唱えた。

 セーラの人差し指からはきらきらとした”癒しの風”が何度も吹いたが、宮木にはきかなかった。…なぜ?!

「せ、先輩っ!先輩…しっかりして!!」

 美里は大声で声をかけた。

「……美里ちゃん……無事…で……よかっ…た」

 宮木は激痛に顔をゆがませながらも、優しく微笑した。そして、その笑みはやがて凍りつき、すべてが動かなくなった。心臓も動いてはいなかった。もう二度と笑うことも、怒ることも、泣くことも、夢みることも……もう二度とないのた。なぜなら、彼はもう死んでしまったのだから……。

「…せ、先輩っ」

 涙が眼を刺激して美里は上を向いて堪えようとしたけれど無駄だった。瞳から涙がポロポロと溢れだし、彼女は宮木の身体をぎゅっと抱き締めて号泣した。

「……み、美里」

 地面にたたきつけられて気を失っていた健三郎がよろよろと起き上がって、そんな悲しい娘をみて、同情して、そう呟いていた。


  あれからもう数日が経過していた。螢たち三人は下校路をトボトボ歩きながら美里のことを話していた。それは、しんとした感傷だ。

 ーと、しばらくして、

「やぁ。螢ちゃん、由香ちゃん、有紀ちゃん!」

 と、背後から明るく呼び止める声がした。三人はふりかえった。

「ーみ、美里ちゃん!」

 美里は三人に答えるように「そう。美里ちゃんさ。ー元気してた?!」と微笑んだ。

「えぇ。まあ……でも美里ちゃん…もういいの?」

「あぁ」彼女は明るく笑った。「もう気にしてないっていったら嘘になるけど……いつまでも悲しんでたって何も変わらないからさぁ。だから、明るく生きようって決めたんだよ」「…そう。」

「あ!ところでさぁ。うちのオヤジが皆を家に招待したいっていうんだよ。そして、この前の失礼を謝りたいってさぁ。……どう?来てくれる?」

 三人は美里の問いに「もちろんよっ!」と元気一杯に答えていた。でも、次の瞬間、

「ちょっとヤバくない?食べ物とかに毒を入れられたりしてさぁ…」と皮肉屋の由香はやっぱり呟いていた。


 美里の(本当は健三郎の)豪邸の午後。あの冷血漢がニコニコと大喜びで螢たちを迎えた。そう…あの黄江健三郎が…である。

「…この前はすまなかったねぇ。失礼なことをいって……許してくれるかね?」

 健三郎の優しい口調に、三人は「もちろん」と答えていた。そして、三人と美里と健三郎は笑いあっていた。幸福の瞬間…だ。

 しばらくして……、

「ーあっ!螢っ、あんた何やってんの?!」

「シーッ、声が大きいわよ、由香ちゃん!!バレたらどうしてくれんのさぁ」

 螢は置いてある宝石やら何やらを万引きよろしくかっぱらいながら隣にきた由香に声を殺していった。

「ーなに?あんた、それっ…どうすんの?!」

「きまってんじゃん。質屋に売ってお金にすんのよぉ」

「あんたっ、それって犯罪じゃんよぉ」

「ーバレなきゃいいのよ」

「……まぁね。じゃあね私も…」

 ふたりはかっぱらいまくった。ほのぼのとしたムードが部屋中に広がり……どこが?


 しばらくしてから、螢たち四人は、美里の部屋へと足を踏み入れてイスに腰かけた。螢が、「ねえ、ねえ、やっぱりさぁ……美里ちゃんって女の子が好きなんでしょう?」

 と冗談めかしにきいた。

「じ、冗談でしょっ?!…あたしはレズじゃないよ」

 由香も「でもさぁ…なんか怪しいのよねっ。レズってさぁ…有紀ちゃんみたいなおとなしい女の子が好きなのよねぇ!?やっぱりさぁ」

 といって有紀の方へ顔をむけた。

「…あ、あの…その……」

 有紀は恥ずかしくなって下を向いた。

「そうさぁ!」美里は突然、開き直ったように明るくいった。そして続けて、「あたしはさぁ、有紀ちゃんが大好きなんだっ!」

 と情熱的にオーバー・アクションで叫んで有紀の両肩をバッと握って引き寄せた。

「あ!え……あ……あの…」有紀は何だか分からずに驚いて声を出した。”可愛らしくておとなしい文学美少女”の黒野有紀はそのあと、恥ずかしくってドキドキした。

 有紀の可愛らしい大きな大きなおとなしい瞳の奥も、ちいさなちいさなピュアな唇もドキドキと震えた。だって、美里がキスしようと唇を近付けてきたからだ。…え?!

「…あ……あぁ…」

 有紀はついうっとりとした顔をして、瞳を陶酔気味にゆっくりゆっくりと閉じていた。そして、可愛らしい可憐で純粋なピンク色の唇をそっと突き出していた。…美里の唇と有紀ちゃんの唇が触れてしまう。有紀ちゃんのファースト・キッス?しかも女の子と…。

 しかし、その次の瞬間、

「あははは…っ」

 という螢や由香、美里の馬鹿笑いが響いた。それに気付いて有紀は瞳をあけて、三人の笑い顔をジッとみた。

「あははは…。有紀ちゃんっ、まさかマジ(本気)でキスしようと思ったの?私と?」

「うーん、有紀ちゃんってさぁ、誰でもよかったって訳っしょ?例え相手が女の子でも」「でもファースト・キスだからさぁ…やっぱ男の子としたいわよね。でも…有紀ちゃんは特別だから…本とキスするとか、女の子とキスするとかの方があってるわね」

 三人は嫌味ではなくてカラカラと大笑いした。

「…な、なによっ。もおっ。馬鹿にしてーっ!」

 有紀ちゃんは恥ずかしさで頬を真っ赤にしながら怒鳴っていた。…………




VOL.2   決戦!頂上決戦!

       永遠のマジックエンジェル



 「そうだわ、皆!み…皆?!…こらっ、そこのお馬鹿さん!ほ、螢ちゃん!!寝るなーっ!」 妖精の怒りの声と由香のハリセン、美里と有紀の呆れ顔で彼女はやっと起きた。ここは螢の部屋である。「な…なによっ?せっかく夢んなかで海ちゃんと風ちゃん…」

 螢を無視して、妖精は情報を告げた。「魔界への入り口がやっとつかめたのよ!これで魔界を攻撃することも可能よ!」「どこなの?」「青森じゃない?恐山とか…」

「違うわ!ロシアよ!その首都のモスクワのどこかよっ!」

「どこか…って随分と雑な情報リークね。モスクワっていったって広いのよ」…皆は沈黙した。しかし、ナイーブ螢だけは明るく笑って、

「とにかく、行くっしょ!」といった。

 四人と一種は、おーっ、と声を上げてから緊張した。そして、ハリウッド映画のヒロインのように両手をがっしりと握りあった。それは、熱い友情のような胸の高まりであった。

 モスクワ。美里にぜんぶ旅費を払わせて、一行は空港にシャトルで下り立って、ロシア人たちの歩く商店街をオドオドと歩いていった。モスクワは幻想の冬で、真っ白な雪がしんしん降っていて、辺りは銀世界であった。殺風景な風景を銀色に染めていく。

 例のふたりは、

「あっ、ハロー!」と螢。「ロシアよ、ここ」と由香。

「ボンジュール」「フランスじゃなくて…」

「ニイハオ!」「…あのねえ」

「アニョハセヨ!」「ロシアっ!あのロシア人がキムなんとかにみえるっていうの?」

 有紀は優しく「ロシア語でこんにちは…は、ズトラーストウィよ。オーチンプリヤトーナ、ラート ワス ヴィーヂェッツイ。ミニャーザヴート ホタル・アオザワ…ね。」

「…???……じゃあ、ボーイフレンド募集中っ!ビルゲイツみたいなっ!…っていうのは?」 

有紀は呆れて、「…そんなことロシアの人にいってどうしようというのかしら?」といった。

「あははは…っ。じゃあ、プーチンやゴルビーみたいなってさぁ…」

由香は「あんた誰でもいいんじゃないのさ」と皮肉っぽくいった。ゴルビーとはゴルバチョフ…あの禿げた「過去の人」…だ。

「待って、皆!」妖精は四人を止めた。ボロい電気屋のショーウインドに日本製の超薄型有機ELホログラムテレビがある。そのテレビ画面にはニュースが流れていた。「みて!」

 その画面にはクレムリンの中で倒れている役人たちの姿があった。プーチンがタンカで運ばれていく。「プーチンが!!…そうか。もしかしたら…魔界の入り口は…」

 妖精と有紀と美里は画面を見続けながら緊張した。しかし螢は「あのぉ…プーチンって誰だっけ……?」と尋ねた。

 ので、由香が「バカね、プリンのことよ」と答えた。

 ふたりと一種はズッコケた。プーチンとはロシア・コロニー大統領、ウラジーミル・プーチン!薄い頭のオヤジのことだ。

「まぁ……とにかく!行こう、クレムリンにっ!」

 四人と一種は駆け出した。螢は「クレムリンって水かけると悪魔になるやつ?」といった。「それはスピルバーグの映画っ!」

 赤の広場。そして、クレムリンの入り口近く。門の前はヤジ馬でごったがえしている。憲兵達がそれをさえぎって仁王立ちしている。螢たちは群衆の中をかきわけて進んだ。

 しかし、すぐに憲兵達たちに行く手を阻まれた。「お願い、ここを通して!」

 憲兵は冷酷な表情のまま「ニェット!ニェット!」といって、なおも食いさがる螢をどん!と押し倒した。「いたっ!なによーっ、もおっ。」…このままじゃだめだ。

 帰りかけた美里と妖精は決心した。こうなりゃ強行突破だ!「いくよ、皆!」「え?」 美里はダッシュして憲兵達を殴り倒していった。妖精も「ファイヤー・ストーム」という魔法で憲兵たちを火傷させる。

 螢たちは茫然としてから、仕方ない、といって「お札で」大勢の憲兵たちを倒していった。エンジェルズたちはロシア人憲兵たちを殴り倒した。

”ピーッ”憲兵のひとりが仲間を呼ぶ。そして、螢たちは大勢の憲兵たちに取り囲まれた。「私にまかせて」セーラはそういって”スリーピング(眠り)”の魔法を唱えた。するとどうたろう?憲兵たちやヤジ馬らはゆっくりゆっくり…すやすやと赤ん坊のように眠りにおちてしまった。

「ヘェーッ、すごいじゃんセーラ」

「まあ、ね。……そんなことより行くわよ、皆っ」

 四人と一種はクレムリンの中へと消えた。


  薄暗い通路を駆けていく四人と一種。「どこかに空間のゆがみがあるはずよ!」「そこが魔界への入り口ねっ」「そうよっ!」

 有紀は大きなツアーリ風の扉の前でたちどまった。「皆、ここ!」

 美里が、怪しい気な妖気がもれている扉をあけると、バック・ドラフトのように黒い妖気が吹き荒れた。

「ここみたいだねぇ」美里は確信した。

 戦士達は部屋の中「空間のゆがみ」のなかへと向かって駆け出した。しかし、激しいスパークで弾き飛ばされてしまう。「きゃあっ!」

 しばらくすると暗い空間の入り口にダビデが現れた。そして彼は「きたな、戦士ども!」といった。

「ふんっ。くらいなさいっ!!レインボー…」

 螢がお札で攻撃しようとした時、ダビデが螢を掴まえた。ーうあっ!空宙に吊される螢。

「ほ、螢ちゃん!」

 ダビデが暴れる螢の胸元に手をあてると七色の光が八方に飛び散った。そして、彼の右手には輝く石が握られていた。「トゥインクル・ストーンだ!やった、ついにみつけたぞ」 螢は全身の力がぬけて「あぁ…」と小さくうなった。ダビデはそんなことなど気にせずに、螢をまるでゴミのように投げ飛ばした。

「ほ、螢ちゃん!螢ちゃーん!!」

 三人と妖精は、床に仰向けに倒れ、力なく全身を小刻みに震わせ、荒い息をはいて苦しむ瀕死の螢の元へ駆け寄った。「み…皆。…全身の…力が抜けるよ。…私……死んじゃうの……かな?そんなの…嫌だ…よ。まだ…やりたいことだっていっぱい…あるのに…」

「ほ、螢ちゃんっ、しっかりして!」

「……皆…愛してるよ…」

 螢は微かに笑顔を浮かべると、瞳を閉じてガクリとなった。

「ほ、螢ちゃんっ!」

 ダビデは高笑いしながら闇の中へ消えた。美里は螢の胸元に耳をあてた。「大丈夫だ……微かだけど、まだ生きてる!」

「…よ、よかった」由香と有紀と妖精セーラは少し安心したのと同時に、躊躇した。

「どうすりゃいいの?螢ちゃんをこのまま置いていく訳にはいかないし…」

「どこか安全な場所に運ばなくては…」妖精はそういってから、決心したように「螢ちゃんのことは私が一人で守るから……皆は行って!!」と強くいった。

「でも……」

 セーラはもう一度、強くいった。「行きなさい!そして敵を倒すのよ!!……こうしている間にも敵の侵略は始まってるの。じっとしている暇はないのよ!」

 残りの戦士たちはしばらく沈黙して、そして決心した。「わかったよ、セーラ、後はお願いするよ」戦士達三人は後ろ髪ひかれる思いのまま闇の中へと駆けていった。

「…ほ、螢」由香は足をとめて、フト、すがるようなしんと寂しい表情で振り返った。

 セーラは深くうなずいて、「気をつけて!由香ちゃん!!」といった。由香は「うん。あなたも…」といって闇の中へと駆けていった。それは、切ない瞬間だった。

 …伝説の戦士たちの最後の闘い!ファイナル・アングリフ!!

 妖精は頭の中に不安な微風が吹くのを感じた。三人の戦士たちは闘える?螢ちゃん抜きで?!…螢ちゃんは……そうだ!はやく”癒しの風”を……。はやくしないとダメじゃないの!「タターナ…」といって妖精は手をかざした。想像の中に戦士たちの未来がみえたが、それは心地よいものではなかった。………

 



  暗闇の中を駆け続けると、前方から亡霊たちが無数に飛んできて戦士達に襲いかかってきた。レッド・ハリケーン!イエロー・ドラゴン!ブラック・スモーク!!

…なんとか第一波をかわした。美里と有紀は亡霊たちをかわしつつ「由香ちゃん、あとは頼むよ!」といって駆け出した。「えぇ!気をつけて!!」

 ダビデはフィーロスと合流した。そして、強く抱き合った。一瞬の抱擁。口付け…。

「輝石が手にはいった!これで地上は我々のものだ!!」

「やったわね、ダビデ!」フィーロスはにこりといった。

 やがて美里と有紀がやってきて、美里が「その石は渡さないよ!」と叫んだ。次の瞬間、美里はイエロー・ドラゴンを放つ!光の龍は驚愕するほどの速さで空をきり、ダビデの胸にぶちあたった。「ぐうっ」そしてついにダビデは倒れ、血を噴出して床に転がった。ダビデを倒したのだ。

「そっちのも、くらいなっ!」

 間髪いれず、美里は立ち尽くすフィーロスに向かってダッシュして攻撃した。ーイエロー…!「危ない、美里ちゃん!」「死ね!」

 フィーロスは素早く光剣を放つ。美里はよける間もなく、恐怖で身を凍らせた。ーぐうっ…。しかし、光剣の直撃をうけて、激痛に顔をゆがませたのは美里ではなかった。それは有紀だった。彼女が、自分の身をなげうって美里を守ったのだ。

「…ゆ、有紀ちゃん!有紀ちゃーん!」

 有紀はゆっくりゆっくり床へと倒れ込んだ。美里は彼女に涙声で叫んだ。「しっかり!しっかりするんだ!!」有紀はいつものように優しい顔をしていた。激痛に顔をゆがませて、荒い息だったけど、いつものように可憐だった。

「……美里ち…ゃん……無事でよかった……私…螢ちゃんや…皆に…逢えて…よかった。…楽しかった……だって…いままで誰とも…お話でき…な…かったのよ。螢…ちゃん…たちが…いな…かったら…私」

 彼女は激痛に顔をゆがめながらも、優しく微笑した。美里は優しくいった。「…それは…私だって同じさ。…皆がいなかったら、あたしだってずっと一人のままだった…」

 有紀は静かに瞳を閉じて、動かなくなった。もう二度と、微笑むことも、夢みることもないのだ。美里は驚愕して、両目から涙をポロポロ流しながら立ち上がり、

「このーっ、有紀ちゃんの仇だ!」

 と、攻撃しようとするフィーロスに接近し「イエロー・ドラゴン」を放った。七色の閃光が四散する。しかし……相討ちだった。フィーロスは苦しみつつ床に倒れて生き絶えた。美里も数本の光剣を胸にうけて、ゆっくりと倒れ込んだ。

 ポタポタ…と血がしたたり落ちる。「ぐうう…」彼女は激痛で全身を震わせながら、コロリと床に転がった「輝石」を震える指先でなんとか手にとると、最後の力をふりしぼって後ろへ投げた。後ろへ…螢のいるところへ…。

 美里は痛みで顔をゆがませ荒い息を吐きながらも自分のちょうど右側に倒れて生き絶えている有紀のほうへ瞳をむけた。そして、震える指先で彼女を掴もうとした。しかし、もう力がはいらなかった。

「……有紀ちゃん……あぁ…もうダメだ…よ。…もう力…が……皆…友達に…なっ…て…くれて…ありがと…ね」

 彼女はそのまま動かなくなった。手が床に落ち、瞳の輝きもきえていった。…


  由香の攻守も限界にきていた。「もう、ダメよ!きりがないわ!!…このぉ」

”レッド・ハリケーン”を何十発放ってもいっこうに亡霊たちの数が減らない。かぞえきれない程襲ってくる。

「もうダメよ!」

 そしてついに、彼女はやられた!亡霊たちの持つ鋭い長剣に何度も刺されて、由香は血を吐いてガクリと膝からゆっくりと倒れた。

「…う……ううっ」苦しみもがき、荒い息で全身を震わせる。力が抜けていく。青白い顔…どんどん血の気がひいていく…。「く…くそっ……あたし…死ぬ…の?……そんな……螢…皆…ごめんね…」

 由香は瞳を閉じ、そして、二度と動かなくなった。……

 きらきらと輝石が「彗星」のように飛んでいって闇の中へと見えなくなった。…

 亡霊たちの群れが猛スピードで空を飛び、戦士たちの頭上を通り過ぎて出口へとむかった。…すべての”死”?すべての”終り”……?


 「癒しの風」は効かなかった。「あ!」妖精が振り向くと、亡霊たちの群れが「時空のゆがみ」から噴出して頭上や横をビュウゥッ!と通りぬけていった。「まさか皆が…?!」 セーラは愕然となった。そして彼女は、床に倒れている螢の顔をみた。…動かない。

「みんなが……そんな」

 きらきらきら…。輝きながら”輝石”はゆっくりと飛んできて、ころん、と妖精の目の前に転がった。「…こ、これっ!…よし」

 セーラはトゥインクル・ストーン(輝石)を手にして、螢の胸にあてがった。ーと、七色の光が四散し、石は螢の中へと消えていった。

「…うぅ」螢の肩が動いた。

「螢ちゃん!!」

「あ。セーラ……皆は?」

「み…皆は…多分…もう……生きては…」

 妖精と螢は悲しみで胸が痛んだ。仲間が!皆が……。「あの…螢ちゃん…」螢は声をかけたセーラのほうをむいた。そして涙をぬぐっていった。

「セーラ、いきましょう!」

「…でも……」妖精は躊躇した。「だいじょうぶ…なの?」

「いくのよ!そして闘うの!!皆のために、宇宙中の人々のために!」

 螢のその決心の言葉は胸の奥から引き出したものだった。妖精は息をのんだ。…螢ちゃん…強くなったのね。こんなに強く。きらきら輝いて。

 セーラは決心して頷き、立ち上がった螢に「えぇ、いきましょう!」と同調した。





  螢と妖精セーラは仲間の死体をみて愕然とした。が、もう立ち止まらなかった。

「皆の”死”を無駄にしないためにも…いかなきゃ!そして…闘って…敵を倒すのよ!!」 螢のその言葉は胸の奥から引き出したものだった。戦士の勇気。復讐…そして運命。

 クレムリンから噴出した亡霊の群れは宇宙中に蔓延し、地球の町並みをも破壊していった。パリ、ロンドン、東京、ワシントンDC、カルカッタ…。それまで地上にそんざいしなかったあらゆる災いが宇宙中に広がっていくようだった。この人類の危機を救えるのはかろうじて螢だけだ。たったひとつのエルピス(希望)……。


  螢はすぐに戦闘体制にはいった。が、「レインボー」を何度も放っても魔の女王ダンカルトにはきかなかった。無数の光剣がダンカルトから放たれ、何度も螢を襲い、辺りの壁や床がふっ飛んだ。剣がかすって服がきれ、螢の腕や額からどっと血が流れた。息が苦しい。「はあはあ…はあ…レインボー……」

「死ね!!マジックエンジェル!」

「どうすれば……このままじゃ皆の死が無駄になっちゃ…う…よ」

「螢ちゃん…もう一度”レインボー・アタック”を放つのよ!」

 …え?そういったのは妖精セーラじゃなかった。死んだはずの有紀達だった。…幽霊?そういえば彼女らの姿は透き通って見える。「螢!」「螢ちゃん、やるんだ!」

「……うん!」

 螢は息をして「レインボー」とお札をかかげた。辺りからオーラが集まる。有紀の…由香の…美里の…妖精の、すべての人々のオーラ。そして、彼女は叫んだ。

「…アターック!」

 すさまじい稲妻が放たれて魔の女王ダンカルトにぶちあたった。虹いろの閃光が飛び散り、辺りは眩しい光で包まれた。「ぐあぁぁあっ」

 辺りが暗くなり、明るくなり、すぐに大爆発を起こした。…妖精は爆風に吹き飛ばされ、気を失った。クレムリン宮殿は大爆発を起こし、すべてが、紅蓮の炎に包まれていった。 こうして世界中に散らばっていた亡霊たちも姿を消し、災いも去った。希望が勝利したのだ。伝説の戦士マジック・エンジエルが人類を救ったのだ!そのかけがえのない生命を投げうって…。


  ロシア・コロニーの天気はかわりやすい。どんよりした雲が辺りを包むようにたれこめ、やがてざあぁっと雨がふりだした。宮殿は廃墟と化し、炎の名残か、煙りが漂ってはきえていった。コンクリートの床に倒れていた妖精セーラは瞳をゆっくりと開けて「螢ちゃんは…?」と空中に飛んで探した。「螢ちゃーん!螢ちゃーん!」

 爆炎でやられたのか怪我をし、羽根もボロボロでふらふらする。やがて、セーラは彼女を発見した。「ほ、螢ちゃん、無事だったのね!」

 螢は両膝を地につき、ガクリと肩を落として下を向いている。傷だらけで、服はボロボロで赤い血が染みついている。彼女は落ち込んでいた。暗いふちにいた。絶望の中にいた。「…皆…死んじゃったよ…。最後に…力を貸して…くれた…けど。もう皆は…生き返…らないん…だよ。…由香ちゃん…も…有紀ちゃんも…美里ちゃんも…。もう…お話することも…笑いあうことも…なにもないんだよ…。…あたし…ひとりぼっちに…なっちゃった…。さびしいよ。…私…そんなに強くなんてないもん……みんながいないなんて嫌だ…よ。願いが叶うっていったっしょ? なら……みんな……罪のないみんなを生き返ら…せて」

 涙が目を刺激して、そして涙が頬を伝わって幾重も手の甲へきらきらと輝きながら落ちた。冷たい雨が、螢と妖精に打ちつける。

「…あ。」セーラは思わず息をのんだ。

 螢の全身から、虹色のオーラが微かにわき始めた。やがて、そのオーラは強く、きらきらとした閃光となり、四方八方へと飛び散った。その光は、由香、有紀、美里の死体にゆっくりと降り注ぎ、吸い込まれた。しばらくして、奇跡はおこった。戦士たちの身体が微かに動いた。指が、手が、肩が、頬が…。

「うう…っ」三人は静かに瞳を開けた。そして、体をおこしてやがて立ち上がった。「…由香ちゃん…」「有紀ちゃん…」「美里ちゃん!」戦士達はふしぎそうな顔で呼びあった。そして、自分たちの体や掌をじっとみた。生きてる!いや、生きかえったんだ!しかも、傷もきえて、痛みもない。……

 螢は号泣して、フト、黙り込んだ。そして、ハッ、として顔をあげて瞳を向けた。声のした方角へ。「螢ちゃん!」戦士達がゆっくりと歩いてくる。螢は涙をぎゅっとぬぐって「みんなっ!」といった。口元に笑みが浮かんだ。「み、みんなーっ!」

 螢と由香、美里、有紀は抱き合った。妖精は少し離れた空中に浮いて、少し陶酔したようなそれでいて幸せそうなきらきらした笑顔をみせていた。

「螢っ」由香がきらきらした笑顔をみせた。四人は強く強く抱き合った。「よくやった、螢。お馬鹿のあんたにしちゃあさぁ!」

 由香は螢を褒めた。

「…ゆ、由香ちゃん!……まぁ、いいや…」



    エピローグ


 例のバカコンビはまた遅刻した。螢と由香は早足でいつもの学校へと向けて駆け出す。「もおっ、また遅刻だよ!」「また水バケツだよ、もおっ」ふたりは何となくそういいながら笑顔になっていた。いつもの平凡な毎日…すべての終り…?いや、違う!また、四人で仲間たちで愉快にやるのだ。華麗に、どんな時もくじけずに闘うのだ。恐れ知らずのエンジェルスたちがまた暴れまわるのだ。

 お勉強の有紀、明日の天才画家の由香、本当は女らしい美里、そして我らがヒロインの螢、と妖精…。それぞれコミットしているジャンルやタレント、キャラクターは違うけど、きっとエンジェルスはまたきらきらと輝くに違いない。…螢と由香は手を握った。そして、笑った。エンジェルスが一緒に闘ったのはほんの一瞬なのにそんな短い間でも仲間の友情・信頼・愛…は二人に実に好ましい影響を与えたようだ。



                               おわり…。

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