帰り着いた先に、良いことばかりが待っていなくても
宴たけなわ。
男同士の飲み会も、明け方近くになると、一人二人と姿を消して行く。
「おい、浩次。お前もそろそろ、帰る時間か?」
隣の敏郎が飲み過ぎたのか、少し青い顔で訊く。
「そうだな。そろそろ明けの明星が見られる頃だし」
俺は出かける間際の、妻のひと言が気にかかっていた。
――ちゃんと、帰って来てね
いろいろあったけど、まあ、アイツなら、笑って許してくれるはずだ。
此処は、思ったより居心地が良かったから、ついつい長居をしてしまった。
酒も食事も旨かった。
帰りたい気持ちが徐々に弱まっていく。
それは、まずいな……。
「君はもう、帰った方が良いよ」
端にいた恩師が穏やかに笑う。
「どうせまた、会えるから」
そうだな。帰らなければ。
帰ったら、たまった仕事を片付けて、今度は家族サービスだ。
ローンの支払いも、子どもたちの学資準備も待ってはくれない。
生きていくのって、良いことばかりじゃないな。
それでも俺は帰るのだ。
いずれ、会えるだろうな。
先生とも、仲間たちとも。
セットしてあったタイマーが鳴る。
時間だ。
俺は立ち上がり、皆に別れを告げた。
「それじゃあ、またな」
歩き出した俺の目には、東雲の空からこぼれる光が映っていた。
***
その日、K市の救急病棟に運び込まれた患者たちは、軽症者二名を除き、心肺停止状態であった。
小型船舶の転覆による、水没事故だという。患者たちは高校時代の同級生。恩師を含め、全員男性だった。
絶望的な状況の中、救急隊員と医療従事者の必死の努力により、一人だけ、たった一人だけが蘇生した。
「森山浩次さん、蘇生に成功しました!」
「帰り着いた先に、良いことばかりが待っていなくても」 了
ホラー成分少な目ですm(__)m