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21話 感情と制圧


「もう終わりにしましょう」


 俺の声が、静まり返った教室に響き渡る。


 まるで時間が止まったかのような静けさ。

 カチ、カチという時計の針の音だけが機械的に鳴っていた。


 目の前には驚いたように目を見開く前澤先輩。

 後ろには俺をバカにされて、俺のために怒ってくれた伊与木さん。


 伊与木さんの本心から出た言葉が今も俺の胸の中にある。

 何度も反芻していて、頭が熱くなっていくのを感じる。


 俺は別に自分をバカにされてもなんとも思わなかった。

 でも伊与木さんは自分のことのように嫌だと思ってくれた。


 なんで忘れていたんだろう。

 伊与木さんは俺のために怒ってくれる人だ。

 俺が思うよりもずっと、俺のことを大切に思ってくれる人だ。


 本当に俺とは程遠いところにいるなぁ、伊与木さんは。

 まっすぐで、眩しい。

 俺はそんなに強く生きれないし、真っすぐ生きれない。


 だけど、俺も伊与木さんを大事に思っている。

 それだけは同じだ。


 だからきっと、伊与木さんに対する前澤先輩の言葉、行動を見て――こんなにも腹立たしいんだ。


「っ!!!!」


 思わず前澤先輩の腕を握る拳に力が入る。

 顔を歪ませる前澤先輩。


 はっと気づいて腕を払うと、明らかな敵意の視線を俺に向けてきた。


「入明、てめぇ……ッ!!!」


「もうやめにしましょう。これ以上は前澤先輩にとって何も生まない。それどころか、失うものばかりです」


「調子に乗んなよ! こんだけ俺をコケにして、ただで済むと……」


「ここで素直に謝るのが一番いいと言ってるんです。誰がどう見ても、この件はあなたに非がある」


「な、なんだと! ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」


 この場を穏便に済ませたい。

 俺はその一心で言葉を並べる。


「周りを見てください。ここには山ほど証人がいます。前澤先輩の行き過ぎた行動は、もう言い逃れできません。だから、ここで引くのが一番賢いと言ってるんです」


「っ!!!!」


「正直、伊与木さんに手をあげようとしたことは許せません。許す気もありませんが、ここは穏便に終わりましょう」


 この先、再びぶつかったところで何も生まない。

 

 沈黙する前澤先輩。

 決着はついたかと思われた――その時。


「クソが、クソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」


「っ!!!」


 前澤先輩が殴りかかってくる。

 周囲から発せられる悲鳴の声。


 俺は伊与木さんを庇い、拳を受け止める。

 軽い。だが、伊与木さんに当たれば軽い傷では済まされないだろう。


「これ以上引けるわけがねぇだろ。俺がもの言われて、はいはいすみませんでしたって謝ると思ったか! 逆にここで謝る方が俺のプライドが許さねぇッ!!」


 ダメだ。

 この人に言葉は通じない。


 そうだろうなとは思っていた。

 初めからこの人は、話ができない相手だとは思っていた。


 ――仕方ない。


「おいお前ら、このまま女一人とこの陰キャにいい負かされていいのかよ? そんなんじゃ惨めすぎるだろうが!」


 もはやこれから何をしようが、払しょくできないほどのことをしていると思うが。


「こいつをぶちのめす。そうじゃないと気が済まねぇ。なぁ、そうだろ?」


「……あぁ、そうだな」


「散々言われたままじゃあ終われねぇな?」


 奴らやる気だ。

 そうくると思ってたよ。


 いや、むしろそうきてほしいとすら思っていたのかもしれない。


「伊与木さん、下がっててください」


「は、はい」


 伊与木さんが教室の外へ離れていく。

 これで伊与木さんを気にせずやり合える。


 連中の好戦的な視線を受けてはっと気づく。

 やはり、俺は心のどこかでこの展開を望んでいたのかもしれない。

 何故なら、前澤先輩たちに恨みを買われたまま学校生活をするのは危険だからだ。


 きっと何かしら処分を下されても、学校の外で絶対に俺に報復してくる。

 伊与木さんにも危害が加わるかもしれない。


 だから、そうならないために――どっちが強いか、はっきりさせる。


 手荒な方法は使いたくなかった。

 本当に、使いたくなかった。


「覚悟しろよ、入明ッ!!!!」


 まず三人が殴りかかってくる。

 俺より一回り大きい、男たち。


 右拳を右手で受け流し、腹部に強めに一撃を入れる。

 続けて一人を投げ飛ばし、もう一人にぶつけた。


 僅か十秒にも満たない間に三人を制圧。

 周囲は再び沈黙した。


「な、なんだお前」


「こ、こいつ、ただものじゃねぇ!」


「ひ、怯むんじゃねぇ! こんな陰キャな奴に負けてられっかよォッ!!!」


 今度は掴みかかってくる。

 動きを見極め背後に回り、背中を蹴飛ばす。


 すぐさま二人同時に顔めがけて殴り込んできたが、受け止めてそれぞれに一発入れる。

 あっという間に前澤先輩の取り巻きを返り討ちにした。


 後は前澤先輩一人のみ。


 一歩近づくと、前澤先輩が一歩下がる。

 怯えている。

 瞳は動揺に揺れていた。


 そりゃそうだ。

 陰キャだと思っていた相手が、あっという間に数人をなぎ倒したのだから。


「クソが、クソがッ!!! 調子に乗ってんじゃねぇぞこの野郎がぁぁぁぁッ!!!」


 前澤先輩が迫ってくる。

 だがそれは感情にまかせたものであり、怖くもなんともなかった。


 右の大振りをよけ、前澤先輩の懐に入り込む。

 そして渾身の一撃を腹に叩き込むと、その場で悶絶しぱたりと倒れた。


 俺らしくない。

 俺も又、感情にまかせてしまった。


 静まり返る教室。


 倒れる前澤先輩、そして連中に向かって俺は言うのだった。



「二度と関わらないでください」



 こうして決着がついた。



 


 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


次回の更新は、20日の19時頃です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 執筆お疲れ様です、作品に気づいたと思ったら次回が最終回なんて…… 最終回楽しみに待ってます!執筆頑張ってください!
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