１７話 視線とお尋ね
「おはようございます、入明くん」
「おはよう、伊与木さん」
平日を迎え、俺は伊与木さんと並んで登校。
なんてことない雑談をしながら歩く。
いつも通りのこと。何も変わったことはない。
しかし、
「どうしました？ 入明くん。ボーっとして」
「いや、なんでもないです。それより――」
気になるのは、今日はやけに周りからの視線を集めているという事。
周りなど普段は全く気にしないが、この違和感を見て見ぬふりすることはできなかった。
そんな調子は学校に到着しても続き。
「じゃあ今日、バイト一緒に行きましょうね」
「分かりました。下駄箱待ち合わせで」
「はい！ またあとで」
ニコニコと俺に手を振って自分の教室に入っていく。
そんな伊与木さんの姿を見届けてから俺も教室に入っていった。
「あっ、入明来たよ」
「誰か聞いて来いよ」
「無理だって仲良くないし。あんた行きなよ」
「お、俺？ い、いやぁ」
一体何だろう。
俺をコソコソと見ながら話しているものの、誰も何も聞いてこないから何が何だかさっぱりだ。
まぁいい。
こういうのは気にしたってしょうがないし、俺が何か悪いことをしたわけじゃないしな。
なんて自分の中で完結させて、そそくさと自分の席に着席した。
♦ ♦ ♦
放課後のチャイムが鳴り響く。
ふぅ、と深い息を吐き教科書を鞄に入れながら今日を振り返る。
やはり俺を見る視線の数は以前とは比べ物にならず、良い悪いかは分からないが何か噂されているようだった。
だが実際のところどんな噂話なのか聞けていないため何も分からないというのが現状だ。
これだけ噂されて本人に誰も聞いてこないとはな。
思えば、伊与木さんと付き合ってる疑惑が初期の頃出た時も、誰にも「実際どうなの？」と聞かれることはなかった。
楽なような、少し寂しいような気がする。
まぁ、大勢の知らない人たちに問い詰められるよりはマシだろう。
頭の中でグルグルと思考を巡らせているうちに準備は整い、鞄のチャックを閉める。
伊与木さんを待たせてはいけない。
できるだけ早く行こうと、席を立とうとしたとき。
コツコツと上履きの音が俺に近づいてきた。
「よっ、入明」
肩をポン、と叩かれる。
その手を辿ってみると、そこには爽やかな好青年が立っていた。
「杉並くん？」
「はははっ、くん付けしなくていいよ。杉並、って気軽に呼んでくれ」
「あ、あぁ。分かりました、杉並」
「杉並に敬語は変だろ！ ため口でいいよ。俺もため口だし、第一俺たちクラスメイトだろ？」
「わ、わかった、杉並」
少しだけしか話していないのにぴしゃりとハマるような距離感。
これがクラスで人気者の杉並堅人か、と思わず見上げてしまう。
「ごめんな、あんまり話したことないのに急に話しかけて」
「いいよ別に。それより、俺に何か用？」
「用っていうか、世間話っていうか……ちょっと聞きたいことあってよ」
「俺に？」
俺に聞きたいことってなんだろう。
一応俺は勉強で学年一位だし、勉強に関連することだろうか。
「今からちと失礼なこと聞くんだけどさ……入明、伊与木さんと付き合ってんの？」
杉並の言葉に思わず目を見開く。
初めてだ。初めて直接聞かれた。
「付き合ってないけど」
「え、そうなの？ なんだてっきり付き合ってるのかと思ってたよ」
「全然だよ。伊与木さんと俺はただの友達だから」
「へぇー、なるほどね」
手を頭の後ろに回し、にひっと笑って見せる杉並。
「いやさ、今すっげぇ入明と伊与木さんの噂が出回ってるんだよ」
「やっぱりそうだったんだ」
俺に関する噂話がこの学校で出回るとすれば伊与木さんに関することだろうなとは思っていた。
「なんでも、先週の休日お前と伊与木さんが手繋いで歩いてたところを見た奴がいたらしくてな。うちの学園のアイドルも遂に！ って盛り上がってたんだよ」
「っ！！」
確かに俺と伊与木さんは手を繋いで帰った。
まさかそこを誰かに見られていたなんて。
そりゃ一度なくなった付き合ってる疑惑が浮上してもおかしくない。
「でも、それも勘違いだったっぽいな。だって付き合ってないんだしな、お前ら」
「ま、まぁね」
友達、ましてや異性と手を繋ぐのは思えば変だったかもしれない。
あの時はなんとも思っていなかったが、こうも周囲の反応を見てしまうと自分がおかしかったと気づかされてしまう。
でも、絶対に離さないっていう意思を伊与木さんから感じたんだよな。
俺の勘違いだったのかもしれないけど。
「ま、あの紗江様と仲のいい友達ってだけで相当すごいけどな、入明は」
「すごいとか、そんなんじゃないよ。伊与木さんが優しいだけだからさ」
「謙虚だな、入明は」
けらけらと楽しそうに笑う杉並。
俺にない明るさを杉並は持っている。
人気者たる所以を見た気がした。
「じゃ、ほんとに付き合うことになったら教えてくれよ」
「付き合う？！ 俺と伊与木さんが？！」
「そうだよ。だって友達から恋人に発展するなんて、よくあることじゃんか」
「よくあること、なのか……」
友達がろくにいたことがないから分からない。
ましてや異性など初めてなので、よくあることなのかどうか知らないのだ。
伊与木さんと俺が付き合う。
まるでありえないことだけど、杉並にはありえることだと思われている。
それがなんだか胸に突っかかった。
「なんだか、随分と楽しそうな話をしてますね、入明くん」
「うええぇ？！ い、伊与木さん？！」
「こんにちは、入明くん。迎えに来ちゃいました」
杉並との会話に夢中になっていて全然気が付かなかった。
当の杉並は伊与木さんを見て固まっている。
「ごめんなさい伊与木さん。わざわざ来させてしまって」
「いいですよ。入明くん、楽しそうにお話してましたし」
「あははは」
伊与木さんが杉並を見る。
ニコッと微笑み、そして「そろそろ行きましょう」と俺に促した。
「ごめん杉並。話はまた今度」
「あ、あぁ。おう」
鞄を持ち、伊与木さんと教室を出た。
いつもの距離感で並んで歩く。
「さっきはあの方と何を話してたんですか？」
「それは……さすがに言えないですよ」
言えるわけがない。
それも当の伊与木さんには。
むぅ、と不満そうにする伊与木さんを横目に俺は誤魔化すように笑った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます！
次回の更新は、9日の19時頃です。
