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今日も大丈夫が聴こえる

作者: カーネリアン

 誰かが覗いている。「可愛いね〜ほしいなぁ…でもなぁ…」「家には無理よ!」「小さい子が良いよね〜」色々な声が飛び交う。目を丸くしたり細めたり色んな表情で興味津々で見ている。ここはシャインという名前のペットショップ。菜々子さんにお世話してもらっている。毎日色んな人が来ては抱っこしてくれた。そして大抵は「可愛いね!でもちょっと大きいかな…」そう言うとゲージに戻されて、私よりも小さな子を選んで、抱っこして気に入ると連れて帰った。私も大きくなったと自覚はしている。ゲージ狭いしね…早く出たいな。もっと自由に動き回りたいな…ある日なんだか見たことのある女の人が家族連れでやってきた。その家族のお母さんが私を抱っこしたいと菜々子さんに頼んでいた。「いつもどうも〜」なんて挨拶をしていた。抱っこするなり「可愛いね!大きさも探していたくらいの大きさだわ。家には小さい子より、少し大きめの子が良いと思っているんです!」と菜々子さんに言っていた。私は「え?珍しい事いう人もいるなぁ。ここからどこか広い所へ連れて行ってくれたりしないかぁ…菜々子さんは優しいけどゲージじゃない世界知ってみたいな…」そんなこと思っていたら、子供達も抱っこしてくれた。するとお母さんが「美空、陸、どうかな?仲良くなれそう?」と聞いた。子ども達は「なれる!この子が家族になったら楽しそうだな!」と言ってくれた。嬉しかった。「私にも家族という物がができるの?何だか分からないけど嬉しすぎるんですけど〜!」と足をバタバタとしてアピールしてしまった。子供達が「家族になったら楽しそう」と話をしていたから、家族とは楽しいものなんだと思った。すると、菜々子さんに「この子に決めます。家に迎える手続きをお願いします!」とお母さんが言った。お父さんも頷いていた。「夢見たい…私にも「家族」ができるの?嬉しい!」そんな事思っているうちに、手続きが終わり私は可愛い箱に入れられた。どうやらこの人達と何処かへ行くらしい。ワクワクした。何か良い事が沢山起こりそうなワクワクだ。車に乗せられどこかについた。するとお母さんが「今日からここがあなたの家です!ようこそ我が家へ!」と大きく明るい声で言ってくれた。本当に夢見たい!嬉しくて興奮していた。子ども達がパパ、ママと呼んでいるので私も心の中でそう呼ぼうと決めた。パパとママか…とても温かい気持ちに包まれた。

 わたしはマールという名前をもらった。私はマルチーズとトイプードルのミックス犬の女子。ペットショップ シャインで縁あってこの田中家の一員となった。何でこの名前なのか…どうやら田中家長女の美空がマールが良い!ってつけてくれたんだって。マールの意味は良い!という願いを込めた○なんだけど、「マ」と「ル」の間を伸ばして「マールって響きが可愛いから!」って美空が提案したんだって。ママもマルチーズとトイプードルならマールで良いね!と「マール」に決定!私もなかなか気に入ってる。なんだか可愛くない?この日から私はマールとして田中家の家族になれた。とても賑やかで明るい家だ。シャインの菜々子さんに教えてあげたいな。素敵な家族に巡り会えたって。菜々子さんに、私の好きなフードを聞いてお気に入りのフードを準備してくれたみたい。あぁなんて幸せなんだろう。田中家のリビングは落ち着くし、私のベッドも可愛くてふかふかの毛布で、もう気に入っちゃって顔を突っ込んでモフモフしてしまった。それを見ていた家族が大笑い。とても嬉しそうに「マール何をやってるのかな?面白い事してるよ!」「マール気に入ったんじゃないの?良かったわ!安心した」みんな優しくて明るい性格の人達で本当に良かった。よーく見てみたら、ママはシャインのトリマーさんだった。菜々子さんとママは大の仲良し。よくお店に来ては犬のトリミングの手伝いをしていた。だからどこかで見た事あるなぁと思ったんだ。服装が全然違ったから初めは気づかなかったけど、よく来るトリマーさんだったんだ。ママは「前から気になってた子がいてね。可愛くて愛嬌があるんだけど、身体が大きいからってなかなか家族が決まらない子がいて。それがマールなの。でもママは家族に迎えたいなぁっていつも思っていたのよ」と子供達に話してくれた。パパと話をして子供達にもこの家族のためにも犬を飼ってみようか!となり子供達をつれてシャインを訪れたらしい。大きいからっていっつも選ばれなかった私。もしかしてこの家に来るために神様が縁結びしてくれたのかしら?なんて思ってしまった。感謝だ。これからこの家に一緒にいられるんだ。この日を忘れずにずっと皆と一緒にいよう。この家族に迎え入れて貰えた事に感謝して。ママは色んなことを最初に教えてくれた。「待て」「おすわり」「お手」「良し」「ごはん」「だめ」他にも色々覚えた。「マールは覚えが早い!偉いぞ!」パパからも褒められた。褒められるって嬉しい。次も頑張ろうって思えるし、大事にされてるって感じる。たまに、怒られるんどけどね。構ってほしくて誰かの靴下をくわえて走り回ったりスリッパを隠したりイタズラして。でも「こらー。駄目でしょ!淋しかったの?ごめんごめん」でいつも逆に謝られたりする。「こちらこそイタズラしてごめんごめん」なんだけどね。ほんと田中家の皆は優しいんだから。幸せだなぁ。ずっと続くよね。こういう毎日が。そう思いながら穏やかな日々が続いていった。

 田中家のみんなと暮らして一年がたった。普段はみんな仕事と学校で誰も家にいないから留守番犬として、しっかり家を守ってる。それが私の仕事というか役目。田中家は犬と暮らすのを夢見てこの場所に家を建てた。緑ヶ丘という名前の分譲地だそうだ。この周辺は「ドッグランのある家」として分譲された土地でどの家にもドッグランが作られている。犬好きの人達が集まる分譲地って事だ。そんな緑ヶ丘に暮らして留守番の間に4頭の犬友ができた。初めは隣の鈴木家で暮らしているハスキー犬のジョーと友達になった。ジョーは私より一つ上のクールで優しい頼れる兄貴のような存在。いつもアイコンタクトで心の中まで分かり合って話をしている。次に田中家の裏の木川家に住むおじいちゃん犬バーニーズマウンテンドッグのオール。どの家よりも広いドッグランにオール専用のログハウスがあってよく日向ぼっこしてる。口ぐせは「大丈夫!」これを聞くと本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。そして最近ジョーの家の裏に引っ越してきた佐倉さんちのレア。レアはパピヨンの女子で毎日その家からはピアノの音が聞こえてくる。留守番ではないって事だ。ママが弾いてるのかな?ってジョーが言ってた。家も庭も広いし立派で、きっとお金持ちだなって3頭で話している。レアも日中は自由にドッグランと家を行き来できるようになっている。この4頭は前後左右の関係で、敷地内の皆が顔を合わせられるエリアに集まり毎日会話している。これを犬友の座談会と呼んでいる。これは私達にとって色んな事を学んだり考えたり伝えたりできる貴重な時間だ。例えばこの前は私の悩みを相談した。美空が学校から帰ってきて珍しく元気がなかった。テストってやつが思ってたより悪くて落ち込んでたらしい。犬の私にはそんなのない。だから美空の悩みはとうていわからない。でも元気がないことはわかる。触ってくる手のひらの温かさや撫でている時間、回数で伝わってくる。犬って結構敏感なんだよね…「今日はちょっと触っただけで、すぐに自分の部屋に行っちゃったなぁ…」って心配になる。私は言葉で伝えられないから側にいる事しかできないけど、側にいたくたってドアを閉められたらいられないんだよね…切なくなる瞬間なんだ。それをオールに相談したら「大丈夫。美空は今は考える時間を覚えているんだよ!」って。ちょっと難しい事言われたけどオールに大丈夫って言われたら、なんとなく大丈夫な気がしてきた。陸は「ただいまー」って元気に毎日帰ってくる。誰もいなくても必ず大きな声で「ただいま」を言う。ランドセルを放り投げて遊びに行くのが陸の習慣らしい。なんか悩みなさそう…それが一番!でも勉強してる所全然見かけないけど…ママに叱られて慌ててやってるし…大丈夫かな?美空が落ち込んでたテストってやつが陸もあるんじゃないのかな?そしたらテストが悪かったら美空みたいに元気なくなっちゃうんじゃ…心配になってこれも相談。そしたらオールは「男の子は元気なら大丈夫!」って言ってニッコリ笑った。またまた不思議だ。大丈夫な気がしてきた。そんな事を犬友4頭で色んな話をしながら日々過ごしてるんだ。そしてそれぞれの家族が帰宅したら皆ちゃんといつものポジションでお出迎えする。これが犬友と家族両方と上手くいく秘訣だってオールが教えてくれた。オールって本当に頼りになる。

 レアは犬友の中では一番新入りなんだけど、言いたい事はハッキリ言うタイプ。私も言われてタジタジになる事もあるけど、正しい事をはっきりと言えるレアの事羨ましいって思うし、そこがとても好き。この前も田中家のママが何かイライラしてて、私とのコミュニケーションも少なくて、寂しくなってつい「なんなのあの態度。もっとかまってほしいのに!私にもっと興味持ってよね!」と愚痴ったんだけど、レアは、「女ですもの浮き沈みあって当たり前よ!」って一言。なんか妙な説得力で話をおさめた。女ですものって…年下のレアから言われたわ…と思ったけど的を得てるから納得しちゃった。

 ジョーもクールなりの悩みを持ってる。上手く甘えられなくなったらしい。自分はしっかりした強い犬だと思われているため子犬の時のように上手く甘えられなくなったとか。私はたぶん甘えても誰も嫌がらないと思うよって心の中で思ったけど、上手く伝えられずに聞くだけしかできなかった。こういう自分の思ったことはっきりと言えない所私の悪い所なんだ。ある日佐倉家のピアノの音の話になった。みんなでママが弾いているんだろうと思っていたら違った。佐倉家の長女の風香ちゃんが毎日弾いているらしい。風香ちゃんてたしか中学生だったような…うちの美空と同じように学校へ行かなくても良いのかな?レアに聞いてみた。レアは「風香は病気で、ずっと学校へは行けていない。ピアノは毎日弾いているけど歩くことも大変なくらい体が弱い。もちろん散歩なんて一緒にしたことないんだ」そういうと「今日は早めにポジションへ戻るね」とリビングへ戻ってしまった。私達は悪い事聞いたかな?って気になってしばらく皆黙ったままだった。

 飼い主と散歩に行く事。それは私達犬にとって、とても嬉しくて楽しいひととき。家の中とは違う風を感じて匂いを感じて飼い主と共に歩いたり、走ったり…私達が当たり前の様に毎日のようにしている事が、レアはなかなかできないらしい。パパは朝早くから仕事、ママは風香ちゃんのお世話したり、小さな妹の香菜ちゃんのお世話で大忙しなんだとか。おじいちゃんかおばあちゃんがたまに朝散歩に連れて行ってくれるのと、パパのお休みの日は朝晩散歩できるらしい。日中は家族はいて留守ではないけれど、沢山かまってもらったり遊んだりはなかなかできないらしい。でもレアは犬友といる時はいつも寂しい顔なんて見せないで、前向きで明るく強いレアとして座談会に参加している。私と全然違う環境なんだなって、それでも淋しさやマイナスな気持ちを表に出さないで私達といるなんてレアは本当に強いんだって思った。

 オールは自分の事は多く語らない。でもうちの美空の事小さい頃から知っているようだ。「美空も大きくなったな〜」って目を細めて言っていた時があった。オールの家はパパとママとオールで暮らしている。なんだかうちのママのお姉さんがオールの家のママらしい。だから美空は小さい頃よくオールの家に遊びに行っていたんだって美空もオールも同じ事言ってた。「俺がまだ子犬の時よく美空に追いかけ回されたんだよ。待て待て〜ってな」オールは笑いながら教えてくれた。活発な美空らしくて私も想像がついた。小さな美空も見てみたかったな。

 ジョーはパパと暮らしている。以前はママと子供の玲君がいたけど、何かがうまくいかず家を出ていってしまったと。人間は大変だ。ケンカしたり口きかなかったり…縄張り争いでもなく食料を求めてのケンカでもないのに相手を傷つける行為をする。ジョーのママはパパとあまり口をきかなくなった頃からジョーのお世話も前ほどしなくなったらしい。元気がなくなりジョーへの声がけも減ったという。玲君はいつも学校、ママは病院で看護師という仕事をしていてあまり家にいなかったとジョーが寂しそうに話してくれた。もしかして出て行ったのはオレのせい?ってたまに思うんだって…何か悪い事したかな?って。パパはいつも家にいて何か仕事をしているんだって。たまにカバンを持って外へと仕事にいくけれど大抵は家で仕事しているそう。確か家を設計する人ってパパがジョーに教えてくれたんだって。パパはとても強くて何でも一人でできるタイプ。ジョーのお世話は全部パパがやっているんだとか。たまに時間があると手作りのフードを貰えるんだって!ジョーはそれがとても楽しみで仕方ないんだって。だからママと玲君がいなくなって寂しかったけど、信頼してるパパがそばにいてくれるなら大丈夫ってジョーは言っていた。

 みんなそれぞれあるんだ。犬は暮らす家を選べる訳ではない。私達犬友仲間も同じような場所に住みながら中身は全く違う生活をしている。そういう話になるとオールは必ず言う。「みんな違う。遊んでくれる、声がけしてくれる家族の人数だって時間だってみんな違う。それでも一人でも自分を愛してくれる人間に出会えたなら本当に幸せなんだ。足りない物は数えない。今満ち足りているものを数えよう。幸せはそれに気づくかどうか。どうせなら幸せを感じて生きたいじゃないか」って。本当にそう思う。色んな事に気づかせてくれる。だからオールって好き。オールの言葉で私達の寂しさや不安も和らいでいく。オールもきっと色んな事あったんだろうな〜って心で思ってる。聞いたことはないけど、きっと何か乗り越えてきたような、そんな強さをオールからは感じる。前に「オールはいつも強くて頼もしいけど、苦手なものはないの?」と聞いてみた。そしたら「暑さが苦手なんだよ」だって。確かに…オールは毛も厚くて体も大きい。そして歳もとっている。夏は苦手なんだ。ジョーも「寒さなら平気!暑さは苦手だ!」と言っていた。大型犬は暑さが苦手な犬が多いのかな?オールの家もジョーの家も暑さ対策のための小屋はある。そこでよく夏になると静かに涼んでいる。レアも私もあまり暑い日は外には出ずにリビングでエアコンかけて快適に過ごしたりしている。ジョーとオールも家族から、「家に戻って!涼んで!」と声はかかっているが、小屋が結構涼しくて外が好きな2頭は中に入らず外にいる事が多い。タフね…ってレアと話してるんだ。

 ある日レアが珍しく大騒ぎで駆け寄ってきた。風香ちゃんが久しぶりに学校へ行ったんだとか。前の日からママは風香ちゃんの見ていない所でずっと心配していたんだって。風香ちゃんどうしても行きたい理由はテスト。将来やりたい事が見つかったから、頑張ってテスト受けるって猛勉強していて、その当日の朝ちゃんと登校したって。レアは泣きそうなくらい興奮して嬉しそうに話してくれた。体力もだいぶ戻り歩けるようになって、三食ご飯も食べられるようになったって。うちの美空や陸は毎日朝起きて、ご飯も沢山食べて、バタバタ走って家を出て行く。それが田中家の当たり前の朝なんだけど、佐倉家は今日は起きれるかな?ご飯食べられるかな?って朝が始まって心配をしながら朝を迎えてるらしい。だから今日は風香ちゃんが元気に登校出来て家族は皆喜んで送り出したんだって。学校は近いし歩いて行けるって一人で登校する風香ちゃんをママは「行ってらっしゃい!」と言った後、こっそりついていったんだって。しばらくするとママはニコニコの笑顔で帰ってきて「無事学校に到着したよ!登校中に仲良しのお友達と合流して元気に歩いて学校まで行きました!」と興奮して家族に報告したんだって。レアもとても興奮してた。目がキラキラしていていつもより早口で伝えてきた。それを見ていたオールは「夢を持った人は強くなる。心も体もね。夢のために人は心が上向きになる。すると体の調子も上向きになるんだな〜」って。またオールに教わった。強さの源は夢!心にいつも刻んでおくよ!夕方、風香ちゃんが元気に帰ってきた。もうレアはいつものポジションでスタンバイしている。きっとシッポをフリフリして笑顔で出迎えるだろう。今日はいっぱい撫でてもらえそうだね。沢山甘えてゆっくり寝るのは、犬にとって最高に幸せな事。満たされてる事を感じて眠りにつくなんて本当に幸せ。

 そして次の日の朝がきた。雲ひとつない青空。レアもオールもジョーも集まってきた。おはようを言う顔がレアも皆も爽やかだ。特にレアは機嫌の良い顔で挨拶してきた。「なんだか家族が元気だと私まで元気が出る!いつも家族の皆に元気を与えたくて明るく振る舞ってるんだけど逆に元気もらったな〜」この言葉で普段のレアの様子が目に浮かんできた。病気のせいもあって風香ちゃんは静かに過ごしていて、それを見守る家族も心配しながら生活している。田中家のようにバタバタしたり、ガチャガチャした音もないだろう。ケンカの大声や大騒ぎもない。静かな空間に包まれた家。そんな中でレアは家族の笑顔が見たくて、笑い声が聞きたくて陽気に振る舞っている。前にうちのママにレアのママが話しているのを聞いた。「うちはお姉ちゃんが体が弱くて静かに過ごしているうちに、皆あまり笑わなくなってしまって…レアはそんな家の中で陽気に振る舞い、甘えたいのも我慢して過ごしていて…」って言っていた。私は田中家の騒がしいほどの明るさに慣れていて、たまに興奮して部屋を猛ダッシュで駆けずりまわり、ゴミ箱を倒したり畳んだ洗濯物の上も走ってグチャグチャにしちゃったり…とにかくあまり静かにしないとなんて気を遣わず過ごしてきた。グチャグチャになった洗濯物は畳み直せる訳でもない、倒れたゴミ箱もキレイにできる訳でもない。あ〜やっちゃった…まあいっか!なんてお気楽な考えで過ごしている。田中家の家族も、「あ〜駄目じゃない」と言いながら特に気にする事なく過ごしている。

 誰かと共に暮らすと言っても本当にこんなにも違うんだと教えられる。そしてその場所で皆うまく暮らしていけるようにその家に馴染んでいく。愛情さえ感じる事ができたら犬はワガママは言わない。大抵のことには順応していく。大好きな飼い主と家族でいられることに喜びを感じているから。美味しいご飯をくれる事への感謝。居心地の良い寝場所を用意してくれる事への感謝。スキンシップや声がけで愛情表現してくれる事への感謝。一度されたら忘れない。犬ってそういう生き物なんだと思う。毎日の犬友との話の中で、犬を知り人間も知ることができる。本当にありがたい座談会だ。

 空は晴れ渡り今日は絶好のお散歩日和だ。どこの家もきっと私達を散歩に連れて行ってくれるだろう。いつもと違うコースかもしれないと思うとワクワクしてきた。すると普段はあまり散歩に行けないレアの家から大きな声が聞こえてきた。「レア〜お散歩行くわよ〜」ママと香菜ちゃんだ。レアは急いで家の中へかけていった。レアが可愛いウェアを身に着け軽快に歩いて行った。しばらくすると我が家からも、オールやジョーの家からも声がかかった。「散歩だよ〜」みんな急いで家族の元へかけていった。こんな風景が毎日なら良いな〜そう思いながら散歩を楽しんだ。

 天気の良い日が続いた。オールは毎日日向ぼっこしている。そばに私も行っては、ただなんとなく一緒にいる。そんな時間が結構好きだ。ジョーもレアも座談会に来ない日があった。ジョーは予防接種、レアはトリミングらしい。私も毛が伸びるんだけど、ママがトリマーだから家でチョキチョキ。早くて上手だし、とっても可愛くしてくれるんだ!

 オールが珍しく自分の話を始めた。昔の事。以前木川家にはオールともう一頭のライトという犬がいたらしい。ゴールデンレトリバーの女の子だったって。ライトはとても賢くて優しい犬だったらしい。何年か前に病気で亡くなったんだって。オールとライトは同じ日に同じブリーダーから木川家に来たんだって。名前はオールライトからとって、オールとライトになったんだって。2頭で「大丈夫」という意味になるからって名付けてくれたんだって。なんか素敵だなって思った。初めてあった時から「大丈夫だよ」って受け入れてもらえたんだなって、とても幸せな出会いだと思った。ライトはちょっと心配症で、オールがいつも「大丈夫!なんとかなる。」って声をかけていたんだって。オールは小さい頃から「大丈夫」が口ぐせだったんだ。ライトはいつもオールの後をついてきて、まるで妹のような存在だったらしい。留守番の時ママは「オール、ライト留守番お願いね!」と、出かけていって、帰って来ると「オール、ライトただいま〜留守番は大丈夫だった?お利口してたのね。エライね〜」と毎回褒めてくれたんだって。オールが言うには、初めの頃ライトは留守番が苦手で不安になると鳴き続けたそうだ。それをオールが励まし側にいながら共に過ごしてきた。ライトは朝から晩まで誰かといたい甘えん坊だったらしい。パパもママもライトはお利口に留守番上手だと毎日褒めていたけれど、確かにお利口だが留守番は苦手だった事を知らない。オールはいつもマイペースで日向ぼっこばかりしていると思われていたみたいだ。「結構面倒みてたんだよ」ととても懐かしそうに嬉しそうに話してくれた。そして、「ずっと一緒にいられると思っていた。でも病気になってしまって…命には限りごあるってそこで初めて強く思うようになったんだ。ライトはいつの日からかご飯をあまり食べなくなって、あまりオレの後を追いかけてこなくなった。オレは特に気にせずに自分の好きな場所で家族の帰りを待つ日々か続いた。ライトも段々と自立して来たんだって思っていた。具合が悪いことも気づけずにいた。ライトは調子が悪いのを隠したかったのかオレの側へ自分からは来なくなっていった。その時気づいてあげていれば、例え治せなくても側にいて色んな話できたのに。だからオレはお節介でも大切な人、友達には声をかける事にしたんだ。大丈夫大丈夫って。二度と後悔しないように」オールは言い終わると目を閉じてじっとしていた。

 しばらくするとジョーが病院から帰ってきた。いつもより厳しい顔をしている。ジョーは病院が嫌いらしい。いつもの集合場所まで来た。すると、「ふ〜」と深い息を吐いて「今年の注射は終わりだって!」とホッとして座り込んだ。ジョーは首元に巻いてあるオレンジ色のバンダナをかじった。かじったというより舐めている。このバンダナは今はいないママからのプレゼントらしい。ジョーは不安な事や落ち着きたい時必ずバンダナを舐める。ママを思い出しているのかな?ジョーはママが大好きだった。ママはジョーが赤ちゃんの時に知り合いの人から譲ってもらったと、パパに話していたそうだ。「昔の母ちゃんは明るくて元気だった。何かあるたびに大きな声で笑ってオレはよくビックリしていたよ。ある日オレンジ色のバンダナをプレゼントしてくれたんだ。元気が出るオレンジ色のバンダナあげる!って首に巻いてくれた。似合ってるって母ちゃん大喜びして抱きついてきた。毎日抱きついてくれるから、すっかり匂いがついたんだ。オレはその匂いを嗅ぐと落ち着くようになった。でもいつからか元気がない母ちゃんをよく見るようになった。泣く姿も見るようになった。笑い声も聞こえなくなって、オレに段々と話しかけなくなった。抱きつかなくなった。そして母ちゃんは玲を連れて出て行った。その時母ちゃんは「ゴメンネ。またね」ってオレに抱きついてきた。その時母ちゃんの匂いがバンダナについた。もう薄れていた匂いが最後についた。あれからだいぶ時間は過ぎたから、本当はもう匂いなんてしないんだとわかってる。でもこのバンダナはオレにとって明るかった頃の母ちゃん。忘れられない大切な思い出が染み込んでるバンダナなんだ」ジョーは珍しく強い口調だった。そして黙って家に戻ろうとした。その時オールが言った。「それで良いんじゃないか?匂いが消えたとしても大切にしている。その気持ちが芽生えただけでも母ちゃんに感謝だな」って。ジョーはハッとした。前は物を大切にする気持ちがあまりなかった事。このバンダナのおかげで物を大切にする気持ちが芽生えた事に気づいた。私は「ジョー。物を大切にするってとても良い事ね。大切にしている物があるからジョーは強いんだね!」そういうとジョーは「強く見えるみたいだけどまだまだだよ」そういうと照れくさそうに笑った。

 夕方になり皆家に戻った。今日はジョーのママへの想いを知った。ママの「またね」が、いつか本当に来るのをみんな願っているだろう。うちは夕方になれば家族が次々と帰ってくる。それが毎日の当たり前の風景だ。当たり前の事がいつまでも続いて欲しいと今日は心から思った。

 最近の田中家の話題は美空の進学の話が多い。美空には夢があり、その為に県外の高校に行き寮生活をしたいと言い出した。パパもママも驚き戸惑っていた。夢はバレーボールの選手になる事。実は美空は小学生の頃からバレーボールをやっている。中学校に入っても続けていて、背も高く俊敏な美空はチームのエースらしい。すると県外の強豪校から誘いが来て美空はその強豪校で挑戦してみたいとパパ、ママに話している。美空はアタックもレシーブも得意。チームを引っ張るリーダーシップも持っている。そして誰よりもタフ。美空はオリンピックや大きな大会をテレビで見ては、「いつか私もあのコートで戦いたい!」と、強く思うようになったという。パパもママも以前から美空のバレーボールをずっと応援してきた。練習や試合は可能な限り見に行った。美空の一生懸命な姿を長年見てきて、美空ならできるかもしれないと、家を出て挑戦したいという美空の夢を応援したい気持ちはあるようだ。でもやっぱり踏ん切りがつかず、まだ家を出て寮生活なんて早いと思ったようで、心配ばかりが膨らみ美空を家から出したくない気持ちになっていた。この話でケンカやギクシャクは無いように見えるけど、答えは出せずに時だけが過ぎていった。そして桜の咲く春が来た。美空は志望校に合格して家を出ていく事になった。みんな淋しさを見せないように明るく見送った。「あんなに努力したんだもの。笑顔で送り出さないとね!」ママが美空のいない時に、みんなにそう言った。玄関を出るときに美空から、ムギュっとハグされた。行っちゃうんだな〜と寂しくなった。「マール行ってくるね!みんなと仲良くね!」美空は鼻をスリスリしながら言った。陸は「広くなるな〜ちょっと広すぎるから、たまには帰ってきてね!」と精一杯の見送りをした。パパも「試合見に行くぞ!練習頑張ってまずはレギュラーだな!」と、笑顔で肩をポンっと叩いた。美空も大きくうなずき「頑張るね!」と笑顔で返した。「行ってきます」笑顔で歩いて行く美空を皆で見送った。家のすぐ近くまで専用バスが来てくれるらしい。見えなくなる頃にママが「頑張れ〜」と大粒の涙を流し大きな声で言った。声に気づいた美空は振り返って大きく手を振ってバスに乗り込んだ。さあ出発だ!美空の未来へ。頑張り屋の美空だ。きっと良い未来が待ってる。大丈夫!頑張れ美空!みんな同じ気持ちで美空を見送れた。晴れた空に桜の花びらが舞って、心も踊るような出発になった。

 美空がいなくなってから一ヶ月くらい経ったある日のこと、ジョーが「なんだ最近母ちゃんが戻ってくる夢を見るんだ。」と言った。「玲もいて又皆で暮らせる夢…昨日も今日も見たんだ。あんまり見すぎて現実なのか夢なのかわからなくなって急に淋しくなるんだよな」とジョーがボソッと言った。オールがゆっくり話し始めた。「母ちゃんらしい人最近見たよ。夢じゃなくて本当に。家の中にいたんじゃないのかな?」オールは目を細めて言った。ジョーは難しい顔して「現実なのか…?俺が見た母ちゃん本物だったのか?今日は早めに帰るよ。」そう言うとジョーは足早に家に戻っていった。数日後ジョーが嬉しそうに駆け寄って来て言った。「母ちゃん帰ってきました!玲と一緒に!これからまた一緒にいられるって!母ちゃん抱きついてきた!」そう言うと嬉しくてその場でグルグル回り始めた!私達も一緒に回った。なんだか嬉しくて飛び跳ねずにはいられなかった。「ジョー良かったね!本当に良かったね!」皆でお祝いしたくなってワンワン吠えた。するとジョーのママが窓からニッコリ笑って見ていた。玲君は家から飛び出してきて私達と遊びたそうに話しかけてきた。「戻ったよ!また宜しく!」そう言うと私達と同じようにグルグル回った。

 しばらくして暑くなり始めた頃オールは少し疲れ気味の顔が続いた。みんな心配して口々に「調子わるいの?大丈夫?」と聞いた。オールは「まあできる事はできるし、できない事はできない。できない事が少し増えたかな?でもそれも当たり前の事。特に気にする必要ない。大丈夫!」そう言っていた。オールはおそらくだいぶ歳をとっている。どれくらいかは聞いたことはないけど、仲間の中では一番年上。体力も落ちてくるんだろうか…?私達はまだわからないが色々な事ができなくなっているのかもしれない。全力で走ったり、はしゃいだりちょっとした無茶な事はもうオールはしない。でもいつも楽しそうな顔だけはしてくれる。それで私達もみんな安心している。この仲間たちの関係がずっと変わらなければ良いなって心から願っている。

 そんなある日のこと、オールがいつもより重い足取りでみんなの場所まで来た。やっと来たって感じ。みんなに会うとオールは「もう皆と会う時間がなかなか取れなくなるかもしれないな。みんな、いつも本当に楽しい時間をありがとう。」そう言うとくたびれたようにグダっと座った。みんなビックリして「オール!大丈夫?」と言った。オールはうなずくだけだ。その時レアがオールの家のそばまで行ってキャンキャン吠え始めた。きっと家の人を呼んでるんだ。私もジョーも同じように吠えた。「オールが大変!早く来て!助けてあげて!」私達の叫びのような鳴き声を聞いた木川家のママが急いで飛び出してきた。「オール!オール!大丈夫なの?」心配そうにオールに訪ねた。オールはグッタリした様子で少しだけ尻尾を降った。ママは急いで車にオールを乗せて私達の方を見てべコリと頭を下げた。「みんな教えてくれてありがとう。今から病院に行ってくるね!きっと大丈夫よ!」そう言うと病院に向けて出発した。みんなで「きっと大丈夫。いつだってオールは大丈夫!って励ましてくれたから…きっと大丈夫だよね。」そう言ってみんなで無事帰ってくるのを願った。

 1週間後オールが帰ってきた。少し痩せたオールがゆっくり歩いてきた。「みんな、心配かけたな。そしてママを呼んでくれてどうもありがとう」ニコっと笑う顔はいつものオールだった。でも少し小さくなったオールが気になった。すると、ママが家から出てきた。私達に「みんな、教えてくれてありがとう。なんとか帰ってこれたよ。オールが帰りたそうだったから退院を早めてもらったの。沢山遊んでね」そう言うと家に戻っていった。いつもより少し疲れたママが気になったけど、オールが帰ってきてくれただけで私達は安心した。 

 そしていつものように色んな話をした。入院中は暇だったなぁとか、ご飯あまり食べられなかったなぁとか。でもオールよりも、もっと大変な病気の犬や大怪我している犬、身寄りのない犬もいた事を悲しそうに話をした。そして自分達は良い家族に巡り会えて本当に幸せな暮らしをしているんだよと、しみじみと教えてくれた。またオールが私達に大切なことを気づかせてくれた。家族に巡り会えた幸せ、今元気に過ごせている事への幸せ。こうやって仲間と心の通った付き合いが出来ていることへの喜び。そして、いつまでも続いてほしいと思える生活をさせてもらっている。その事への感謝。なんだか色々と気付かされた。今を大切に、家族や友達を心から愛していくこと。それが自分の幸せになっていく事。オールには沢山のことを気づかせてもらえる。オールいつまでも元気でいてね!心の中で強く願った。

 みんなの大好きな秋が来た。枯れ葉を踏んでジャンプすると面白い音がして、みんなぴょんぴょん跳ねて大はしゃぎするのが毎年の楽しみだ。今年のオールは私達のはしゃいだ姿を目を細めて見てるだけで参加はしなかったけど、嬉しそうにずっーと眺めていた。そして1番のお楽しみは、焼き芋パーティーだ。近所の人達が枯れ葉を集めて焼き芋を作って、他にも色々なご馳走をみんなで作って楽しく過ごす。それが恒例の焼き芋パーティーだ。私達でも食べられる物を貰えてとっても楽しい日だ。みんなでワイワイガヤガヤしているとレアの家からピアノが聞こえてきた。風花ちゃんの音色だ。今日は一段と明るく軽やかに聴こえる。最近は風花ちゃんは学校に毎日のように通っているようだ。朝から友達が迎えに来て忙しそうにバタバタと出ていく。とても楽しそうだ。レアもクルクルと回っていってらっしゃーいをしている。「風花ちゃんはだいぶ丈夫になったようだな。良かった良かった。」オールが嬉しそうに言った。オールはいつも周りの事を気にしている。私みたいに心配症ではなく、信じる心を持ち長い目で見ている、見守っている。そんな感じだ。心が広くないとできないよね。見守るって難しい。つい心配しすぎてソワソワしちゃう。私は心配するときクンクンと鼻を鳴らす癖がある。足もバタバタと動かして「どうしようどうしよう」と忙しなく動き回ってしまう。きっとうちの家族にはそれを心配されてしまっているだろう。気をつけないとね。オールみたいにどっしり構えてみたいものだ。いつか私も「大丈夫だよ」って誰かを支えたい。そんな存在になりたい。オールみたいな存在に。

 外が段々と寒くなってきた。冬の訪れだ。ジョーとオールは寒さに強い。でも私とレアは寒さが苦手だ。お日様が出ている時はなるべく、みんなと楽しみたいから外に出るようにしているけど、あんまり寒い日はちょっとだけ出てすぐに家に戻ってしまう。そんな日々が続きある夕方、我が家も周りの家もなんだか夜になるとキラキラ、ピカピカと光るものをパパ達がつけ始めた。陸も手伝っていた。イルミネーション?とかいう光の飾りらしい。とってもキレイだ。私達も手伝いたいけどちょっと無理かな~。ジョーは寒さを感じないのかパパの側をずっと離れないでじっと見ている。手伝いたそうにうずうずしているようだ。レアは大人しくおすまししてきれいになっていく様子を見ている。みんな昼間は仕事だから夕方に始めた。イルミネーションが夜の暗さの中に光りを与えてなんともキレイだ。オールはいつも通りニコニコと眺めている。最近オールは又少し歳をとったような気がする。具合が悪くなってから大人しくなったけど冬になったらもっと動かずに、じっとしている日が続いている。でもいつもみんなを見守るように眺めている。そこにいてくれるだけで、安心する。オールの存在がとても偉大だってことに気づく。

 今日はとっても晴れている。冬だけど暖かい日だ。そしてお昼すぎ、オールの家に子犬がやってきた。どうやらママの知り合いが保護活動家らしく、事情があって保護された子犬を引き取ったそうだ。少し前にオールとの顔合わせがあったらしいけど、出会った瞬間からオールにピッタリとくっついてきてすぐに懐いて、まるでお父さんになった気分だったってオールが言っていた。その子が今日木川家に来たんだ。オールは昨日からとても嬉しそうにその話をしていた。その子の名前は「福」と名付けられた。小さな柴犬だ。私達を見るなり吠えたけど、すぐにオールから教えられた。「福、俺の仲間だよ。とても信頼している大切な仲間だ。むやみに吠えたら駄目だぞ」オールは優しく教えた。福は「ごめんなさい。父の大切な仲間だったんですね。父を取られるんじゃないかって心配になってつい吠えちゃったんだ…ごめんなさい…」福はどうやら相当な淋しがりやだ。どこへ行くにもオールを追ってついていく。オールのノッソリど遅い歩きに合わせながらいつでもピッタリくっついている。みんなで「オール父って呼ばれてるのね~オール嬉しそうね!」と話をした。福は「俺は父ちゃんも母ちゃんも知らない。でもオールと出逢ったときにオールが頼もしく見えてオールが父ちゃんだったらなぁと思ったんだ。父ちゃんて呼ぶのは恥ずかしいから父って呼んでるんだ。父で良かったかな?」福が聞いた。オールは「もちろん」と一言だけ言うとニッコリ頷いた。

 木川家で福の名付けの時、この子にどうか沢山の福が訪れますように!と願いを込めてつけられたそうだ。オールは「木川家に迎えられた事で、もう1つ目の福が訪れたな。良かった。福、大丈夫だよ。ここは安心して過ごしても良い場所なんだ。何も心配いらないよ。」というと、ニッコリ笑った。福は嬉しそうに駆け出した。福がはしゃいで芝生を転がっているのをじっと見ていた。そして私達に言った。「俺はもう歳だ。一緒に転げ回ることも走り回る事もできない。みんな福と一緒に走ってやってくれ。転げ回り色々な楽しい事教えてあげてくれ。宜しく頼むな。頼み事は苦手だがこれは俺からのお願いだ。」というと私達をじっと見ていた。私達はみんな口々に「もちろん!」「わかったよ、オール」「任せてくれ!」と伝えた。オールは安心したように目を細めた。私達は駆け出した。福の元へ。オールの走りたい分まで思い切り走って遊んだ。嬉しそうに、でもどことなく淋しそうに眺めていたオールが目に焼き付いた。

 何日間か晴れの日が続いていった。毎日外に出ては福と遊んだり、色々な事を教えた。まあ大抵はオールに教わった事なんだけどね。そんな毎日を過ごしていると、いつもよりオールの足取りが重いなと気づいて心配になった。「寒いからかな?オールが元気ないね」そんな事を皆で話ししていた。その日の晩から雪が降ってきた。イルミネーションと雪の美しさに見とれてしまうほどだ。暫く外を眺めていたら、大きな影を見かけた。夜の庭、しかも雪も降っているのにオールがイルミネーションを眺めるように立っていた。私はビックリして「どうしたの?オール!夜だよ!寒いよ!」としきりに吠えた。陸が「何したの?マール。吠えてるけど何かあったの?」と訪ねてきたので、気づいてほしくて窓をガリガリと手で擦った。陸は窓の外を見て「え?オールかな?寒いのに外にいるよ!ママ〜オール外にいるよ!」ママに知らせた。ママは木川家に電話でオールの事を伝えた。すると木川家のパパとママが飛び出ていってオールを抱きしめた。福も飛び出てきた。オールは雪とイルミネーションを眺めていたがゆっくりと家に入っていった。その時私の方を見て頷いたようだった。レアもジョーも眺めていた。私達はみんな耳が良い。外が騒がしかったので気になったのだろう。ジョーは厳しい顔をしていた。レアは心配そうに見ていた。私はなんだかソワソワして落ち着かなかった。次の朝、木川家のママに寄り添われてオールが芝生の上まできた。雪がまだ残っていたがゆっくりゆっくり歩いてこちらを見ていた。そして「ワォーン」なんとも言えない鳴き声だった。私達はわかった。お別れなんだ。みんな外に出たいと家族にアピールして、寒い中外に駆け出した。みんなの家族も分かっていたようだ。オールの命がもう消えかかっている事を。私達は集まりオールに話しかけた。「オール大丈夫?」すると「大丈夫だよ。でももうお別れみたいだな。皆のおかげでとても楽しい日々が送れたよ。ありがとうな。福もありがとうな。これからも福を宜しく頼む。いつでも心を寄り添わせて皆仲良くな。ありがとう。」そう言うと芝生にドサッと倒れるように座り込んだ。「オール!オール!嫌だよ!お別れは嫌だよ!」皆が口々に同じ事を繰り返した。オールは最後の力を振り絞って言った。「みんなで過ごしてきて、色々学んだよね。それをちゃんと覚えていればこれからだって大丈夫。思いやること、大切な誰かに寄り添うこと。大事な事は何なのかいつも考えて行動する事。それを忘れないで。幸せはいつも気持ち一つです。目の前にある幸せに気付けるかどうかですよ。大丈夫みんななら大丈夫」そういうと静かに目を閉じた。「オールありがとう。さようならオール。」皆で大きな声で「ワオーン」と鳴いた。福は「クーンクーン」と悲しい声を出した。木川家のパパとママもそれを大粒の涙を流しながらずっとそばで見ていた。最後に私達に会わせてくれようと外に連れてきてくれた。おかげで大切な言葉をかわせた。かわせたというより又オールに教わった。思いやりや、大切な相手に寄り添うこと、それが自分達の幸せに繋がっていくということ。そしてこの日皆で誓った。福を守っていく事。オールが私達に教えてくれた事を今度は私達が福に教えていく事。福は賢い子だ。きっと理解してくれるだろう。今は父と慕っていたオールを亡くし悲しみに暮れている福。私達がどこまでその穴を埋められるかは分からないが寄り添おう。そう皆で決めた。しばらくするとオールは木川家に運ばれていった。オールが座っていた所だけ雪が溶けていてオールの形に芝生が見えていた。オールがいるみたいに。

 私はこの風景をきっと忘れないだろう。生き物の命は無限ではない事。犬も人も、命が尽きればさっきまで話ができていたのに、忽然と消えてしまったかのようにこの世からいなくなること。いたはずのオールがいなくなり芝生がオールの形を悲しいくらい表している。命の儚さを知り淋しさがどっと押し寄せてくる。今まで体験した事のない切なさを感じた。それでも乗り越えなければならないんだ。明日はいつも通り朝がくるんだ。大切な誰かを失ったとしても普通の日常は変わらずやってくるんだ。今日はそれを知った。

 「オールが悲しむから明日も挨拶くらいはしたいし外に出られる天気なら出てこようぜ!」ジョーが言った。「そうね!ジョーの言う通りね」レアがうなずいた。私は「うん!オールがきっと望んでるね」そう言って福を見た。福は「父がそう思ってるの?父がいなくなっても元気で暮らせって笑っていろって」涙目で聞いてきた。「もちろんだよ!オールは皆で仲良く話をするのをいつも楽しみにしていた。だからオールがいなくなって淋しいけれどクヨクヨなんかしていないで外に出て色んな話をしながら過ごす。それがオールの望んでいる事。俺はそう思うぜ!」ジョーが福にそう言った。「オールは私達の笑顔や楽しい話大好きだったわよ!だからいつも通り過ごしましょう!」レアも福に言った。福に言ってはいるけど自分達への言葉でもあるのだ。私はそう思った。「私も出来る限り外に行くよ。皆との時間は無限ではない事わかったから、これからも沢山色んな思い出増やしたい。そのためには元気に過ごしていく事!失ったものばかりを見ない。必ず自分にとって大切な誰かが身近にいる、大切な事はそれに気づく事」私も自分に言い聞かせるように福に言った。福は「わかったよ。みんなありがとう。明日からも宜しく」福は言い終わると木川家に入っていった。私達もそろそろ戻ろうかと皆家に戻った。その夜はなかなか眠れなかった。

 朝が来た。いつもと変わりない朝だ。でも外の風景は違う。オールがいつもの場所にいない。それでも朝は来る。朝は必ず平等に来てくれるって事だ。「オールおはよう。今日も朝が来たよ。オールは朝が来なかったけど、私達には来たんだよね。生きているから朝を迎えられた。当たり前の事のようにいつも朝を迎えていたけど命に感謝しないとね。」心の中でオールに話しかけた。そして毎日が続いていった。

 冬が終わりに近づくとイルミネーションも取り外された。私達は福に色々な事を教えたくて、寒くない日は必ず外に出た。皆で集まり色々な事を話す時間を「青空教室」とレアが名付けた。福を一人前にするまで青空教室をやるそうだ。福も元気を取り戻して外に来ている。オールを失った悲しさは私達も同じだと分かっているようだ。福は賢くて素直な子だ。そして度胸もある。オールと一緒にいるうちに、似ていったのかもしれない。私達は福の成長が何よりの楽しみになっていた。私とレアはお姉さん気分に、ジョーはお兄さん気分になって一生懸命寄り添った。福は色々な事を吸収していった。それが私達の励みにもなり、いつでも福を囲んで青空教室で心を開いた会話をした。福の成長をそばで見られて、とても貴重な尊い時間を過ごしている…そう思いながら。

 ある日木川家に保護犬が2頭やってきた。木川家のパパママが保護犬活動を始めたらしい。福は家に来た2頭について私達に「心にキズを持っているかもしれない。そんな2頭です。皆さん優しくしてあげて下さい。」と頼んできた。皆は口を揃えて「もちろん!任せて!」と言った。「名前は?」ジョーが聞いた。「男の子が真っ白でキレイだからマシロ。女の子が茶色で可愛いから茶々」そういうとマシロと茶々がものすごい勢いで走ってきた。「マシロ!茶々!今日から仲間になる皆さんだ!挨拶しなさい!」茶々が「よろしくお願いします」と明るい声で言った。「よ、よろしくお願いします」マシロがオドオドして言った。「緊張しなくて良いぞ!俺はジョーだ。よろしくな!」ジョーが初めに挨拶した。「何にも心配いらないよ。私はマールです。皆で仲良くしようね~」私が言った。「ここは良いところよ、私はレアよ。覚えてね!よろしく!」レアがちょっとおすましして言った。マシロも茶々もすぐに打ち解けた。これから青空教室も賑やかになるだろう。

 冬も終わり匂いが変わってきた。春だ。春の匂いだ。私はこの匂いが大好き。草花が芽吹く匂いが。散歩も行きやすくなるし、子供達も外で遊ぶようになる。賑やかになり気分が明るくなる。ママ達はガーデニングとやらをやり始め可愛い花が庭に沢山咲き始める。その綺麗さは魔法のようだ。少し淋しかった庭はあっという間に春を迎える。福は蝶々を追いかけて走り回っている。茶々やマシロもその後を追いかける。ジョーも同じく走り回っている。ジョーはしっかりとお兄さんの役目を務めている。福も少しお兄さんになっている。たまにケンカする茶々とマシロに「譲り合うことを覚えようね。そうすれば大丈夫!きっと仲良くしていけるよ」と教えていた。なんだかオールが言ってるみたいだ。オールの教えをきちんと聞いていた証拠だ。オールの思いは福にちゃんと届いていた。私は嬉しくなった。福が「大丈夫」を引き継いでくれた事。きっと天国のオールはニコニコと眺めているだろう。私達の青空教室をきっと嬉しく思ってくれているに違いない。オールに教わった「大丈夫」をいつも胸にこれからも生きていく。目覚めたら朝が来る。そんな毎日を当たり前じゃないと胸に刻み私達は大切な人、仲間と共に日々過ごしていく。限りある時間に感謝しながら。空を仰げば大丈夫が聴こえる。オールの優しい声が。

 

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