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一人暮らしを始めたら、途端に彼女が巣作りを始めた件

作者: 墨江夢

 大学一年の春。

 俺・杉岡啓太(すぎおかけいた)は進学を機に一人暮らしすることにした。


 俺も今年で19歳。少し前に成年年齢が引き下げられたので、今や俺も立派な大人だ。

 学生の身なので金銭的には厳しいかもしれないけれど、親元を離れて可能な限り自立することにしよう。

 そう考えての、一人暮らしだった。


 家賃はそこまで高くなく、だけど出来たら大学近くの物件が良いな。徒歩圏内だとベストである。

 広さはそこまで求めていない。掃除が億劫だし、丁度良い広さのワンルームを所望する。


 そんな条件で物件を探していると、運が良いことに大学から徒歩10分の距離でワンルームアパートが見つかった。

 しかも家賃は月5万円。良心的なお値段である。


 多少築年数が経過しているけれど、そこまで贅沢は言わない。雨漏りや浸水さえなければ十分だ。


 他の人に先を越されてはマズいと思い、俺はその部屋に即決する。

 その日のうちに契約を済ませ、数日後には荷物を運び終えた。

 さあ、念願の一人暮らしの開始である。


 初日の夕食は、カップラーメンだった。

 

 一人暮らしを始める以上、自炊は必要不可欠である。

 毎日コンビニ弁当やカップ麺というのは、お財布にも体にも悪すぎる。そう自覚しているのだけど……引越し作業で疲れ切っている為、今夜は正直料理をする気にはなれなかった。

 うん、明日から頑張ろう。


 お湯を入れてから3分が経ち、これから食べようかというタイミングで、玄関チャイムが鳴った。


 お隣さんが、挨拶にでも来てくれたのだろうか?

 俺が食事を中断し、玄関へ向かうと……ドアの前で立っていたのは、恋人の西野晴美(にしのはるみ)だった。


「晴美、どうして?」

「引越し祝い。一緒に食べましょ」


 そう言って、晴美はケーキの入った小箱を掲げる。

 このケーキ屋、確か前にテレビで紹介されていなかったか? 平日でも2時間待ちとか言っていた気がするぞ?


 そんな手土産を持ってきてくれるなんて、晴美も粋な計らいをするものである。引越し直後でケーキに合う紅茶がないのが、なんとも残念だ。


「越してきた直後で散らかっているけど、文句言うなよ?」

「あなた、実家の部屋も十分散らかっているでしょうに。今更気にしないわよ」


 それを言われたら、返す言葉もない。


 俺は晴美を部屋の中に通す。

 彼女とお喋りに興じていたら、気付けばカップラーメンが伸びてしまっていた。

 勿体ないので、きちんと残さず食べました。


 お世辞でも美味しいと言えない夕食を終えてから、俺は晴美の買ってきてくれたケーキに手を付ける。

 ラーメンが残念だった分、一層ケーキが美味しく感じた。

 

 一人暮らしの自宅に彼女がやって来たとなると、普通ならお泊まりコースかもしれない。

 しかし荷解きすら終わっていない現状で、どうして愛する恋人を寝泊まりさせられようか。

 この日は比較的早い時間に、お開きとなった。

 

 外に出たところで、晴美が尋ねてくる。


「ねぇ。これからもちょくちょく遊びに来て良い?」

「他の奴ならともかく、お前は俺の彼女だろう? 遠慮なんかしないで、いつでも来れば良い」


 望んだ一人暮らしだけど、ずっと独りぼっちというのは耐えられそうにない。

 どうやら俺は、自分で思っている以上に寂しがり屋みたいだ。





 半年が経過した。

 

 初めてだらけの大学生活もいつの間にか前期が終わっており、俺は夏休みの後半戦を謳歌していた。


 一人暮らしにも、かなり慣れてきた。

 最初は面倒だった料理や洗濯も、今では当たり前の日常と化している。

 俺は自立出来ている。そう言って、差し支えないだろう。

 

 しかしまぁ、本音を言えば掃除は未だに苦手分野だ。

 料理や洗濯に比べると、どうしてもやる気が起きない。


 だけど一人暮らしをしている以上、掃除もまた避けられないのが宿命で。俺はようやく重い腰を上げて、洗面台の掃除に取り掛かることにした。


 掃除を進めていると、俺はふとある物が目に入った。


 ……おかしいな。歯ブラシが、2本ある。


 俺は気分によって歯ブラシを変えたりしない。「昨日は柔らかい毛の気分だったけど、今日は固い方が良い」みたいな奇特な価値観は持ち合わせていない。


 2本目の歯ブラシが意味するのは、ただ一つ。俺以外の人間が、この洗面台を使っているということだ。


 ではその人物とは誰なのか? 

 考えるまでもない。晴美である。


 晴美は俺の恋人なわけだし、この半年も幾度となく泊まりに来ている。専用の歯ブラシを常備していても、なんら不思議はない。


 問題は、その隣。

 歯ブラシのすぐ横には黒いポーチが置かれており、中には口紅やファンデーションといった化粧品が入っていた。


 よく泊まりに来るからって、化粧品まで置いておくか、普通?


「もしかして……」


 まさかと思い、俺は部屋の中を見回す。

 晴美お気に入りのアロマに、晴美専用のクッション。晴美の部屋着に、あろうことか下着に至るまで。

 知らないうちに、部屋の中には晴美の私物が複数存在していた。


「あいつ、いつのまに……」


 晴美はバカじゃない。

 恐らくこの大量の私物は、半年かけて少しずつ置いていったのだろう。


 いきなり増えたわけじゃないから、俺も今の今まで気付かなかったというわけだ。


 俺は昨日洗濯した衣類を見る。

 俺の服の間に、彼女のパジャマが混ざっている。

 手狭なワンルームなわけだけど、どう見ても二人以上の生活感が出ていた。


「今更持って帰れとは言えないし、どうしようかな」





 夕食の支度をしていると、玄関の鍵が開錠される音が聞こえた。


 我が家の合鍵を持っている人間なんて、一人しかいない。

 俺はガスコンロの火を止めて、彼女を出迎えた。


「おかえり、晴美」

「ただいまー。……ん? 何か良い匂いがするわね」

「カレーを作ったんだ」

「本当? 丁度今夜はカレーが食べたい気分だったのよね!」

「それは良かった。沢山作ったから、おかわりもしてくれ」

「ありがとう。……でもその前に、お風呂に入りたいわね。もう沸いてる?」

「そろそろ帰ってくる頃だと思って、沸かしておいたよ」

「流石は啓太。わかってるじゃない」


 晴美が入浴をしている間に、俺はカレーを仕上げる。

 大鍋の中のカレーを温めてながら、ふと思った。


 ……今のやり取り、よく考えたらおかしくないか?


 晴美が我が家に来た時、彼女は「ただいま」と言った。

 だけどここは晴美の自宅じゃなくて、俺の部屋なんだぞ?


 何気なく俺も「おかえり」と言ってしまったけど、正しくは「いらっしゃい」と言うべきなのだ。


 思い返してみたら、最近晴美は週5のペースで俺の部屋に泊まっているな。

 今や彼女の生活の中心は、我が家と言っても過言じゃない。


 完全に同棲しているわけじゃないけれど、半同棲というには入り浸りすぎている。

 80パーセント同棲といったところだろう。


 出来上がったカレーを皿に盛り付け、テーブルに運ぶ。

 ふと座布団の下に、一冊の雑誌が入り込んでいるのが目に入った。


 俺は雑誌なんて買わない。となれば、これもまた晴美の私物だろう。


「ったく。ちゃんと片せよな」


 文句を言いながら雑誌を拾う。そして俺は苦笑を漏らした。


 座布団の下に置いてあった雑誌とは、結婚情報誌だったのだ。


 同時に俺は悟る。

 晴美はこの結婚情報誌を、わざと片付けなかった。俺に手に取って欲しかったから、敢えて見つかるように隠しておいたのだ。


 学生結婚は現実的に難しくても、プロポーズくらいならいつだって出来る。必要なのは、俺の愛と勇気だ。

 

 取り敢えず、部屋のどこかに婚姻届を隠しておくとしようかな。晴美がそれを見つけた時こそ、プロポーズをする最大の好機だと思う。

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