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3.May

「おーっす」

 いつもの如く、社会科講義室に入る。

「うっす」

「よお」

「こんにちは」

「こんにちわー」

「おはようっ!」

「遅いぞ、部長」

「やっほー」

 次々と挨拶が返ってくる。

 最近はみんな張り切っているのか、やけに早い。俺がここに来ると、来る奴は大抵既に揃っている。まあ当然かもしれない。新メンバーもいることだし。

 ウチは体育会系じゃないし、活動は自由だ。文化祭の文集作成以外に参加義務は無い。気の早い先輩なんかはもう受験勉強を始めていたりして、段々と部室に顔を出さなくなる。今が一番賑やかな時期なのだ。

 俺は改めてその顔ぶれを見渡す。特に1年生、新入部員を。

 まずは既に上級生と打ち解け、楽しそうに話している榊。名前は野乃。明るくて礼儀正しく、人見知りもしない。その上容姿も人形のようで、入船先輩曰く「理想の後輩」だそうである。俺の印象では仲本に近いかもしれないが、嗜好が至って普通であるという点が決定的に異なる。部活動紹介の翌々日にひょこりと現れ、新入部員第1号になった。歓迎会で興味を持ったとのこと。実に嬉しい。先週自己紹介で好きな本を言ってもらったが、榊が挙げたのは有名どころの恋愛小説だった。恋愛ものといえば桜井先輩で、現在進行形でお薦めの本を紹介されている。

 次に馬越信之介。こちらも先輩方と談笑中。適応能力は高いようだ。軽そうなイメージの男子生徒で、制服も着崩し、髪も明らかにワックスで固めている。本を読むよりサッカーか何かをやっていそうだ。若しくはバンドとか。好きな本はと訊かれ挙げたのは国民的名作だった。しかしそれは漫画である。

「えっと、じゃあアレっすね。推理小説とか」

 口から出たのはそれもまた有名なタイトル。入った理由は「何か面白そうだったから」。入船先輩のアレだろうか。

 そして入部して間もないのに早くも本棚に自分のスペースを作り始めている尾崎栄一郎。はきはきと話し人当たりもいいが、どことなく暗い印象を与える。実は教頭の苗字も尾崎で、実際彼はその息子である。前々から教頭の子どもが入学してくるという噂は俺たちの間で広がっており、歓迎会で挨拶した新入生代表を差し置いて一番の有名人となっていた。まあ、とは言ったところであくまで一般人、タレントやアイドルのように話題に上ることはそうそう無いが。

 彼は教室に配布した文集を見て文芸部に入ることにしたらしい。思いつきでやったことも意外と効果はあるもんだ。好みはファンタジー小説だそうで、そのタイトルは知らないものだった。しかし内容を聞いてみると面白そうだったので、読みたいと言ったら翌日持ってきてくれた。それが予想以上の傑作で、休み時間も授業中も構わず読み耽ってしまった。尾崎にそれを伝えると大層喜んでくれ、以降部室に色々な本を持ち込むようになった。元々部室にある本は部員が持ち込んだり卒業した先輩が置いていったりしたものなので、尾崎の本が本棚の一角を占めるようになるのもそうおかしなことではなかった。

 ……以上3名。これが、今年度の新入部員である。


 そう、3名だ。

 新たに入った人数は、俺たちの時よりも少なかった。

 見学者は他にも数名いたが、結局入部届けを持ってくることはなかった。もうカレンダーは5月。俺達は勿論、新入生も大分自分の場所を固めた頃である。これ以上の期待は出来まい。

 最も多いはずの今の時期でも、この部屋の人口密度は高くない。今度の生徒総会では何か言われるだろうな、と軽く溜息をつく。まあいいさ。部室がどこに移ろうが、やることはさほど変わらない。むしろ、もっと教室に近いところになってくれた方がやりやすいかもしれないしな。少なくともこの時の俺は、そう思っていた。


「じゃあ、今年度の活動について話し合いたいと思います」

 大体が揃ったところで招集をかけた。

「まずは文化祭に出す文集の作成。これは大きく執筆と編集に分かれます。動けるのが大体10人くらいですから……5人ずつってところでしょうか。やることは大体想像できると思いますが、執筆は文集に載せる小説を書きます。内容は相談して被らないようにしてください。文量は3000字以上。上限は特に設けませんが、常識の範囲内で。期限は夏休み明けまで。出来れば7月中にしてもらえると推敲も余裕を持って出来ますし、編集の人も楽です。期末テスト前の編集会議にプロットを持ってきてください。ここまでで質問はありますか?」

「執筆はパソコン?」

 仲本が口を挟む。去年も参加していたのだから、忘れたのでなければ1年生への配慮だ。新参者がこういう場で声を出すのは難しいものがあるからな。そしてそれは俺への説明不足の指摘でもある。

「印刷の時はデータ形式なので最終的には。手書きで原稿を完成させても構いません。後で打ち込むことになりますが。過去の例に執筆者が全くパソコンが使えなくて編集が肩代わりしたこともありますので、どうしても無理な場合は気軽に言ってください」

 先輩方の中から微かに笑いが漏れる。当の本人は今年の春、有名大学へ旅立ってしまわれた。数学科らしい。パソコンを使いそうなものだが、大丈夫だろうか。

「そういや、詩とかショートショートは無しってことー?」

「え? あー」

 考えたことがなかった。どうしましょう、と先輩方を見る。

「面白そうだな。書けるならいいんじゃないか?」

「でも1人だけやけに短いと変じゃないか。仕事量も減るし」

「文量と労力が比例するわけでもないが、まあそうだな。じゃあ数で補う。800字を4本とか」

「それはそれでハードル高い気がしますけど」

「別に少なくてもいいんじゃないかな? その分編集の方の仕事すれば」

「でもそうなると文集全体の文量がな……」

「逆に編集の人に短いのを書いてもらうとか」

「仕事の分担がワケ分かんなくなるぞそれ」

「予め分かってればどうにか出来ますよ、多分」

「そうだな。じゃあ前もって申告すれば可、ということにするか。それに応じて人数も調整するってことで」

「賛成」

「じゃあそれでいいと思う人は拍手をお願いします」

 パチパチパチ。満場一致で可決。

 見ると1年生3人はポカンとしている。そりゃそうだ。去年の俺もそうだった。

「ところで仲本、そういう質問をするってことは掌編書きたいのか?」

「い、いやいや、ちょっと思っただけですって。やだなー、もう」

 腕をブンブンと振る仲本。こういうことを言われるから余計質問しにくいんだよな。執筆に関しては特に。

「次に編集。こちらは色々と仕事が分かれます。部活の紹介を書く人が1人。印刷業者に発注するのが2人。集まった文章をまとめるのが2人。そんなところだと思います。それとこの中から編集長を一人決めてください。全体の把握と会議の進行役です。また、執筆者一人に対して編集が1人ついてください。いわゆる担当です。進行状況の確認等をします。編集会議は月1回、その他必要に応じて臨時で行います。と言っても普段のミーティングとあまり変わりませんけど。推敲はまず担当が執筆者と相談して直した後、書き上がったものから順に部員全員で行います。説明は以上です。質問はありますか?」

 無し。こっそりホッとする。

「じゃあ、それぞれの仕事を決めたいと思います。まず執筆者。書きたい人いませんか?」

 しーん。全員が様子見である。面倒くさい。

 口を開いたのは入船先輩。

「まあ、榎本は書くとして」

「俺ですか!」

「部長だろ」

「……まあ、書きますけどね」

「俺も書こう。先代部長だしな」

「心強いです。あと3人、誰か」

 いない。まあ役決めってのはそういうもんだ。

 3年生の中には書けと言われれば書ける人は数名いる。遠慮しているのだろう。ならばと、俺は新メンバーに顔を向けた。

「どうだ、1年生も1人くらいやってみないか。4ヵ月後だから、時間はたっぷりある」

 応えるなら榊辺りだろうと思っていた。すんなり入部したのはそれなりのやる気があったのではないかと。しかし当の本人たちは目を伏せてもじもじしている。やはり難しいか。

 まあ、1年が書かなきゃならないという規則は無い。来年でも別に構わない、そう言おうとした時。

「……じゃあ、俺やります」

 手を上げたのは入部の一番遅かった尾崎だった。意外に思ったが、少し考えればそうでもないことに気づく。

 榊と馬越は部活動紹介を見て入ってきた。その時俺たちは本の紹介をメインにしていた。対して文集はそのまま、俺たちが文章を書いていることを示す。尾崎がそれで興味を持ったのなら、当然こうなるだろう。

「そうか、じゃあよろしくな」

 俺が笑いかけると、尾崎は「はい」と丁寧だが良く通る返事をしてきた。その顔がとても真面目で可笑しかった。初々しい。

 残る執筆陣は3年生に任せることで決まった。編集長は仲本。榊と馬越は発注と編纂をそれぞれ3年が付いてやることになった。それぞれの担当者も決まり、早くも文化祭に向けて文芸部は始動した。


 その後も話はもう少し続いたのだが、そこは殆ど説明に終始したので省いても問題無いだろう。

 文芸部の日常活動は2週に一度の読書会及びその選定だ。

 実は読書会そのものよりも選定の方が盛り上がる。各々自分の好きな本を紹介するのだが、それには個性が出て面白い。粗筋をつらつらと述べるもの、自分が如何に好きかを力説するもの、その本との出会いを語るもの。入船先輩なんか大抵本を机の上にバンと置いて「読め。いいから読め」と言うだけ。筆舌に尽くしがたいのか面倒なのか分からない。そして一通り紹介が終わった後で投票。勿論自分以外の本に。選ばれる条件として入手ルートがあるかどうかも大きく関係する。1ヶ月の猶予があるとは言え、1冊の本を10人で回し読みするのはキツイ。図書館で借りられるか、本屋で立ち読みできるか、文庫本ならネットや古本屋で買えばそれほどの出費にはならない。

 その他は話し合うことがなければ各々本を読んだり談笑したりしている。

 また、年度末には内輪向けの文集も作るし、各種コンクールにも各人の自由意思で参加している。これはまだ先のことなので予め伝えるだけ。

 終わりの方になると1年生も緊張がほぐれてきたようで、時々手を挙げては質問をし、俺が答え、入船先輩が茶化し、森田先輩が殴るというパターンが成立していた。

「パターン化するなよ! 俺の身にもなれ! 痛いから!」

「突っ込んで欲しいんじゃなかったのか」

「それツッコミじゃないから! 漫才コンビが見たら卒倒するわ!」

「ちょっと静かにしろよお前」

「だから殴るなって! 訴えるぞ! 傷害罪だぞ! 全治1週間の軽傷だぞ! 禁錮1年執行猶予3年だぞ!」

「じゃあ俺もお前を青少年健全育成条例違反で訴えることにする。罰金20万な」

「俺が何をしたよ!」

「存在が後輩の心身に悪影響を及ぼす」

「これいじめだよね!?」


 部活が終わると、俺は1年1組に向かった。後ろの扉は開いている。覗くと、彼女が独り、席に座っているのが見えた。

 足音で気付いたのだろう、俺が声をかけるより先に立ち上がり、振り向く。帰り支度は出来上がっているようだった。

「悪いね、待たせて」

「いえ、学校でやれることはいくらでもありますし」

 流石に彼女が部室に来るのは恥ずかしいので、部活終了後に俺が彼女の教室に迎えに行くことにした。この時刻なら殆ど人もいない。

 彼女は彼女で生徒会の仕事を真面目にこなしているらしいし、仕事が無いときは図書館で読書や勉強をしているという。

 元々中学の校区が違うだけに、家はそれほど近くはなく、朝一緒に登校することは難しい。しかし高校から見れば帰る方向は同じだし、2人ともバス通学なので途中まで一緒に帰るようにはしている。

 昼休みには屋上で弁当……と行きたいところだが、生憎ウチの高校は屋上が封鎖されている。ということで場所を探した挙句、敷地の裏手に小汚いがベンチがあったのでそこで食べることにした。校舎からは倉庫が陰になってよく見えないのもポイントだ。当然屋根は無く、雨天中止である。その場合はラウンジで落ち合い、弁当を受け取って教室に戻る。あまり目立ちたくはないので、交わせる言葉は少ない。帰りにいくらでも話せるはずなのに、ほんの30分程がとても惜しく感じる。そんなわけで俺の嫌いな天気は晴れから雨に変わった。ちなみに好きな天気は曇り。これは揺るがない。

 ……うん、こうして見ると、青春してるなぁ、俺。


 歩きながら、今日の部活のことを話した。いつも賑やかですね、と相槌を打つ彼女だが、文集の話をすると驚いたような顔をした。

「尾崎君が小説書くんですか」

「ああ、ちょっと圧力を感じさせてしまったかもしれないけど、な。でも俺は結構楽しみにしてるんだ」

「……そう、ですか……」

「……百合花さん、尾崎のこと知ってるのか?」

 言葉通りの意味ではない。噂が広がるのは早いから、1年でも大抵の生徒は知っているはずだ。だが俺は、彼女の返事に、単なる教頭の息子以上のことを知っているように感じた。何か関わりがあるのだろうか。確かクラスは違ったはずだが。

 彼女はきょとんとして俺を見返す。

「言ってませんでしたっけ? 彼、生徒会にいるんですよ」

「……へえぇ」

 少し驚いた。が、そう不思議なことではないだろう。

 更に話を聞くと、彼女と同時期に入ってきたという。彼女は入学してすぐに入ることに決めたのだから、相当早いことになる。

「入学前から決めてたのかな」

「そうかもしれないですね」

「生徒会での尾崎はどんな感じ?」

「真面目に働いてますよ。とは言っても、まだそんなにやることは無いんですけどね」

「そっか。……でも、結構忙しいよな、それって。両立できるかな。今年ウチ部員少ないからさ、辞められたりすると困るなぁ」

 軽口のつもりだった。しかし、彼女は眉をひそめる。

「……どうした?」

「……」

 彼女は答えない。赤信号の交差点で立ち止まったところで、ゆっくりと口を開く。

「……あんまり、気を悪くしないで欲しいんですけど」

 そう前置きをして、彼女は言った。

「彼は、本当に文芸部に入りたくて入ったんでしょうか?」

「……え?」

「嫌々やっているわけではないと思います。今後辞めるだろうというわけでもないです。でも……」

 言葉を詰まらせる彼女。俺は一番の不安を否定されながらも、得体の知れない不気味さを払拭できずにいた。

 信号が青に変わった。バス停に着いて、並んで腰を下ろす。

「……尾崎君は、文集を読んで文芸部に興味を持ったんだって言っていたんですよね?」

「ああ」

「でも、文集は入学して1週間後には既にありました。それから更に1ヶ月近く経ってから、何故入部したんでしょう」

「……別に不思議がるところじゃないだろう? 最初は興味無かったけど、何かの拍子で読んだんだよ」

 些細な事だった。だからこそ、俺は嫌な予感がした。

「……何か、知ってるのか?」

「……」


 バスが来た。乗る直前に、彼女はポツリと呟いた。

「……ちょっと、変な噂を聞いたんです」

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