転生図書館にて
リハビリ第二弾です。
気がつくと病院の待合室にいた。
どうやってここに来たかとか、今日が何日でここがどこかも曖昧だ…
「職場の集団検診はまだ先だったはずなんだが…」
周囲を見渡すと水色の検査服を着た老若男女が、一応に青ざめた顔をして、受付のカウンターを眺めていた。
だが、そこには看護師の姿も医療事務員の姿もなかった。ただ、立札が立っているだけだ。
「順番にお呼びしますので、心静かにお待ちください」
一見すると、人件費削除を目的に、受付を簡素化した企業の様だ。ここは規模からしたらかなり大きな総合病院のようなのだが、これでいいのだろうか?
しかも呼び出すとか言われても、番号札も持たされていない…
「なんだ?これ?」
自分の手を見たら、左手の甲にサインペンで雑に「203」と数字が書き込まれていた。
「くそっ、油性マジックだぞこれ、どうすんだよ」
昨今の個人情報保護の観点から、病院や銀行での顧客名を使った呼び出しは激減し、番号制度になっているのはわかる。わかるのだが。
「直に手書きはないだろう…」
そうやって自分の姿を確認すれば、周りの人と同じ検査服に、素足にスリッパという出で立ちである。
「どう見ても人間ドックか、その検診で引っかかって再度精密検査って感じだよな…」
検査の為なら薄着で素足も理解はできるが、なんとなく肌寒い。というか頼りない。
リノリウム張りの白い硬質な床に、白さの際立つ蛍光灯が、さらに寒々しさを際立たせている。
「しかもあちこち切れかかって点滅してるし…」
そこで違和感に気がついた。
「いくら受付とはいえ、医療機関で照明が明滅とか放置される案件か?」
これではまるで、ホラー小説に登場する曰く有りの病院ではないか。
青ざめた患者、誰もいない受付、明滅する蛍光灯…そして
「順番にお呼びしますので、心静かにお待ちください」
これヤバイやつだ…
焦りながら脱出口を探すと、壁掛けの大きなTV画面が目に入った。
病院の待合室らしく音声はオフになっていたが、それでも見出しと文字放送で、内容は読み取れた。
「昨日、午後9時頃、一方通行を逆走するトラックに巻き込まれて、学習塾を退社中の男性講師と、友人を待っていた女生徒が撥ねられました。二人は心肺停止状態で緊急病院へ搬送されましたが、1時間後に死亡が確認されたということです。警察によればトラックの運転手は、心臓発作により意識不明になり、トラックが暴走している時には既に死亡していたと発表されております。この人身事故は、被疑者死亡による書類送検のみで処理される見込みで、過労死したとみられるトラック運転手の雇用企業に何ら罰則が無いことを世論は…」
「…なお、この事故で亡くなった森本幹夫さん(34才)のご家族は…」
「あ、これ俺だ……」
どうやら俺は、転生トラックの事故に巻き込まれて、生まれ変わりの順番待ちをしている所らしい…
「まじかよ…」
呆然としていると、いつの間にか周囲のご同輩は一人減り二人減り、残り数人となった時点で呼び出しがかかった。
『203番の方、緑のラインに沿って6番受付までお越しください』
と耳元で囁かれた。
「うおっ!!びっくりしたぁ」
個人呼び出しなら名前でいいだろう!この手の甲のマジック意味ないし!
そうボヤきながら、俺は囁かれた通りに廊下の床に引かれた何本ものカラーラインのうち、緑色のそれを辿って、歩き出した。
ペタンペタンと安いスリッパの音が響く中、ふと脇を見ると、1と書かれた扉が目に付いた。
「ここが1番受付か…」
扉の上部には、小さい丸窓がついていて、中が覗えそうだ。
「野次馬は品性が下がりそうだが、やっぱ気になるよな…」
診察室なら厳禁だが、受付ならばと自分の良心に言い訳しつつ、そっと中を覗いてみた。
「道場か?」
中は何故か広い板張りの部屋で、奥の壁には木刀が何本も掛けられていた。
部屋の中央には、上座に正座する道場主と、下座に正座する稽古着の老人が、大振りの湯飲みで茶をすすっている。
扉から部屋の中央までかなり距離があるはずなのに、二人の声が、不思議とはっきりと耳に届いた。
「多くの子孫と弟子に囲まれての大往生、よかったのう」
「私も畳の上で死ねるとは、思っておりませんでした」
「うむうむ、そなたの人徳じゃな。さてこの度、このままなら極楽へ行けるはずのそなたに声を掛けたのは他でもない。修行の続きを別な世界でやらないかという誘いじゃ」
「なんと!その様な事が可能なのですか?ならば是非!」
「うむ、そなたならそう言うだろうと思ってな…だが、転生先はこの世ではないぞ?」
「たとえそれが、修羅界であろうと、この道を究める事が適うならば!!」
正座したまま詰め寄る稽古着の老人に、若干引きながら、道場主が答えた。
「よしよし、この世ではないが、あの世でもない。戦国時代によく似た異世界というものがあってな…」
そこまで聞いて俺は、その扉の前から離れた。
「なるほど、基本はああやって生前の徳の高い人に、特典として神様か誰かが声掛けしているんだろうな…」
こうなると次の部屋も気になる…
隣の2番受付も覗いてみた。
すると
「申し訳ございません!!」
純白のトーガを身に纏った、金髪の女性が土下座していた。
その正面には、憮然とした表情で腕を組む、スーツ姿の社会人男性が仁王立ちしていた。
「あ、これ駄女神転生だ…」
この先の展開が読めた時点で、俺はそっと扉から離れた。
「この場合、ドジな女神の失敗に巻き込まれて転生することになった男性と、その彼からこってり嫌味を言われたあとにギリギリまで転生特典を搾り取られる女神のどちらに同情するべきか…」
などと考えながら次の部屋に進む。緑のラインはまだ先へと続いている。
3番受付は…
「やあ、僕は悪くない邪神だよ!」
教室の教壇の上で、中学生ぐらいの男子が、満面の笑みで話していた。
生徒側は、綺麗に6列に並んだ机と椅子に、何かふわふわとした青白い光の塊が浮いている。
その数、36.
「うんうん、昔は40人以上が普通だったけど、今は少子化らしいから、これでも一クラスなら多いほうだね!」
自称、悪くない邪神は勝手に話掛けている。生徒?側の声は聞き取れないが、それなりにザワついているのが、人魂?の動きから読み取れる。
「さて、今から皆には異世界転生してもらいます。拒否権はないです。現世に戻っても、もう戻る肉体がありません。現代日本に転生するには、皆の年齢ではカルマが足りません。ミミズとかアメンボなら転生できるけど、したい? でしょ? そんな皆に僕から、クラス転生のプレゼントです!」
そう宣言されて、人魂の半数は熱狂的に喜び、残りの半数は困惑している様子だ。
「君達が転生するのは、中世の欧州に良く似た異世界で、魔法も魔物もダンジョンもあります!」
「でもそのままだと、皆、死んじゃいそうなので、転生特典もあげちゃいます!」
そう聞いて、さらにテンションが高くなる半数と、引き気味になる残りの半分の人魂。
「最初は、細かく自分でカスタムできる方法も考えたんだけどね。無茶したり理解できなくて失敗する前例が多すぎたので、今回から簡単にしました!」
ブーイングしてるらしいのと、ほっとしたのも半々。
「ここに伏せた52枚のカードに、それぞれクラス(職業的な)とスキルと装備が書かれているんだ。どれか選べばそれが君の転生特典になるよ。ただし一人1枚ねw」
そう聞くや否や、人魂の最前列にいた一つ?一人?が飛び出して、2枚のカードを掴んだ。
「はい!アウト! いるんだよね、一人1枚って限定してるのに複数とったり、他人のを奪おうとするクズがw そういう輩は、罰ゲームとして100年間、カマドウマとして転生してもらいます。死んでも死んでもカマドウマの刑ですw」
そっと扉から離れた…
「100年、カマドウマは嫌だな…」
さすが悪くなくても邪神なだけある。刑罰がえげつない。
でもそれを見越して人数分以上のカードを用意してあるのは、優しさなのかな?足りなくなって特典無しで転生とか、無茶振り過ぎるもんなぁ。
4番は無くて、次の部屋は5番だった。
そして何故か偉そうな幼女が、パンツ1枚で正座している青年に説教していた。
「だから、ガチャ転生って言ってるでしょ。スキルも装備も全部ガチャなの!」
「いやそれは理解した…したくないけど無理矢理した。しかし最低限の保障も無しに全部ガチャで決められるのは…」
「何が不服なのよ、十連回せばレア保障って言ってるじゃない!」
「それ、チケットが10枚しかない以上、スキルか装備のどっちかしかもらえないって事だよな」
部屋の中央には2基の巨大なガチャマシンが鎮座していた。片方には『スキル』もう片方には『装備』の札が掛かっている。
「いいじゃない、レア確定よ!スキルなら剣術4か火魔法3ぐらいでるし、装備なら鋼の銘有り剣か魔道士のローブ級がでるんだから。」
「それでフル装備の素人かパンイチの達人が出来上がるわけだ」
「それこそガチャの醍醐味じゃない!」
「無茶言うなや!」
うん、ガチャ転生は嫌だな…