アキラ料金制度
赤レンガを後にして、向かった先はデートスポットとして有名な公園だった。眼前に大きな船を捉えた頃に、内心に宿っていた男心が少し暴走しそうになった。
俺らしくもなく、少しだけ早足で公園内を歩き出すと、
「待ってよぅ」
一緒に来ていた少女を置いていきそうになっていた。
「ごめんごめん」
背後にいる結衣に謝りつつ、駆け足でやってくる彼女を待った。
遠くから船の汽笛の音が聞こえた。そんな音に耳を澄ませつつ、公園内を歩いていた。今更ながら、有名デートスポットだけあって公園内はカップルまみれだった。
「さっきまでと打って変わって嫌そうな顔だね」
そんなカップル達に向けて恨みの籠った視線を送っていると、結衣に苦笑された。
「良い天気で良い景観なのに、人間がいることが受け付けられない」
「また変なこと言ってる、この男は」
呆れられた。本心を言ったのに、何故賛同を得られなかったのか。到底賛同を得られると思っていなかったし、しょうがないね。
「ただの僻みだから、真に受けるな」
「僻み? 何に僻んでいるの?」
「カップルだなんて、目の毒だ」
「一応、今あたし達デート中なんだけど……」
確かに。
まあでも、デート中でも俺達カップルってわけではないし。だってお前、俺のこと嫌いなんだろう?
考えてみるとそうだ。
俺達カップルでもないのにデートだなんて、少しおかしくないだろうか。カップルではない奴をデートに誘うだなんて、まるで思考がビッチ……。
「あいたたたっ」
考えが見え透かれていたのか、結衣に頬を抓られた。痛い。
「ほら、行くよ」
ようやく再び、俺達は公園内の散策に戻った。
温かい日差しを浴びながら、たくさんの人を避けながら歩いて、芝生。噴水を横切っていった。
「ほら、あそこがかの有名なマッカーサーが泊まったってホテル」
「へー」
「ほら、あれがかの実寸大有名ロボット」
「へー」
「ほら、あちらがかの有名なベイブリッジ」
「へー」
都内に住んでいる割に、随分とこの辺に詳しいんだな、と思った。さすがにロボットのことは俺も知っていたが。
それだけデートリサーチを入念にしていたってことか。
「あたし、この公園でデートしてみたら一回はここに来たかったの」
楽しそうに、結衣が言う。
その大切なこの公園の散策を、俺なんかと一緒で良いのだろうか。疑問に思ったが、口には出さなかった。
それからもしばらく、俺達は公園内を散策していた。
実寸大ロボットの傍に近寄ってみたり、客船を遠巻きに観察したり、そんなことをしていた。
「そろそろ帰る?」
しばらく公園内を楽しんで、そう提案してきたのは結衣だった。
「そうだな」
そう思って、電車の駅はどの方角か、周囲を見回して観察した。生憎、最寄り駅は地下鉄だから、周囲を観察しただけではどの辺に駅があるかはわからなかった。
丁度その時、海を駆けるシーバスを視界に捉えた。
「なあ、あれ乗ってみない?」
どうせ戻るなら、シーバスで戻ってみるのも悪くないのではないか。
そう思って、提案した。
「おっ、いいね。じゃあ、乗り場まで行ってみますか」
結衣は楽しそうに頷いた。
海を眺めながら、シーバス乗り場まで歩いた。
シーバスの発券口は、旧時代の映画館の発券場のような様子だった。受付の人がガラス窓の奥に座り、僅かな隙間からお金と券の受け渡しをするスタイルだ。
まもなく、シーバスがやってきます。
発券場の傍でアナウンスが流れた。
「丁度良かったね」
「うん」
簡素な返事を返すと、もう一つのアナウンスが聞こえてきた。
マリーンルージュ。
所謂、遊覧船。この辺の港を一周するらしい。14:30発のコースは、六十分コースだった。
「面白そうっ」
そう食いついたのは、結衣だった。
「いやいやいや」
対して俺は、あまり乗り気ではなかった。
アナウンスの言葉を聞いて、躊躇したのだ。
「二千円は高すぎる。俺の懐事情的に無理」
シーバスの運賃は七百円。電車の運賃と差し引きすれば、まだ現実的な価格だった。
ただ遊覧船の二千円は、高校生には少し重い金額だった。ここまで結構遊び歩いたし、それも財布の紐を固くした一因だった。
「任せて」
しかし、結衣は既に遊覧船に乗り込む気満々らしい。
「任せてって。そんなお金、お前に持ってもらうわけにはいかないぞ?」
「大丈夫、あたしのお金じゃない」
何を言うんだ、こいつは。
「アキラ料金って制度が、ウチにはあるの」
なんで俺の実名が……?
「まあ、別にアキラに限った話じゃないんだけどね? 同学年の異性と清い交遊の際、我が家では事前申告することでお金をもらえます」
「はあ」
「ただの遊びなら三千円。デートなら一万円が支給されます」
「はあ」
……もしかして、こいつが今日のお出掛けをずっとデートデートと俺に協調して言っていたのって、その支給額の件があったからなのだろうか。
遊びではなくデートで両親に申請した手前、後ろめたい気持ちを残したくないから俺をそう言い含めたのかもしれない。
「ただまあ……色々と条件が厳しいわけですよ。どこの馬の骨ともわからん男のために、ウチの親もお金を出したくないの」
「はあ」
「だから、この制度は基本的には体を成してない。ただ一人を除いて、ね」
「はあ」
「ウチの親も、アキラだけは認めてるんだよね。匂いでわかるってさ」
「はあ」
「だから、実質これはアキラ限定に適用される交遊申請制度。故にアキラ料金制度」
「変な命名すんな」
話半分に聞いていたけど、聞く必要はなさそうな話だったな、うん。
「いやあ、お母さん達凄い興奮しちゃってさ。アキラと遊ぶって言ったらデートにしなさいって言われた。挙句、デートプランを提出しろだなんだと色々言われちゃったよ」
俺の文句に耳も貸さず、感慨深げに結衣は腕を組んで唸っていた。
それにしても、それはつまり諸悪は結衣のおばさんってことか。
「ただその代わり、晴れて倍の金額を今回支給してもらえました」
「それは、ご苦労様」
「ううん。だからさ、このお金で船に乗ろう」
「いや、でもそれはお前のお金だろうに」
「馬鹿だね、アキラは。このお金、余らせて着服させるわけにもいかないんだよ? 元はお母さんのお金だし。だったら一日の思い出のために遊覧船のために使う方がお得じゃない」
確かに。
……そうなのか?
「お前は、それで良いの?」
「勿論」
……まあ、そこまで言うのであれば。
これ以上、結衣の気を汲まないのも彼女に悪いってもんだ。
「わかった」
俺は、深く頷いた。
「でも、そのお金は今度必ず返すから」
「良いよ。大丈夫」
譲らない彼女に、この場は一度収めて、俺達は遊覧船へと乗り込んだ。




