デートプラン
あけましておめでとうございます。思ったより休んでしまいました。
綿飴のような白い雲が空を泳いでいた。電車に揺られながら、のんびりと外の景色を眺めているとそんな自由気ままな雲に羨望の眼差しを送っていた。
空、とは。
複雑怪奇に絡み合いいがみ合う人間とは違い、マイペースで良いなあ、とぼんやり思った。
人智を超越した自然界は、規律を重んじる人間の歩調を見出す言ってしまえばおじゃま虫。それでも、人は生きていくために自然界に歯向かうことは許されていない。それこそ、中世の奴隷主人と奴隷の関係のように、自然界は常に人を脅かす者で人は脅かされる者。
自然界代表格とも言える空は、いつもマイペースに晴れたり雨が降ったり風が吹いたり。
自分のペースでいれる。なんと羨ましいことか。
そんなことを思うのは、俺が最近色んなことに振り回されているせい、なのだろうか。
どんなことに振り回されているか?
……そりゃあ。
俺のテニスウェア至上主義の女にオーバーワークを命じられたり。
俺のテニスウェア至上主義の女に玉突き事故の要領で振られたり。
俺のテニスウェア至上主義の女にいた弟子のため上納金が増加されたり。
「はあ……」
「何よ、折角のデートなのに深いため息」
お前との数週間の生活を振り返っていたら気が病みそうだった、とは言えなかった。
そして、そんな言葉を引っ込めながらまた今日もこの幼馴染に振り回されようとしている状況に頭を抱えたい気持ちに駆られた。
ただ、今日はちょっといつもとは系統が違うんだよな。
やるせない気持ちになった後、俺はその事実を思い出す。
デート、デートと強調するこいつに羞恥の顔を見せなくなったのは、何故だがこいつがあまりにもずっとそれを強く強調するから。
まあ確かに。
男女が二人で仲睦まじくテニスウェアとは関係なくお出掛けをするのはデート、と言って何ら差し支えないのだろう。
そんなこいつの提案するデートに促されるまま電車に乗り込み、気付けば三十分着近く電車に揺られていた。
そこそこの長距離移動。
一体、どこに行くつもりなのか。聞いたが、結衣はそこを教えてくれなかった。
当人曰く、それは着いてからのお楽しみらしい。
そんな言葉に勘ぐってしまうのは、日頃のあいつの行いのせいである。
結衣の言葉に曖昧な返事を返して、車窓からの景色へ再び魅入ることにした。
テニスウェアと関係ないこと、と言っても、ここ数週間突拍子もないこいつの提案にどれほど振り回されたことか。さっきの言葉では日頃の俺の頑張りを労うため、と言っていた。
最初はその言葉に照れたが、時間が経つにつれて照れよりも不安が増していくのだった。
だから今となると正直、まったく気乗りしない。
だから、まるで納期間近の仕事を振られたサラリーマンのように、この世の終わりのような深い溜め息を吐いてしまうのだった。
「もー、折角のデートって言ってるでしょ」
「……うぅん」
再び、曖昧な言葉が漏れた。さすがにこの有耶無耶な態度は良くないと思い始めていた。
「折角のデートと言っても、言い方悪いけどお前相手だとなあ」
「欲情しない?」
「欲情してほしいの?」
「まさか」
だったら言わないでもらえるかしら。
「最近の振り回されっぷりを考えると、やっぱ碌なことにならないだろうって思ってしまう」
「……ふぅむ」
何かを言いかけるも、結衣は顎に手を当てて考えに耽るのだった。
「……まあ、日頃のあたしの行いのせいね」
「そうだな」
「それはまあ、どうしようもない」
「どうしようもないかー」
「うん。信用してって言っても出来ないでしょ? それでも信用してとは言うんだけど」
「まあそうだな」
そう言うと、再び結衣は物思いに耽る。
しばらく考えて、結衣は渋々といった感じに自分のスマホのアプリを開いて、俺に手渡してきた。
「何?」
「今日のスケジュール」
聞いてから視線を落とすと、メモ帳アプリにびっしりと時間と場所が記載されていた。
「本当は、プラン通りに行くかもわからないしサプライズにもなるし見せる気はなかったの」
さっき、そんなようなこと言ってたしな。
「でも、不安の種になるなら良くないなー、と思って」
そう言い、結衣は、はい、と俺にスマホを受け取らせた。
スマホを受け取り、逡巡と一瞬した後、文字を追った。
そのメモを見ていて思ったのは……なかなか、入念に今日のプランを考えていてくれたのだな、ということ。
そして、それだけ色々考えてくれていた結衣に対する幾ばくかの罪悪感だった。
ある程度文字を追って、俺はスマホを結衣に返した。
「なんかごめん」
「ううん。今日は楽しもうね」
……日頃強欲なくせに。結衣らしくもない。
だなんて意地悪く口をすぼめる俺は、なんて男らしくないのだろうか。
情けなさに、思わず俯いた。
と、丁度その時だった。
ガタン、と電車が揺れた。緊急停止のようだ。
「きゃっ」
隣に立っていた結衣がフラついた。
「危ないっ」
下心もなく、気付けば俺は結衣の腰に腕を回して……結衣を抱きかかえていた。
つり革を必死に掴んで、電車が完全静止した頃、ゆっくりと深く閉じていた目を開けた。
そして、虚を突かれ呆然とした間近にある結衣の顔と目があった。
思わず、パッと這わせていた腕を解いた。
「……ごめん」
顔が熱い。
「なんで謝るの。助けてくれたんじゃん」
「……確かに」
「ありがとう」
快活に微笑む結衣に、バツが悪くなった俺は渋面を作って頬を掻いた。
まもなく流れた車内アナウンスで、先の駅で線路に人が立ち入ったと駅員が言った。
「早速プランが崩れちゃった」
そう言い苦笑する結衣に、俺は高鳴る心臓をひた隠すだけで精一杯だった。




