奥村アキラの限界
タイトル思いっきり変えてええか?
マッチポイントを握られる度にいつも思っていた。
今日も負けか。
家に帰ったら勉強をして、そうしてこの試合のことはさっさと忘れよう。
……ああ。
試合、早く終わらないかな。
いつも、そんなことを思っていた。
試合に負けて、負け続けて……持っていたプライドはズタズタにされて、ただ苦痛だった。
チャンピオンシップポイントを、平塚に握られた。
5ゲームも離され、試合展開は劣勢では片づけられないようなそんな事態。
いつもなら、こんな展開になればもう……諦めムードを漂わせていたと思う。
でも不思議だった。
今日は、違った。
この楽しい試合が、ずっと続けば良いのに。
息をするのも苦しいのに。
体は思うように動かないのに。
……また、負けているのに。
俺はそんなことを思ったのだ。
「ゲーム奥村、1-5」
平塚のチャンピオンシップポイントを乗り切って、ゲームを奪えた。
騒がしいギャラリーの声が辛うじて耳に届く。
それでも、意識はこの楽しい試合に、ずっと向けられていた。
準決勝。
逃げない。
足掻く。
そんなことを誰かに教えてもらい、塩田君に勝利出来た。
あの試合から、平塚との試合。
本当に、楽しかった。
策を弄し、ミスを恐れず、相手を出し抜く。
それが、ただ楽しかった。
「ゲーム奥村、5-2」
負けたくない。
いつもならそう思っていたのに、今は微塵もそうは思わなかった。
明日筋肉痛になることは確定。
汗が止まらない。
ゼェゼェと息が切れる。
そんな状態にも関わらず、俺はただこの試合を続けたかった。
この楽しい時間を、終わらせたくなかった。
「ゲーム奥村、3-5」
どうして、コードボール狙いをしようと思ったのか。
理屈では説明出来ない。
ただ、あの場面でそれをするのが、面白そうだから。
そう思っただけだった。
勝敗に意識を注いでいては、そんな思考になることはなかっただろう。
もしそうなっても、実行しようなんて思わなかっただろう。
でも、俺は実行した。
今更気付く。
俺にとって……勝利は、足枷だったんだな、と。
今、繰り広げるテニスに……昔の景色が重なる。
天才少年と呼ばれる前。
一番、俺が強かった頃。
あの頃の俺は……勝利なんて一切気にしていなかった。勝っても負けても、自分のしたいことが出来たのか。練習したことが実践出来たのか。
そのことばかり、考えていた。
邪心がなかったのだ。
今ならわかる。
あれが、俺の強さだったのだと。
そして、今思う。
今の俺は……強いって。
「ゲーム奥村、5-4」
息が切れる。
視界が滲む。
体が、重い。
……でも。
でも、まだ動けるよなって……心が叫ぶ。
まだ、楽しみ足りない……!
全然……全然、足りないんだって!!!
心が。
脳が。
魂が……!
戦いを……渇望していた……!
「15-0」
……しかし。
限界が、やって来た。
平塚に賞賛だった。
常軌を逸したコードボール攻めに対して……試合終盤、体力の限界はあいつだって近いようなそんな状況での執拗な前後の揺さぶり。
あいつはそれを、ひたすら冷静に捌き切ったのだ。
常にコードボールを警戒していた。いつでも、前に出れる準備をしていた。
だから俺も、コードボールを打つまでの準備を要する必要が生じさせられた。
左右に振り。
体勢を崩し。
後ろに追いやり。
最初は無策で決まったコードボールが、ゲームを重ねる度に決まらない。打てない。そんな状況に追い込まれていったのだ。
ゲームは連取出来ていた。
……でも、コードボールを打つまでの打数は増える一方だった。
最初は3球以内に決まったのに。
それが5球になり。
10球になり。
そうして、20……30と増えていった。
そして俺は、最後の体力を奪われ切ったのだ。
もう、足は痙攣していた。
逃げずに、足掻いた。
その結果が、結局敗北。
いつもと。
前と。
何も変わらない、敗北。
でも……俺の心の中に後悔はなかった。いつもなら一分一秒でも早く負けた試合のこと、忘れたいと思っていたのに。
多分今日の試合は……当分、しばらく。
忘れられない試合になるだろう。
だって俺……。
逃げなかったから。
足掻いたから。
だから、後悔なんてそんな無念はまるでなかった。あるのは、ただ……幸福感だけだった。
……お前の言う通りだったよ、結衣。
全力を出し切れて良かった。お前の前で、全力を出し切れて……本当に、良かった。
だから、ありがとう。
「ゲームセットアンドマッチ平塚。2セットトゥ1。7-6。1-6。6-4」
そして、ごめん。
次は必ず、勝ってみせるよ。
やっと試合終わったわ。ラブコメが名ばかりになってて楽しかったけどさ




