第47話 ジョリーロジャー
海賊というのは、現代のメキシコ湾にも居る。まあ、海賊といったって、よく一般人が想像するような義賊的な陽気な奴らじゃなくて、メキシコ湾の油田設備や海洋作業船を襲って、高そうな機器を根こそぎ奪い取って転売するただの強盗といった奴らだ。そりゃ、昔はメキシコ湾にもスペインの財宝ガレオンを襲い、弱き民を救うなんていうロマンと夢にあふれた奴らもいたんだろうさ。だが、21世紀においては、そんな理想では飯なんざ食えない。今の海賊がやることは、ただ、より弱い民間人を殺して奪うだけ、俺のようなファッキンギャングと同じさ。しっかし、メキシコ湾周辺には世界最強とか言われてる米海軍も居るって言うのによくやるよな。まあ、DEAのエージェントがメキシコ国内に潜入捜査してる中、ブツの取引を続けてた俺たちも人のことは言えないがな。
話をこっちの世界に戻そう。デヴィルサイドの女海賊ヴィオラ・サルチェは、海警団により街の規制が強化されたせいで仲間と落ち合えず、ブッフホルツに一人取り残されていたようだった。彼女を仲間の元へ連れて行く代わりに、俺たちをデヴィルサイドの根城に案内して、彼らのリーダー、オフェリア・エヴァレットなる者と会わせてくれるという約束を取り付けた。
彼女曰く、海警団に攻撃されそうになっても、無傷で通過できる秘密の暗号があるというが、果たしてうまくいくのだろうか。
俺たちは、ファンティ・シャーフェイのジャンク船へと必要な食料や資材を乗せていた。重傷のリンインたちは船室のベッドに寝かされ、あとの乗組員たちは、せわしなく、積み込むものの選別をしていた。
「あれ?全部物資を運び出さないのか?どうせ今後使う予定もないなら、全ての物資を積み込んで、派手にこの拠点を焼き払っちまえばいいのに。」
「そうしたいのもやまやまだが、短い航海だし、下手に船に荷物を積み過ぎると重くなって速度が出ないだろう。それにここは、かなり良いアジトだ。今後、ほとぼりが冷めて戻って来た時に、ゼロから再建するより、何らかの足掛かりがあったほうがいいだろ?あと、もし今後、何らかの理由で憲兵隊や海警団に追われるような奴がいたとき、こういったセーフハウスが街の近郊に残ってた方が役に立つだろう。」
ズーウェンは、戦列艦「ヘネラル・プリンシペ」とぶつかって壊れたジャンク船の外装を修理しながら言った。まあ、今後のことを考えたら、そうかもしれないな。それにしても、つくづく他人のためが好きな組織だぜ。そういうところは嫌いじゃないが、そんなんだから、付け込まれてしまったわけなのだが・・・。
「それで、あのヴィオラって女、どう思う?信頼できると思うか?」
「さあね、でもあのメイリャオが信じるってんなら、俺からは何も言えないよ。」
「・・・まあ、嬉しい事いってくれるじゃあないかズーウェン。」
俺の質問に答えるズーウェンの後ろでにわかに声がして振り返ると、メイリャオが立っていた。
「でもね、実はいうと、うちも、ヴィオラは何か隠してるとは思うよ。だけど、デヴィルサイドにはそんな奴だらけで、珍しい事じゃないからね。問題は、信用に足りるかどうかってところ、そうだろ。少なくともうちは、あの子が、うちらに有害な嘘は付いてないって感じた。」
「やけにデヴィルサイドに詳しいんだな。」
「・・・うん、まあ隠してるわけじゃないしいいか。」
メイリャオが遠い過去を思い出すような瞳の色で、洞窟の虚空を見つめる。ズーウェンは、気を使ってか、「じゃ、俺はこれで」と、自分の作業に戻っていった。
「察しのとおりさ。うちは、昔デヴィルサイドに居たことがある。」
「そうじゃないかとは薄々思っていたよ。」
「もう10年くらい前さ。うちがまだ、マティーナくらいの年だったころさ。いろいろあって、家族を失ってさ。最終的にバルボアの闇市に流れ着いて、そこであの女と出会ったんだ。」
「あの女って、オフェリアか。」
「そう。あの女も似たような境遇だった。二人して海賊の下働きみたいなことしてさ・・・そのころは、そりゃ酷い扱いで、ヴォーンの地下街のはぐれ娼婦たちを見ると、あの頃の自分を見ているようで・・・いや、その話は割愛しよう。思い出したくない。すまない。」
「あ、ああ。話したくないなら聞かないぜ。」
「そうだな・・・あの女は、なんていうか、要領がいいんだ。卑劣な雇い主の野郎を殺して、私掠船免状と船を掠め取ることを、酒飲み過ぎて頭痛いなー!くらいの気軽さでうちに提案してきた。最初は半信半疑だったし、失敗して、それこそ、本当に奴隷として売られたり、最悪サメの餌にされるなんて御免だったから、聞かなかったフリをしてたんだ。」
「でも、乗ったのか。」
「いや、成り行きでそうなっちゃった。ちょっとしたきっかけで、うちが、雇い主のクソ野郎に馬乗りになられてさ・・・あれは、犯されるというより、命自体の危険を感じて・・・。その時だよ、あの女が、後ろからこっそり近づいてあの野郎の汚い股間に折れたデッキブラシの柄をぶっ刺したのは。」
おお・・・そりゃ痛そうだ。つまりは命の恩人ってわけか。なんでデッキブラシをぶっさせるくらい股間ががら空きだったのかは聞かないでおこう・・・。
「あとは・・・白目向いて倒れた奴の頭に、うちは夢中で何度も何度も、近くにあったバールを振り下ろしてた。あの女がうちを抱きしめて止めるまでね。その晩、二人で死体を海に投げ捨ててさ。そうやってうちらは、私掠船を手に入れて、二人だけの海賊団が出来たってわけさ。」
メイリャオは、語気を強め、まるで、その時の光景をフラッシュバックしているような目で俺を見ていた。
「それが、今のデヴィルサイドの元ってことか。」
「そう。その船の船首には気味の悪い叫んでるみたいなポーズしたガーゴイルが乗っててさ。だからシャウト・アット・ザ・デヴィルって名前の船だったんだけどね。もううちらはあのガーゴイルみたいに悪魔の側に墜ちたんだなって血まみれで笑い合って。それからは、元の船員の中からうちらに従う奴だけ残して、抵抗するやつは粛清した。そんで、そのまま“デヴィルサイド”って名乗ったのさ。」
笑った彼女の顔は、どこか少女のままの無邪気さを感じさせた。ファンティ・シャーフェイでは、大人びた態度を演じているものの、実は、10年前から彼女の時は止まっちまっているのかもしれないなと、俺は一人納得した。
「海賊としては、うまくいったのか?」
「そうさね、いろいろとやったよ。密輸や商船護衛みたいなライトなやつから、襲撃や暗殺、集落の焼き討ちなんてハードなものまでね。着々に勢力を拡大したわ。でも、それも北方戦争が始まるまで。」
「なるほどな、巻き込まれて、散り散りになったとか?」
「いいや、どちらかというと、飛び込んでしまった、かな。そのころは配下の船を5隻も従えるようなでかい海賊団になってて、うちらも、何か一発でかい仕事をしないと、船員を養えないって焦ってた。そんな時、北方戦争が始まった。エスタンシアの海軍に協力して、海軍の軍艦の後方補給に参加すれば大金が貰えるって話がきた。オフェリアは、海軍の奴らは信用できないって強固に反対したんだけど、うちは、食べさせるためにはえり好みできないとオフェリアの反対を押し切って仕事を受けたんだ。最後はあの女も渋々了承したけどね。」
メイリャオは、悔しさの滲んだ顔で、でも過去は変えようがないという事実に諦めの表情をしていた。
「結果は、散々。うちらの船団は、正規の軍艦じゃない。ちゃんとした戦闘準備なんてしていなかったにもかかわらず、敵の艦隊の矢面にたって集中砲火を浴びることになった。状況に気づいて反転したものの、6隻中5隻は・・・うちらが乗ってて魔導炉を搭載してた旗艦“シャウト・アット・ザ・デヴィル”以外の5隻はすべて轟沈、仲間たちは海の藻屑よ。」
「なんでそんなことになっちまった・・・?」
「当時の海軍の艦隊指揮官ラ・コリーナの策略さ。はじめから私掠船団を騙して雇い、偽の指示をだして、あえて北方海軍に撃沈させて、エスタンシア海軍の艦隊の残存数を誤認させるための囮に使うって腹だったんだ。」
「ちょっと待て、エスタンシアに海軍なんてあったのか?というか、ラ・コリーナってのは、今、海警団の総司令官じゃないのか?」
「ああ、そうかアントニアは知らないのね。北方戦争のころは海軍があったんだよ。」
「何で無くなったんだ?」
「北方戦争の推移と関係がある。あの戦争自体は大陸での騎兵隊の快進撃でエスタンシア有利で進んだものの、海軍は権力闘争っていうのかな。ラ・コリーナはじめ偉い奴らが足のひっぱりあいで負け続けて、終戦のころには艦隊はほぼ壊滅してたんだ。ざまぁないよね。戦後、事態を重く見た元老院が、海軍を軍務省から取り上げて、内務省の管轄の海警団として再編されたんだ。元海軍の幹部は降格されたり左遷されたり処分されたんだけど、ラ・コリーナは壊滅の責任を他人に擦り付けて、再編された海警団でも高位を保って、順々に出世して総司令官にまでなったのよ。」
思いがけず、歴史の授業みたいな話になっちまった。だが、周辺の経緯みたいなものは、よくわかったぜ。
「エスタンシアの海の警備を、バルボア海賊の力を借りなきゃままならない状態にした張本人だっていうのに、そんなやつが総司令官だなんて、皮肉だよね。」
「ただのクソ野郎じゃねえか。」
「まあ、簡単にいえば、そう。オフェリアがあの仕事を受けたくなかったのも、ラ・コリーナがクソ野郎だって気づいてたかららしいの。でもうちは、お金のために無理やりそんなクソ野郎の仕事を受けてしまった。結局うちは、皆を思って受けた仕事で皆を死においやってしまった。だから、もうデヴィルサイドには居られないと思って、去ることにしたの。」
「べつにお前だけのせいじゃないだろ。オフェリアって女だって、最終的にはGOサインを出したわけだし、罠にハメたのはお前じゃなくて、その、ラ・なんとかいう野郎だろ?。」
「いや、うちの中で収まりがつかなかったのよ・・・オフェリアはもちろん引き留めたけど。」
「そのまま、袂を分かったわけか。」
「・・・そうね。その後は、いろいろあってグオ先生に拾われてさ。最初は、デヴィルサイドでの経験を生かして、船を使って他の地域から逃げてきた娼婦たちを海路や水路を通じてヴォーンの街に匿う仕事をしてた。そして次第に、彼女たちの働く場所を守る仕事を任されるようになって、あとはアントニアが知ってのとおり、この間までのうちになったってお話。めでたしめでたし。でもそれからは、オフェリアには一度も会ってない。会ったら一目でわかるような派手な女だから、本当にすれ違ってすらいないと思うよ。」
しかし、メイリャオも壮絶な道を歩んできたんだな。まあ、何かしらの理由が無けりゃ、アウトローなんて人生を選択しないもんな。
「つまらない自分語りをしてしまったわ。ごめんね、アントニア、忘れて頂戴。」
「いや、お前の過去が知れて、またひとつお前の事、理解できた気がする。オレも嬉しいぜ。で、結局メイリャオは、今、オフェリアのこと、どう思ってるんだ?」
「・・・どうかしらね。向こうは、ヴィオラの言うことを信じると、覚えててくれているみたいだし、怒ってはなさそうだけれど、うちももう10年も逢ってないから、今更、顔を合わせるのもどうかって。だって、今はあの女にも新しい仲間がいて、うちにも家族がいる・・・。うちは極力隠れて会わないほうがいいのかもなって思ってもいる。」
「ま、そこはあって本人に聞いてみないことにはわからないんじゃないか。とりあえず、ツラ合わせてみねぇことには何も始まらないぜ。」
「・・・そう、ね。」
そうつぶやいたメイリャオは、洞窟の暗闇と湿気の臭いに揺らいだ魔導燈のゆらめきをただみつめていた。
―――
俺たちは、夜明けを待って、ここを立つことにした。最低限の食料と、必要物資のみを詰め込んで。人がいなくなった洞窟のアジト。その通路を彩っていた魔導燈の明かりがシンファによって落とされる。静まり返った暗闇の中に湿った匂いだけが鼻をくすぐる。船に灯った紫色の低視認燈は、まるで幽霊船かというように暗く冷たい。
ここから出航したのち、しばらくはこの国、エスタンシアには戻ることは無いのだろう。寂しいような、清々しいような不思議な感情を抱いていた。いろいろなことがあったな。俺が転生してエレナと出会い、ヴァランディガムからM29を回収して、バルバラが味方して、ヒエロニモのおっさんに襲われ、ロレンツォとバルタザールに捕まって、ミオに世話をやかれ、イザベル、教会の二人、ルーシーとガネット、やかましい姉妹、それに思いがけず再会したジャンゴ。得体のしれない魔女たち、アヴェルサにファンティ・シャーフェイ、ルビーとマティ、クライツェル、シーラ、そしてヴィオラ。流れるままに流される、フアレスに居た頃の俺と何も変わっちゃいない。そしてこのまま、再びアウトローの道へと真っ逆さまに堕ちていくのだろうか。ただ、いえるのは、今の俺の隣には、俺が無軌道に転落していくことを良しとしない奴がいるってことくらいか・・・。
「アディオス、エスタンシア。次に戻ってくる時は、もうすこし物騒じゃなくなっててくれよな。」
朝の光は、海のきらめきを増幅させて、俺たちの目をくらませる。メイリャオはまた絶妙な操舵で入江を抜け、そして、すこし沖合を通ってから南下を始めた「ユンロン」号だったのだが、しばらく海原をいくと、案の定、追いかけてくる船影が見える。キラキラと魔導素子を上空にまき散らす煙を吐き出している黒い船。魔導動力船ってやつか。
「海警団の軍艦、やっぱりでたわね。」
「ああ。船体に“08”のペナントナンバー、外輪式の魔導フリゲート、あれは艦長カルロの『アトラス』だな。」
双眼鏡で確認する。たしかに艦首に08って書かれてるな。ちょっとまて、アイツら、艦首の大砲を動かしてやがるぞ。ズーウェンもそれを確認したようで、シンファに声をかける。
「魔導砲、来るぞ。防御結界の準備を頼めるか!?」
「やれやれ、人気者はつらいね。」
シンファが防御魔法を展開しようとしたところで、ズーウェンが異変に気付いた。
「いやまて、あの魔弾の色は、対結界榴弾だ・・結界にあたった衝撃で複合魔石が爆ぜて、魔石の内に入っている鉄片が俺たちに降り注ぐって代物だ。」
「わかった、対魔導・対物理の多重結界を構築するね!ちょっとだけ時間をもらうよ!」
「いや、そんな時間はおそらく無い・・・!あいつら、装填を始めやがった。」
つまりは、拡散弾みたいなもんか!?なんでまたそんな物騒な武器があるんだこの世界は・・・。ふと、ヴィオラが、メイリャオに対して、何かを差し出した。魔法陣の書かれた紙のようだ。
「こういう時のための暗号です。メイリャオさん、これを。この通りにカルロ男爵に通信を送ってください。」
「これは・・・?」
メイリャオは、魔導通信機に、ヴィオラが差し出した魔法陣をセットして、通信魔法を撃ちあげた。モールス信号のように断続的に魔導光が瞬いた。一体なんだってんだ?
その信号のあと、双眼鏡で彼らを見ると、砲を展開する手を止めていた。少なくとも、ただちに襲ってくる気配ではなかった。どうやら、ヴィオラのもっていた暗号が通用したようだ。
だが、『アトラス』は速度を上げて、俺たちの船に追いついてくる。乗り込む気か?しかし並走したところで、それは杞憂であるということが分かった。彼らに殺意は無く、俺たちに砲が向けられることも無かった。それどころか・・・
「おいおいおい、海警団の船員たちが、こっちに向かって敬礼しているぞ・・・どういうことなんだ。」
「まあ、いいから、怪しまれないように、みなさんは敬礼し返してください。」
「一体、何の暗号を使ったの・・・」
「とある政府高官・・・のものなのですが、効き目が強すぎたようですね。」
「さすがにそれは目立っちまうだろう・・・もっと下っ端工作員が使う暗号とか無かったのか・・・?」
俺たちも、仕方なく返礼する。すると向こうの船から通信が送られてきたようだ。メイリャオが解読する。
「『我が艦の無礼をお許しください。ご丁寧に挨拶賜り恐悦至極。カルロ男爵カピタン・ファン・デ・カルロ』ですって。」
「・・・???政府高官どころか、上級貴族のコードでも使ったのか?」
「・・・現状、持ち合わせているものがそれしかなかったので・・・。」
「そんな大それた嘘はつくもんじゃないぞ・・。もし、乗り込まれてたらバレちまってたとこだろう。」
「じゃ、じゃあ、『貴公の格別の見送り感謝する。我、陛下より賜りし特殊任務中のため、挨拶も早々に失礼することをお赦し願いたい』とでも打電してお茶を濁しておきましょう。」
ヴィオラは笑顔で提案する。一体なんなんだ。メイリャオが戸惑いながら、言われた通りに通信魔法を打電する。
「えー、また何かヒラ文の信号が・・・“皇帝エミリアーノ6世陛下と、陛下の特使たる貴公に万歳!”・・・ああ、これは無視していいね。」
軍艦「アトラス」は、そのまま速度を緩め、十分に離れると、進路を変えて港へと戻っていった。ほんとなんだったんだよ。というか、エスタンシアには、皇帝や王族なんてものがいたんだな。初めて知ったぜ。まあ会うこともないだろうが。
「たしか、カピタン・カルロって、守旧派の貴族で、権威主義の男だったはず。その男があんなに丁寧に接するなんて、この暗号、相当高位の人物のものねよね。ヴィオラ、あなたこれをどこで手に入れたの?まさか王族でも殺して奪ったの?」
メイリャオが訝しげにヴィオラに尋ねるが、ヴィオラは素っ気ない回答だった。
「・・・仕入れ先は、明かさない約束なので。」
「っていっても、もし確認のために、“上級貴族様が謎のジャンク船でバルボア方面に向かった”なんて、上に報告されちまったらどうするんだ?偽物だってバレちまわないか?」
「特殊任務中と連絡した以上、中央の内務省にわざわざ照会するような無駄なことはしないと思います。確認したところで、内務省は下部組織にその真偽を教えてくれないので。」
「そういうもんか・・・。」
カモメがひらひらとマストのてっぺんあたりに漂っている。マティは、硬くなりすぎて食べられないパンのかけらを放り投げては、カモメがキャッチする光景を興味深げに眺めていた。
風は追い風、雲一つない蒼の世界。周りに陸地が見えなくなって久しい。大航海時代の海賊もこんな思いで大西洋やインド洋をわたっていたんだろうか。目的地がわかっている分、こっちのほうが楽なのかな。
「なあ、メイリャオ、日が落ちても進むのか?暗闇の中どうやってバルボアまで行くんだ?」
「この調子じゃ昼頃には付きそうだから、その心配はないよ。それに、暗闇だろうと日中だろうとさしては関係ない。それぞれの港湾には誘導魔術という都市防御結界を応用した魔術がかけられていて、微弱ながら街ごとに違う波長の魔力を放っている。たとえば、ブッフホルツの誘導魔術とバルボアのジェフリータウンの誘導魔術は全然違う波長をしていて、混同しないようになってる。それを船側の海図で受信して確認するの。沿岸にいれば、魔術の圏外になるってことはないね。」
メイリャオが示した海図には、蛍光塗料のようなものが塗られており、街の名前が光っていた。あっちの世界でいうGPSみたいなもんか?いや、あれはたしか人工衛星か何かを使うから違うか。
「まあ、我々の根拠地であるサン・ジョニ砦みたいなプライベートの港は、広範囲の誘導魔術を出してないけれど。敵対する組織に利用されちゃわないようにね。」
ヴィオラが補足した。なるほど、だから、案内がないとサン・ジョニに行けないということか。俺が海図を覗き込んでいると、メイリャオが、その使い方を実演してくれた。
「こうやって海図に魔力を込めると、誘導魔術の波長と反応して、実際に進んでいる方向と、地図の位置がズレてるかどうかが海図上で光って教えてくれる。ズレていれば、船の進路を進むべき方向に軌道修正すればいい。」
「ふぅん・・・便利な道具?・・・なのかな?」
海図を見たメイリャオの指示を受け、シンファとホンファはマストに風が当たる角度を計算し、軌道修正をはかっていた。そして、より速度がでるように、魔術を駆使して帆の調整をする。その甲斐あってか、ジャンク船は軽快に進んでいるように見える。
「このまま、バルボアの港に入れば、デヴィルサイドって奴らと落ち合えるのか?」
俺がそれとなく尋ねると、ヴィオラが応える。
「まずは、バルボアの首都ジェフリータウンに入ります。一旦補給して、その後で、島伝いに船を走らせて、我らが根拠地サン・ジョニ砦がある小島を目指すことになります。が、あそこに入港するには、それなりのお作法があり、悪魔の骸骨旗と暗号が必要です、さらに、進入ルートを間違えるとトラップが作動して船を沈めることになります。轟沈したくなければ、そのあたりもすべて私にお任せください。」
「うちも一応、どうやって進入すればいいか覚えてはいるけれど、10年前とやり方が変わってるかもしれないし、ヴィオラに任せた方がいいね。」
「ええ、任せてください。」
「骸骨旗・・・ジョリーロジャーねぇ・・・世界が違えど骸骨は海賊のシンボルなんだな・・・もしくは、あっちの世界の海賊がこっちに流れ着いて広めたか・・・まあ、どうでもいいか。」
メイリャオは、ヴィオラを信頼しているようだった。海の女の勘というやつなのだろう。というよりも、負い目こそあるようだが、デヴィルサイドを信頼しているということか。
「それで、その悪魔の骸骨旗とやらはヴィオラが持っているのか?」
「少し小さいモノだけれど、ここにあるわ。」
ヴィオラは、おもむろに帽子を取ると、二つに束ねられた金髪を片方解いた。髪を結っていたバンダナを開くと、ヤギの頭蓋骨のような意匠が掛かれた旗になっていた。これじゃ海賊というより、ブラックサバスって感じだぜ。ヴィオラの長い金色の髪はとても繊細で、太陽の光を反射して、きらきらと宝石のように輝いていた。
「アントニアさん。貴女にこの旗を預けておきます。」
「え、オレに?」
「もう片方ありますし、いざって時、バルボアでその旗を見せれば、悪いようには扱われないと思いますよ。」
「そうなのか。ありがとう。じゃあ、遠慮なく受け取っておくぜ。」
「いや、どうだろうな、街で見せるのは。中にはデヴィルサイドを恨んでる奴もいるから、うちはあまりおすすめしないが・・・。」
メイリャオが気になることを呟いたが、聞かなかったことにしよう。とりあえず、首にでも巻いておくか。
「でもなんでオレに渡すんだ?」
「それはですね・・・貴女からは、私と同じ匂いがするからです・・。」
「どういうことだ?」
そして、ヴィオラは俺の耳元でささやく。
「・・・大事な人に対して、隠し事をしているような」
「えっ・・・」
「いいえ、とくに他意はないですよ。私の勘、みたいなものです。気にしないでください。」
「あ、ああ・・・」
少し困惑する俺を見て、エレナが首をかしげる。ヴィオラは、何事も無かったかのように、甲板をぐるっと一周し、空を見上げる。
「しかし、これは・・・荒れますね・・・。」
「たしかに、風の流れが変わったわ・・・。大荒れにならないうちにジェフリータウンに向かわないと。シンファ、ホンファ、もう少し速度上げられる?」
「メイリャオ姉さん、私らを舐めてもらっちゃこまるね。ただ、私らにはまだ魔力に余裕があるけど、船の方が耐えられないかもしれないね。」
「つまり、変に動かしたら、負荷がかかって帆が折れちゃうね。」
「・・・じゃあなるようにしかならないか。」
「雨が吹いてきたら吹いてきたときよ。」
「風が暴れてきたらそのときはそのときよ。」
後方で帆を調整しながら風魔法を駆使していたシンファとホンファが苦笑いしている。風が強まってきた。どうも西の海が暗い。ヴィオラやメイリャオがいうように、これは嵐の予感だぜ。
「このあたりはよく荒れるのか?こんなに急に天候が変わるのか?」
「うちが、デヴィルサイドにいた頃は、こんなに急に天気が変わることは無かったんだけどね。ここ数年だよ。唐突な嵐に見舞われるようになったのは。」
メイリャオが歯にモノ挟まったようなことを言う。
「何らかの影響でそうじゃなくなったと?」
「この数年で良く荒れるようになった。何か、たとえば、大きな戦争とか災害とかが起こった後、稀に魔力の潮流が変わって気候に影響が出ることがあるんだ。」
「バタフライエフェクトってやつか。」
「ん?」
「いや、こっちの話だ。とにかく、何か、きっかけがあったって話だな。」
その会話に、ヴィオラが乗って来た。
「え?そのきっかけの話ですか?それはですね・・・。数年前に、王族が乗っていた船がブッフホルツの沖合で遭難して、亡くなったことに端を発しているのです。」
想像していた話と違った。なんだか怪しいオカルトめいた話になってきたぞ?
「ああ、その話、聞いたことあるわ。たしか犠牲者は国王の一番末の娘、つまりお姫様だったのよ。その頃、私はバルバラと仕事してたのだけれど、たまたまギルド支部で見かけた事故の日刊紙を読んでバルバラが『あのワガママ姫とはよく遊んでたんだ。この前も手紙を出したばかりで』って絶句して、一週間くらい浮かない顔してたからよく覚えてる。」
どうやらエレナも知っているらしい。というか、バルバラはいろんな奴と知り合いだな・・・まあ、あいつの正体は公爵令嬢だから、姫と知り合いでも何ら不思議ではないのだが。バルバラという言葉にヴィオラが少し反応したのがわかったが、すぐに平静な顔になった。この感じ、バルバラの奴、ヴィオラに対して何かやらかしたんだな?欠席裁判になっちまうからこれ以上の詮索はやめておくが。
「その王族の霊は未だに昇天することなく、この海域に留まり続けているといいます。」
「うちも、そんな噂を聞いたね。姫は最期にすべての魔力を駆使して救助魔法を放ったけれど、下手に動いて責任を取らされたくない海警団が無視して見殺しになったとか。」
「そう。その怨嗟の想いと彼女の最期の魔法が、嵐を作り出した、というのが巷の噂です。」
この世界、そういう霊現象とかバケモノとかそういうのもアリな世界なのか?魔女がいるくらいだから、皆無ってことはないんだろうが・・・。
「だから、この海域を渡る船乗りは、その嵐を見かけたら気を付けなければなりません。もしその嵐に飲み込まれたならば、彼女が乗っていたスクーナー船に襲われて、彼女と同じ運命をたどり、もう、二度と陸には戻れないのです。」
俺は唐突に「ひっ」とシャオランが謎の声を上げたのを聞き逃さなかった。ヴィオラとメイリャオは悪い笑みを浮かべていた。この女たち・・。
「シャオラン、一体どうした?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。わ、私は泣く子も黙るファンティ・シャーフェイ総帥です。そ、そんな幽霊とか亡霊だなんて、そんなものいるわけも無いし、怖いわけもないから!」
ハハハ。いくら肝が据わったマフィアの総帥といっても、中身は少女だもんな。というか、二人していじめてやるなよ・・・大人げない。
「そ、それより、もうそろそろ陸が見えて来たんじゃない?」
「たしかに、バルボア諸島が見えてきましたね・・・。」
双眼鏡でのぞくと、熱帯といった具合の木々が生えている島が見えた。
「天気が荒れる前に、ジェフリータウンに付きそうでなによりだぜ。」
「でも、サン・ジョニまでに行くには、嵐が去るのを待つことになりそうね。」
「ってことは、しばらくは自由時間ってところか。」
エレナが、自由時間という言葉に深くうなずいていた。何か企んでやがるな?
「嵐が抜けるまでですから、出発は早くて明日の朝ってところですかね。」
ヴィオラが、嵐が抜けるまで半日くらいかかることを示唆する。
「じゃあ、オレたちが泊まる場所が必要になるってことか・・・。」
「ジェフリータウンのギルド支部には、大き目の倉庫があったはず。ベッドがあったかはわからないけど、雨宿りくらいにはなると思うから、ファンティ・シャーフェイの人たちが泊まるのに借りられるか交渉してみるわ。」
エレナの提案に対して、シャオランが「じゃあ、よろしく頼むわね」と頭を下げていた。
遠くでは雷鳴がとどろいており、徐々に嵐が近づいているのがわかる。波の揺れも少し激しくなっているようだ。そんな海を乗り越えてジャンク船は、穏やかな湾へと進入した。
湾では、漁船や作業船が行き来していたが、荒れそうな空を見てか、彼らは皆撤収準備をしているようだった。
「けっこう船の行き来があって賑やかなんだな。」
「エスタンシアとテネシアンのみならず、南方のドナタリア総督国や、都市国家コロールとの交易中継拠点になってるからね。さすがにこの外洋航海に向かない遊龍で来たのは初めてだけど、うちらもよく、密輸品を買い付けに来ることがあったよ。」
「意外と早く着いたな。」
「やってみるもんだね・・・。まあ、シンファとホンファのおかげだけれども。」
メイリャオとそんな話をしていると、後ろでシンファとホンファがぐったりとした顔を浮かべていた。
「さすがにもう勘弁ね。」
「二度もやることは無いね。」
灯台が見えてきた。桟橋にはたくさんの小型船が止まっており、沖合には、まさに“骸骨旗”を掲げている大型の軍船も居る。ブッフホルツに停泊していた船の中にも私掠船は紛れていたんだろうが、堂々と海賊だということを主張しているのはここくらいなんじゃないか?
「停泊できる場所を探さないと・・・事前の通知も無くきちまったから、あまり良い場所はのこってなさそうだ・・・。まあ、喫水線の浅い船だから、海底が浅い場所でも止められるっちゃ止められるか。」
ズーウェンも双眼鏡を見つめながら、停泊地を探している。当たりをつけて、メイリャオに伝えると、メイリャオもその方向に舵を切った。
街は、海からすぐ傾斜があり、その先は山になっている。そして、山に沿う様にカラフルな住宅が立ち並んでいる。船乗りの住む家は、派手な色に塗るという話をきいたことがある。海の上からでも自分の家がわかるようにだ。まさにそういった雰囲気であった。
山の頂上には、城がそびえていた。バルボア王国っていうくらいだから、あそこに国王でもいるんかな。山と海の間に当たる部分には、商店や市場等が立ち並び、活気づいているようだ。双眼鏡で覗くと、酒場や劇場なんかもあるみたいだ。
丁度、港の端の端に、古ぼけた桟橋がある場所に錨を下ろすことができたようだ。
「さて、とりあえず、私とニアちゃんとマティちゃんとでギルド支部に行くわ。シャオランさんがいた方が交渉しやすいかもしれないし、付いてきてくれる?」
「そういうことなら。わかった。」
「まあ、二人に任せておけば、シャオラン様も安全だろう。俺はとりあえず港湾局に一時停泊の許可を貰いにいってくるぜ。」
「そう、じゃあ、許可証はズーウェンに任せたわ。メイリャオ、シンファ、ホンファ、みんな、それにヴィオラさん。少しだけ船で待っててね。」
というわけで、俺たちは、一足先に上陸することになった。餞別ってわけでもないが、シンファから使い捨ての魔導通信機を渡された。ギルド支部から許可が取れたら船に連絡してくれってことだろう。
こうして、俺たちは、海賊の国、バルボア王国に足を踏み入れた。
「ところで、エレナも、ここには来たことあるのか?」
「バルボアの武装商人と仕事したことがあって、何回かジェフリータウンには来てるわ。」
「じゃあ、そこそこ慣れてるのか。」
「まあ、あの頃は遊ぶ暇なんてなかったから、ニアちゃんよりはって知ってる程度かな。せっかく時間がありそうだから、ギルドとの交渉が終わったら、雨が降ってくるまでお買い物でもしようかしら。ニアちゃんも、マティちゃんも、それにシャオランさんも来るわよね?」
「事実上オレたちに、拒否権は・・」
「無いっスよね・・?」
シャオランは、俺とマティのぼやきに苦笑いした。さて、天気が崩れる前にやることはやっちまわないとな。先は長い。




