第37話 ルビー
身よりの無い者の遺体なんて、おっかなくって誰も引き取らない。もちろんメキシコでもそうだ。射殺されて放置されたソレは、たいていは警察が引き取ることになるが、五体満足で引き取られるだけマシだ。その殺害が、対立するマフィアへの見せしめとして行われた場合、パーツが足りないなんてことはザラだし、そういう場合は、警察すら引き取らず、鳥の餌になることもある。さて、フアレスで死んだ俺の死体は、一体どうなったんだろうな。これまで俺は当然、仕事仲間たちに葬式でも出してもらっているとばかり考えていたが、よく考えると、俺みたいな奴こそ、誰も弔っちゃくれないんだよな。警察だって、フアレスきっての悪党、アントニオ・マルヴェルデの死体なんて引き取るのは御免だろう。ということは、あながち野犬の餌にでもなったんじゃないだろうな・・・。考えただけでぞっとするぜ。
しかしだ、あっちで俺の死体がもう無いとしたら、俺はどうやって復活するんだろうな。それこそ、サンタ・ムエルテみたいにガイコツ頭のバケモノにでもなるのか?ファッキン・ジーザス。せっかく生き返ったのに、死霊扱いは御免だぜ。それとも、アントニオ・マルヴェルデではない誰かの姿を借りて・・・?
さて、俺達は、突然の狙撃によって死亡したリリスの遺体をそのままにはしておけなかった。別に、裏切り者の死体なんて、放置しておいても良いのだろうが、この哀れな姉妹の姉を、ただ腐らせるに任せるには忍びないように思ったのだ。
「リリス・・・」
シャオランが呟いた。
「私の髪を洗うとき、私が苦悩に苛まれた時・・・いつも親身に話をしてくれた。どうして、裏切らなければならなかったの・・・どうしてこんな死に方をしなければいけなかったの。」
「ああそうね。彼女、後輩娼婦たちの面倒見も良かったね。こんな・・こんな最期・・・」
シンファも、シャオランを慰めるように語り掛けるが、自分自身を落ち着かせるようなそんな風にも見えた。
ライフル弾で撃ち抜かれたリリスの遺体には、白いシーツがかけられ、もはやその美しかった面影を見ることはできない。
「カストリオ・ファミリーが・・・クライツェルが仕組んだことだぜ。」
「うん。できることは、あいつを殺すことだけよ。」
「そう。うん・・・クライツェルを・・・殺す・・・。」
シャオランの目の奥にゆらぐ復讐の炎は、黒くそして凶暴にも見えた。少し前のエレナと同じ顔だ。シャオランにとって、きっとこの組織は家族なのだろう。家族を殺されたのならば、復讐せねばならない。それが荒野の掟なのだ。
シンファは、裏娼館街で世話になっている葬儀屋を現場に呼び、彼らにリリスの遺体を預けた。おそらくは、ここで死んだ娼婦たちと同じように、無縁墓地にでも葬られるのだろう。高級娼婦として名をはせた彼女には似つかわしくないようにも思えるが、野ざらしで野犬の餌になるよりはだいぶマシだろう。埋葬に随行する余裕は無かったが、じっと棺が乗せられた荷車を見守った。
葬儀屋たちが見えなくなると、重たい足取りで、俺達はホテル・フェニックスへと向かった。
「リリスのこと、メイリャオが気にかけてたんだよな。」
「ああ、きっとメイリャオの姐さんはこれを知ったら、とても悲しむね」
「じゃあ伝えないでおくか?」
「メイリャオの姐さんはそんなに弱い人間じゃないよ。ファンティ・シャーフェイはそれを受け止めて、強くなるね。」
「・・・そうだな。」
地下街から、ホテルへつながる魔導エレベーターに乗ろうとする。珍しく、シンファが解除呪文を間違える。見かねたホンファが代わりに呪文を唱える。一連の顛末には、シンファもかなりの衝撃を受けているように見えた。いや、まさか俺に撃たれた傷が痛むってことは無いよな?ホンファの治療魔術で少なくとも見た目は何ともないくらいに傷を治療していたし。
ホテル・フェニックスでは、グオやズーウェン、メイリャオら殆どの幹部が揃っていた。構成員も集結しているといった風で、大勢のアウトローたちがひしめき合っている。彼らは、俺達、とくにシャオランを見るなり、次々にお辞儀をした。シャオランに、ズーウェンが近づいてきた。
「シャオラン様。メイリャオから聞いていますよ。ご無事でなにより。アントニアとエレナとも合流したんですね。」
「無事・・・というわけでも無いわ。私は、今、とても怒っているから。」
俺達は、ファンティ・シャーフェイ幹部たちの前で、事の顛末を語った。やはり、一番衝撃を受けていたのはメイリャオだった。それもそうだろう。自分が助けた女が、知らぬところで、主君を裏切るように仕向けられていたのだから。メイリャオは、唇をかみしめ、俯いていた。
「シャオラン様・・・これも、うちの不徳が故の結果です。アヴェルサを・・あの女、リリス・インマクラーダを野放しにした、うちの責任です。どうか、うち・・わたしに厳罰を。」
「メイリャオ!馬鹿か貴女は!これ以上、私の許可なく死ぬことはなりません。いいですね?討つべきはクライツェル。奴に責任を取らせるまで、軽率な真似は許しません。」
「・・・はい・・・御意のままに。」
シャオランは、メイリャオを叱咤する。あの大浴場で初めて出会ったときは、こちらの様子を伺う挙動不審の少女という印象だったシャオランだが、なかなかどうして、様になっているじゃねえか。じゃあ、あれは演技だったのだろうか。それとも、こちらが演技なのだろうか・・・。確か、憲兵隊のルーシーが、前に「人は与えられた役割を演じている」みたいなことを言ってたな。そこに置かれた以上、そういう役回りをするしかないと。そういうことなのだろうか。
とりあえず、メイリャオはお咎めなしということで良いようだ。本人はかなり沈んでしまっているが、こればっかりは時間が解決するしかないだろう。
「なあ、ズーウェン。ジュイユン殺しの件、なんで隠してたんだ?.45ACP弾の使い手の話だ。」
そして俺は、こっそり、かたわらのズーウェンに尋ねる。
「ああ、それか。偽の依頼とはいえ、“連続殺人犯”としてギルドに依頼を出してたんだぜ。すると下手人は、公式に犯人として扱われるわけだ。そんな泥をかぶるのは、俺だけでいいと思ったのさ。ラピタマギア使いとしてこの街じゃ名前が通っているからね。まさか、拳銃弾の口径で真犯人を探り当てる奴がいるとは思っちゃいなかった。拳銃なんて基本的に無い世界だからね。」
「凶器の特定は捜査の基本だぜ?」
「まるで探偵だな。」
シャオランとメイリャオ、張姉妹は、今後の方針について話し合っているようだ。ズーウェンに「お前も加わらなくていいのか?」と諭すが、「別に、あれはただのガールズトークだよ」といって笑っていた。いい機会だ。シャオランの拳銃のことについてもうちょっと聞いておくか。
「なあ、ズーウェン。少し、二人だけで話があるが、いいか。」
「え、一体なんだ?」
唐突に問われて、ズーウェンはきょとんとするが、何かを察したようだ。少し皆から離れた場所の、衝立の陰になった場所に手招きされる。
「よし、じゃあ率直に聞くが、シャオラン・・彼女の先祖は転生者だろう?」
「え?あ、ああ・・・。そうだな。そう聞いている。」
「詳しく教えてくれ。何者なんだ?」
「俺が知っているのは、ファンティ・シャーフェイの創始者、つまりシャオランの祖父・曹陽明って男は、山西省・・・中国の地方出身で、抗日戦争と国共内戦の時に軍人だったってことくらいさ。シャオランが持っている17式拳銃も、その遺品らしい。まあ、だから、シャオランは転生者3世ってところだな。」
「問題は、なんで、転生者本人じゃないシャオランがそれを使っているんだ?」
「俺にもわからないよ、彼女は、物心ついたころから拳銃を使いこなせたらしいし、転生者でもないのに、無限銃弾の魔法も備えているなんてね。遺伝か、何かなんだろうか。」
ああ、この無限銃弾の能力、俺だけの能力じゃないのか、ファッキン・ジーザス。俺だけ特別扱いかと思ってたが、そういうわけじゃないんだな。少しだけショックだぜ。でもまあ、それもそうか。弾がなけりゃピストルなんてただの文鎮だからな。
「そんで、シャオ・ヤンミンって男はどういう奴だったんだ?」
「さあ、どういう奴なんだろうね。若いころから奴に仕えてたグオ先生の言葉を借りるんだが・・・この無法のエスタンシアで、当時奴隷同然だったセレシアの民をまとめ上げて、ファンティ・シャーフェイという組織を作り、国のみならず周辺国での地位を向上させたという点で、セレシア人の間では英雄らしい。テネシアン連邦にも崇拝している人間がいるんだとさ。」
「ふうん・・尊敬されているんだなあ・・・」
「まあ、シャオ・ヤンミンは俺がこっちにきたころにはもう死んでたから、直接は知らない。俺からしたらグオ先生のほうが徳が高いとおもうけどな。なんてったって、転生してきたばかりの俺を、怪しむことなく、当然に受け入れてくれたのはグオ先生だ。ヤンミンにずっと仕えてたおかげで、転生者のことも知っていたし、慣れていたようだったからね。先生いわく、ヤンミンから受けた恩を転生者に返したいという思いだったそうだ。」
「グオも、転生者のこと知っているんだな。」
「ああ。それだけじゃない。グオ先生は、あっちの世界のことも、銃という武器のことも知っているし、俺が香港でアウトローだったっていうことも知っている。」
そして、ズーウェンは、すこしからかうような表情で、尋ねた。
「さっきも思ったが、きみは探偵なのかい?アントニア。」
「いや、ただの掃除屋だよ。フアレスでも、こっちにきても、ね。」
「ん?フアレスの掃除屋・・・?」
フアレスの掃除屋という言葉を聞いて、一瞬、ズーウェンの動きが止まった。
「まさか、フアレスのイカレ掃除屋のアントニオか?」
「・・・あ?」
「まさか、あの野郎が、こんな可愛らしい姿になっちまったってのか???」
唐突にズーウェンは、俺の額に銃を突きつける。どういうことだ、あっちの世界で、俺はこいつに会っている?!
「ティファナの冷凍倉庫で6時間に及ぶ決闘、忘れたとは言わせないぜ・・。」
「・・・おまえ、黒曜会のチャオか。チャオ・ズーリェン・・・!」
「・・・ご名答!」
ああ、覚えてるぜ。自分が創設した香港マフィアを追い出されて抹殺命令が下った挙句、メキシコの親戚を頼るも、情報を売られ、最後は数万ドルで雇われた俺に殺された野郎だ。なんて思い出している間に、ズーウェンは、安全装置をそっと外した。あん?やろうってのか?いいぜ、受けて立ってやるぜ。俺は、ガンベルトに手をかける。
「バン!」
「は・・・?」
「・・・なんてな。黒曜会の趙子蓮は、お前に殺されて、それでお終い。消滅したのさ。今の俺は、煌地社会の蔡子文だからな。」
「・・・オレに殺された後、冷凍ポークと一緒に、中国に出荷されたとばかり思ったが、どんな心境の変化だ?脳みそまで煮込まれてブイヤベースにでもなっちまったか?」
「え・・・?俺には、生憎、死んだ後に記憶は無いんだが、俺の死体はそんな楽しいことになってたのか。自分の死を笑うのもアレだが、そんな馬鹿なことあるかよ。」
「きっと、香港に、オレが本当に仕事をしたか、死体を確認しないと気が済まない奴がいたんだろうよ。・・・どうした、復讐とかそういうのはいいのか?」
意外にも、ズーウェンは、すがすがしい顔をしていた。
「まあな、こっちに流れて来たころはずっと思ってたよ。イカレ掃除屋アントニオに如何にして復讐するかってな。でもな、グオ先生に拾われて、別に、こっちの生活も悪くはないって、そう思えた。今の俺には、ファンティ・シャーフェイが全てで、シャオラン様もいる。」
「未練はないのか?」
「俺は、自由が欲しかったから黒曜会を作ったんだ。香港だけじゃねえ。上海、東京、ソウルにもネットワークを広げた。俺に賛同するアウトローたちが集ったんだ。でもな。ある日、一番信頼してた奴が、行政区政府の保安局に協力するって言いだしたんだ。俺はそれに反対したよ。権力の犬になるなんてごめんだからね。そしたら、香港に俺の居場所がなくなっちまったのさ。」
「裏切られたのか。」
「裏切り・・・いや、きっと、俺は現実が見えてなかったんだ。本当は分かってたんだ。もうアウトローの居場所なんて無いってことに・・でも、俺は抗いたかったんだ。もっと俺に知能があったら・・・知恵があったなら、結果は違ったのかもな。無いものねだりだけどね。」
「それで最終的にはメキシコに。」
「ああ・・・遠い遠い親戚がメヒカリに居るはずだからと、来てみたんだ。でも尋ねたら、彼らはアメリカに再移住した後だったよ。まあ、そこで派手に訪ねて回ったもんだから、ついに足がついちまった。」
「それで、俺に殺害依頼が回って来たってことか。」
「・・・そうさ。」
ズーウェンは悲しい顔で、虚空を見つめ、言葉に詰まった。
「なんだ、アントニア。お前がそんな顔する必要はないさ。俺を殺したおかげで数万ドル稼げたんだろ。」
「まあ、な・・・。」
「・・・いや、あんな救いも無い現実にバイバイできたんだぜ?むしろ、あんたには感謝すらしてるよ。」
「感謝は大げさだろう??!」
ズーウェンは、屈託なくにっこりと笑った。
「いや、大げさでもなんでもない。だって、なんだか、良いじゃないか。この少し牧歌的で、クソッタレだが、アウトローにとっては夢がある世界がさ。」
「でも、ああ。・・・たしかに、この世界は、少し居心地がいいな。」
「そうだろう、そうだろう。何の因果で、あの泣く子も黙るイカレ掃除屋アントニオが、そんな可愛いくていたいけな恰好になっちまったかは知らないが、もはやアントニオに戻ろうなんて思わないだろう?」
「いや、それはどうだろうか・・。この体、見た目通りのガキで、結構不便なんだぜ?」
「ああ、たぶんそれは、慣れてないだけだよ。この世界には、魔法がある。ちゃんと覚えりゃその程度の体格のハンデ、気にならなくなるよ。むしろ可愛い見た目でいいじゃないか。俺なんて、気づいたらこんなインテリそうな優男だったんだぜ?」
「別に、カッコ悪くはないじゃねえか。むしろイケメンだ。ま、中身おっさんのオレに言われてもうれしくないだろうが。」
「ハハハ。面白いことをいう。でも、見た目に引きずられてか、転生前よりも頭を使って戦えるようにはなったよ。でも、選べるなら、もっと、こう、イップマンみたいな格闘家風がよかったなあ。」
そういや、ミオもハンデを無くす魔法のことを言っていたな。というか、もしかして、転生後の見た目は、生前欲しかった願望が反映されているのか?ズーウェンは知識が欲しかったから、なんだか頭がよさそうな優男に・・・?いや違う違う、その理屈だと、俺がまるでこんな少女になりたかったみたいじゃないか。危ない危ない、これはファッキン・ジーザスの呪いなんだ。俺の理想とかじゃあ断じてない。
「なあ、それに、あの相棒、エレナ・ヴィジランテ。彼女、多少おっかないところもあるが、とても良い奴じゃないか。俺から見ても、お前はそのアントニア・マルヴェルデっていう少女姿が板についているように見えるし、お前とエレナとは、いいコンビだとおもうよ。」
なんだろうか、昔馴染みに褒められているような、むずがゆい気持ちになる。
「はっ・・・や、野郎に褒められてもうれしかねぇよ。」
「ハハハ!違いない。」
くそ、なんだか調子が狂っちまうぜ。でも、チャオ・ズーリェン。いや、ツァイ・ズーウェンとは、話していて苦じゃない。あっちの世界でも、もっと違った形で出会えていたら、殺し合いなんてせずに済んだのかもしれないな。ま、いまとなっちゃ、お互い一回死んで、新たな生活を送っているわけだから、イーブンってやつなのか?
なんて、ちょっとした同窓会にうつつを抜かしていると、血まみれの男がホテルになだれ込んできた。たしか、ジャッキー劉とかいう奴だ。
「グオ先生!!シャオラン様も!いらしたのですか。」
「どうした、ラウ。傷だらけではないか!シンファ、ホンファ!手当を!」
「そんなの後でいい!杜然の旦那がやられた!」
シンファはラウの傷口を見るが、血が噴き出してくる。ほとんど致命傷に近い傷は、彼女の回復魔法をもってしても回復が追い付かないようである。
「しゃべるでない。治療が先だ・・」
「俺はもう・・・持ちそうにねぇから、報告だけ・・・聞いてくれ・・・ドゥー・ランの旦那と俺は・・・地下街からここに戻る途中・・・遊興街の組織事務所に向かったんだ・・・。そしたら、待ち伏せされていて、ラピタマギアみてぇな攻撃魔法を使う小娘に・・・。」
おそらくシーラだ。血だらけのラウを見ると、おそらくあの機関銃を使われたのだろう。
「あの馬鹿者・・・!こんなときに勝手な行動を・・・!」
「怒らないでやってくれ、グオ先生。旦那は最後まで『なんの役にもたたない自分でも、伯父貴から与えられた仕事はしっかりこなさなきゃ』って言ってたんだ・・・」
「ラウさん、あなたもボロボロじゃないですか!」
「ああ・・旦那が、あのアマから守ったこいつを・・・何としてもグオ先生にと思って・・ゴホ・・・」
ラウが血みどろの手でグオに差し出したのは紙の束だった。
「店の権利書、債権証書、手形・・・遊興街の殆どの店舗のものじゃないですか。・・・なるほど、そうですか。これをドゥー・ランと貴方が、カストリオの強奪の魔の手から守ったのですね。・・・ラウさん、よくやりました。楽にして、休んでください。」
「へへ・・・そう言ってもらえると・・・旦那も・・・そして俺も浮かばれるぜ・・・」
ラウはそういって倒れると、動かなくなった。治療魔法の甲斐もなく、シンファが床を拳でたたき、唇をかむ。
「く・・・また、私より若い命に先立たれてしまった・・・。」
「ドゥー・ラン・・・、ラウ・・・お前たちの遺志は、私が、私たちがきっと・・。」
気を落とすグオの肩に、シャオランがそっと手を置いて呟いた。その目は復讐鬼のものだった。
そして、シャオランは、一喝して、この場に集う幹部たちに命じた。
「グオ。緊急幹部会を招集して。ズーウェン、メイリャオ、シンファ、ホンファ。ホテルの近くにいる構成員だけでもいい。警備の人員以外、できる限りすべての人員をホテルの大食堂に集めて。もし入りきらなかったら、私が一人ひとりに言って回る。」
―――
数日前、俺とエレナが風呂上りに飯を食わせてもらった大食堂に、ところ狭しとファンティ・シャーフェイのギャング共がひしめいていた。
「諸兄。総帥代理のグオ・ツェンである。この緊急事態にお集まりいただきまずは感謝と、この連日の闘争で散っていった、ドゥー・ラン、ジャッキー・ラウ、他大勢の同志に哀悼の意を捧げる。」
グオが中央で声を張り上げる。
「敵はカストリオ・ファミリーだ。奴らは我々と休戦協定を結ぼうとしていたコムネロス・カルテルを襲撃して乗っ取るばかりか、我々に戦争を仕掛け、あまつさえシャオラン様を暗殺しようと企んだ。」
全体を見回すような素振りをするグオの声に、誰もが耳を傾けていた。
「残念なことに、ウェイ・ジュイユンとアヴェルサことリリス・インマクラーダをはじめ、我らが信頼していた者も、カストリオ・ファミリーに篭絡され、我らへの裏切りを強要され、そして、死んだ。」
構成員たちは、口々に怒声を発する。それは裏切り者への罵りか、彼らがそうせざるを得なかった境遇に対する哀れみか。
「静粛に、諸君。ここで、問いたい。もし、諸君の中に、家族やほかに生活があるという者がいれば、この場から去っても咎めないし、むしろその勇気を称え、今後の生活を保障するための手切れ金を出そう。しかし、ファンティ・シャーフェイのために命を預けてくれるというのならば、この場に残って欲しい。」
グオがそう言って目を瞑ると、他の幹部も合わせて目を瞑った。数分間、その場は、静まり返っていた。やはり少数は、武器を捨て、会場を後にしたようだった。しかし、ほとんどの大多数は、そのままとどまった。
「・・いいのだ。追ってはならない。我らを語り継ぐ第三者が必要である。彼らにはその責を全うしてもらうとしようじゃないか。」
残った者たちにもはや迷いは無いようにも見えた。
「では、シャオラン様。」
グオが、円の中心をシャオランに譲る。
「ええ、ありがとう。」
シャオランは、宙に向かって拳を突き上げる。
「私、ファンティ・シャーフェイ総帥、シャオ・シャオランは宣言する。我らに仇をなし、敵となった者を全てを殺し、その首を、その血を、死んでいった者への手向けとすると。今、カストリオ・ファミリーに対する無制限戦争を。奴らに死よりも恐ろしい報いを。」
復讐に燃えた少女の叫びを聞き、構成員たちは一気に歓声を上げた。
「まずは、ここ、フェニックスホテルを中心として、カストリオ・ファミリーの傘下の組織・店・施設をすべて襲撃してカストリオに連なるものを皆殺しにする。グオをホテルでの作戦指揮、メイリャオと張姉妹は第2隊、ズーウェンとリンインが第3隊を指揮する。私も第1隊を率いて襲撃に加わる。」
少女は、勇ましくも、自らが戦陣に立つと宣言した。
「そして、アントニアとエレナ。」
突然シャオランは俺とエレナを呼ぶ。
「え・・何だ?」
「私たち?」
「そう。私と共に来て!」
なるほど、シャオラン直属の護衛にご指名か。
「私を護衛に雇うなんて、高くつくわよ?」
「権利書でも金塊でも、なんでも欲しいものをもっていくといいわ。」
「よし。オレは乗ったぜ。」
その時、大食堂の扉が開け放たれた。ファンティ・シャーフェイの連中は、一同に扉の方向を向いた。
「その襲撃、私に先陣をきらせちゃアくれやしないか。」
立っていたのは、意外な人物だった。そいつと一緒にやってきただろう猫が俺の足元にまとわりつく。
「ルビー!!?」
「眼帯の探偵・・!?」
騎兵隊のものだろうか。ヒエロニモやナタリアのものに似ているが、エナメル質のように光沢のある外套が付いた戦闘服を着て、長大な対物ライフルにも見間違う機械仕掛けの魔法杖を携えたルビー・コグバーンの姿があった。
その片目には、眼帯の代わりに、これもまた機械式の義眼が埋め込まれている。目深に軍帽を被っているその顔つきは、カジノでうだうだ言っていた女と同じと思えないオーラにあふれていた。まさに「死の平穏」といったところだ。
「ルビーさん・・・それ、騎兵隊の特殊魔導戦用第3種軍装じゃない・・・どうして・・・」
「すまないエレナ。・・・マティがクライツェルに捕まった。」
「どういうことなの・・・!?」
一体何があったというんだ。マティが捕まった?
「私が情報集めに小屋を留守にしていた時を狙われた。あの子に護身術すら教えてこなかったことだけじゃない。この街にアイツがいるって知っていながら、私は、戦うことから逃げていた、私の責任・・だ・・・」
そんなルビーの意気込みを見たシャオランは、ルビーに近づいていった。
「わかったわ、探偵さん。じゃあ、先陣は貴女に任せる。もちろん、兵隊も貸すわ。目的は同じみたいだからね。」
「感謝するよ、小さな総帥さん。」
「その代わり、我々はその人質のことを考慮せず動く。救出するなら、貴女の責任で動いて。本懐を遂げる機会が訪れたら、どんな状況だろうと、我らは奴を攻撃するから。」
「ああ・・・わかったよ。私も私のやり方で、マティを助けて・・・そして、クライツェルを殺す。」
こうして、このヴォーンの街に、疾風怒濤の前触れが訪れた。最後に笑って立っているのは、我らか、それとも奴か。




