第13話 デリンジャー
メキシコ皇帝マクシミリアーノは、捕らえられて処刑されるとき、顔を傷つけないでくれと、処刑人に金貨を渡して頼み込んだという。俺は今、顔を傷つけないような器用な痛めつけられ方をされている。痛みには慣れてるから気にならないが、問題は体力だ。このか弱い体じゃ、いつまでもつかわかりゃしない。自白剤だろうが覚せい剤だろうがある程度耐えられる自信はあった。俺が、昔麻薬カルテルに捕まったときは、指を折られていたし、足の骨も砕かれていた。それでも、スキをみて相手を絞め殺すくらいの体力は残っていたのだが、今の体はどうだ。数十発殴られた程度で、めまいがしやがる。情けねぇ・・・。
「可愛げのないガキだ・・もっと、泣いても喚いてもいいんだぜ?外に聞こえやしないがな!ハハハ!」
「バカいえ・・・・この程度、ダイエットにもならねぇぜ。」
「そうかよ。じゃあ、もう少しエクササイズだな!もっと腹筋を引き締めな!」
ぐっ・・幸い顔は傷つけられてないから、口の中は切れてないのだが、腹からか血の味が昇ってきやがるぜ。どのくらい殴られているだろうか。数十分なのかもしれないし、何時間かもしれない。石床に後頭部を叩きつけられるのが地味に効いて思考が奪われてきてやがる。
「で、でかい図体しておきながら・・・腕力は大したことないんだな。拷問の仕方は、ママにならったのか・・・?」
「もう少し愛想よくしてくれなきゃ、いいご主人様には買ってもらえねぇぜ。」
「吐きやがったな?・・・人買いやってるって噂は本当だったか。下種め。」
「ああ。でもこれは慈善事業でもあんだよ。北方の国境向こうの貧しい村じゃ、自分のガキを売るのが当たり前だぜ?もし俺らが買ってやらなきゃ間引いて殺されるんだとよ。それでも、お前みたいな生意気で恩知らずなガキはたまにいるんだ。そういうときはな、反抗しねぇように、売る前に歯を全部引っこ抜いてやるんだ。一本ずつじわじわ抜いてやるとな、最後の歯を砕くころには、従順になってるんだぜ。しかも性奴隷目的で買ってくやつからは、シャブらせる時に具合がいいと評判なんだぜ、うへへへへへ。見ろよこれ」
男の首には、人間の歯と思われるものをつなぎ合わせて作ったネックレスがかかっていた。売られてきた子供から抜いた歯なのだろう。薄汚い野郎は誇らしげに見せてつけてくる。もしエレナがいたら、5回は首を飛ばされている程度の下種だ。まあ、エレナは居ねぇんだが。
「旦那に、見えるところは壊すなって言われてるのが残念だ。今度開催するオークションで、目玉商品にするらしいな。見た目が良くてホントよかったなお前。」
「オレを壊すなら、100人くらいは悪党連れてこねぇとな。」
「まあ、そういってられるのも、これを打たれるまでよ。こいつを3本もうたれりゃ、キモチよすぎて、脳みそがお月様までトンでっちまうぜ??」
野郎は、注射に毒々しい色の薬品を注入し、俺に投与しようと押さえつけにかかる、抵抗しようにも、やべえな、体が動かねぇ。針の冷たさが首筋を撫でる。
BOOOOOOOOMMM
扉の向こう側で何かが爆ぜたような音がした。何者かの気配が扉の前に止まった。
「なンだァ!?」
BAGOOOOOOONAHHHHH
鉄の重たい扉が吹き飛んだ。こんな派手な登場をするような奴に、心当たりは一人くらいしかいない。
「まさか、エレナかッ!?」
しかし、意外なことに、それはエレナではなかった。ショールを羽織った少し地味めの黒いブラウスの女が、長い黒髪をたなびかせ、眼鏡を光らせていた。爆ぜた空気のバックドラフトで、その胸が揺れたように見えた。慌てるわけでもなく、臆するわけでもなく、受付で俺たちに応対した時の表情のままで、牢の中に入ってきた。魔法の使い手だとは言っていたが、こんな攻撃的な爆発する魔法のことだったとは。
「マルヴェルデ様。間に合ったようでなにより。脳みそをゼリーサラダにされてやいませんか?わたしのこと、まだ、わかりますか?」
「・・・ミオか?どうしてここに?」
「マルヴェルデ様がなかなかお帰りになられないので、魔力を追っていたところ、ここに辿り着きました。ゆえに。」
「エレナ以外にもそんな能力持ってる奴がいたんだな・・・。」
「ヴィジランテ様?ああ、おそらく私のものとは原理が異なるとはおもいますが・・・。あなたは魔力波長が特別すぎるので、遠くからでも気配がわかるのですよ。あ、でも、この力はあまり自慢できるものではありませんから・・・これは、あなたと、わたしだけの秘密にしてくださいね。つまり内緒、ですよ・・。」
突然の乱入者に驚いたのは俺だけではなかった。俺のことをさんざんいたぶりやがった野郎も目を丸くして固まっていた。
「なんだ、お前!?・・お前は・・・育ちすぎだ!俺はババアじゃ勃たたねぇぞ!!」
野郎は、拷問用のハンマーでミオに殴りかかった。いくら魔法が得意だろうと、近接戦を挑まれると、ミオにような華奢な女には不利なのではなかろうか。ミオの顔面に振り下ろされようとしていたその時、彼女はぼそりと呟いた。
「私は、人間の構造に詳しいので・・・」
ミオは、ハンマーを避けて振り返ると同時に野郎の腕を数回小突くと、その流れで、男の胸、肩、そして腰を殴打した。殴打、といっても、軽く触る程度で、特段の力がかかっているようには見えなかったが。カンフー映画の老師の動きとでもいうのだろうか。一連の動作は、伝統舞踊のように芸術的であった。
「・・・壊すのも得意です。すこし我慢してくださいね。」
「あ?」
ぐにゃあと、男の腕があらぬ方向にねじ曲がった。さらに、肩は背中方向に90度折て筋肉が裂ける。
「あっ・・あばばばばば!?」
「それと、血流を、股の下の方に、強制的に集めてみましたが、どうですか、これでもダメでしょうか。勃たちませんか?」
「あっ・・あっ・・勃つ・・勃っちゃう・・・い・・イク・・・!?」
「そうですか。いい子ですね。よく逝けました・・・。」
ソーセージにはカラシをぬらなくちゃいけねぇ。ミオは、ピエタの聖母のような慈愛にも嘆きに見える眼差しで男を見つめると、その瞬間、男の腕・肩とともに、下半身が爆ぜた。チャイナタウンの爆竹みたいにパチパチと音を立てて、汚い花火が撃ちあがった。デカいただの肉塊がぐしゃりと、その場に降ってきた。
ミオ・トライトレス。傭兵ギルド・マックイーン支部の支部長代理。胸元のブローチは、白色の魔石。エレナやバルバラが所属するギルドの支部長代理ともあろう女が、ただの大人しいナードやギークなわけがないよなと、一人で納得した。こいつも敵に回してはいけない女の一人だということだ。そんな彼女は、手刀で俺の手枷と足枷を破壊する。
「ミオ、あ、ありがとうな。」
「マルヴェルデ様。怖かったですか?もう大丈夫ですよ。」
地面に横たわる俺を、ミオが抱き起こす。頭を抱えられて撫でられるが、それより胸にはさまれて息が苦しい。彼女が一番怖かったとだけは言わないでおこう。
「そ、それにしても、あの技は、何なんだ?魔法か?」
「ああ、これは、格闘魔術、ルチャマギアの一種です。人間の体の構造上の弱点に、格闘術を駆使して魔力術式を練りこみ、攻撃するものです。少しの腕力、少しの魔力でも、不可逆的に、致命的に、人体を壊すことができます。」
「格闘魔術・・・ルチャ・・・マギア・・・????」
「ご存じありませんでしたか。こういう治安の悪い世界で生きていると、筋力の弱い女は不利ですよね。ですから、魔力で筋肉の動きを補うのです。魔力で体のあらゆる動きをサポートすれば・・・ほら」
呼吸を整えたミオが、軽く壁に手を付くと、石づくりの地下室の壁に穴が開いて、土肌が露出した。直径1メートルくらいの範囲がえぐれている。
「このようなこともできます。」
「すげえな。」
「マルヴェルデ様は、とくに体が小さいわけですし、もし筋骨隆々の男に組みつかたりしたら不利でしょう。わたしが、ルチャマギアを少し教えます。基本の護身程度ならすぐに覚えられますよ。とりあえず、一通りアジトの中を調べたら、ギルドに戻りましょう。歩けますか?」
「この程度、膝を擦りむいた程度だ。気にするな。」
ミオに応急処置を受けると、俺たちはバルタザールのアジトを調べることにした。入り組んだ城塞外壁にたくみにカモフラージュされた廃兵舎を改造したもののようだ。バルタザールはどこかに出かけた後なのか、不在だった。見張っていた手下は、突入するときにミオが全員花火にしちまったらしい。どうにもここは、非合法に売り買いされる奴隷少女たちの留置場で、商品として調教するための場所だとわかった。俺を痛めつけた野郎もそんなことを言っていたしな。生憎、連れだされてしまった後なのか、他に捕らえられた子供は居なかったし、バルタザール本人も見つからなかった。
ミオによると、数日前に傭兵ギルドにバルタザール一味が近々大規模な人身売買オークションを開催するという情報がもたらされ、調査依頼が出ていたらしいが、違法建築や外壁増築を繰り返したこの巨大迷宮ともいうべき城塞都市で、アジトの場所がどこにあるのかがなかなかつかめていなかったという。ミオは、俺の特異な魔力を利用して探し当てたという。ということは、ある程度泳がされたというのだろうか?俺が痛めつけられるのも込みであえて・・・?いや、考えないでおこう。
「マルヴェルデ様・・・少しよろしいですか。」
「ニアでいい。」
「では、ニア様。あなたは、一体、何を探っていたのですか。ウォラック商会で何かわかったのですか?」
「探っていたのは、真実かな。結局バルタザールが闇稼業をしてたってことしかわからなかったが。」
「真実?それは、あのお二方がボロボロでギルドに転がり込んできたこととも関係があるのですか?」
「そうだな・・・」
俺は、ことの顛末を掻い摘んで説明することにした。向こうから襲い掛かってきたとはいえ、騎兵隊の隊長クラスを返り討ちにしちまったわけだ。どこぞに通報されちまったら厄介だなと思いつつ、今はミオを信用するしかない。
「なんと、そうだったのですか。いくつもの集落を滅ぼす『謎の魔術師』の件はギルドも“白”以上対象の緊急討伐依頼を出して対応しておりました。まさか“孤高の狂刃”が負傷するくらいの相手、しかも現役騎兵隊連隊長だったとは思いませんでした。もし他のギルドメンバーが接敵していたら、死者もでていたことでしょう。感謝こそすれ、突き出す真似など致しません。」
「そうか、それは助かるよ。それでミオは逆に、何を掴んでいるんだ?支部長代理が直接うごくものなのか?」
「情報が接到した際、直近で動ける“白“以上はわたしだけでしたから私が主担当になりました。何せ『謎の魔術師』対応でみな出払っていましたから。掴んでいるというほどではありませんが、わたしは、この人身売買に噛んでいるのはバルタザール一味だけではないと踏んでいます。北方から犠牲者を仕入れてくるところまではできるとして、金持ち連中に売りさばく営業力、アウトロー崩れの彼らが持っているとは思えない」
「じゃあ、誰かが協力してるってことか?」
「たとえば、金持ちや権力にツテがある“大手の商会”の幹部とか、ですかね。」
なるほど、ミオはつまりこう言いたいのだ。ウォラック商会とバルタザール一味はつながっていて、人身売買を行っていると。
そらなら、俺がウォラック商会から出てすぐに一味に捕まったのも納得がいく。だとすると怪しいのは、もちろんあいつだ。ああ、そこでラヴィニアの事件と繋がってくるのか。あいつなら、上司という立場を利用すればラヴィニアに警戒されずに近づくことができる。つまり、ラヴィニア殺しの最有力容疑者も奴ということになる。ラヴィニアはバルタザールのことを父親との手紙に書く程度に疎ましく思っていた。もしかすると、ラヴィニアはバルタザールとあいつがつながってる証拠をつかんでいたのではないか。そして、証拠隠滅に殺された。
「で、これからどうするんだ?商会に乗り込むか?」
「正面から乗り込んだところで、わたしたちのほうが不審者扱いされておしまいでしょう。わたしの立場もありますので、下手すると、ギルド本部の責任問題になりかねません。それに、悪事を働いているのはウォラック商会というより・・・」
「行商部長のロレンツォ・・・。」
「ええ。そのとおり。彼を、引きずりだす必要があります。わたしに考えがあります。」
夜。ギルド支部の応接室。魔石のランプが揺れている。ミオは、黒を基調としたドレススーツに身を包み、長い髪をサイドアップにまとめてびしっとキメていた。俺はクローゼットに隠れ、その様子を見守っている。しばらくして男が入ってきた。
「こんばんわ、トライトレス支部長代理。」
「急なお招きにも関わらず、お越しいただきありがとうございます。テラテニエンテ部長。」
ロレンツォである。相変わらず嫌味な顔によく似合う、ピエロみてえな派手なスーツを着込んで、いかにも豪商という素振りである。隠れている俺のところにまで香水が臭ってくる。
「ロレンツォと及びください、セニョリータ。ギルドからの商談があるとのお話でしたが、商会に来ていただければ、特別なワインでおもてなししながらお話もできましたのに。」
「ええ、あまり表だって言えない話ですので。」
「ほう。表立って言えない?それはどういうことですかな。一体何がご入用なのでしょう?」
「ええ、とある人物と取引をしたいのです。バルタザールという男です。」
場の空気が凍り付いた。それまで営業スマイルを浮かべていたロレンツォは、急に鋭い目つきに変わった。
「・・・・え?バルタザール?」
「はい。・・・悪名高い闇商人です。」
「噂は存じておりますよ、バルタザール。当商会もビジネスを荒らされたことがあります。」
「経緯をお話しましょう。最近、この一帯で村が滅ぼされたり、商人が襲われたり治安が急激に悪くなっているのはご存じですよね。共和派も再び活動が活発になっています。ギルドも、まともに依頼を完遂できず負傷者すら出している始末です。たしか、噂ではロレンツォ様も部下を亡くされたとか。」
「え、ええ・・・。」
「ギルドが依頼を完遂できず襲われている現状は、街の市民の信頼が離れるに十分です。しかも共和派の襲撃に怯え街がピリピリしている中で、です。このままではギルドのマックイーン城塞での存在意義や地位を危うくしかねないというところです。」
「それがどうバルタザールとつながってくるのですか。」
「主に2つあります。ギルドがバルタザールと裏で手を結ぶことができれば、盗賊共もギルドメンバーに手を出しづらくなりますし、奴らにわざと悪事を起こさせて、わたしたちが知らぬ顔して解決すれば、表面上の信頼は回復できます。そしてもう一つの理由は・・」
ミオは、一息置いてから、ロレンツォの目を見て言った。
「何人か、若くて生きのいい、従順な少女を融通してほしいのです。」
「少女・・・ど、どういうことです。人身売買ということですか。」
「ええ。ギルドの傭兵は、流れ者、アウトロー、浮浪者、元犯罪者等、お世辞にも素性が良いとはいいがたい者が多いのです。街中で暴力や淫行といった問題を起こすものもいます。そこで、ガス抜きをするために、ギルド内に秘密裏に娼館を作ろうと考えたのです。」
「あなた、女性でありながら、なかなかにえげつないことを仰いますね。」
「わたしが女だからとかそういう話ではなく、これは運営と施策の問題です・・・。バルタザールは、従順でしかも足が付きにくい女奴隷を扱っていると聞きます。表向きは住み込みの従業員として雇用していることにして、このギルド支部の地下で、そういった仕事をさせようと思っております。」
「・・・私からは、今この場でなんとも申し上げられません。今日貴女とお話したことは、聞かなかったことにいたしますが・・・」
「ロレンツォ様からのお返事は不要です。あなたほどの顔が広い商人であれば、バルタザールと取引することもあるのではないかと思いまして。もしツテがあるのであれば、明日、この場所に来てもらえるようにお伝えしてもらえませんか。それだけで構いませんし、あなたにはこれ以上ご迷惑をおかけしません。」
ミオはロレンツォに場所がかかれたメモを渡した。言葉では知らぬフリをしているロレンツォは、目をそらしながらそのメモを受け取り、立ち上がった。
「今日は、お暇します。トライトレス様。あなたは、中々どうして面白い女性だ。」
「それは、ただのお世辞として受け取っておきますね。」
ロレンツォは、外で待たせていた馬車に乗って去っていった。ロレンツォを見送った後、ミオが俺の隠れているクローゼットを開けた。
「ビンゴといったところだな。」
「しかし、あんな嘘ばかりのハッタリでしたが、乗ってきてくれるでしょうか。」
「ああ、本当に奴隷を欲してる暇を持て余した金持ちの未亡人みたいな演技だったぜ。」
「それは、言われても全然嬉しくないですね・・・。」
翌朝、俺がソファーで目覚めると、ベッドからエレナが話しかけてきた。ギルドの看護師が世話をしてくれているようで、だいぶ良くなってきているようだが、体を動かすと痛むのか、顔を顰めていた。
「ニアちゃん、ごめんね。私がこんなことになっている間、危ないことしてない?」
「エレナ。今のお前は怪我を直すのが一番の仕事だぜ、心配するのも後だ。まあ、バルバラもだが。」
「体は動けるから、本当に困ったら頼ってね。」
「そうだ、エレナ、」
俺は、商会で買ってきた土産を渡す。
「これは?」
「世話になってるから、何か渡せればと思って。」
小さな魔石がちりばめられた蝶のモチーフの髪飾りである。彼女はそれを笑顔で受け取ってくれた。
「つけてやるよ。」
「嬉しい!!ありがとう・・・私・・・」
エレナが一瞬言い淀んだが、意を決したように語りだした。
「“孤高”だなんて言われて、畏れられこそすれ、こんな風に扱われたこと無かったの。私が傭兵になってから、プレゼントもらうことだってほとんどなかった。もちろんバルバラは対等に接してくれたけど、結局はすれ違っちゃって。」
エレナにとってバルバラは、俺にとってのジャンゴみたいなものなのだろう。しかし、ジャンゴは死という結末によって、俺と和解することは無かった。エレナにはバルバラの意識が戻ったらきちんと話し合うことを勧めよう。いつ死ぬかわからない世界では、とても大事なことだ。
「ニアちゃん。ニアちゃんには、私のこと何も教えて無かったなかったよね。でも、ニアちゃんにはちゃんと知っておいてほしいと思う。」
「うん。聞かせてくれ。」
エレナは、ベッドから上半身を起こし、やつれた顔で俺に向き直った。
「私はね、南のほうのモンテロスっていう平和な小さな街で育ったの。べつに裕福じゃなかったけど、少し頑固な父親と、優しい母、それにかわいい妹がいて、幸せだった。妹はね、私にとても懐いていていつも後ろをついてきてくれたの、とても愛していたわ。でもね、ある時、町に黒衣の男がやってきた。最初は、誰も気に留めていなかったけれど、次第に男に染められていく街の人がふえていった。ある時、男を支持していた街の若者が、他の街の人を殺したの。次第に争いの火種が生まれて、最後には街が二つに分かれて殺し合いをするに至った。」
少し、エレナがせき込んだ。俺は水を飲まそうとしたが、エレナがそれを制止した。
「そして、父も、母も、争いに巻き込まれて死んだわ。私は、妹を連れて街を逃げ出そうとした。そしたら、あの男が私たちの前に立ちはだかったの。切りつけられて地面に伏した私は、必至に叫んで、妹だけでも助けてもらえるように縋ったけれど、奴は私に微笑んで、私の前で・・・私の名前を呼び続けるあの子の・・・恐怖に震えるあの子の・・・あの子のか細い首を絞めて・・・。奴は魔女と契約する際、その契約の代償として何の縁もない私たちの街を使ったの。街が滅んだのを見て、あの男は去っていった。私ひとり、生き残った。街には魔女の巨大な魔法陣だけが遺されていた。」
ふぅ、と、エレナは息をついた。
「だから私は、ここまで来たの。孤高と呼ばれようが、狂刃と呼ばれようが、私は奴を殺すために、ただ人を殺す技を身に着けてきた。本名不明、通称デリンジャー、混沌を広める者。1億5000万ペセタの賞金首。深淵の魔女の契約者。奴のその首を落とすまで、私は死なない。私は強くなる。こんなところで立ち止まっていられない。」
エレナも、復讐者だったのか。そして、デリンジャーという男に反応していたのもそのためだったのか。魔女を恨むのもそういう理由か。エレナもまた、俺と同じように大切な者を奪われ怒りに満ちたことがあるから、ヒエロニモのおっさんに協力しようとしたし、大事な街を滅ぼされた悲しみがあるから、おっさんが集落を襲おうとしたとき、真っ向から立ち向かった。
「ニアちゃん、ごめんね、つまらない話だよね。」
「いや、エレナ。ありがとな、話してくれて。」
エレナは柄にもなく、涙を流して震えていた。俺は抱きしめることしかできない。
「・・・エレナ、オレもお前の物語、一緒についていくよ。」
「ニアちゃん・・・ありがとう・・・」
「だが、すまない。その前に、今やらなきゃいけないことがある。少し、待っていてくれないか。」
「・・・うん。わかった。気を付けてね。」
俺がゲストルームを出ると、ミオが待っていた。まるで闇の魔法使いといった風のフードを被ってはいるものの、不釣り合いな黒いタイトスカートのスリットからは太腿があふれている。ギルドの傭兵ってのは、暗器を仕込むのがトレンドなのか?そのスリットにナイフが仕込まれているのを俺は見逃さなかった。
「ミオ、立ち聞きか?」
「申し訳ございません。聞くつもりはなかったのですが。それにしてもバルタザールの次はデリンジャーですか。あなたは、厄介なことに突っ込んでいくのがお好きなようですね。」
「仕方ねぇだろ。そういう目的の旅路なんだよ・・。」
忘れかかっていたが、これはフ〇ッキンジーザスから課せられた罪を雪ぐ旅路だ。こうやって悪党に粛清を与えていけば、いつかはフアレスに戻れるんじゃねえか。凶悪な奴がでてくればでてくるたびに、俺にそういう希望を持たせてくれる。
待ち合わせの場所、街はずれの廃屋。俺はすこし離れたところから様子をうかがうことにした。少し遅れて髭の男が、何人か屈強な男を従えてやってくる。バルタザール一味だ。
「よお、支部長代理の姉ちゃん。一人で来たのか?」
「ええ。あなたに信頼してもらえないといけませんから。どうもはじめましてバルタザール様。ミオ・トライトレスです。やはり、あなたとロレンツォ様はつながっていたようですね。」
「ああ、あいつの顧客リストがなきゃ、俺たちも禁制品やらなんやらを金持ち連中に売れないからナ。」
「そういう役割分担なのですね。それにしても、あなたの方は大勢で来たのですか。」
「ギルドの白タグ相手だ。罠とも限らねぇからなァ。」
「そうですね、そのご懸念はごもっともです。」
「ああ。数か月前、ロレンツォのところに、ロレンツォの部下が嗅ぎつけてきたらしくてな。ロレンツォの野郎、うまくごまかして説得しようとしたが、その部下の女に憲兵隊に行こうと迫られたんだとさ。そういう正義面した奴らが俺らの周りをうろついているのさ。いつそういう奴らに足元を掬われるかわかんねぇ。」
「成程、ロレンツォ様が。それは災難でしたね。それで、どうしたんですか。その女とやらは。」
「ま、ロレンツォの野郎が咄嗟に頭を殴ったら、その女動かなくなっちまったんだと。それで血相変えて俺のところに泣きついてきたもんだからサ。仕方なく、盗賊に犯されて殺されたように工作してやったのよ。」
「もしわたしも、その女のように下手な動きをしたら、殺されると、そういうことですか?」
「まあ、そういうこった。だから、途中でブルって憲兵隊に情報売るなんてのは無しだ、身ぐるみ剥いじまうぜ。ほら、こいつはその女から分捕ったもんだ。珍しいデザインだし、大きな魔石がついてるから、高く売れそうだろ。ほとぼりが冷めたら金持ちにでも転売しようと思ってな。なんなら?あんた買わないか?」
「いえ、遠慮しておきます。」
バルタザールは悪びれもせず、魔石がついたヒマワリモチーフのネックレスを取り出す。ヒエロニモのおっさんが言っていた、おっさんがラヴィニアにプレゼントしたプレゼントに違いない。これで確定した。バルタザールとロレンツォは俺らが今回殺すべき奴らだってことが。
「ラヴィニア・オネスト殺害事件ですか。やはりロレンツォ様と貴方でしたか。」
「ああ、いけねぇ。こいつは他言無用だぜ?まあ、姉ちゃんもオレとこんなとこで会ったなんて言えるわけないだろうから、心配はいらねぇか。」
「そうですね。それで、わたしの依頼は受けてくれるのでしょうか。」
「ギルドとの協力関係ってのは、金次第ってところだな。まずは手付金として300万ペセタを魔石登録のない帝国金貨でくれ。そんで月ごとに50万ペセタってところか。」
「じゃあ、奴隷の話はどうでしょうか?」
「ああ、そいつは今すぐには無理だ。昨日、帝都に向けて大量出荷しちまったからな。」
「帝都に?何か大口の発注があったのですか?」
「ああ、帝都で近々金持ちや貴族を相手にオークションを開催するんだよ。どうだい?姉ちゃんも参加してみるか?そこで姉ちゃんの好みの良い感じの奴隷を仕入れるのもいいんじゃねえか?」
「・・たしかにそうですね。今からでも参加できるのなら、是非参加させていただきたいですね。主催者はどなたなのですか?それもロレンツォ様が?」
「そいつはまだ言えねぇが、来てみたらいいぜ。今、ちょうど特別に厄介な奴を調教中でな。その準備が済んだら高く買ってくれそうな貴族がいるから、ちょっとばかし手をかけてるんだ。ま、そんな感じに今回出品する奴隷は質の高い奴らばかりだ。期待していいぞ。ほれ、こいつが招待状代わりだ。詳細は箱の裏にかいてある。」
バルタザールは、そういってタバコに火を付けると、使ったマッチ箱をミオに手渡した。どうやら、アジトの壊滅と俺の逃亡の話はバルタザールに入ってないようだ。ヒエロニモのおっさんが、バルタザールは保身のため、隠れ家を転々としているといっていたが、この城塞内にも何個かアジトがあって、あの牢獄には行ってないのだろう。まあ、知りたいことはだいたい知れた。ミオが俺の方を見て合図する。さあ、掃除屋の時間と行こうか。俺も負けじとハッパに火を灯す。
BANG!BANG!BANG!
「そいつはオレのことか?」
「なっ・・・・!?」
「次に会う時はなんだったかな?すっかり忘れちまったぜ。バルタンなんとか君。」
用心棒たちは片付けた。あとこの場にはバルタザールだけだ。
「このアマッ!図ったなッ!?」
バルタザールはナイフを抜くが、ミオの太腿の暗器のほうが早かった。ミオの投げたナイフは、バルタザールの喉笛を綺麗に切り裂いていた。白目を剥いて倒れたバルタザールは、悪人の死にしちゃあっさり過ぎるかもしれない。だが、荒野で死ぬということは、大体こういうものなのだ。
「さて、残るは一人、か。」
ウォラック商会の路地裏。今日の経理作業を終えたのか、商会の裏口から、派手なスーツの男が疲れた顔で帰路につこうとしていた。
「こんばんわ、ロレンツォ様。」
「どうも、トライトレスさん。こんなところでお会いするとは。」
「おかげさまで、バルタザール様との商談は『うまくまとまり』ました。」
「おやおやトライトレスさん。私はそんな男は知りませんよ。ハハハ。」
「そうですか。知らないのですか。これでも?」
ミオは、バルタザールから取り返したラヴィニアのネックレスを見せた。ロレンツォの顔色がみるみる変わっていく。
「ど、どこでそれを!?」
「バルタザールから『もらった』のさ。」
ミオの後ろから合われた俺の姿を見たロレンツォは、幽霊でもみるかのような顔になった。やはり、バルタザールに俺のことを知らせたのはお前だったんだな。奴は普段のすました顔からは想像がつかないほど取り乱し、逃走を図ろうとする。
BANG・・・
「ニア様。なかなかの腕ですね。わたしのルチャマギアの出番がありませんでした。」
「あ、ああ・・・そいつはすまなかったな。ありがとな。やっと、これで・・・」
ラヴィニアの無念も、宿屋のおかみさんの悲しみも、ヒエロニモのおっさんの復讐もすべてに決着がついた。一連の悲劇が終わったのだ。
ギルド支部。全身のいたるところに包帯を巻いたエレナと、腹をコルセットで固定され松葉杖をついたバルバラが、俺たちを出迎えた。一連の事件に終止符がついたことを告げると、エレナは泣きながら俺を抱きしめた。ミオは、俺のギルドタグを外し、受付の魔石へと押し当てた。
「ニア様。今回はお疲れさまでした。ニア様のおかげで、人身売買ルートを潰すことができました。そして、人身売買オークションが帝都で開かれるということが真実だということもわかりました。これは、私の、ギルドの感謝の気持ちです。そして、あなたのことを疑った無礼をお許しください。」
俺に返されたタグの魔石は、緑色から、銅、銀を経て金色に変わった。それを覗き込んでいたバルバラがニヤニヤとして言った。
「3段階特進!?ニア、やったじゃん!」
「なにか特典があるのか?」
「ギルドから、余計にコキ使われるようになる。ご愁傷様!」
「え・・」
「金以上は、ギルド支部施設の優先使用権、ギルド書庫への立ち入り許可、提携している店舗での割引等受けられるようになります。また、一部秘密依頼の情報も開示されます。帝都支部では、希望すれば自室も与えられます。ニア様そこで、お願いがあるのです。」
「ほらきたぞ。」
バルバラの呆れ顔を横目に、ミオは、俺に頭を深々と下げた。
「わたしとともに帝都に来て、奴隷オークションに潜入していただけませんか。」
「いや、オレは・・・」
俺は、エレナの方を向いた。そう、俺たちはデリンジャーを探さなけりゃならない。エレナは、悲しそうな顔で俺を見ていた。俺の返答次第ではここでお別れということもあるってことなのか?しかし、ミオはつづけた。
「実は、帝国支部の情報担当の話だと、オークションには、デリンジャーが関わっているという情報もあり・・・」
「行きます。その依頼、私も受けます。ニアちゃん、いいよね?」
エレナは食い気味に割り込んできた。まあ、そうだな。元々デリンジャーが居るという帝都を目指していたんだ。
「・・・そうだな、そういうことなら、行くしかないな。」
「乗り掛かった舟だ。アタシもいくぜ。まあ、ヒエロニモの野郎の死亡報告を帝都のクソ親父にしなきゃいけないからそのついでだ。」
こうして奇妙な4人パーティーが出来上がった。人身売買オークションの元締めをぶっつぶすため、デリンジャーを追い詰めるため。
「そうだ、ミオ、オークションはいつなんだ?バルタザールのマッチにかいてあるんだろ?」
「ええ、5日後のようです。5日後に、帝都の東にある廃邸宅と。」
「ここから帝都までどのくらいかかる?」
「2日あれば、着くかと思います。」
「じゃあ、帝都に行く前に、俺に2日くれないか。2日後ここに帰ってくる。」
ミオは、少し考えた後、頷いた。エレナは何か言いたそうにしていたが、制止する。
「エレナ、そしてバルバラ。お前たちは傷の回復に努めてくれ。あとエレナ。バルバラとちゃんと話しといたほうがいいぞ。ミオ、二人を任せていいか?」
ミオは、俺を抱きしめようとしたが、エレナがじっとその様子を見張っていたため、遠慮して、肩を叩いた。
「承りましたが、ニア様、どこに行くかわかりませんが、無理は禁物ですよ。」
「ああ。恩に着るよ。」
街道の宿屋。おかみさんが一人で守る、古ぼけた小さな家。俺は、ラヴィニアのネックレスを、おかみさんに渡しにいった。ラヴィニアが殺された事件の真相とともに。そして、ヒエロニモのおっさんは「既に死んでいる」ということも伝えなければならなかった。おかみさんは、涙を瞳いっぱいにためて「ありがとう、ありがとう」と俺に感謝を述べていた。おっさんを殺したのは俺だという事実は、最後まで話すことができなかった。
山間の集落。名前の無い墓。魔法杖が、墓碑の代わりに建てられている。村人たちが、その名を知らぬ男を葬ったのだろう。真新しい花が供えてあった。
「おっさん。真実を、見つけたぜ・・・達者でな。」
俺は、おっさんの墓にウィスキーを振りかける。たまたま集落に咲いていた無垢なるひまわりは、瓦礫を片付ける村人たちを尻目に、ただ太陽に向かって、悲しそうな顔を浮かべて揺れていた。俺はその景色を、気が済むまで眺めていた。




