異世界の食事事情は複雑です
それぞれがフォークとスプーンを持ち上げたまま、固まっている2人をじりじりと見つめる。
「え!!!そんなに!?」
普段作っている料理だ。そんなにハチャメチャな味付けのわけが無い。もしかして壊滅的に味覚が合わなかったとか…!?こっちの食材は魔族にとって毒とか!?
ソファから腰を浮かしそうになった私に、魔王が無言で親指を立てる。2人が硬直していたのは長く感じたがほんの数秒で、その後は無言で完食まで突っ走った。
「な、なんか言ってよ…!」
さっきの魔王のジェスチャーといい、この食べっぷりといい、不味い訳ではなさそうだ。インスタントコーヒーもあったけど、苦味が飲みにくいかと考えて、注いだ牛乳まで飲み干して、オピスが大きくため息をつく。
「…っはぁぁ〜!ハナ様!とても美味しかったです!わたくし、今まで卵は殻のまま頂いていたので、こんな美味しいものだとは思いませんでした!それにこのスープも、葉物も甘くて、複雑な味がして…!」
あ、それはコンソメの力です。すごいよね。ていうか鶏卵より大きい卵を、どうやって丸呑みに…?
「このポテト、本当にウチの料理番が出した備蓄の食料かい?パンも加熱しただけに見えるのに、歯触りもいいし柔らかい。それに油かな?コクがあって塩気があって、めちゃくちゃ美味い…」
魔王にまで手放しで褒められて、照れくさくなる。それは日本の優秀なトースターと、コレステロールにまで配慮してくれてるバターのお陰です…!
綺麗に空になったお皿を名残惜しそうに見つめながら、オピスが不思議そうに呟く。
「でも、どの食材も魔力がありませんね」
「そうなんだよなぁ」
魔王も腕組みしたまま答える。魔力なんてそりゃ無いでしょうよ。普通の食材だもの。
私の顔に張り付いている疑問を見透かしたように、魔王がこちらへ向き直った。
「ハナちゃん、おれたちはね、魔力のあるものを食べて、自分の魔力にするんだよね。こっちの世界に生きてるものには、多かれ少なかれ必ず魔力がある。魔族も魔獣も人間も、植物にも。だから正直、味とか調理は二の次なわけ」
なるほど、如何に魔力の高いものを食べるかどうかが、私の世界で言うところのカロリーを摂取するかと同じなわけだ。…てことは、魔族が魔族を食べる…なんてことも…!?
「あっ、わたくしたちは魔族同士や人間は食べませんよ!」
「魔族同士で食い合うのはタブーだし、簡単じゃないしね。人間なんか食べたって大した魔力でもないし」
「魔王様なんか食べられたら大変なことになりますよね」
さらりと怖いことを言うオピスは、自身の袂をまさぐり、昨日私に向けた鏡を取り出した。
「お前ね、それ一応、秘宝のステータスミラーなんだから勝手に…」
「例えばわたくしのステータスはこんな感じです」
いいのか?曲がりなりにも上司で魔王を何度も無視して…という私の心配を他所に、オピスは鏡を自分自身に向けた。
名前【オピス】
年齢【1178】
体力【3864】
魔力【5805】
「…せんひゃくななじゅうはっさい…!?」
「こいつ若作りだからなぁ」
「魔王様ほどでは」
どうみても私より年下に見える…!27歳の私が産まれたてスライムって言うのは間違ってないのかも…。やばいどうしよう、かわいい年下の美少年だと思ってたのが、おっさんとかそういう次元じゃなく年上だったなんて…!
「で、これが魔王様」
くるりと鏡を反転させる。
名前【魔王】
年齢【9999】
体力【9999】
魔力【9999】
「ま、魔王だ!紛れもなく!!」
「えウソ、ハナちゃん疑ってたの…?」
これ4桁までしか出ないんだよねぇと不満げに呟いているとこを見ると、魔王のステータスは表示の遥か上らしい。もはや年上とかそういう次元ではない。
「わたくしたちにとって、年齢はそんなに問題ではありませんから。ハナ様、それより魔力の欄を見てください」
年齢ショックから立ち直れない私に、オピスが空中の液晶を指さす。
「基本的に、魔力を持つ者の強弱は、魔力の数値の大きさで決まります。当然、属性の相性や魔道具の活用でひっくり返されることはありますが…」
「オピスだってそこそこ魔力はあるけど、おれは倒せないわけよ」
「魔王だもんね…」
ふむふむ。つまり魔族同士は魔力が高い同士でもあるから、いくら食べたら魔力が上がるとしても、そもそも倒すことが難しいってことね。それにタブーでもあるってことは、一応この世界にも法律があるのね…勝手に無法地帯だと思ってた。
「え、じゃあ植物はまぁいいとして、最初に出てきて消し炭にされたお肉は?」
「あれは魔獣のお肉」
どうやら、魔族と魔獣は違うらしい。知能を持たずに行動して、魔王の管理下にないものが魔獣。魔獣は人間も魔族も襲うんだってさ。獰猛な野生動物みたいなもんだよね、多分。
魔獣は魔族なら勝てるくらいの魔力だけど、効率はいいから魔族の主な魔力供給源は魔獣のお肉で、魔力の少ない野菜なんかはとりあえずとか、冬の備蓄食料なんかで、ほとんど食べないらしい。魔、魔、魔の乱立で頭が痛くなってきた…。あれ、待てよ。
お読みいただきありがとうございます!
誤字脱字、ご感想などありましたら、教えていただけると嬉しいです!