こんな形で帰宅するとは思いませんでした
「あ、開いちゃっ、た……?」
オピスと魔王が驚愕の表情でこちらを見ていて、怖くてドアの先を振り返れない。なにその顔!?これもしかして開けちゃダメだったやつ!?凶暴な魔物とかが封印されてるとかそういう…!?
脂汗をかきながら2人を見つめる。突然、オピスが魔王にぶち当たりながら、こちらへ猛ダッシュしてきた。そしてそのまま私の脇をすり抜けてドアの先へ滑り込む。
「オピス、危な…!」
私も慌ててドアの中に頭を突っ込む。
「…………ウチじゃん!!!」
そこに拡がっていたのは、紛れもなく1LDKの自宅でしたーーー。
目の前にあるのは、昨日帰ってきて綺麗に揃えたパンプス。左手にあるのはお風呂と洗面所。隣はお手洗い。短い廊下の向こうはリビングキッチン、隣り合わせで寝室…見なくても分かる。なぜなら社会人になった頃から住んでいる自分の家だから…!
扉を背に思わず座り込みそうになるのを、ぐっと堪える。私の驚愕をよそに、オピスは歓声を上げながら、部屋という部屋に顔を突っ込んでいる。土足だがこの際そんなこと気にしている場合ではない。
「…!ベランダ!!」
今入ってきたのが玄関として、この家で他に出入口があるのはベランダだけだ。一応女性の一人暮らしということで3階にしたけど、最悪飛び降りても怪我で住むだろうし、ほとんど会ったことはないけど、お隣さんに助けを求めてもいい!
寝室に飛び込んで行ったオピスを無視して、リビングへ走る。煌々と付いたままの蛍光灯が懐かしい気さえする。薄いグリーンのカーテンからは、外の光が零れていて…よっしゃ!外だ!日本だ!!
「……どこーー!?!?」
レールが外れそうな勢いでカーテンを開ける。そこに拡がっていたのは、冬らしい晴れ渡った青空……と、3階とは思えない高さから眼下に拡がる石造りの街並み。
こんどこそ膝から崩れ落ちた。日本じゃない…ウチのベランダからは向かいのコンビニと電信柱しか見えないはずなのに…!!
「…まさかこんな事になってるとはねぇ」
のんきな声に振り向くと、先ほどオピスが激突したらしい脇腹を擦りながら、魔王がリビングの入口に立っていた。こいつも土足かよ。
「とりあえず靴を脱いでください…」
憔悴しきってそれだけ伝える。玄関を指し示すと、慌ててオピスを回収して、自分の靴も脱いでくれた。ありがとうね…でもそこめちゃくちゃ足跡付いてるね…?
「ハナ様!すごいです!!」
「よかったね…」
大興奮でオピスが飛び跳ねる。ここ3階だし下の人に響くからドタバタしないで…でもなんか時空歪んでるし下の階とか無いんだろうなきっと。あはは。
魔王が首を擦りながら、物珍しそうに部屋を見渡している。
「あそこの扉、昔っから封印されてて開かなかったんだよね。色んなやつに解呪させてみたけどダメだったんだけど…」
「ここ、私の家だよ…異世界と繋がってるなんて…」
ありえない、と思ったけど、そもそも前提からしてありえない事のオンパレードだ。よしポジティブに考えよう。ここは清潔。清潔なベッドで眠れる。その場所が確保出来ただけでもいいじゃないか…うぅ…。
「ハナちゃんコレさぁ、食べ物じゃないの?」
いつの間にか冷蔵庫を開けていた魔王が言う。土足で入る人に言ってもしょうがないけど、勝手に人の家の冷蔵庫を開けるのは重大なマナー違反ですよ!しかも週末に買い物行こうと思ってたから、冷蔵庫スッカスカだし…。
よろよろとキッチンへ行く。窮屈そうな腰をかがめている魔王の隙間から、冷蔵庫を覗き見た。
「大したもん入ってない…あれ?」
どういう仕組みか分からないが、冷蔵庫の中はきちんと冷えている。まぁ蛍光灯も付いてたから、なぜか電気は使えてるっぽい。それより、買った覚えのないものが冷蔵庫にキレイに入っている。恥ずかしながら卵と納豆くらいしか無くなかった?野菜室も、ぴかぴかの野菜たちがずらりと整列している。ふと視線を戸棚に移すと、もう切れそうだった調味料たちも、未開封のように並んでいる。残り1枚で賞味期限切れ間近だった食パンも、6枚ぴっちり入った状態で、見慣れた袋に入っているし…。
「あっ卵!でも随分と小さいですねぇ。わたくし卵は大好物です!」
私と魔王の間にぎゅうぎゅうと頭を突っ込んできたオピスが言う。小さいって普通の鶏卵だけど…異世界の卵ってでっかいのかな?
冷蔵庫に背を向けて、恐る恐るコンロの火を点ける。チチチ、という音のあと、ポポッと火が輪状に点いた。水も出るらしく、洗い上げていたコップに注いでみると濁りも異臭もなく、普通に飲めそうだ。
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