熱さを乗り越えて晩酌です
眠りの海の浅瀬で漂うような、不思議な夢を見た。
だだっ広い草原に、角のない、見慣れた男性。
今よりも少し若く見える。
ああ、マオがいる。
角がないと本当に人間みたいだ。
誰か他の男の人が呼ぶ声がする。
『アイアース!』
マオ私が見えていないようで、私の更に後ろに視線を投げた。
切羽詰まったような声で、私の後ろに居るらしい男性が、また声を上げる。
『そっちに行くな!アイアース!』
その声を聞いたマオは悲しげに笑って、瞼を閉じる。
再び目を開けると、その瞳は見慣れた赤い光を灯していて、マオの体が黒い靄に形を変えた。
一瞬のうちに草原は枯れ、重く、べったりとした空気がまとわりつく。
目の前のマオは靄のままぐにゃぐにゃ形を変え……。
「んはっ」
「あ、起きたー」
蛍光灯の眩しさと、眼前に迫っていたマオに飛び起きる。
「いだぁ!?」
「わっ」
当たり前にそのままマオに頭突きを食らわせる。
全然痛そうじゃない…この石頭ー!!
「寝ちゃってた?大丈夫?」
「今何時!?」
やばい!うとうとしてた!
慌てて時計を見ると一時間ほど経っている。
「ごめん!今すぐ作る!」
「慌てなくていいよ〜」
ソファから飛び退いた私と入れ替わるように、マオがそこへ座って言う。
「もうあと揚げるだけだから、ちょっと待ってて」
「楽しみ〜。おれも見てていい?」
揚げ物、1人でやると結構忙しいんだよね…。
昼に引き続きだけど、ここは手伝ってもらうとしよう。
「じゃあ今から油温めるから、マオにはバッター液付けてもらおうかな」
頭に疑問符を浮かべながらも、楽しそうにマオが近付いてくる。
油跳ねるけど大丈夫かな…と思い至って、1度寝室に引っ込む。
あった!これなら男の人でも大丈夫そうだ。
「マオ、これ使う?私のお古だけど…」
「なにこれ?」
「私が料理するとき付けてるやつ、エプロン」
紺色と白の縦ストライプのこれ、洗い替えに買ったものだけど、結局ほとんど使ってないんだよね。
ちょっと可愛い感じだけど、うちでお手伝いしてもらうときに使うくらいならいいよね?
「今から手伝ってもらうの、油が飛ぶから、洋服汚れちゃうと思って…。やだ?」
「ハナちゃんとお揃いだね」
お揃いって…まぁエプロンだから形状は同じだし、確かにお揃い…?
マオはそう言うと私の手からエプロンを受け取る。
付け方が分からないのか、もたもたと肩紐を変なところに通していたので、背伸びして掛けてやり、後ろでリボン結びにする。
「似合う?」
「あはは、似合ってる似合ってる!」
角の生えたおじさんがエプロンをしている…。
なんともちぐはぐだけど、まぁ似合っているんじゃないでしょうか。
さて、肉ダネもしっかり落ち着いたところで、バットを2つ取り出して…。
「小麦粉と卵とお水でバッター液を作りまーす」
「バッター…?」
「そ。別々に付けてもいいんだけど、お肉が柔らかいから、何度も成型すると形崩れちゃうし、めんどくさいから…」
別々でもやったことあるけど、出来上がりに差がほとんど無いんだよね…。
ここは主婦、ではないけど、生活の知恵ってことで楽させてもらいましょう!
「じゃあマオは、この液にお肉を付けて。できるだけ形が崩れないように、かつ、満遍なく!」
「ぬちゃっとする…」
あ、ビニール手袋もどっかにあったんだった。
まぁもう素手で成型してるし、いいか…。
もうひとつのバットに小麦粉を出す。
油の鍋に菜箸を突っ込んで、温度を確認してみる。
うん、いい感じだ!
「これ、ここに置いていいの?」
「そーそー。私がパン粉つけて、形整えて揚げていきます。そっちまで油が跳ねる可能性があるので、お気をつけて!」
マオが丁寧にバッター液を付けてくれたタネに、そっとパン粉をまぶす。
これが1人だと、乾いた手でやりたいから一気に出来ないんだよね…。
「あちちち!」
「大丈夫?」
「これに耐えないと、揚げたての美味しさは味わえない…あちっ」
手を出したり引っ込めたりしながら、きつね色になるまで裏返しつつ揚げる。
マオが次々と液を付けてくれるので、大変スムーズです。
「よし!第一弾終わり!」
予めお皿に盛っておいたキャベツの千切りとトマトの横に、揚げたてのメンチカツを油を切ってから置く。
「マオ、あとは簡単だから、これとそこのグラス2つ、テーブルに運んで〜」
「はーい」
マオはぬちゃぬちゃの手を洗い、いそいそとリビングに皿を運ぶ。
ご飯も炊いてあるけど、とりあえず乾杯したいので後でにしよう!
お酒飲むとご飯いらないかもしれないしな〜。
油に浮いた汚れを網で掬って、切っておいたじゃがいもを投入する。
これを揚げてる間に、これまたお昼寝前に漬けておいたきゅうりもお皿に盛って…。
「じゃーん!揚げ物晩酌セットの出来上がり!」
じゃがいもがこんがりしたところで、キッチンペーパーに乗せて油を切り、強めに塩を振って完成!
さー!楽しい晩酌タイムの始まりだー!!
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