慣れない場での調理は大変です
なんとなく目を背けていると、キリの着替えが完了した気配がする。
「…なんかラーメン屋さんみたい」
無自覚に腕を組んでいるので、頭に白いタオル巻いたら、ほんとにラーメン屋さんだな…。
マオとキリは顔に疑問符を浮かべているけど、説明のしようがないので無視する。
「いやお似合いですよ…!さて、切り分けてくれたお肉を焼こう!」
意外とラベルがなくてもどこの部位かって分かるもんだね~。
肩ロースと思われるお肉を手に取る。
「お肉は常温に戻しておいて、周りにちょっと濃いめくらいに塩胡椒を振りまーす」
「胡椒って超高級なヤツじゃねーか!」
「え、そうなの?」
キリと一緒に手元をのぞき込んでいたマオに聞く。
「ああ、なんか人間の街の方では、肉の防腐なんかにも使うって言って高価らしいね。あとは薬にしたり…この辺でも貴重なの?」
「これだから浮世離れしたオッサンはよぉ…。昔ほどじゃねぇけど、今でも胡椒っつったらそりゃ高価だ。それこそ街の食堂なんかじゃ、高級店でもなきゃ使ってねぇだろうよ」
中世ヨーロッパでは胡椒と同じ重さの金が取引されてた、なんて聞いたこともあるし、この世界でもそうなのかな…。
そういえば、トラちゃんが言ってた高級調味料って、胡椒のことだったのか!
あの串焼きのお肉も、胡椒がすっと香って美味しかったもんな…。
「私の台所からは無限に胡椒が出てくるので、ここでは贅沢に使いまーす」
焼いて保温してる間に肉汁で取れちゃうので、結構多めで大丈夫。
フライパン…ここでは鉄板だけど、そこに油を敷いて…。
「ねー、油ってこれ?」
「おう」
ブラッドブルを切り分けたときに出たであろう白い塊…これって精肉コーナーにあるやつじゃない?
サラダ油みたいな植物性のも、どこかには売ってるのだろうか?
もしかしてそれも高級品だったりして…。
牛脂を鉄板に落とすと、じゅわっと溶けていい匂いがする。
塩胡椒したお肉を表、裏、側面と満遍なく焼き目をつけていく。
「お肉の厚さ1cmに対して、だいたい1分くらい焼くといいみたい」
なんか、なんかお肉を掴むものはないのか…!
トングとかあればベストなんだけど、この際お箸とかでもいい!
巨大な鉄板の熱気におびえていると、キリが横からひょいと手を伸ばし、素手でお肉をひっくり返す。
「ひえっ、熱くないの!?」
「こんなもん熱いわけねーだろ」
「キリくん、炎魔法耐性だけは高いんだよね~」
「だけって言うな!」
そういえば初めて会った時も、炎に包まれた網の上で鶏肉をわしづかみしていたような…。
「ええと、じゃあお肉は全部ひっくり返して、全面焼いたら、アルミホイル2重にして包みます!」
「アルミ…ホイル?」
うわごめん、アルミホイルが何?とか説明できない…!
よく考えたら金属を紙みたいに薄ーーくして、それが安価で一般家庭で使えるってすごくない!?
「えーと、私の世界で使ってた、便利アイテムみたいなもの…」
「ハナちゃんの世界では魔法が無い分、いろいろと便利なものがあるんだねぇ」
「そうそう!これは保温してくれるやつ!」
もうね、スマホも使えないし調べられないんですよ!
これからも説明できないものには『便利アイテム』の言葉で誤魔化していこう…!
「この上からさらにタオルで巻いて、あとはほったらかしで完成!」
「簡単じゃね?」
「だから簡単ローストビーフ風なんだって。まさかこんなに人が集まるとは思ってなかったし、準備が簡単なものにしておいて良かったよ」
ていうか何をどれくらい作っておけばいいんだろう?
飲食店なんかバイトしたこともないし、配膳や支払いのシステムなんかもよくわからないし…。
「キリ、この玉ねぎ擦り下ろしておいて」
「今度は何作るんだ?」
「昨日は市販のソース掛けたけど、今回は量も多いしそっちも自作しようと思って」
拷問器具のような大きなすりおろし器で、目頭を押さえながら玉ねぎを擦っている姿はちょっとおもしろい。
「今日、何人くらい来るのかなぁ」
「うーん、おれも食堂はほとんど使ったことないから分からないけど…」
「いつもの数なんか当てにならねーぜ。まだ開く前からウジャウジャと集まってやがる」
小鍋にお醤油とみりん、お砂糖、チューブのニンニクをを入れて煮詰めながら考える。
「例えばあの食堂に全員座ったら、何人くらい?」
「以前は会食とかにも使ってたからねえ。あのテーブルとイスの数だと、30人くらい入るんじゃない?」
「30人か…さっき外にそれくらいはいたよねぇ」
「この分じゃまだ来るだろうな。おら、できたぞ」
調味料が煮詰まったら、そこにキリが用意してくれた玉ねぎを入れて、もう少し煮込む。
これで甘辛い感じの玉ねぎソースが出来上がり!
あとは玉ねぎと人参で簡単なコンソメスープを作ろう。
最低でも30人前のコンソメスープ…どんな大きさの鍋で作ればいいんだろう?
「料理できたら、私たちが配膳しに行くの?」
「いや、そこのカウンターで金貰って、そこで渡す」
「なるほど、学食方式か~」
「がくしょく…?」
「いやこっちの話」
一つのメニューとはいえ、いちいち厨房から出て持って行くんじゃ、とてもじゃないけどこの人数じゃ足りない。
今回は丼に持って、スープ付けてってだけだから、まぁなんとかなるだろう。
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