食生活の違いを痛感してます
「あっ!魔王様が神子様泣かせてます!」
バン!と音がして重そうな扉が開かれた。アホ…もといオピスが、何やら銀の器が乗ったカートを押して入ってくる。車輪がイカれているのか、ガラガラとすごい音がする。
「おいアホ、いきなり入ってくるんじゃないよ」
「神子様、昨夜は失礼しました。朝食をお持ちしましたよ」
魔王を無視して、オピスはぐしゃぐしゃの髪を整えてくれる。明るいところで見ると中々の美少年だ。目は相変わらず見えないけども。
「朝食…」
「はい。お口に合うと良いのですが、今は冬なので作物が取れず、備蓄の食料になってしまうので」
申し訳なさそうに笑うオピスに、忘れかけていた空腹感が蘇る。そういえば昨日の昼に会社のデスクで詰め込んだサンドイッチが、最後の食事だったのを思い出した。昨日はそれどころじゃなく寝ちゃったし。
ぐぅ、とお腹がなった私を見て、魔王が笑いをこらえて俯いたのを見逃さなかったぞ。生きてればお腹も空くし、しょうがないだろ!
「ありがとう、オピスさん」
「わたくしのことは、どうぞオピスとお呼びください」
「じゃあ私のことも神子様って呼ばないで、名前で呼んで!」
昨日から神子様なんて呼び方でむず痒かったのだ。慌てたように両手と首を振るオピスにお願いする。
「そんな神子様をお名前でお呼びするなど!」
「いやいや神子様の方がなんかムズムズするから!」
お互いにイヤイヤし合って、私の呼び方は「ハナ様」で決まったらしい。様は付くのね…と思ったが、オピスが照れたように笑うので妥協することにしよう。
「ハイハイ、とりあえずハナちゃんはご飯食べて、そのあとゆっくり話でもしようね」
そう言って魔王はカートの上の、銀の器の蓋を外した。まさかとは思うけど、人肉…とか、そういうのじゃないよね?魔族の食事って…。
恐る恐る器を覗き込む。
「……生肉!?なんの!?」
「マーダーベアのお肉ですよぅ」
「あとは、おイモ?とパン?と…?」
そこに乗っていたのは、血も滴る超レアなお肉と、焦げ目のついて湯気のたったじゃがいものようなものが丸ごと、それにスライスされたカンパーニュのようなパン、一際目を惹く紫のお花…の下についた根っこはどう見ても人型で、小さくピィピィ鳴いている。
「…お前これ誰に用意させた?」
「料理番のキリに!おもてなしの自信作だと言ってましたが…」
魔王は片手で蓋を持ち上げたまま、もう片方の手で頭を抱えた。これは、まさか嫌がらせとかそういうことでは無いのよね?備蓄の食料から出してくれたっていうくらいだから、貴重な食事なのよね?それにオピスの顔には無邪気な笑顔が浮かんでいるし…。おイモとパンはともかく、このお肉はちょっと焼きが足りないんじゃないかしら…というか生なんじゃ…?ピィピィ鳴いている植物(?)はそもそも食べ物なのか…。
「あっ、ハナ様!これはマンドラゴラと言って、幼生の頃はすりおろしてお肉に付けるとピリッとして美味しいそうですよ!」
そう言ってオピスがマンドラゴラをむんずと掴んだ。そのままおろし金に近づけると、一際大きな声で鳴き声がする。
「ちょ、ちょっと待って!なんか可哀想!」
ピィェェェ!!と鳴く声は、もはや悲鳴に聞こえる。ピリッとして美味しいとかじゃない!そもそも生肉はちょっと、いやだいぶキツい!
「あー、ハナちゃん、人間って生肉食べられる?」
「食べれる人も居るけど私はちょっと…」
「おや、では少し焼きましょうか」
ていうか生肉の中でも、聞いたことの無いマーダーベアとかいう物騒な名前のお肉はちょっと…!
オピスは名案と言うように頷くと、マンドラゴラを持ったまま生肉の皿を指さした。ボッという音と共に、器ごと火柱に包まれる。
「うわっ!」
「焼けました!」
「…炭だねこれは」
火が消えてそこにあったのは、かつて生肉だった炭…。オピスのイイ笑顔に拒否できるはずもなく、恐る恐るフォークを近づける。が、お肉の皿は眼前からスっと消えた。
「ハナちゃんごめんね、これは食べない方がいいよ。たぶん苦いし…。おれたちみたいに上級魔族って、ほとんど食事しないんだよね。だから料理番に悪意があったわけじゃないのは信じて欲しいんだけど、不慣れなモンでさ」
魔王は苦笑しながら、手に取った器をオピスに押し付けた。魔族ってご飯食べないんだ…。
「あの、大丈夫、おイモとパンは頂くね!オピスもありがとう」
しょぼんとしたオピスに謝って、じゃがいもにフォークを刺して口に運ぶ。向こうで食べていたものより小ぶりだけれど、熱々の出来たてだ。素材の旨み…つまり味付けは無い…!パンは少し酸味があってモサ…スープと食べたら美味しいかなって感じ。……ダメよハナ!せっかく振舞ってくれた貴重な食事に不満を漏らすなんて最低よ!空腹は最高のスパイスって言うじゃないの!
「ご、ごちそうさま…!ごめんなさい、少し残しちゃった…」
口に合わないから残した、とかではない。単純に量が多すぎたのだ。おイモは山のように積まれていたし、パンは一斤丸ごとありそうな量だった。因みにお肉もめちゃくちゃあった。全て消し炭になってしまったけど。
「おなかいっぱいになったなら良かった」
「これは後で食堂で出しますから、お気になさらず」
微笑む2人に胸が痛い。いやでも普段の平均以上に食べたから、許してくれ…!
「あの、私、ちょっと顔洗いたいんだけど、洗面所ってある?」
泣いてそのまま朝食を済ませてしまったことを思い出す。向こうの世界ではそれなりに規則正しい生活を自負していたが、こちらでは流されるままだ。そういえばお風呂も入ってないけど、まぁ冬だし…?
「水場ならそこのドアだよ」
いそいそと後片付けを始めたオピスを見ながら、魔王が指だけで扉を指す。当のオピスは片手に持ったままだったマンドラゴラに気づき、逡巡した結果、窓辺にあった鉢植えの、枯れ果てた植物を引っこ抜き、無造作にそこに刺した。上司の部屋にそれはアリなのか?ていうか水場、って言葉が気になるわね…お湯は出ないんだろうな…。
魔王の指し示した先には扉がふたつあって、どちらも閉まっていたので近い方のドアノブに手を掛ける。
「あ、ハナちゃん、そっちは開かないから…」
「え?」
魔王の声に振り向いたが、手がノブを回した。ギィ、という重そうな音と共に、眩しい光が差し込むのを、視界の端で捉えた。
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